やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

本書の発刊にあたって
 私とSerino先生は,1991年にスウェーデンのイエテボリ大学歯学部歯周病科の専門医コースを第1期生として卒業しました.1993年には共に同大学でOdont.Lic.の学位を取得し,Serino先生はイタリアへ帰国して地元ローマで,私は東京で歯周病専門医として開業しました.その後,Serino先生はOdont.Dr.の学位を取得してスウェーデンに戻り,今日までBoras Hospitalスペシャリストクリニックの歯周病科主任を務めています.
 イエテボリ大学卒業後も私達はヨーロッパの学会等で旧交を温め続けてきました.2012年7月には,私が主幹するスカンジナビア歯周病学コースの設立15周年記念講演会にSerino先生を招聘し,日本に帰国した当時から懸念していた「インプラント周囲病変への対応」をテーマに講演していただきました.その際,当時私の医院に勤めていた佐藤先生が,Boras Hospitalへ留学することが決まりました.留学にあたって佐藤先生に,院内で患者説明用に使っていた歯周病とインプラント周囲病変のイラスト(本書付録),および臨床写真を持参し,Serino先生の手を借りて患者教育用ツールを試作してくれるよう依頼しました.Serino先生は今も,その時の試作版をパソコンのモニタに映して患者説明に使っているそうです.
 2018年5月,Serino先生と私は,スイスのチューリッヒで開かれた国際歯科連盟(FDI)の「インプラント周囲病変プロジェクト」のワークショップに招聘され,患者さんに向けたインプラント周囲病変の情報発信が必要なことを再確認しました.会議の休憩時間の雑談で,前述の患者教育用ツールを活かした本のアイデアが浮かび,このたび上梓することとなりました.
 歯周病とインプラント周囲病変の治療におけるキーポイントは,患者さんのモチベーションの向上です.それには,病気についての正しい知識を伝えることがとても重要です.インターネットで多くの情報を手軽に入手できる今だからこそ,私たちには歯科医療のプロフェッショナルとして,患者さん一人ひとりの状態に合わせ,病気のこと,検査のこと,治療のことをわかりやすい言葉で過不足なく伝える技術が求められています.
 本書では,治療の各段階において,患者さんに知っていただきたい情報を視覚的に理解しやすい資料(臨床写真やイラスト)とともにコンパクトにまとめました.また,スタッフ向けのページは,患者説明に必要な最小限のエビデンスや臨床の知識を得られる体裁にしています.歯周病とインプラント周囲病変についてより詳しく知りたい方は,同じく医歯薬出版から発刊されている『歯周病患者のインプラント治療』,『Dr.弘岡に訊く 臨床的ペリオ講座1,2』,『歯科衛生士のためのベーシックペリオ講座+インプラント』をご参照ください.
 本書を,患者さんの知識の向上と健康の維持に役立てていただければ幸いです.
 2019年夏 野尻湖ホテルエルボスコにて
 弘岡秀明


 私が歯周病科の主任を務めるBoras Hospitalスペシャリストクリニックには,大勢の患者さんが紹介で来院します.私は以前,彼らがどの程度歯周病の知識をもっているかを調査しましたが,何と約半数の患者さんは歯周病の原因を知りませんでした*.また,「かかりつけの歯科医院で歯周ポケットがあるから専門医を受診するように言われました」と,スペシャリストクリニックに紹介された理由を自身で把握していない患者さんも多くいました.
 かかりつけの歯科医院を定期的に受診しているのに歯周病の知識が乏しい患者さんが多いという現実は,歯科医療従事者が個々の患者さんに合った情報を伝えることがいかに難しいかを浮き彫りにしているといえるでしょう.
 患者さんのコンプライアンスは歯周治療の成功を大きく左右するため,歯周治療にあたってはモチベーションが重要です.歯周病を効果的にコントロールするには,患者さんに歯周病のリスク因子について知ってもらうと同時に,歯科医療従事者側もモチベーションの技術を向上させる必要があります.どのようにして歯周病になったかを患者さんにきちんと教えることで,患者さん自身が歯周組織の健康を保つ行動を獲得できることが報告されており,患者さんが十分な知識を得たと判断した後に治療を始めれば,治療の成功の可能性は高まるでしょう.
 弘岡先生,佐藤先生とともに本書を執筆することになったのは,このような理由からです.本書の目的は,患者さんのコンプライアンス向上につながる有効な患者教育用ツールを提供することで,多くの臨床写真やイラストを使用し,かかりつけの歯科医師や歯科衛生士が,歯周病とインプラント周囲病変,またそれらの疾患のリスク因子や治療法について,患者さんにわかりやすく説明できるよう配慮しました.
 私たち執筆者は,チェアサイドで歯周病やインプラント周囲病変の患者を救うため,常に最新の科学的知見に基づいて力を尽くしており,本書はその経験に裏打ちされた内容となっています.読者の皆さんが本書を楽しみ,日常臨床に活用してくださることを願っています.
 Giovanni Serino,DDS,MSc,PhD.
 *Serino G, Wada M, Bougas K. Knowledge about risk factors associated with periodontal disease among patients referred to a specialist periodontal clinic. J Oral Science Rehabilitation. 2016;2 (2):58-63.
 本書の発刊にあたって
 本書の使い方
1 歯と歯周組織
 for patient 健康な歯ぐきは,どのように見えるでしょうか?/歯を支えているのは歯周組織です
 for staff 歯周組織の構造と特徴を理解して,臨床に活かしましょう
2 歯の喪失原因
 for patient 歯を失う主な原因は,若いうちはむし歯,40歳代からは歯周病です
 for staff 齲蝕と歯周病を予防すれば,ほとんどの歯を健康に維持することができます/齲蝕で歯を失う過程を知っておきましょう/歯周病は細菌の毒素に対する炎症性反応です
3 歯周病と全身疾患
 for patient 歯周病は多くの体の病気と関わりがあります
 for staff 歯周病と糖尿病/歯周病と心血管疾患/歯周病と早産・低出生体重児
4 喫煙と歯周病
 for patient タバコは歯科疾患のリスク因子で,治療の予後も悪くなります
 for staff 喫煙は多くの病気のリスクインディケーター/喫煙は歯周組織の血流を妨げ,歯周病の治癒を遅らせます/インプラント治療においても喫煙はリスクインディケーター
5 歯周病とは
 for patient 歯周病は歯の病気ではありません!/こんな症状に気づいたら歯周炎です
 for staff 歯周病の原因となるバイオフィルムについて知っておきましょう/歯周病の定義
6 歯周病の検査
 for patient 主な検査はプロービングです/検査結果によって歯肉炎または歯周炎と診断されます
 for staff プロービング時の出血は炎症のサインです/歯肉に炎症があると,プロービング検査に誤差が生じます
7 歯肉炎の治療
 for patient 歯肉炎になると,口の中にどのような変化が見られるでしょうか?/歯肉炎の治療ではブラッシングが重要です
 for staff 歯肉炎の症状は2〜3週間で現れ,プラークを除去すると約1週間で治まります/プラークが歯面に付着して48時間以上経過すると,歯肉炎が始まります/患者さんへの指導のポイント
8 歯周炎の非外科処置
 for patient 歯周炎になると,口の中にどのような変化が見られるでしょうか?/歯周炎の治療ではまず非外科処置を行います
 for staff 歯周炎は歯肉縁上のプラークコントロールだけでは治りません/歯周炎には歯肉縁下のSRPが有効/深い歯周ポケットや根分岐部には歯周外科処置が必要です
9 歯周外科処置
 for patient 歯周炎が進んでしまったところには手術が必要になります/歯周炎の治療の後は歯ぐきが下がることも
 for staff 歯周外科処置の適応と目的を理解しておきましょう/どの術式でも健康な歯周組織を回復できます/歯周外科処置後のプラークコントロールが治療成功の鍵です
10 歯周組織再生療法
 for patient 重度の歯周炎で失われてしまった歯周組織を再生させる治療法があります
 for staff 非外科処置や歯周外科処置では,本来の歯周組織の再生は起こりません/さまざまな歯周組織再生療法について説明できるようにしましょう/歯周組織再生療法の効果は長期に維持することができます
11 歯周治療に伴う咀嚼・審美の回復
 for patient 歯周病の治療の後,見た目や咀嚼を回復するには補綴治療などが必要です
 for staff 歯周治療後,歯周組織は3〜6カ月で回復していきます/中等度〜重度の歯周病患者の3割に,矯正治療が必要な歯列不正がみられます/機能・審美性の回復には歯周補綴治療やインプラント治療が有効です
12 サポーティブセラピーの重要性
 for patient 再発防止にはプラークコントロールとメインテナンスが重要です
 for staff 非外科処置を行っても,4〜8週間で細菌数は治療前のレベルに戻ってしまいます/歯周外科処置の治療結果を維持するにも,サポーティブセラピーが重要です
13 セルフケアの方法
 for patient プラークの取り残しがないように,ご自分に合った補助用具を使いましょう
 for staff セルフケアが不十分だと,SRP後4〜8週間で歯肉縁下の細菌叢が再構築されます/手用歯ブラシと電動歯ブラシ,どちらを患者さんに薦めますか?/補助用具を効果的に使ってもらいましょう/インプラントへのフッ素入り歯磨剤の使用
14 欠損部位に対する補綴治療の選択
 for patient 歯がなくなったところを補う治療法の比較
 for staff 天然歯支台ブリッジとインプラント支台ブリッジの10年生存率
15 インプラント治療について
 for patient インプラントの特徴や治療の流れを知っておきましょう
 for staff インプラントは信頼性の高い治療法です/インプラント治療においてもプラークコントロールは重要です
16 インプラント周囲組織と歯周組織の違い
 for patient インプラントと歯では,周囲の組織に違いが見られます
 for staff インプラントはプロービングに対する抵抗性が低い/インプラントはバイオフィルムに対する防御力が弱い
17 インプラント周囲病変について
 for patient インプラントにも歯周病と同じような病気が起こることを知っていますか?/インプラント周病変は何より予防が大切です
 for staff インプラント周囲病変もバイオフィルムが原因で起こります
18 インプラント周囲病変の有病率
 for patient インプラント周囲病変の患者さんが増えています
 for staff ヨーロッパでは,インプラント周囲病変の高い有病率が報告されています
19 インプラント周囲病変の検査
 for patient インプラント治療後も,定期的な検査が必要です/インプラント周囲病変の検査は,歯周病の検査と同じです
 for staff インプラント周囲病変もバイオフィルムによる炎症性疾患です/最も重要な検査はプロービングです/プロービングポケットデプスが6mm以上になったらX線検査を/プロービングもX線検査も,基準の設定に注意/インプラント周囲病変の定義を知っておきましょう
20 インプラント周囲粘膜炎の治療
 for patient インプラント周囲粘膜炎のうちにプラークを除去して健康を回復しましょう
 for staff インプラント周囲粘膜の炎症は縁上のプラークコントロールで消退.ただし,歯肉炎の治療に比べ時間がかかります/非外科処置はインプラント周囲粘膜炎に一定の効果があります/清掃しづらい形態の上部構造は,初期治療時に形態修正する必要があります
21 インプラント周囲炎の治療
 for patient インプラント周囲炎の治療では,外科処置が必要になる場合が多いです
 for staff インプラント周囲病変の治療は,歯周病の治療に準じて行います/インプラント周囲炎に対する非外科処置の効果は限定的です/インプラント周囲炎は外科処置でも治療が困難/インプラント周囲炎は確定的な治療法がないので予防第一!
22 インプラント周囲病変のリスク因子
 for patient インプラント周囲病変のリスクになるものを知っておきましょう
 for staff 歯科医院で対応できるリスクインディケーターを知っておきましょう/口腔衛生不良・喫煙・歯周病はインプラント周囲病変のリスクインディケーターです
23 インプラント周囲病変の予防
 for patient 患者さん自身のプラークコントロールと,定期的な歯科医院への受診が大切です
 for staff 予防には一次予防と二次予防があります/インプラント周囲病変治療後の二次予防は,再発防止の効果があります/患者さんに伝えておくべきこと

 文献
 付録 チェアサイドでそのまま使える患者説明カード
  01 健康な歯周組織/02 歯肉炎/03 歯周炎/04 歯周炎の治療後/05 歯周病とインプラント周囲病変/06 歯周炎の治療/07 歯がなくなったところを補う治療法/08 インプラント治療の流れ/09 健康なインプラント周囲組織/10 インプラント周囲粘膜炎/11 インプラント周囲炎/12 インプラント周囲炎の治療後