やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文
 我が国の高齢者,要介護高齢者の急速な増加に伴い,多くの施策が提示され,医療や教育の現場もその対応が求められております.
 そもそも高齢者の問題は,ある特定の分野や人だけが対応するものではありません.事実,日本老年学会は,日本老年医学会,日本老年社会科学会,日本基礎老化学会,日本老年歯科医学会,日本老年精神医学会,日本ケアマネジメント学会,日本老年看護学会の7つの学会から構成されており,まさしく学際的な領域です.歯科に限っても,多くの専門分野がこの領域に携わっています.そうは言っても,実際の歯科医療現場では,口腔衛生管理,口腔ケアはもとより,高齢者,特に要支援,要介護高齢者の方々へ,食べられるように,適切な栄養摂取ができるように口腔機能を改善することが最終のアウトカムとして求められます.そのためには補綴歯科的な観点が主体になることに異論はないと思います.それは,義歯を製作したり,修理したりする補綴歯科の技術だけでなく,口腔機能の改善という最終アウトカムから患者にとって最良の治療・指導プロトコルを見つけ出すことにあります.
 本書では,通常の歯科診療所に訪れるフレイルの人から,施設での診療や訪問診療で対象となる認知症,要支援・要介護の人に対する咀嚼機能改善,栄養摂取改善のための基礎知識と実際の治療,指導のポイントを,症例と共にわかりやすく提示することに努めました.執筆者の多くは歯科補綴学をベースに高齢者歯科,歯科訪問診療に最前線で携わっている方々です.これまでの歯科診療に関する多くのノウハウが蓄積されておりますが,そのままでは要支援・要介護,フレイルの人たちには通用しないかもしれません.しかし,治療の考え方を少し改め,高齢者の生活の立場から治療のプライオリティを変更すれば,これまでの培ってきたものが通じるようになると思います.
 本書が,これからさらに増加の一途をたどる要支援・要介護の高齢者の治療に加わろうという方々,あるいは既に携わっているものの迷いをもたれている方々の一助になれば編集者,執筆者一同,望外の喜びになります.
 2020年6月
 編集者一同
第1章 概論
 高齢者の置かれた状況─口腔内はどうなっているのか(市川哲雄)
  高齢者の特性─補綴治療をする際に理解すべき高齢者の特性とは?
  高齢者の健康管理のステージ
  高齢者によく見られる口腔状態と補綴治療との関連
   1.歯と歯列の変化(Tooth wear)
   2.顎堤形態の変化(粘膜と骨の変化)
   3.対向関係
   4.筋肉の変化
   5.唾液流量と性状の変化
   6.感覚の低下と運動の巧緻性の変化
  高齢期の補綴治療の検討時期と検討項目─補綴治療をいつから考え,何を考えるのか?
  高齢者の健康管理と社会的環境─なぜチーム医療の中での情報共有が重要なのか
第2章 高齢者に対応するための義歯・補綴テクニック
 1.高齢者の口腔状態に合わせた義歯・補綴治療の基本(市川哲雄)
 2.義歯・補綴治療における口腔機能検査および評価(水口俊介)
  咬合力検査
  咀嚼能力検査
 3.義歯・補綴治療における機能訓練(水口俊介)
  咀嚼訓練
  口腔周囲筋や舌の訓練
  嚥下訓練
 4.義歯・補綴治療における前処置の重要性(水口俊介)
  レストシートの設定
  リカンタリング
  回転着脱を考慮する
 5.特殊な義歯形態(PAP)について(永尾 寛)
 6.義歯の修理・管理(永尾 寛)
 7.着脱しやすい義歯(三輪俊太,池邉一典)
  支台装置の設定は必要最小限とする
  小臼歯より前方に支台装置を設計する
  大臼歯に支台装置を設定する必要がある場合,前歯部の義歯床で外すことが可能な設計とする
 8.義歯のネーム入れ(三輪俊太,池邉一典)
 9.栄養管理・ミールラウンド(石田 健,池邉一典)
第3章 高齢者の状況に合わせた義歯治療の考え方・実際(1) フレイル患者への対応
 1.フレイルと口腔への影響(水口俊介)
  フレイルとは何か?
  オーラルフレイルとは
  「口腔機能低下症」とは
  オーラルフレイルや口腔機能低下を示す口腔の変化
   1.口腔不潔(口腔衛生不良)
   2.口腔乾燥
   3.咬合力
   4.舌口唇運動機能
   5.舌圧
   6.咀嚼機能
   7.嚥下機能
 2.フレイル患者への義歯・補綴治療の考え方(市川哲雄,後藤崇晴)
  基本的な考え方
  フレイル患者の治療計画を立てる際に考慮すべき事項
   1.充填修復か,歯冠補綴か
   2.根面処置か,歯冠補綴か
   3.ブリッジか,義歯か
   4.金属床か,レジン床か
   5.義歯の設計:義歯の修理か,新製か
  口腔衛生および義歯管理の補助材料
  栄養指導,食事指導
 3.細菌性肺炎でADLが低下したフレイル患者の症例(岩佐康行)
  患者概要
  診断と治療内容
  考察
 4.脳梗塞既往を有するフレイル患者の症例(三輪俊太,池邉一典)
  患者概要
  診断と治療内容
  考察
 5.フレイル患者に対して義歯の咬合様式と口蓋形態を再構築した症例(永尾 寛)
  患者概要
  診断と治療内容(1) 術前の評価と結果
  診断と治療内容(2) 術前評価から義歯の設計を考える
  診断と治療内容(3) 口腔周囲筋の訓練
  診断と治療内容(4) 術後経過
  考察
第4章 高齢者の状況に合わせた義歯治療の考え方・実際(2) 長期入院後の患者への対応
 1.高齢者によくある入院の理由と病院における口腔内の取り扱われ方(古屋純一)
  高齢者を入院させる代表的な疾患,障害とは?
  入院医療の提供体制
  医療連携,医歯連携の形にはどのようなものがあるのか?
  患者を支えるチーム医療とは?
 2.長期入院後の患者への義歯・補綴治療の考え方(古屋純一)
  歯科治療の考え方,予後を見据えた治療計画の立て方
  各ステージ(急性期,回復期,維持期,終末期)における治療の考え方
   1.急性期
   2.回復期
   3.維持期(生活期)
   4.終末期
 3.咬合不全に伴う摂食機能障害を呈したパーキンソン病患者への補綴介入症例(猪原 健)
  患者概要
  補綴介入までの対応
  診断と治療内容(補綴介入)
  考察
 4.入院後に義歯が合わなくなった症例(石田 健,池邉一典)
  患者概要
  診断と治療内容
  考察
 5.長期に通院困難な状況で咬合不良となった症例(東山祐陽)
  患者概要(症例1)
  患者概要(症例2)
  考察
第5章 高齢者の状況に合わせた義歯治療の考え方・実際(3) 麻痺のある患者への対応
 1.麻痺が生じる理由と口腔内への影響(岩佐康行)
  麻痺が生じる原因とその生じ方(障害部位)の関係性
  口腔内での障害(麻痺)にはどのようなものがあるのか?
   1.左右の顔貌の比較
   2.口腔内の観察
   3.「アー」の発音
   4.含嗽
   5./pa/,/ta/,/ka/の発音
   6.大きく挺舌
  リハビリテーションの効果とその予測
 2.麻痺のある患者への義歯・補綴治療の考え方(岩佐康行)
  義歯の着脱
  下顎位の変化
  口輪筋や頬筋の運動障害
  舌の運動障害
  その他の運動障害
 3.脳出血後に片麻痺のある患者に対する義歯製作の2症例(竹内周平)
  患者概要(症例1)
  診断と治療内容(症例1)
  考察(症例1)
  患者概要(症例2)
  診断と治療内容(症例2)
  考察(症例2)
 4.右側顔面麻痺のある患者の症例(三輪俊太,池邉一典)
  患者概要
  診断と治療内容
  考察
 5.ワレンベルグ症候群と延髄梗塞を併発した患者への補綴治療症例(渡邉 恵)
  患者概要
  診断と治療内容
  考察
第6章 高齢者の状況に合わせた義歯治療の考え方・実際(4) 認知症の人への対応
 1.認知症の人への歯科治療(平野浩彦)
  認知症とはどういった病気か
  認知症の進行に伴う歯科ニーズの変遷
   1.歯科治療を円滑に行うための認知症への理解
   2.認知症進行と共に“いつ““何が”起こるのか
  認知症の人への歯科治療におけるインフォームドコンセント
 2.認知症の人への義歯・補綴治療の考え方(三輪俊太,池邉一典)
  アルツハイマー型認知症に対する治療目標
  アルツハイマー型認知症に対する補綴治療の進め方
   1.即時記憶障害/見当識障害
   2.注意障害
   3.失語・理解力の障害
  レビー小体型認知症に対する治療目標
  レビー小体型認知症に対する補綴治療の進め方
   1.認知機能の変動
   2.精神緩慢・動作緩慢
   3.嚥下機能の低下
  血管性認知症に対する治療目標
  血管性認知症に対する補綴治療の進め方
  考察
 3.認知症の人に対する有効な開口法を用いた症例(佐藤修斎)
  痴呆から認知症へ―『恍惚の人』に見る,認知症と入れ歯
  患者概要
  診断と治療内容
  考察
 4.義歯治療に抵抗を示す認知症の人の症例(岩佐康行)
  患者概要
  診断と治療内容
  考察
 5.アルツハイマー型認知症の中核症状に対応し,歯科治療が可能であった症例(三輪俊太,池邉一典)
  患者概要
  診断と治療内容
  考察
第7章 高齢者の状況に合わせた義歯治療の考え方・実際(5) 在宅患者への対応
 1.患者はなぜ在宅なのか(猪原 健)
  在宅療養の現状
  早期退院への取り組みの重要性
 2.在宅患者への義歯・補綴治療の考え方(石田 健,池邉一典)
  義歯・補綴治療の進め方
  予後を見据えた治療計画の立て方
 3.補綴治療介入を行うか,行わないかの判断基準(猪原 健)
  補綴治療介入を行うべきかの判断
  補綴治療介入を行わない判断のポイント
   1.失認(物の意味がわからない)
   2.失行(合理的な行動ができない)
   3.大脳辺縁系の萎縮
  家族等の過度な期待の具体例とその対応
   1.認知症の進行予防のためには,噛む必要のある食事を摂取して脳を活性化させないといけないから義歯が必要だ
   2.食事がなかなか進まないのは,義歯がない・合っていないからだ
 4.咀嚼能力検査や食事観察を基にして義歯を再製した症例(石田 健,池邉一典)
  患者概要
  診断と治療内容
  考察
 5.使用していなかった義歯の修理による食形態の改善を図った症例(林田有貴子)
  患者概要
  診断と治療内容
  考察

 索引