やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文
 MFT(oral myofunctional therapy,口腔筋機能療法)は,アメリカの矯正歯科医Alfred P.Rogersが,1918年から1919年にかけて口腔の筋訓練法を発表したことに始まります.その後,1970年代に言語療法士のRichard H.BarrettやWilliam E.Zickefooseらがより臨床的に改良し,口腔筋機能療法として紹介しました.日本では1979年と1980年にBarrett先生を招いてのMFT講習会がスタートしました.Barrett先生の引退後は,1981 年から2019までWilliam E.Zickefoose,Julie Zickefoose夫妻が講習会を引き継いだのです.2002年にはMFTの講習会に参加した受講生をフォローすることを目的にMFT研究会が発足し,2012年には「日本口腔筋機能療法(MFT)学会」として学会に昇格しました.
 日本におけるMFTの導入から今日に至るまで,約40年が経過しました.アメリカから導入したMFTは,臨床現場のニーズに合わせ日本型に進化しました.アメリカでは筋機能療法士や言語療法士が患者紹介を受けて単独で開業してMFTを行っています.一方,日本では歯科医師と歯科衛生士が連携して指導する医院内完結型のシステムができあがっています.日本のMFTは,単なる模倣ではなく,知識や技術を借りて日本の風土や文化に合わせた,まさに日本の価値観に沿った“和魂洋才のMFT”といえるでしょう.日本のものづくりは,勤勉さや豊かな感性,価値観を生かして洗練化していくDNAをもっていますが,MFTも同様の進化を遂げてきたのです.この日本型のMFTについて,Zickefoose夫妻は「アメリカの単独開業型より優れている」と評価しています.
 2018年4月の歯科診療報酬改定により「口腔機能発達不全症」「口腔機能低下症」の疾患名が保険収載され,口腔機能訓練が健康保険により指導できるようになりました.この影響により,MFTに関心を示す歯科医師・歯科衛生士が増えています.日本歯科医師会の未来のビジョン(「2040年を見据えた歯科ビジョン─令和における歯科医療の姿─」)にも,目標を達成した8020運動の継続とともに,口腔機能の維持・向上が新たに加わりました.マスコミもオーラルフレイルや子どもの口腔機能の育成に注目し,社会的な関心が高まってきています.その結果,口腔機能に何らかの悩みや困りごとを抱える親子が歯科医院に来院するようになり,一般開業医において「口腔機能についてどう対応したらよいかわからない」「自分の知識や経験では解決できない」という事態が発生しています.
 本書は,そのような方に向けて,日常臨床で対応が必要とされる「口腔機能の困りごとへの対応」に焦点をあてて企画しました.特に幼児期から学童期によくみられる「食べる機能の困りごと」,「呼吸の機能の困りごと」,「話す機能の困りごと」の3つについて原因や対策を詳細に解説するほか,子どもの口腔機能に関する基礎知識,MFTの一部を活用したワンポイントMFT,指導に役立つ説明用媒体や保護者からの質問に答えるためのQ&Aなどを一冊にまとめてあります.
 口腔機能について学びたい方やこれからMFTを診療に取り入れたい方にとって,本書が役に立つことを願っています.本書を通して口腔機能への取り組みが一層楽しくなれば,編者・執筆者一同の喜びです.
 2022年6月 編者一同
 序文
 はじめに
その1 こんなことに困っていませんか? 口腔機能の困りごとへのアドバイス
 1 食べる機能の困りごと〜食べ方が気になる
  食べる機能の困りごと対応チャート
  「食べ方」の何が問題になる?
  食べる機能の困りごと,何を観察して評価する?
   聞き取りで確認したいこと
   口腔内や口腔周囲で確認したいこと
   できたらやってみよう! 食事場面の観察
  「食べること」の困りごと考えられる原因と支援方法
   生活環境に原因があると考えられる場合
   形態に原因があると考えられる場合
   機能に原因があると考えられる場合
  食べ方が下手な子どもに勧めたい! “ワンポイントMFT”
  食べる機能の困りごと〜まとめ
 2 呼吸の機能の困りごと〜口がポカンと開いている
  呼吸の機能の困りごと対応チャート
  「お口ポカン」の何が問題になる?
  「お口ポカン」の原因
  呼吸の機能の困りごと,何を観察して評価する?
   聞き取りで確認したいこと
   口腔内や口腔周囲で確認したいこと
  「お口ポカン」考えられる原因と支援方法
   鼻咽頭疾患に原因があると考えられるもの
   不正咬合に原因があると考えられるもの
   口腔周囲筋(おもに口輪筋)の筋力が弱く,口唇を閉じていられない
  「お口ポカン」の子どもに勧めたい! “ワンポイントMFT”
  日常生活でできる「お口ポカン」に対する機能訓練
  呼吸の機能の困りごと〜まとめ
 3 話す機能の困りごと〜発音が気になる
  話す機能の困りごと対応チャート
  「発音」の何が問題になる?
  「発音」の困りごと,何を観察して評価する?
   子どもの発音の観察と聞き取りで確認したいこと
   知っておこう発音のチェックポイント
   口腔内や口腔周囲で確認したいこと
  発音以外で観察したいこと
  なぜその発音になるの? 考えられる原因と支援方法
   発音器官に器質的な問題がある
   舌突出癖を伴う場合
   発音の発達過程にあるため,まだ発音できない音がある
   誤った発音の「クセ」が学習されている
   発達の遅れ・発達障害がある
   聴力の問題・耳鼻科疾患がある
  歯科でできる! 上手に発音ができるような口腔機能の土台づくり
  話す機能の困りごと〜まとめ
その2 知っておきたい口腔習癖
  口腔習癖とその関連を知る
  代表的な口腔習癖
   舌突出癖
   口呼吸
   口唇閉鎖不全
   低位舌
   指しゃぶり(吸指癖)
   咬唇癖・吸唇癖
  口腔習癖と関連する舌小帯付着異常
その3 口腔機能とMFT
  MFTとは?
   MFTを行う目的
   さまざまな分野に応用されるMFT
  MFTの構成
   MFTで行うこと
   MFTの指導手順
  MFTの効果
   MFTによる歯列・咬合の誘導
   MFTと矯正治療の併用
その4 診療室で活用できる“ワンポイントMFT”
 1 MFTはじめの一歩Q&A〜MFTを取り入れる前に知っておきたいこと
  Q1 口腔機能へのアプローチ,何歳から始めればいいですか?
  Q2 MFTの「フルプログラム」と「ワンポイントMFT」はどのように使い分けられていますか?
  Q3 口腔機能の問題を認識していない保護者・患者さんに「気づき」を促すには?
  Q4 口唇閉鎖不全(お口ポカン)の指導前に知っておきたい患者さんの情報は 何ですか?
  Q5 口腔機能の問題について,保護者・患者さんに最初に説明する際のポイントは?
  Q6 舌突出癖に対する指導はどのように行いますか?
  Q7 数あるリップエクササイズのなかからどれを選択すればよいでしょうか?
  Q8 舌小帯切除術を行う患者さんに対しては,どのようにMFTを取り入れたらよいですか?
  Q9 トレーニングを継続し,習慣化してもらうためには?
 2 実践編診療室で活用できる“ワンポイントMFT”
  指導する前に患者さん・保護者に伝えること
  “ワンポイントMFT”で取り入れやすいエクササイズ
   ファットタング・スキニータング
   ティップ(ティップアンドスティック)
   リップトレーサー
   スポット(スポットポジション)
   ポッピング(タングポッピング)
   オープンアンドクローズ
   タングドラッグ(ドラッグバック)
   バイト(バイトアンドマッサージ)
   ガムトレーニング(ガムを噛む練習)
   ポスチャー
   リップエクササイズ
その5 保護者への説明に活かせる口腔機能・口腔習癖Q&A
 Q1 指しゃぶり,いつどのようにやめさせたらいいですか?
 Q2 おしゃぶりを使い続けると,何か問題がありますか?
 Q3 爪かみへの対応はどのようにしたらいいですか?
 Q4 肉や繊維のある野菜などを食べません.工夫できることはありますか?
 Q5 食べるのに時間がかかるのですが,どうしたらよいでしょうか?
 Q6 「お口ポカン」とむし歯や歯肉炎は関係しますか?
 Q7 唇をなめていて,いつも唇がかさかさなのですが
 Q8 発音を幼稚園のお友達にからかわれているようです.どのようにフォローしたらよいですか?

 Column
  「態癖」と不正咬合との関係
  MFTについてもっと深く学ぶために
  教育現場での口腔機能への取り組み