序文
歯科において基礎系科目は何のために存在するのであろうか?──長年にわたって皆が心の中で疑問としてきたことをヴィジュアライズする目的で本書はまとめられました.歯科臨床は,歯科基礎医学(オーラルバイオロジー:Oral Biology)のバックグラウンドとエビデンスの上に成り立たなければなりません.逆に歯科基礎医学は,患者さんの健康にフィードバックできる研究を行うべきです.本書は歯科基礎医学の専門家と第一線の臨床家が手を取り合って作ったもので,一章ごとに専門分野のフィロソフィーが詰まっています.そこで,『歯科臨床のためのオーラルバイオロジー─微小循環から紐解くインプラント・咬合』というタイトルになりました.
本書の基礎部分は微小循環研究が基になっており,これは神奈川歯科大学 口腔解剖学教室で橋和人教授が開発した血管鋳型法(Vascular Resin Cast Method)を,現在の口腔科学講座 歯科形態学分野に至るまで脈々と行ってきた,ほぼ半世紀にわたる研究の集大成でもあります.各章の執筆者を筆頭に,写真や参考文献に掲載させていただいた先生方は,教室と共に研究を推進してきた方々です.
その源流は左の写真に始まります.これは抜去歯の歯髄腔に色素を注入し,周囲を透明にした標本を立体視したものです.血管中に合成樹脂を注入し,周囲組織を溶解して走査型電子顕微鏡(SEM)で観察する血管鋳型法のアイデアがそこから生まれました.右の写真は,血管鋳型法によるイヌ歯髄の血管網です.このように,動静脈から毛細血管に到るまで手に取るように観察できたことは,当時の歯科界に衝撃を与えたと聞いています.
まず,歯髄,舌や粘膜等の周囲軟組織を酸とアルカリで溶解し,血管のみを観察する研究が始められました.その後,歯根膜や顎関節等,蛋白分解酵素や次亜鉛素酸ナトリウムで軟組織のみを溶解し,硬組織と血管系の観察が可能になりました.さらに抜歯や矯正,咬合性外傷等,歯科治療で関心が寄せられる分野へと研究は発展していきます.
同時に,ヨーロッパでは筆者の恩師であるLeif Olgart教授(Karolinska Institute,Sweden)やアメリカではSyngcuk Kim教授(Colombia University〜Pennsylvania University,USA)との共同研究で国際的に知られることとなり,海外の組織学や歯内療法学の教科書に我々の写真が多数掲載されるようになりました.この時期に今回貴重な症例をご提示いただいた中村社綱先生,内藤正裕先生を始めとして,著名な臨床の先生方が持ち寄ってきたアイデアを基にしたコラボレーションが進んでいきます.近年では血管と硬組織,生体材料との関係に注目し,インプラントや骨造成に代表される再生歯科医療へと領域を広げています.
本書をお読みいただくことで,歯科臨床で診断や治療法を選択する際にオーラルバイオロジーがエビデンスとして活用されることを心から願っています.
2020年9月
神奈川歯科大学大学院 口腔科学講座 歯科形態学分野教授 松尾雅斗
歯科において基礎系科目は何のために存在するのであろうか?──長年にわたって皆が心の中で疑問としてきたことをヴィジュアライズする目的で本書はまとめられました.歯科臨床は,歯科基礎医学(オーラルバイオロジー:Oral Biology)のバックグラウンドとエビデンスの上に成り立たなければなりません.逆に歯科基礎医学は,患者さんの健康にフィードバックできる研究を行うべきです.本書は歯科基礎医学の専門家と第一線の臨床家が手を取り合って作ったもので,一章ごとに専門分野のフィロソフィーが詰まっています.そこで,『歯科臨床のためのオーラルバイオロジー─微小循環から紐解くインプラント・咬合』というタイトルになりました.
本書の基礎部分は微小循環研究が基になっており,これは神奈川歯科大学 口腔解剖学教室で橋和人教授が開発した血管鋳型法(Vascular Resin Cast Method)を,現在の口腔科学講座 歯科形態学分野に至るまで脈々と行ってきた,ほぼ半世紀にわたる研究の集大成でもあります.各章の執筆者を筆頭に,写真や参考文献に掲載させていただいた先生方は,教室と共に研究を推進してきた方々です.
その源流は左の写真に始まります.これは抜去歯の歯髄腔に色素を注入し,周囲を透明にした標本を立体視したものです.血管中に合成樹脂を注入し,周囲組織を溶解して走査型電子顕微鏡(SEM)で観察する血管鋳型法のアイデアがそこから生まれました.右の写真は,血管鋳型法によるイヌ歯髄の血管網です.このように,動静脈から毛細血管に到るまで手に取るように観察できたことは,当時の歯科界に衝撃を与えたと聞いています.
まず,歯髄,舌や粘膜等の周囲軟組織を酸とアルカリで溶解し,血管のみを観察する研究が始められました.その後,歯根膜や顎関節等,蛋白分解酵素や次亜鉛素酸ナトリウムで軟組織のみを溶解し,硬組織と血管系の観察が可能になりました.さらに抜歯や矯正,咬合性外傷等,歯科治療で関心が寄せられる分野へと研究は発展していきます.
同時に,ヨーロッパでは筆者の恩師であるLeif Olgart教授(Karolinska Institute,Sweden)やアメリカではSyngcuk Kim教授(Colombia University〜Pennsylvania University,USA)との共同研究で国際的に知られることとなり,海外の組織学や歯内療法学の教科書に我々の写真が多数掲載されるようになりました.この時期に今回貴重な症例をご提示いただいた中村社綱先生,内藤正裕先生を始めとして,著名な臨床の先生方が持ち寄ってきたアイデアを基にしたコラボレーションが進んでいきます.近年では血管と硬組織,生体材料との関係に注目し,インプラントや骨造成に代表される再生歯科医療へと領域を広げています.
本書をお読みいただくことで,歯科臨床で診断や治療法を選択する際にオーラルバイオロジーがエビデンスとして活用されることを心から願っています.
2020年9月
神奈川歯科大学大学院 口腔科学講座 歯科形態学分野教授 松尾雅斗
第1章 歯肉と支台歯形成 【松尾雅斗,内藤正裕】
歯肉外縁上皮の微小循環
歯肉内縁上皮の微小循環
臨床の立場から
超音波形成のBiology
第2章 歯根膜と咬合性外傷─咬合調整,筋機能の改善 【松尾雅斗,内藤正裕,高坂昌太】
歯根膜の微小循環
歯根膜微小循環の血管ポンプ説
咬合性外傷時における歯周組織血管網の変化
臨床の立場から
咬合の2つの原則
咬合の3つの局面
咬合調整の対象は2つ,でも目標は1つ
「モノ」と「コト」の違い
ME機器の意味合い
咬合調整の6つのポイント
症例Aの検討
症例Bの検討
第3章 歯周疾患の微小循環 【松尾雅斗】
歯周疾患時の微小循環
歯槽骨吸収と微小循環
歯周治療と微小循環
歯周炎予防と微小循環
第4章 インプラントとオッセオインテグレーション 【松尾雅斗,中村社綱】
インプラント周囲組織の組織構造
オッセオインテグレーション
インプラントと咬合
インプラント-骨界面から見たオッセオインテグレーションの獲得プロセス
ヒトとの比較
第5章 上顎洞とインプラント 【松尾雅斗,宗像源博】
上顎洞への対応
上顎洞の解剖学的構造
ラテラルアプローチ法によるサイナスリフト
インプラント性上顎洞炎
インプラントの迷入
第6章 インプラント周囲炎 【松尾雅斗,山本麗子】
インプラント周囲炎とは
歯周炎(Periodontitis)とインプラント周囲炎
インプラント周囲組織に対する口腔ケアの効果
第7章 歯周組織再生医療(1) 骨誘導再生法(GBR)のBiology 【松尾雅斗,中村社綱】
歯槽骨を再生する3つの手法
GBR法とは?
GBRメンブレンの内側で起こる組織の再生
第8章 歯周組織再生医療(2) 骨移植のBiology 【松尾雅斗,中村社綱】
自家骨移植
人工骨移植─非吸収性人工骨(HA)と吸収性人工骨(β-TCP)
異種骨移植(DBBM)
自家脱灰歯牙移植
自家骨顆粒+ウシ由来脱灰乾燥骨を用いた症例
DBBMを用いたソケットプリザベーション
第9章 歯周組織再生医療(3) 自己血を用いた濃縮血小板療法 【松尾雅斗,東 雅啓,奥寺俊允】
PRPのBiology
PRFのBiology
第10章 顎関節と下顎運動 【松尾雅斗,玉置勝司】
顎関節の構造
基本的な下顎運動(開口運動)
下顎頭の基準位
顎関節の微小循環
関節周囲の特徴的な血管網
静脈弁による血流調節
顎関節症
第11章 矯正移動時の歯周組織変化 【松尾雅斗】
歯が移動する過程
歯の移動時の歯根膜血管網の変化
歯根膜の循環障害
第12章 唾液腺と唾液検査 【松尾雅斗,東 雅啓,天野カオリ,槻木恵一】
唾液腺の構造
唾液腺周囲の神経系
唾液検査の臨床応用
唾液検査の将来性
第13章 歯周疾患と全身疾患─有病者の治療のために 【松尾雅斗,橋聡子,橋俊介】
生活習慣病の形態学─糖尿病の微小循環
歯周疾患は糖尿病を増悪させるか?
生活習慣病の生理学─微小循環のメカニズム
循環器疾患における末梢循環障害の重要性
糖尿病と末梢循環障害
高血圧症と歯周疾患
第14章 コンピューターシミュレーションによる歯周組織の再生予測 【永山勝也,松尾雅斗】
抜歯窩再生の組織学的観察
現象・解析モデルについて
解析条件
解析結果
索引
歯肉外縁上皮の微小循環
歯肉内縁上皮の微小循環
臨床の立場から
超音波形成のBiology
第2章 歯根膜と咬合性外傷─咬合調整,筋機能の改善 【松尾雅斗,内藤正裕,高坂昌太】
歯根膜の微小循環
歯根膜微小循環の血管ポンプ説
咬合性外傷時における歯周組織血管網の変化
臨床の立場から
咬合の2つの原則
咬合の3つの局面
咬合調整の対象は2つ,でも目標は1つ
「モノ」と「コト」の違い
ME機器の意味合い
咬合調整の6つのポイント
症例Aの検討
症例Bの検討
第3章 歯周疾患の微小循環 【松尾雅斗】
歯周疾患時の微小循環
歯槽骨吸収と微小循環
歯周治療と微小循環
歯周炎予防と微小循環
第4章 インプラントとオッセオインテグレーション 【松尾雅斗,中村社綱】
インプラント周囲組織の組織構造
オッセオインテグレーション
インプラントと咬合
インプラント-骨界面から見たオッセオインテグレーションの獲得プロセス
ヒトとの比較
第5章 上顎洞とインプラント 【松尾雅斗,宗像源博】
上顎洞への対応
上顎洞の解剖学的構造
ラテラルアプローチ法によるサイナスリフト
インプラント性上顎洞炎
インプラントの迷入
第6章 インプラント周囲炎 【松尾雅斗,山本麗子】
インプラント周囲炎とは
歯周炎(Periodontitis)とインプラント周囲炎
インプラント周囲組織に対する口腔ケアの効果
第7章 歯周組織再生医療(1) 骨誘導再生法(GBR)のBiology 【松尾雅斗,中村社綱】
歯槽骨を再生する3つの手法
GBR法とは?
GBRメンブレンの内側で起こる組織の再生
第8章 歯周組織再生医療(2) 骨移植のBiology 【松尾雅斗,中村社綱】
自家骨移植
人工骨移植─非吸収性人工骨(HA)と吸収性人工骨(β-TCP)
異種骨移植(DBBM)
自家脱灰歯牙移植
自家骨顆粒+ウシ由来脱灰乾燥骨を用いた症例
DBBMを用いたソケットプリザベーション
第9章 歯周組織再生医療(3) 自己血を用いた濃縮血小板療法 【松尾雅斗,東 雅啓,奥寺俊允】
PRPのBiology
PRFのBiology
第10章 顎関節と下顎運動 【松尾雅斗,玉置勝司】
顎関節の構造
基本的な下顎運動(開口運動)
下顎頭の基準位
顎関節の微小循環
関節周囲の特徴的な血管網
静脈弁による血流調節
顎関節症
第11章 矯正移動時の歯周組織変化 【松尾雅斗】
歯が移動する過程
歯の移動時の歯根膜血管網の変化
歯根膜の循環障害
第12章 唾液腺と唾液検査 【松尾雅斗,東 雅啓,天野カオリ,槻木恵一】
唾液腺の構造
唾液腺周囲の神経系
唾液検査の臨床応用
唾液検査の将来性
第13章 歯周疾患と全身疾患─有病者の治療のために 【松尾雅斗,橋聡子,橋俊介】
生活習慣病の形態学─糖尿病の微小循環
歯周疾患は糖尿病を増悪させるか?
生活習慣病の生理学─微小循環のメカニズム
循環器疾患における末梢循環障害の重要性
糖尿病と末梢循環障害
高血圧症と歯周疾患
第14章 コンピューターシミュレーションによる歯周組織の再生予測 【永山勝也,松尾雅斗】
抜歯窩再生の組織学的観察
現象・解析モデルについて
解析条件
解析結果
索引