やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文
 歯周治療の重要性は増している.たとえば,歯周病原細菌は胃の細菌叢を含め腸内細菌叢に影響を及ぼすが,腸内細菌叢の乱れは,免疫系・神経系・代謝系などの病気を引き起こす.こうしたことから,歯周病は単に口腔内の病気であるだけでなく,全身に関連する病気であるため,歯周治療には医科歯科連携が必要になってくる.そして,こうした歯周治療のなかでも,低侵襲な歯周治療が必要性を増している.歯周病罹患率が高い高齢者の寿命が延びていることもあり,体に負担の少ない治療に注目が集まってきているのだ.現在,マイクロスコープ・サージカルルーペ・マイクロスコーピー・Er:YAGレーザーを用いた低侵襲な非外科的歯周治療(抗菌薬の併用も含む)や歯間乳頭を保存する低侵襲な歯周組織再生療法が行われている.
 低侵襲な歯周治療は,まず正確な検査を行い,的確に診断することが大切である.口腔内写真・エックス線写真・歯周精密検査に加えて,戦略的に予知性を高めることができるCBCTの撮影が有効になる.そして,上述のような治療を行うとともに,歯周病は慢性疾患であるため,SPT/メインテナンスを行うことによるリスク管理も必要である.
 本書は図や表を多く掲載して,このような低侵襲な歯周治療の施術を具体的に解説した.とりわけ,マイクロスコープを用いたSRP(手用キュレット)は詳細に説明している.前歯から小臼歯までの垂直性骨欠損は,可能であれば非外科で治したいとの思いがある.本書が低侵襲な歯周治療のロードマップとして,開業医の先生方の臨床に寄与することができれば幸いである.
 最後に本書の執筆にご協力頂いた,三辺正人先生・両角俊哉先生・杉山貴志先生・原井一雄先生,杉原俊太郎先生をはじめ,本書の制作にお力添えいただいた関係各位,当院勤務医をはじめ私を支えてくれている当院スタッフ,そして家族に心より感謝申し上げたい.
 2020年8月
 河野寛二


発刊に寄せて
 「低侵襲治療」という言葉からイメージするのは,「体にやさしい」,「短時間」,「痛みが少ない」などであり,患者だけでなく患者と術者の双方にとって身体的精神的負担が少ない治療と解釈されている.いわゆる「必要最低限に治療の侵襲や副作用を抑えて,最大の治療効果をもたらす」ことを意図した治療である.医科領域では現在では広く臨床応用されており,がん治療を例に挙げれば,手術では内視鏡治療,化学療法では分子標的薬物療法,放射線では,高精度放射線治療などがこれに相当する.しかしながら,治療の侵襲や副作用を必要最低限に抑え,根治療法として,あるいは根治療法の侵襲を少なくして最大の治療効果を得るためには,一般的な治療指針に沿った標準的(平均値)治療に準ずるのではなく,患者個人レベルでの最適な治療法を分別(検査),選択(診断)し,それを施す(治療介入)ための高精度医学(precision medicine)の概念を導入することが必要となる.
 バイオフイルム感染症である歯周病は,全身との関連性からは非感染性疾患(NCD)と認識されるようになってきた.疾病負荷(経済的コスト,死亡率,疾病率で計算される特定の健康問題の指標)の概念に基づいて全身の健康を鑑みて口腔の慢性炎症と機能の改善を図ることが歯周治療においても重要となってきており,それを反映した歯周病の新分類も臨床に導入されつつある.すなわち,リスク検査⇒リスク診断⇒リスク低減治療⇒リスク管理という慢性疾患における医科モデルに準じたtreat to target(治療の複数のエンドポイントで疾患を病状安定状態に管理する考え方で,歯周病の重症化予防も本来はこの考え方に基づくべきものである)の原則に基づくことで,歯周病の低侵襲治療は,その臨床的有用性を発揮できるとの認識を持つことが必要である.本書の副題が示すように,歯周病の非外科治療から外科治療における最新の低侵襲治療の概念と方法を習得するとともに,新しい治療手技を紹介したマニュアル本という一面だけでなく,全身の健康リスクのコントロールに歯周病の個別化したリスクコントロール法が先制医療〈preemptive medicineとは,発症前に高い精度で発症予測(predictive diagnosis)あるいは正確な発症前診断(precise medicine)を行い,病気の症状や重大な組織の障害が起こる前の適切な時期に治療的介入を実施して発症を防止するか遅らせるという,新しい医療のパラダイムである.本パラダイムは,今後の医療の進むべき方向の一つと考えられる〉として重要であるという点をご理解頂き,本書を有効活用して頂きたい.
 2020年8月
 三辺正人

 プロローグ(河野寛二)
I編 歯周治療を行う前に
 1.なぜ低侵襲な治療が必要なのか(河野寛二)
 2.患者の生活習慣,全身状態を把握する
  1 喫煙(河野寛二)
   1―禁煙中の症例
  2 糖尿病と歯周病の関係(河野寛二)
  3 腸内細菌の視点からの低侵襲歯周治療(原井一雄)
   1―はじめに
   2―体内常在菌
   3―腸内細菌叢の乱れ
   4―腸内細菌叢の安定化
   5―最後に
   Column 歯周病原細菌と大腸がん(原井一雄)
 3.プラークコントロール(河野寛二)
II編 MISTの前に―低侵襲な非外科治療(MINST)
 1.MINSTとは(河野寛二)
 2.CBCT画像による歯根面形態像と手用キュレットに必要な知識と感覚(河野寛二)
  1 CBCT画像による歯根面形態像
  2 手用キュレットに必要な知識と感覚
 3.超音波スケーラーの役割と使い方(杉山貴志)
  1 超音波スケーラーの利点/欠点
   1―超音波スケーラーの利点
   2―超音波スケーラーの欠点
  2 超音波スケーラーチップの選択と使用方法
   1―チップの動かし方
   2―治療ステージによって違うデブライドメント
   3―SRP時に浸潤麻酔は必要なのか?
  3 歯科用内視鏡を使用した低侵襲な非外科治療
   1―ペリオスコーピーシステム
   2―ペリオスコーピーシステムを使用した症例
 4.マイクロスコープを用いた低侵襲な非外科術式と治療症例(河野寛二)
  1 マイクロスコープを用いた低侵襲な非外科術式
   1―臼歯部
   2―前歯部
  2 マイクロスコープを用いた低侵襲な治療症例
   1―MINST(サージカルルーペ+マイクロスコープ)の症例
   2―MINST(サージカルルーペ+マイクロスコープ)+矯正治療の症例
   3―MINST(マイクロスコープ)の症例
III編 MISTの概念と手技
 1.MISTとは(河野寛二)
 2.MISTに必要な機材(河野寛二)
  1 CBCT(cone beam computed tomography)の使用
  2 マイクロスコープを使用する
  3 Er:YAGレーザーを使用する
 3.MIST成功のための条件(河野寛二)
  1 成功のための条件(1) 患者選択(patients selection)
   1―治療の成功に関係しているもの
  2 成功のための条件(2) 骨欠損の選択(defect selection)
   1―骨欠損形態(defect morphology)
   2―動揺度(mobility)
   3―歯内療法(endo)
  3 成功のための条件(3) 外科の手順(surgical procedure)
   1―使用材料(material)
   2―技術的な問題(operator skills)
   3―外科的アプローチ(surgical approach)
 4.実際の術式(MISTの具体的施術)(河野寛二)
  1 外科的なアクセス(surgical access)
  2 フラップのデザイン(flap design)
  3 再生の戦略(regenerative strategy)
  4 MISTの施術
   1―動揺度が2度の前歯の症例
   2―動揺度が2度以上の大臼歯の症例
 5.Er:YAGレーザー併用
  1 Er:YAGレーザーの利点(両角俊哉,杉原俊太郎)
   1―Er:YAGレーザーとは
   2―Er:YAGレーザーの作用機序と特徴
   3―Er:YAGレーザー装置の仕様と出力
   4―Er:YAGレーザーの応用と利点
  2 Er:YAGレーザーを用いたMIST河野寛二
 6.EMD,FGF-2製剤を併用したMISTの症例(河野寛二)
  1 エムドゲイン(EMD:enamel matrix derivative)使用症例
  2 リグロス(FGF-2:塩基性線維芽細胞成長因子)使用症例
  3 M-MIST(modified MIST)症例
   1―M-MISTの紹介
   2―M-MISTの術式
  4 根分岐部病変(furcation involvement)症例
   1―大臼歯根分岐部病変Class IIに対する垂直的分類の生存率
   2―根分岐部病変の症例
  5 歯周組織再生療法後の注意
  6 MISTの結論
   Column Network meta-analysis(河野寛二)
IV編 その他の低侵襲歯周治療―抗菌療法
 1.抗菌療法の適応基準(三辺正人)
  1 SATの適応基準
 2.抗菌療法の治療効果(三辺正人)
  1 SATの治療効果
V編 歯周炎治療後のSPT・メインテナンス
 1.歯周炎治療後のSPT・メインテナンス(河野寛二)
  1 SPT・メインテナンスの重要性
  2 SPT時(1時間)に行うこと
エピローグ 歯周治療の目指す方向性
 1.歯科医科連携による歯周病の包括的リスク管理(三辺正人)
  1 歯周病と全身の健康
  2 全身の健康に影響を及ぼす歯周治療
  3 歯科医科統合した包括診療の実践と今後の課題

 索引