やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

謝辞
 われわれは「下川公一臨床セミナー」の一受講生にすぎません.
 そのような立場にもかかわらず,今回いくつかの幸運に恵まれ,僭越ではありますが下川公一先生の臨床的咬合理論の一端を紹介させていただく貴重な機会をいただきました.
 出版に際しまして,本書の趣旨にご賛同,ご助言いただきました多くの先生方に謝意を表します.
 駒澤 誉
 雑賀伸一


はじめに
 歯科医学のなかでもとりわけ「咬合」は難しい分野なのではないでしょうか.歴史的には先人達が複雑な咬合の諸問題を解き明かそうとし,さまざまな理論構築や取り組みのなかから多くの知見が得られてきました.その恩恵により私たちは精度の高い臨床を行うことができるようになりました.その一方で,巷にはさまざまな咬合理論があふれ,どのような基準や根拠をもって治療を行っていくべきなのか迷うことも少なからずあるように感じます.
 さらに今日,歯科治療の高度化にともない,目で見ることのできない「咬合」という現象をより正確に表現しようとして,定義や概念はむしろ複雑怪奇に,そして捉えどころのないものになってきているようにも感じます.その結果,歯科医師は悩み,迷い,またいたずらに理論を当てはめようとして患者さんを困らせたり,さもなければ咬合について考えることを諦めてしまっている場合もあるかもしれません.人によっては,この答えのない状況を「咬合のドグマ」と表現しています.
 縁あって私たちは下川公一先生に咬合治療を教えていただく機会を得ることができました.この咬合理論は,組織学・解剖学・生理学などの基礎医学に対する下川先生の深い造詣と,濃密な臨床経験から導き出された治療の指針であり,数々の症例とその背景にある基本概念・手技に大きな感銘を受けました.一言で表すならば,問題を抱えるさまざまな病態に対して「安全な咬合」と「危ない咬合」を見極め,「危ない咬合」をより安全な領域へ導くというものです.すなわち,机上の理想咬合論や機械論的観点というよりも,臨床に適用しうる実践的理論であり,手法です.
 本書は,私たちが受講した「下川公一臨床セミナー」の深淵な内容を,駒澤 誉先生が書き留めていた受講ノートをもとに構成したものです.下川先生が解説された咬合の理論を,骨・筋肉・神経とまさに丸裸にするがごとく豊富なイラストで詳細に図説することによって「咬合」の可視化がなされている点が特徴です.とりわけ,顔貌の変化にも大きく関与する蝶形骨が精緻に描かれています.
 私たちは未だ「下川の臨床咬合」を完璧に会得できているわけではありません.当時の「駒澤ノート」をこのようなかたちで注釈・解説文を加えながら再構成することで,セミナー受講時の初心に立ち返り,歯と歯が噛み合うという一瞬の刹那に歯科医療の真髄を見出さんとする下川先生の厳しい臨床姿勢に憧れ,少しでも近づきたい一心でまとめた1冊です.
 令和元年12月
 雑賀伸一
 はじめに
 本書について
 「下川の臨床咬合」
第1回:咬合概論
 咬合診断のための動画撮影解説と「安全な咬合」「危ない咬合」について
 スプリントの製作方法
第2回:スプリント
 「安全な咬合」のためのスプリント調整と理想的歯列と顔貌について
 スプリントのまとめ
第3回:プロビジョナルデンチャー
 咬合治療のためのプロビジョナルデンチャー調整と頭頸部の解剖について
 解剖を整理しよう
第4回:パーシャルデンチャー
 義歯の動きを許容し,脱離に抵抗するクラスプ設計と 咬合に関するバイオメカニクス理論について
 咬合力による生体の力学的反応
第5回:マグネットデンチャー
 多数歯欠損補綴: 鉤歯負担の少ないマグネットデンチャーの調整と歯肉縁下への対応について
第6回:総義歯
 多数歯欠損補綴:総義歯およびインプラント補綴についてと咬合理論の復習
 咬合を理解して補綴し,予後と向き合う
最終回:症例発表と総括
 受講生全員による症例提示と下川公一先生による解説および最終講義

 あとがきにかえて 「さあ,ディスカッションしようか」