やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに─乳幼児の食べ方を育む食支援(食物・食べ方・口の健康の観点から)─
 乳汁や食物を口から摂取することは乳幼児の生活の中心であり,そのなかで楽しく口を使う経験を積み重ねることにより食行動が育ちます.乳幼児期には乳汁摂取や食事を通して親子のコミュニケーションをはかり,社会性を身につけ,生活の質が向上していきます.身体と心の栄養が,母乳や離乳食,幼児期の食事を通して摂取されていきます.
 出生から約半年間は哺乳が栄養摂取の中心となる時期です.健康に生まれた赤ちゃんは,胎児期に培った哺乳のための反射で,自力で母乳を吸うことができます(図).しかし赤ちゃんの発育とともに母乳の吸い方も変化して,徐々に反射を抑制して自分の意思でお乳を吸う動きを獲得していきます.生後2〜3か月からさかんになる指しゃぶりや遊び飲みも,子どもの発達の証拠です.哺乳期には,赤ちゃんの吸啜の変化などを楽しみながら,ゆったりと授乳できる環境をつくるという母子へのサポートが重要です.
 離乳期における食事の支援は,保護者や保育担当者が赤ちゃんに食べさせることだと考えられがちですが,赤ちゃんが自分で種々の食物を一定量食べられるようになるまでの発達をサポートすることです.また,離乳食の基本的な考え方としては,食べさせて大きくするというだけではなく,乳幼児が興味をもち食べる動きを引き出せるようにサポートするということも重要になります.食べる機能もそうしたなかで育ちます.そのためには,周囲の大人がどんな食べ方を,どうサポートすればよいのかという視点をもつことがポイントです.食べることに興味をもって食を楽しみながら自立していくのを支え,さらに食の自律を促すことが目的ですので,オーバーケアにならないことも大変重要です.
 食べる意欲や食物への興味は,五感(視覚,嗅覚,触覚,味覚,聴覚)によって引き出されることが基本です.また,おいしく安全に食べるためには,五感を意識した食べ方の支援が必要です.食事の際の一連の行動において,五感によって得られる感覚の適度のバランスが食べる意欲を育み,それを食べる機能の発達に関わらせていきます.その時々の子どもの発育状態に応じて安全に安心して味わって食べられることにより,心の栄養も豊かに満たされます.食事に関わる機能の発達期である乳幼児期に,心と身体の栄養に配慮できる機能を獲得して,生涯における食生活の基礎を身につけていきます.
 離乳期以降の食べる機能,特に咀嚼の発達は,歯・口の発育と密接に関連しています.むし歯やその他の歯・口のトラブルは,「よく噛んで味わって食べる」ことに支障をきたしたり,また偏食の原因にもなります.むし歯予防をはじめとした歯・口の健康を守るアプローチは,食べる機能が健全に発達するために不可欠なものです.さらに,よく噛む習慣を身につけることは,唾液の分泌を促して,食物をおいしく味わうために必要であるとともに,固形食を飲み込みやすくして窒息事故などを防ぐためにも大切なものです.
 離乳の中・後半からの手づかみ食べに関しては,従来から「授乳・離乳の支援ガイド」や「母子健康手帳」などでその効用などについて強調されてきましたが,最初から手づかみ食べを推奨する離乳法も紹介されてきました.子ども自身が,手づかみによって自分で食べようとする意欲は,食事に関わる行動の発達を促すとともに,離乳食を食べさせてもらうことが順調に進むことにつながります.離乳を進める時期に,食事の一部は手づかみで子ども自身が口に入れ,一部は保護者が介助しながら一緒に食事をとる時間(共食)は,親子にかけがえのないものとなります.そして,その後の食具を使った家族で食卓を囲む団らんの食事へとつながっていきます.
 このような食事を共有するためには,どのような食べる機能発達の経緯があるのか,その時々にどんな支援が必要なのかを考えていく必要があります.この本は,それらの発達の経緯と時期を「目安」としてまとめています.子育中のママ&パパ,ママ&パパを支え子育て支援に携わっているすべての方の一助になれば幸いです.
 2022年8月
 執筆者一同
 はじめに
I編 妊娠期・哺乳期の支援
 Section 1 妊娠期の支援(井上美津子)
  Q1 胎児は哺乳の準備をどのようにしているのですか?
  Q2 胎児期に歯はどの程度つくられるのですか?
  Q3 歯の形成期に必要な栄養素は何でしょうか?
  Q4 妊娠期に子どもの栄養に関してお母さんが気をつけなくてはならないことは?
  Q5 妊娠期の口腔の健康が子どもの健康に及ぼす影響は?
  Q6 妊娠期の生活習慣(飲酒,喫煙など)は胎児の発育にどのように関わるのでしょうか?
  Column 低出生体重児の口腔の発育
  Column むし歯の原因菌の伝播について
 Section 2 哺乳期の支援(井上美津子)
  Q1 赤ちゃんはお乳をどのように飲んでいるのでしょうか?
  Q2 哺乳期の口腔内はどのようになっていますか?
  Q3 上手に哺乳を進めるにはどうしたらよいのでしょうか?
  Column 母乳を飲んでいる途中で眠ってしまうのですが,そのまま寝かせてしまってよい?
  Q4 母親の乳首からの吸啜と人工乳首からの吸啜ではどのように違うのですか?
  Q5 人工乳首にはどのようなものがありますか?
  Q6 どうして乳児は指をしゃぶるのでしょうか?―口遊びと口腔機能の発達の関係―
  Q7 母乳か人工乳かの違いは乳歯の歯列・咬合や摂食機能に影響しますか?
  Q8 哺乳期によくみられる口腔の疾病にはどんなものがありますか?
  Q9 乳児期前半の他の身体発育と摂食(口腔)機能との関連について教えてください
  Q10 人工乳の子どもは病気にかかりやすいのでしょうか?
  Column 哺乳ビンに慣れてしまい母乳をなかなか飲んでくれないのですが,どうすればよいでしょうか?
 Section 3 離乳の準備の支援(4〜5か月頃)(井上美津子)
  Q1 乳児が離乳の準備をし始める時期はいつ頃でしょうか?
  Q2 指しゃぶり,玩具なめは食べる機能にどのように関係しますか?
  Q3 初めてものを食べさせるときには,どのようなことに注意すればよいのでしょうか?
  Q4 離乳や口のケアの準備として,何かしておいたほうがよいことはありますか?
II編 離乳期の支援
 Section 1 離乳の開始の支援(5〜6か月頃)(向井美惠)
  Q1 離乳の開始時期はいつ頃が適当でしょうか?
   サイドメモ 離乳開始時期の変遷
  Q2 離乳開始頃の食べる支援はどのようにすればよいのでしょうか?
  Q3 この時期にはどんな食べ方をするようになりますか?
  Q4 どのような調理形態の食物が適当でしょうか?
  Q5 舌で食物を押し出すことがあるのですが,どうすればよいでしょうか?
 Section 2 離乳開始から1〜2か月経た頃の支援(7〜8か月頃)(向井美惠)
  Q1 やわらかい固形の食物へ進める目安と,具体的な食べ方とは?
  Q2 口の動きはどのように評価すればよいのでしょうか?
  Q3 この時期の子どもの食べ方は,どのように支援すればよいのでしょうか?
  Q4 自食の発達過程で気をつけることは?(窒息誤嚥のリスク)
  Q5 どのような調理形態の食物が適当でしょうか?
 Section 3 歯ぐきですりつぶす食べ方の支援(9〜12か月頃)(向井美惠)
  Q1 歯ぐきですりつぶす食べ方ができると判断する目安は?
  Q2 どのような食べ方や飲み方ができるようになりますか?
  Column 食物をとり込む際の口唇の力の発達
  Q3 手の動きはどのように発達するのでしょうか?
  Q4 どのような食事支援をすればよいのでしょうか?
  Q5 どのような調理形態の食物が適当でしょうか?
 Section 4 離乳完了期の支援(12〜18か月頃)(向井美惠)
  Q1 離乳完了の目安はいつ頃でしょうか?
  Q2 どのような食べ方や飲み方ができるようになりますか?
  Q3 どのような食器・食具が適当でしょうか?
  Q4 どのような食事支援が必要でしょうか?
  Q5 どのような調理形態の食物が適当でしょうか?
  Q6 食べ方に五感がどう関係するのでしょうか?(おいしく安全に食べるために)
  Column おいしさ
  Q7 なかなか哺乳をやめようとしません
  Q8 この時期の指しゃぶりにどう対処すればよいでしょうか?
  Column 「卒乳」の考え方?
III編 幼児期前半(1歳半〜3歳頃)の支援
 Section 1 全般的な支援(向井美惠)
  Q1 口腔内はどのように変わっていきますか?(乳歯列の完成)
  Q2 どのような食べ方や飲み方ができるようになりますか?
  Q3 どのような食器・食具を選べばよいでしょうか?
  Q4 どのような食事支援が必要でしょうか?
  Q5 この時期の調理形態について教えてください
  Q6 間食(おやつ)は必要ですか?
 Section 2 食べ方が心配な子どもに対する支援(向井美惠)
  Q1 この時期に「食べ方が心配」と感じるのは,どのような食べ方でしょうか?
  Q2 この時期の噛み方が下手な子どもには,どう対処すればよいのでしょうか?
  Q3 この時期の食べ方が心配な子どもには,どう対処すればよいのでしょうか?
  Column 食物を噛まずに口に溜めています.噛めないのでしょうか?―「噛めない」と「噛まない」の違い―
 Section 3 口腔の健康に対する支援(井上美津子)
  Q1 なぜ口のなかを清潔に保つことが必要なのでしょうか?
  Q2 この時期のむし歯の特徴とその対処法を教えてください
  Q3 この時期の歯磨きの方法と手指の機能の発達について教えてください
  Q4 歯磨きをいやがってさせない場合,どうしたらよいでしょうか?
  Q5 間食や飲み物の与え方で何に気をつけたらよいでしょうか?
IV編 幼児期後半(4〜6歳頃)の支援
 Section 1 全般的な支援(向井美惠)
  Q1 この時期の食べ方で注意することは何でしょうか?
  Q2 乳歯列の完成で口腔内はどう変わりますか?
  Q3 摂食機能の習熟のためには何が必要でしょうか?
  Q4 食事マナーをどう教えていけばよいのでしょうか?(4歳以上の子ども)
  Q5 どのような調理形態や食器・食具が適当でしょうか?
  Q6 口腔の習癖にどう対処すればよいのでしょうか?
  Q7 この時期のおやつにはどのような配慮が必要ですか?
 Section 2 食べ方が心配な子どもに対する支援(向井美惠)
  Q1 食べるのに時間がかかるのですが,どうしてなのでしょうか?
  Q2 食べることに興味がないのですが,どうしたらよいでしょうか?
  Q3 好き嫌いが多くこだわりが強いのですが,どうしたらよいでしょうか?
  Q4 奥歯でよく噛んでいないようなのですが,どのような問題がありますか?
 Section 3 口腔の健康に対する支援(井上美津子)
  Q1 この時期のむし歯の特徴と予防について教えてください
  Q2 歯磨きの方法や介助の仕方について教えてください
  Q3 フロッシングは行ったほうがよいのでしょうか?
  Q4 子どもの手指の機能と磨き方で注意すべきことは何ですか?
  Q5 生活リズムが口腔の健康に及ぼす影響とは?
V編 乳幼児の食を通した育児支援
 Section 1 食を通した発達支援(向井美惠)
  Q1 食事を通して子どもが発するサインとは?
  Q2 豊かな食事とは?
  Q3 子どもは,食事からどんなことを学んでいるのでしょうか?
  Q4 食事中に気をつけなくてはならないこととは?
  Q5 安全に食べるために食事中の事故はどう予防する?
  Column 食べ方に五感はどう関係する?

 引用文献・参考文献
 さくいん