やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文
 8020運動が進み,国民の口腔衛生への関心が高まってきた昨今,う蝕や歯周疾患による歯の喪失は減少し,過大な咬合力が引き起こす歯根破折による歯の喪失の割合が増加してきている.この過大な咬合力を発揮する現象の最たるものとして,夜間の歯ぎしりがある.古くから,日本では「歯を食いしばって頑張れ」と教育され,その精神を礎に,日本は様々な分野で発展を遂げてきた.その反面,精神的なストレスを感じている人が多く,歯ぎしりに悩まされることが多いのも事実である.歯ぎしりは,歯,補綴装置,咬合状態の破壊や口腔顎顔面痛等を引き起こし,難治化したり,再治療を余儀なくさせられたりするために,歯科医師にとっても非常に悩み多き存在である.
 歯ぎしりの存在は古くから認知されており,「火の燃える炉に投げ込みます.彼らはそこで泣いて歯ぎしりするのです」等,聖書にもいくつか記載されている.また,ヒト以外の哺乳動物でも歯ぎしりは観察される.人間が進化してきた過程において必要のない動作であるならば淘汰されていたと考えられるが,歯ぎしりは生体にとって必要な行為なのかもしれない.とは言え,歯ぎしりは顎口腔系に為害作用をもたらすため,何らかの対処が必要である.これまで,歯ぎしりに対する様々な治療法が検討されてきたが,歯ぎしりを根本から改善する方法は未だ発見されておらず,現在でもナイトガードは第一選択に位置付けられている.ナイトガードは過大な咬合力を緩衝し,咬耗の進行を予防する確実な対処法ではあるが,未だ不明な点も多い.
 これまで多くの科学者たちが懸命に研究を行い,本書に記すようなメカニズムが明らかになってきた.歯ぎしりの全貌は解明されていないものの,多くのことが明らかになってきた現在,我々はこれまでの科学的知見を総集し,整理し,歯ぎしりの根本治療に努める必要がある.そして,ナイトガードが必要となる症例では,全身や顎・口腔内の状態に合わせて,使用するナイトガードの種類,形態,用途を考慮し,適切に使用しなければならない.
 本書は歯ぎしりやナイトガードについて,可能な限り科学的な根拠に基づいて執筆した.本書を通して,ナイトガードについて再考するきっかけになれば幸いである.
 2020年5月
 徳島大学大学院医歯薬学研究部顎機能咬合再建学分野
 松香芳三
 鈴木善貴
第1章 ナイトガードの意義
 1.ナイトガードとは
 2.睡眠時ブラキシズムの危険性
  咬耗
  歯や補綴装置の破壊
  歯周病
  顎関節症,緊張型頭痛
  その他の障害
 3.ナイトガードの必要性
 4.ナイトガードの種類(効果・副作用)
  ハードタイプスタビライゼーションスプリント
  ソフトスプリント
  NTIスプリント
  リポジショニングスプリント
  パラタルスプリント
  下顎前方誘導装置(オーラルアプライアンス:OA)
  夜間義歯
 コラム 睡眠と痛みの関係
第2章 睡眠時ブラキシズムの対処法
 1.睡眠時ブラキシズムの原因
  原発性(一次性)睡眠時ブラキシズム
  続発性(二次性)睡眠時ブラキシズム
  修飾因子
 2.睡眠時ブラキシズムの診断法
  臨床徴候による診断
  測定器を用いた診断
  スプリントを用いた診断
 3.ナイトガード以外の睡眠時ブラキシズム治療
 4.睡眠時ブラキシズムの治療戦略
 5.ナイトガードの使用法
 コラム 睡眠時ブラキシズムの薬物療法
第3章 ナイトガードの臨床
 1.重合型ナイトガードの製作
  印象採得
  咬合採得
  模型製作
  咬合器装着,蝋型採得
  埋没,重合,調整,研磨
  口腔内への試適,調整
  装着時の指示
  保険算定
 2.圧接型ナイトガードの製作
  模型製作
  圧接・調整
 3.ナイトガードに付与する咬合様式
  咬頭嵌合位の位置
  咬頭嵌合位での咬合接触の安定性
  滑走運動を誘導する部位
  滑走運動を誘導する方向
  咬合平面・歯列の位置や滑らかさ
 4.重度の咬耗を引き起こす睡眠時ブラキシズムに対し,ナイトガードを適用した症例
 5.矯正治療中に睡眠時ブラキシズムを要因とした顎関節症状が発症した症例
 6.閉塞性睡眠時無呼吸に起因する続発性(二次性)睡眠時ブラキシズム症例
 7.経過観察
  本書のおわりに

 付録 歯ぎしりチェックリストと対処法
 参考文献
 索引