やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文
 矯正歯科治療に欠かすことができないマルチブラケット装置による治療は,1928年にAngle,E.H.によって発表されたエッジワイズ法が基礎となっている.当初,非抜歯による治療が推奨されていたが,非抜歯治療による顔貌の悪化や後戻りを予防するためには一部永久歯の抜去も必要であるとして,弟子であるTweed,C.H.らが診断時の抜歯判定の基準を提唱した.また,顔面と咬合のバランスがとれた治療目標を達成するために,ヘッドギアなどの顎外固定装置や顎間ゴムの併用によるエッジワイズ法における固定源の重要性を説くとともに,治療法の確立を行った.以降,ストレートワイヤー装置,歯面にブラケットを直接接着するダイレクトボンディング法,ニッケルチタン合金のアーチワイヤーなど,新しい治療技術や材料の開発が続き,エッジワイズ法は時代とともに単純化され,治療の効率化が図られてきた.
 矯正歯科治療の結果の成否で最も重要な要素は,固定源のコントロールである.したがって,これまで固定源の確保,加強に関してさまざまな提案と工夫がされてきたものの,治療結果は患者の協力度に左右されていたのが実状である.そのなかで脚光を浴びてきたのが,スクリュータイプのインプラントを矯正歯科治療の固定源として用いる方法である.これにより,患者の協力度に依存することなく絶対的な固定源が得られ,エッジワイズ法ではこれまで困難とされてきた臼歯の圧下や遠心移動なども行えるようになった.
 そして平成24年7月には,産学臨の協力により「歯科矯正用アンカースクリュー」が薬事承認された.これにより,新たな治療法の確立を行うことができ,治療結果の向上,患者ならびに術者相互の負担軽減につながっている.
 「歯科矯正用アンカースクリュー」を用いた治療では,これまでの治療とは異なった方法や概念が必要となるため,その特性やリスクをよく理解し,細心の注意をはらって治療を行うことが重要となる.そこで,編者らは2013年に,それまでの研究や治験の結果をもとに,歯科矯正用アンカースクリューを用いた治療を行うにあたっての基礎知識,植立の方法,診断や治療方針・方法の立案,矯正歯科治療の実際について解説した『安心・安全 歯科矯正用アンカースクリューこの症例にこの方法』を発刊した.幸運にも,時流に左右されない定本として多くの読者からご支持いただけたことは大きな喜びであった.
 本書は,その後の知見も含め,歯科矯正用アンカースクリューのより効果的な使い方を提示するために,症例を全面的に見直して発刊するものである.好評であった不正咬合別の分類を踏襲し,治療の実際における具体的事項を記載し,治療メカニクスを図解で示すことで,読者がビジュアルに理解でき,日常臨床に応用しやすいように工夫した.また,治療中に突発的に生じる問題への対応策も紹介し,患者への説明やリスクマネジメントについても解説することで,安心,安全な治療が行えるように留意した.
 矯正歯科専門医を目指す若手の歯科医師はもちろん,歯科矯正用アンカースクリューの使用を検討している矯正歯科医には是非お読みいただき,バイブルとしてご活用いただければ幸いである.また,前述の『安心・安全 歯科矯正用アンカースクリューこの症例にこの方法』を読まれた方も,新たな症例に触れ疑似体験を重ねることで,よりいっそうの効果を産み出せることを期待している.
 2019年11月
 編者を代表して 後藤滋巳
Part1 歯科矯正用アンカースクリュー概説
  1.矯正歯科治療における固定とアンカースクリュー(後藤滋巳,宮澤 健,藤原琢也)
  2.アンカースクリューの変遷と展望(藤原琢也,後藤滋巳)
Part2 歯科矯正用アンカースクリュー使用時のリスクマネジメント
  1.アンカースクリュー植立前のリスクマネジメント(宮澤 健,後藤滋巳)
  2.アンカースクリュー植立中のリスクマネジメント(宮澤 健,後藤滋巳)
  3.アンカースクリュー植立後のリスクマネジメント(宮澤 健,後藤滋巳)
  4.動的治療中におけるリスクマネジメント(宮澤 健,後藤滋巳)
  5.アンカースクリュー除去におけるリスクマネジメント(宮澤 健,後藤滋巳)
  column アンカースクリューの破折(堀内信也,田中栄二)
Part3 歯科矯正用アンカースクリューの植立にあたって
 アンカースクリュー植立の流れ
  1.アンカースクリュー植立のための口腔解剖(中納治久,中脇純華,槇 宏太郎)
  2.アンカースクリュー植立のための診査・検査(宮澤 健,後藤滋巳)
  3.アンカースクリューの植立手技(宮澤 健,後藤滋巳)
  4.アンカースクリューを用いたメカニクスの基本概念と選択(東堀紀尚,森山啓司)
  5.アンカースクリュー植立後の確認―注意事項と投薬(東堀紀尚,森山啓司)
  6.アンカースクリューの除去操作と注意点(東堀紀尚,森山啓司)
Part4 歯科矯正用アンカースクリュー活用術
 上顎前突
  予後不良の上顎第二小臼歯および下顎第一小臼歯を抜去し アンカースクリューとAGPBを固定源として 4 4 の一括遠心移動を行った症例(宮澤 健,後藤滋巳)
  アンカースクリューの脱落に対応し 片顎第一小臼歯抜去にて上顎前突の改善を行った症例(加古駿輔,田渕雅子,宮澤 健,後藤滋巳)
  アンカースクリューとAGPBを併用して 上顎大臼歯の圧下と遠心移動を行った症例(柴田桃子,宮澤 健,後藤滋巳)
  アンカースクリューを固定源としたMPMD装置を用いて 叢生を伴う上顎前突を改善した症例(内堀志保,藤原琢也,後藤滋巳)
  アンカースクリューにより上顎歯列の遠心移動を行い 非抜歯にて上顎前突の改善を行った症例(小笠原 毅,東堀紀尚,森山啓司)
  アンカースクリューにより上下顎大臼歯の加強固定および 上顎歯列の遠心移動を行った症例(中嶋 昭,本吉 満)
  5 先天性欠如のため 5 を抜歯し アンカースクリューを用いて前歯部を舌側移動した症例(金藤麻紀,馬谷原琴枝,本吉 満)
  アンカースクリューを用いて最大の固定により 上顎前突を改善した症例(丹原 惇,齋藤 功)
  アンカースクリューにより上顎前歯部をエンマッセ牽引し 上顎前突を改善した症例(中納治久,各務知芙美,槇 宏太郎)
  アンカースクリューを植立し 6 欠損スペースを利用して上顎前突の改善を行った症例(岩浅亮彦,小笠原直子,田中栄二)
 下顎前突
  アンカースクリューにより下顎歯列全体の遠心移動を行い 前歯部被蓋を改善した骨格性反対咬合症例(上園将慶,森山啓司)
  アンカースクリューにより臼歯部の近心移動を防止しつつ 下顎前歯部の舌側移動を行った叢生を伴う下顎前突症例(田中美由紀,宮澤 健,後藤滋巳)
 上下顎前突
  アンカースクリューとAGPBを併用して大臼歯の固定と圧下を行い 叢生と正中線偏位を伴うハイアングルに対応した症例(佐藤琢麻,宮澤 健,後藤滋巳)
  アンカースクリューとMPMD装置を併用して上下顎大臼歯の遠心移動を行い 上下顎前突を改善した症例(鳥井康義,藤原琢也,後藤滋巳)
  上顎臼歯部のアンカースクリューとIII級ゴムを併用して 上下顎前歯部の舌側移動を行った症例(田村隆彦,本吉 満)
  アンカースクリューを用いて上下顎前歯部を牽引し 前歯歯軸を改善して良好な側貌が得られた症例(中嶋 昭,本吉 満)
  アンカースクリューとPLASを併用し上下顎前歯部の舌側移動および 上顎歯列の遠心移動を行った症例(内田靖紀,本吉 満)
 開咬
  アンカースクリューとパラタルバーを併用して上顎大臼歯を圧下し 下顎の反時計回りの回転によりハイアングルの開咬を改善した症例(藤原琢也,後藤滋巳)
  アンカースクリューとダブルパラタルバーを併用して 上顎大臼歯の圧下を行った症例(酒井直子,宮澤 健,後藤滋巳)
  アンカースクリューとPLASを固定源とし 上顎大臼歯の圧下と遠心移動により非抜歯にて開咬を改善した症例(小笠原 毅,東堀紀尚,森山啓司)
  アンカースクリューにより上顎臼歯部を圧下し 下顎頭吸収に起因した前歯部開咬を改善した症例(森 浩喜,谷本幸多朗,田中栄二)
 過蓋咬合
  アンカースクリューにより犬歯を遠心移動して叢生と上顎前突を改善し さらにアンカースクリューを追加して前歯部を圧下した症例(田村隆彦,本吉 満)
  アンカースクリューとAGPBの併用により 上顎前突と過蓋咬合を改善した症例(各務知芙美,中納治久,槇 宏太郎)
  アンカースクリューを使用して上下顎全歯の遠心移動と挺出を行い 叢生および過蓋咬合を改善した症例(森 浩喜,堀内信也,田中栄二)
 叢生
  片顎のアンカースクリューにより犬歯の牽引を行い 前歯部叢生の改善を行った症例(鈴木淑美,中嶋 昭,本吉 満)
  両顎のアンカースクリューにより犬歯の遠心移動を行い 前歯部叢生の改善を行った症例(鈴木淑美,中嶋 昭,本吉 満)
  アンカースクリューを用いて最大の固定により 叢生を伴う歯性上下顎前突の改善を行った症例(丹原 惇,齋藤 功)
  上顎第二小臼歯を抜去し アンカースクリューを用いて最大の固定により叢生の改善を行った症例(丹原 惇,齋藤 功)
 M.T.M.
  アンカースクリューを用いて片側下顎第三大臼歯の近心移動を行った症例(丹原 惇,齋藤 功)
  アンカースクリューを固定源として下顎大臼歯の整直を行った症例(岩浅亮彦,小笠原直子,田中栄二)
  アンカースクリューと第一大臼歯を固定し セクショナルアーチにて第二大臼歯を圧下した症例(田村隆彦,本吉 満)
 ガミースマイル
  アンカースクリューとAGPBを併用して ガミースマイルを伴う上顎前突を改善した症例(柴田桃子,宮澤 健,後藤滋巳)
  アンカースクリューとAGPBを併用して上顎大臼歯を圧下させ ガミースマイルを改善した症例(田渕雅子,宮澤 健,後藤滋巳)
  アンカースクリューを用いた上顎歯列全体の圧下により ガミースマイルを改善した症例(田中栄二,岡 彰子,荒井大志,天真寛文)
 その他
  アンカースクリューとAGPBを併用して 正中離開と鋏状咬合を改善した症例(関谷健夫,宮澤 健,後藤滋巳)
  アンカースクリューにより上下顎大臼歯の近心移動を行い 小臼歯の先天性欠如を伴う切端咬合を改善した症例(樋田真由,藤原琢也,後藤滋巳)
  アンカースクリューをペンデュラム装置の固定源として用い 上顎大臼歯遠心移動と圧下を行った正中線偏位症例(川口美須津,宮澤 健,後藤滋巳)
  アンカースクリューを固定源としたリンガルアーチを用いて 前歯部被蓋を改善した症例(東堀紀尚,森山啓司)
  アンカースクリューにより下顎大臼歯の近心移動を行い左右差を改善した症例(庄司あゆみ,森山啓司)
  アンカースクリューにより上顎左側小臼歯を圧下させ 鋏状咬合の改善を行った症例(芳賀秀郷,宮野二美加,槇 宏太郎)
  アンカースクリューによって 3 埋伏歯の開窓牽引を行った症例(市原亜起,渡邉佳一郎,堀内信也,田中栄二)
  column アンカースクリュー臨床のヒント〜こういうときはこうやって使うと効果的(堀内信也,田中栄二)
  AGPBとMPMD装置の基本設計について