やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 我が国の医療は,これまでの予想を覆すほど進歩を続けており,なかでも周産期医療や小児救急医療の発展により周産期死亡率・乳児死亡率の低さは世界一という輝かしいアウトカムを残している.しかしながら,幸いにして生命は守られても,幼い生命に大なり小なりの障害を残すことを私たちは知らなければならず,また同時に保護者の心にも傷を残している.
 ここ数年,「小児在宅医療」が日本医師会を通じて盛んになっており,我々の学会員からも小児在宅医療チームと連携をとっている事例が増加してくるようになった.一方で,在宅療養小児患者の特性を知らず,「依頼をしたら断られた」という保護者からの落胆する意見も同時に耳にしている.
 そこで,日本障害者歯科学会では診療ガイドライン委員会に「小児在宅歯科医療」に関するガイドライン作成を喫緊の課題として依頼し,ごく短期間で本手引き書の発刊に至っている.日本障害者歯科学会では,安全安心の歯科医療を提供することを大前提に多くの活動を行っている.前述の「依頼をしたら断られた」とは,何が原因であったのか,私たちは真剣に議論しなければならない.重症心身障害児だったから? 人工呼吸器装着児だったから? 易感染性だったから? 理由はさまざまであろうが,私たちは子どもたちとその保護者の要望に応えられる歯科医療関係者を増やさなければならない使命がある.本手引き書は,歯科医療関係者の基本的な疑問に応える内容と実践例からなる構成となっている.本手引き書が,多くの子どもたちへの安全安心な歯科医療の一助につながると信じており,未来ある子どもたちとその保護者の笑顔がこれまで以上に増えることを願っている.
 一般社団法人日本障害者歯科学会 2018-2019年度・2020-2021年度理事長
 弘中祥司


 この度,日本障害者歯科学会は日本小児歯科学会のご協力のもと,「小児在宅歯科医療の手引き」を発行することになりました.在宅で療養している子どもたちには,有病児や重症心身障害児,医療的ケア児がいます.彼らは,歯科とのつながりが希薄です.多くが1歳6か月や3歳児歯科健診を受けられていません.その後も長期にわたり歯科とは関係を持てず,歯科疾患が重症化して初めて歯科を受診することがほとんどです.この手引きは,日本障害者歯科学会会員と日本小児歯科学会会員が地域と連携し,これまで歯科の手が及ばなかった子どもたちへ,広く確実に歯科医療の支援をしていくためのガイドとして作成されました.
 これまで,特別な支援が必要な子どもへの歯科治療は,おもに外来や入院で行われてきました.安全性や衛生環境の面から,それは今後も変わることはないでしょう.しかし多くの場合,う蝕などの歯科疾患が重症化してからの治療となっています.全身麻酔を含め適切に対応できる医療機関は限られていることから,受診の際の混雑は必至であり,常に予約待ち,診療を待機せざるを得ない状況が繰り返されています.
 医科では,NICUやPICUの満床問題から早期に在宅復帰する子どもが増加したことへの対策として,日本医師会が2016年度に「小児在宅ケア委員会」を立ち上げ,小児在宅ケアへの充実が推し進められてきました.在宅で療養する子どもたちが増加する現状や重症心身障害児者の高齢化の問題を踏まえ,歯科でも在宅への対応に乗り出す必要があります.
 これまで行われてきた,重症化したう蝕や歯周病などの歯科治療はもちろん重要です.さらに今後は,重症化する前に「予防」する,といった観点からの取り組みを広げていくことが必須です.そのためには,学会員が地域と連携し,かかりつけ歯科医師を中心としたシステムの構築を図ることが望まれます.
 少産少子のなかで高度医療が必要な子どもが増えている現代において,それぞれの地域・それぞれの医療機関の特徴を生かした小児在宅歯科医療への貢献が求められています.この手引きがその道しるべになれば幸いです.
 診療ガイドライン作成委員会委員長
 田村文誉
 はじめに
 小児在宅医療の実際と歯科医療に期待すること 小児科医からの提言(小沢 浩)
第1章 小児在宅歯科医療の必要性
 1―在宅療養児の実態(田村文誉)
  (1)医療的ケア児
  (2)重症心身障害児者
  (3)福祉における重症心身障害児
  (4)医療における重症心身障害児
  (5)教育における重症心身障害児
  (6)超重症心身障害児者
 2―小児在宅歯科医療の推進(村上旬平)
 3―小児在宅歯科医療の実態(これまでの診療実績),求められていること,すべきこと(八若保孝)
 4―ライフステージによる変化および配慮など(八若保孝)
  (1)無歯期:Hellman I A(一般的に誕生〜6か月)
  (2)乳歯萌出期:Hellman I C(一般的に6か月〜3歳)
  (3)乳歯列完成期:Hellman II A(一般的に3〜6歳)
  (4)第一大臼歯萌出期および前歯部交換期:Hellman II C(一般的に6〜8歳)
  (5)側方歯群交換期:Hellman III B(一般的に9〜12歳)
  (6)第二大臼歯萌出期:Hellman III C(一般的に12〜15歳)
  (7)永久歯列期:Hellman III C以降(一般的に15歳〜)
第2章 小児在宅歯科医療の期待・展望
 (小方清和)
 1―地域の歯科診療所が行う小児在宅歯科医療
 2―小児歯科や障害者歯科を専門とする高次医療機関の後方支援
 3―障害児(者)歯科医療を専門とする歯科医療者の役割
 4―高齢者在宅歯科医療(や総合病院歯科)への期待
第3章 小児在宅歯科医療を実施するための基本的知識
 1―小児療養児に関する法律と福祉サービスについて《資料》(江草正彦)
  (1)「障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律及び児童福祉法の一部を改正する法律」(概要)
  (2)重度訪問介護の訪問先の拡大
  (3)居宅訪問により児童発達支援を提供するサービスの創設
  (4)医療的ケアを要する障害児に対する支援
  (5)障害児のサービス提供体制の計画的な構築
  (6)補装具費の支給範囲の拡大(貸与の追加)
  (7)障害福祉サービス等の情報公表制度の創設
 2―小児在宅歯科医療を実行するための留意点(江草正彦)
  (1)口腔の診察・診断
  (2)治療方針
 3―在宅療養児の理解
  (1)医療的ケア:吸引,経管,人工呼吸器など(小方清和)
  (2)家族での看護介護(高井理人)
第4章 小児在宅歯科医療の診療体制
 1―概要(関野 仁)
 2―歯科衛生士の役割(関野 仁)
  (1)訪問歯科診療の事前準備
  (2)歯科治療の補助
  (3)歯科保健指導
  (4)予防処置(器質的口腔ケア)
  (5)機能的口腔ケア
  (6)他職種との連携
 3―訪問に必要な器材(高井理人)
  (1)基本的な持ち物
  (2)在宅で専門的な介入を行う場合の持ち物
 4―感染対策(山田裕之)
  (1)感染症対策(感染症への配慮)
  (2)予防接種の重要性
  (3)訪問歯科診療における手指衛生管理
  (4)医療従事者
  (5)使用器具について
  (6)環境対策
  (7)処置
  (8)感染性廃棄物の管理
  (9)おもに小児が罹患する感染症(国立感染症研究所:「小児感染症」改変)
 5―安全対策(全身管理や偶発症を含む)(小笠原 正)
  (1)リスクマネジメント
  (2)重症心身障害児の在宅歯科診療時のリスク
  (3)超重症児・医療的ケア児の在宅歯科診療時のリスク
第5章 小児在宅歯科診療の実際
 1―情報収集(高井理人)
  (1)概要,フローチャート
  (2)依頼から訪問までの確認事項
 2―小児本人,保護者への挨拶,改めて主治医からの診療情報の確認,保護者への状況の聞き取り(山田裕之)
  (1)小児本人や保護者への挨拶
  (2)改めて主治医からの診療情報の確認
  (3)保護者への状況の聞き取り(医療情報の収集)
 3―診療
  (1)全身状態の把握(小笠原 正)
  (2)口腔内診査(加藤 篤)
  (3)治療・管理計画の立案(小笠原 正)
 4―具体的な内容
  (1)口腔健康管理(内海明美)
  (2)歯面清掃と粘膜ケア(江草正彦)
  (3)歯科治療(加藤 篤)
  (4)摂食嚥下リハビリテーション(田村文誉・山田裕之・玄 景華)
 ☆補足用語説明
第6章 事例(架空症例)
 1―事例(1)(村上旬平)
  (1)症例概要
  (2)経過および対応
 2―事例(2)(小方清和)
  (1)症例概要
  (2)経過および対応
 3―事例(3)(高井理人)
  (1)症例概要
  (2)経過および対応
 4―事例(4)(高井理人)
  (1)症例概要
  (2)経過および対応

 参考資料/文献
 おわりに