やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに 本書の読み方
 要介護高齢者が増加するなか,今後はより多くの歯科医師が歯科訪問診療に関わらざるを得なくなります.やや乱暴な表現になりますが,訪問診療が本当に初期の時代には「訪問ではしっかりと治療ができないから,すべての患者さんに対して積極的な治療はせずにケアのみにしよう」,「一般の診療の片手間に,少しだけ訪問をしよう」ということもあったように思います.こうした対応になったのは,おそらく一般外来とは違う問題点や,卒前には教わることのなかった疑問が数多くあったからではないでしょうか.
 自分自身を振り返ってみても,訪問診療に足を踏み入れた時には,それまでは考えもしなかった素朴な疑問に何度もぶつかりました.例えば,「そもそもこの患者さんには義歯を入れるべきなのか?」,「残根は残しておいてよいのか,抜いたほうがよいのか?」というところから始まり,嚥下障害に目を向けるようになってきてからも,「全員に嚥下の検査をしなければならないのか?」,「誤嚥していたら全員危ないのか?」というあたりはなかなか教えてくれる人はいませんでした.
 本書は,訪問を始めてからぶつかりやすいそのような疑問に対して,可能な限りエビデンスをもって答えることができることを目的として作成されました.逆の読み方をすると,まだまだエビデンスが足りない分野であることもお分かりいただけるかもしれません.
 内容としては,保存治療や補綴治療といった一般診療から摂食嚥下,さらにはインプラント,歯列不正,ターミナルケア,歯科衛生士の介入,離島やへき地での対応,そして新型コロナウイルスの蔓延により今後の需要が見込まれるオンライン診療についても可能な範囲での知見をご紹介しています.
 近年,訪問診療に必要な機材や設備も充実してきました.さらに,歯科訪問診療をご自身の生業として熱意に取り組む先生も増え,この20年くらいで急速に進歩してきている分野であると感じています.そうした分野において実臨床を行うにあたり指針の一つとしてお役に立てればと思います.
 本書が刊行される2020年の夏は,新型コロナウイルスの感染拡大により世界的な混乱が引き起こされた時期です.そして,その後の社会の変化によっては,歯科訪問診療の在り方自体が大きく変革する可能性も否定できません.しかし,現時点で我々が最大限にご提供できる情報としてお手に取っていただければありがたいです.

謝辞
 ・本書は平成30,31年度厚生労働科学研究費補助金地域医療基盤開発推進研究事業「地域包括ケアシステムにおける効果的な訪問歯科診療の提供体制等の確立のための研究」で作成したマニュアルをもとに作成されました.
 ・マニュアル作成にあたり日本老年歯科医学会在宅歯科医療委員会,全国在宅療養歯科診療所連絡会にご意見をいただきました.
 ・また10章で紹介させていただきましたアンケート調査にあたり,脳損傷による遷延性意識障がい者と家族の会「わかば」代表 の横山恒さま,全国色素性乾皮症(XP)連絡会代表の長谷川雅子さまおよび各会の会員の皆さまに多大なご協力を賜りました.
 ここに深く感謝致します.

 編者・執筆者を代表して
 戸原 玄
 はじめに 本書の読み方
 執筆者一覧
 本書の概要
第1部 歯科訪問診療におけるClinical Questions
 1章 歯科訪問診療における嚥下と咀嚼
  CQ 1-1 窒息リスクが高いのはどのような患者か?
  CQ 1-2 簡易な咀嚼機能の評価方法にはどのようなものがあるか?
  CQ 1-3 咀嚼機能が良好なら嚥下機能も良好と判断してよいか?
  CQ 1-4 咬合支持のない患者に義歯を製作すれば咀嚼機能は回復するか?
  CQ 1-5 嚥下の評価にはスクリーニングテストだけで十分か?
  CQ 1-6 嚥下内視鏡検査はどのような流れで行うか?
  CQ 1-7 嚥下内視鏡検査はどのような目的で行うか?
  CQ 1-8 誤嚥や喉頭侵入を防ぐことができない場合は禁食にした方がよいか?
  CQ 1-9 間接訓練の効果が出ない場合は訓練回数を増やせばよいか?
  CQ 1-10 舌接触補助床はどのような患者に適用となるか?
  症例 歯科訪問診療にて対応した,間接訓練から直接訓練に至るまでの一症例
 2章 歯科訪問診療における保存治療
  CQ 2-1 歯科訪問診療で必要な保存治療はなにか?
  CQ 2-2 歯科訪問診療の対象患者で齲歯を認める場合,どのような治療方針がよいか?
  CQ 2-3 歯科訪問診療で症状のない残根歯は保存すべきか?
  CQ 2-4 認知症や障害により開口の指示に従えないが,齲歯がある場合どうすべきか?
  CQ 2-5 歯科訪問診療で根管治療は実施すべきか?
  CQ 2-6 在宅で歯周治療を実施すべきか?
  CQ 2-7 動揺著明歯がある場合はどのように対応すべきか?
  CQ 2-8 在宅での歯周治療により全身状態が改善するといえるか?
  症例 歯科訪問診療にて対応した,多数歯治療が必要であった一症例
 3章 歯科訪問診療における補綴歯科治療
  CQ 3-1 歯科訪問診療で義歯の使用が可能かどうかを判断する要因は何か? また義歯を使用する場合は新義歯を製作するよりも現在の義歯の修理や調整で対応した方がよいのか?
  CQ 3-2 歯科訪問診療で咀嚼機能検査は実施可能か?
  CQ 3-3 歯科訪問診療で口腔機能低下症の検査は実施すべきか?
  CQ 3-4 歯科訪問診療で舌接触補助床はどのような患者で適応となるか?
  症例 義歯治療を行い,咀嚼障害による嚥下障害を改善するとともに口腔機能検査を行い,適切なリハビリテーションを実施することによって回復に至った一症例
 4章 歯科訪問診療における口腔外科
  CQ 4-1 歯科訪問診療における口腔外科処置の適応はどこまでか?
  CQ 4-2 歯科訪問診療での口腔外科処置のリスクマネジメントはどうするか?
  CQ 4-3 ステロイド薬服用患者に口腔外科処置を行う際に抗菌薬予防投与は有効か?
  CQ 4-4 歯科訪問診療で高リスク心疾患患者に対して感染性心内膜炎(IE)の予防はどうするか?
  CQ 4-5 患者が抗凝固薬や抗血小板薬を使用している場合,歯科訪問診療での抜歯はどうするか?
  CQ 4-6 歯科訪問診療における口腔外科処置と薬剤関連顎骨壊死(MRONJ)への対応は?
  CQ 4-7 歯科訪問診療で口腔外科処置を行う際に有用なモニタリングは?
 5章 歯科訪問診療における口腔インプラント
  CQ 5-1 歯科訪問診療においてインプラント患者の全身状態に着目する際は,診療室でのインプラント患者と比較して,どのように異なるか?
  CQ 5-2 インプラント患者に対して歯科訪問診療で口腔ケア・メインテナンスを行う際は,診療室でのインプラント患者と比較して,どのように異なるか?
  CQ 5-3 歯科訪問診療においてインプラント患者に対して医療面接を行う際は,診療室でのインプラント患者と比較して,どのように異なるか?
  CQ 5-4 歯科訪問診療でインプラント周囲疾患(腫脹や排膿・出血)に対応を行う際は,診療室でのインプラント患者と比較して,どのように異なるか?
  CQ 5-5 歯科訪問診療においてインプラント上部構造の不調(動揺や脱離)に対応する際は,診療室でのインプラント患者と比較して,どのように異なるか?
  CQ 5-6 歯科訪問診療においてインプラント体を除去する際は,診療室でのインプラント患者と比較して,どのように異なるか?
  症例 歯科訪問診療にて対応した,インプラント上部構造を除去し総義歯に移行した一症例
 6章 歯科訪問診療におけるターミナルケア
  CQ 6-1 終末期の特徴にはどのようなものがあるのか?
  CQ 6-2 終末期の生命予後は予測できるのか?
  CQ 6-3 終末期に生じやすい口腔内の問題にはどのようなものがあるか?
  CQ 6-4 終末期の歯科治療はどのような点に留意すべきか?
  CQ 6-5 終末期に義歯を新規製作すべきか?
  CQ 6-6 終末期の口腔ケアはどのようにするか?
  CQ 6-7 終末期の食事支援はどのようにするか?
  症例 終末期がん患者に歯科が関わり,生命予後を確認しながら治療方針を検討した一症例
 7章 歯科訪問診療への歯科衛生士の参加
  CQ 7-1 歯科訪問診療への歯科衛生士の参加は患者の口腔衛生状態を改善するか?
  CQ 7-2 歯科訪問診療への歯科衛生士の参加は患者の誤嚥性肺炎の発症を予防できるか?
  CQ 7-3 歯科訪問診療への歯科衛生士の参加は患者の食事状況を改善できるか?
  CQ 7-4 歯科訪問診療において歯科衛生士の介入頻度はどれくらいが適当か?
  CQ 7-5 歯科訪問診療において歯科衛生士はどのような介入を行えばよいか?
  症例 歯科訪問診療において,歯科衛生士が口腔衛生管理と食支援を行った一症例
 8章 へき地の歯科訪問診療
  CQ 8-1 離島および中山間地域における歯科訪問診療のポイントは?
  CQ 8-2 離島および中山間地域における歯科訪問診療では介護支援専門員(ケアマネジャー)との情報共有は有効か?
  CQ 8-3 離島および中山間地域における歯科訪問診療では治療(キュア)のみならずケアの視点での生活支援の計画が必要か?
  CQ 8-4 離島および中山間地域における歯科訪問診療では本人や家族の苦しみを和らげることに着目した対人援助の視点が必要か?
 9章 摂食嚥下障害に対する外食レストラン
  CQ 9-1 摂食嚥下障害に対応する外食レストランの普及状況と今後の課題について
  症例 歯科訪問診療により飲食施設への外食が可能となった在宅の嚥下障害患者の一症例
第2部 歯科訪問診療とそれに関係するQuestions&Answersおよび調査内容
 10章 重度摂食嚥下障害患者に対する歯科介入状況および歯列不正を主とした口腔機能調査
  Q 10-1 色素性乾皮症の患者では,嚥下障害はいつから始まるのか? また,どのような症状があるのか?
  Q 10-2 色素性乾皮症の患者で胃瘻を造設するのはどのようなときか?
  Q 10-3 遷延性意識障害等を有する在宅療養者の歯科診療の必要性についてどのように考えたらよいか?
  Q 10-4 歯列不正に対するマウスピースの印象採得(型どり)時の注意点は何か?
  Q 10-5 どのような患者にマウスピースを作ると効果的か? またマウスピースとはどのくらいの期間着すればよいか?
  研究結果
 11章 Information and Communication Technology(ICT)を用いた摂食嚥下障害治療について
  Q 11-1 ICTを用いたオンライン(遠隔)診療とはどのような診療か? また,その診療にはどのような種類があるか?
  Q 11-2 医科領域で一部保険導入されているとのことだが,どういった診療行為が認められているか?
  Q 11-3 ICTを用いたオンライン(遠隔)診療を嚥下障害の治療に用いることにより,どんなメリット・デメリットが存在するか?
  Q 11-4 今後,ICTを用いたオンライン(遠隔)診療を摂食嚥下リハビリテーションに対してどのように活していくことが考えられるか?
  Q 11-5 ICTを用いる場合は個人情報が伝達されるが,情報の安全性については守られるのか?
  Q 11-6 ICTを用いた摂食嚥下リハビリテーション治療にかかる時間はどの位必要か?
 12章 大学病院での訪問歯科診療の実際とリカレント教育状況事前調査
  1.大学病院での訪問歯科臨床・教育状況調査
  2.大学病院での訪問歯科診療教育状況調査

 索引