やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

発刊にあたり
 認知症高齢者は増加の一途をたどっており,歯科医療を受診する機会も増えてきています.そのような状況下で,厚生労働省は「新オレンジプラン」を2015年に公表しました.ここでは,「認知症の容態に応じた適時・適切な医療・介護等の提供」として,「地域の歯科医師・薬剤師の認知症対応力向上」が求められています.認知症自体を理解するためには多くの情報がありますが,認知症患者に対して,どのような歯科的対応が実際にはよいかに関しては,情報が不足していました.
 一般社団法人 日本老年歯科医学会では,櫻井 薫前理事長のもと,『認知症患者の歯科的対応および歯科治療のあり方:学会の立場表明』を2015年に公表しました.2015年当時は十分なエビデンスの収集と検討に至らず,「立場表明」という形をとるしかありませんでした.
 その後,エビデンスを集積し,日本医療研究開発機構(AMED)の長寿科学研究開発事業「認知症高齢者に対する歯科診療等の口腔管理及び栄養マネジメントによる経口摂取支援に関する研究」の一部として,老年歯科医学会のガイドライン委員会を中心にして『認知症患者の義歯診療ガイドライン2018』を発表しました.この際にも,その時点において質の高いエビデンスは極めて乏しく,標準的な診療ガイドライン作成手順を踏み指針を形成することは困難でした.そこで,一般的なガイドラインの作成手続きである「臨床上の疑問の明確化」,「エビデンスの系統的検索・評価」および「推奨度の決定」の3つの段階を踏まえたうえで,専門家だけでなく,患者,患者家族,介護者の視点を重視したガイドライン作成を目指しました.
 そして,今回の『認知症の人への歯科治療ガイドライン』は,上述の『認知症患者の義歯診療ガイドライン2018』を包含して,広く歯科医療全般に広げたものです.エビデンスが十分ではないなかで,関係者の多大な尽力により作られました.今後,エビデンスの蓄積や改訂が必用ですが,このガイドラインは「地域の歯科医師・薬剤師の認知症対応力向上」に大いに役立つものであると考えます.関係各位に厚くお礼申しあげます.
 2019年5月
 一般社団法人 日本老年歯科医学会
 理事長 佐藤裕二


はじめに
 本ガイドラインは,国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の「認知症の容態に応じた歯科診療等の口腔管理及び栄養マネジメントによる経口摂取支援に関する研究」(平成28〜30年)におけるガイドライン作成班によって作成されました.以下,本研究事業を申請する経緯について触れますが,この経緯を知ることにより,本ガイドラインが世に出された背景の一端を理解していただけると思います.
 わが国における認知症患者の急激な増加を受け,2015年に認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)が発表されました.そのなかでは歯科医師の認知症対応力向上研修実施が明文化されています.つまり,歯科医師には歯科診療等を通じて口腔機能管理を適切に行うことが公的に求められているということです.高齢者の口腔においては8020達成者が2017年には5割を超え,歯科インプラントなどの高度な医療を受けている場合も多く,その口腔環境は多様であり,継続的な口腔管理が必要不可欠であることは誰もが認識しているところです.
 その一方で,高齢期では認知症発症のリスクも急速に高まります.認知症の進展により自立した口腔清掃が困難となり,う蝕や歯周病の発症リスクが上がります.さらには介護者などによる支援も拒否される場合もあり,口腔管理は一層困難となります.
 つまり,現在の高齢者は歯を多く残しているが認知症発症リスクも高く,さらにはひとたび認知症を発症してしまうと自身の歯のケアや歯科治療の受容も困難となり,残した多くの歯がトラブルの原因となる可能性が高い状況下にあるといえます.
 さらに残念なことですが,認知症を理由に,歯科医院における歯科治療の継続が困難になってしまうことがあるのも事実です.稚拙な表現となってしまいますが,歯科界は高齢期に自身の歯を多くの残すプロモーション(8020運動)を進めた以上,認知症を発症しても患者の歯,さらには口の機能を守る指針の提示も当然行わなくてはなりません.そして,このガイドラインこそがその指針となればとの想いで,作成作業を開始しました.こうした趣旨をご理解いただいた多くの関係者の皆様のご協力で世に出すこととなりました.
 このガイドラインが,認知症の人への日常歯科治療を行う一助になれば望外の幸いです.
 また,ガイドラインは今後も定期的な改訂が必要となります.本ガイドラインの次期改訂に向けて,ご意見,ご評価をお寄せいただけましたら幸いに存じます.
 2019年5月
 国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)
 「認知症の容態に応じた歯科診療等の口腔管理及び栄養マネジメントによる経口摂取支援に関する研究」
 研究開発代表者 平野 浩彦
 発刊にあたり
 はじめに
 執筆者一覧
 序
 本ガイドラインの作成のながれ
1章 認知症概要
 1.1 認知症の概要
 1.2 認知症の疫学
2章 認知症患者をとりまく諸制度と社会資源
 2.1 地域包括ケアシステムと新オレンジプラン
 2.2 医療サービス
 2.3 介護サービス
 2.4 若年性認知症に関する諸制度
 2.5 道路交通法と関連する諸制度
 2.6 権利擁護に関する諸制度
3章 認知症患者のアセスメント
 3.1 認知機能障害(中核症状)の評価法
 3.2 行動・心理症状(周辺症状)の評価法
 3.3 重症度の評価法
 3.4 生活機能のアセスメント
 3.5 認知症の口腔機能
4章 認知症ケア・コミュニケーションメソッド
 4-1 CQ:歯科治療のために,家族や多職種と連携して認知症患者のアセスメントを行うことは有効か
 4-2 CQ:歯科診療を実施するうえで認知症ケアの手法を学ぶのは有効か
 4-3 CQ:認知症患者の症状に合わせて歯科治療時の環境調整をすべきか
5章 認知症患者の口腔管理
 5-1 CQ:( 健常なときからの)定期的な歯科管理は,認知症の発症予防・重症化予防に効果的か
 5-2 CQ:歯科医療機関における食生活指導は認知症の発症予防・重症化予防に効果的か
 5-3 CQ:歯科医療機関における歯の喪失予防・口腔機能低下予防は認知症の発症予防・重症化予防に効果的か
 5-4 CQ:認知機能が低下した者に対して歯科疾患の発症および口腔機能の低下を予防することは可能か
 5-5 CQ:認知機能の低下段階に応じた歯科治療・管理計画はどのように立てたらよいのか
 5-6 CQ:受診歯科患者の認知機能の低下が疑われた場合,あるいは認知症と診断されている場合,本人と家族への歯科治療方針・予防管理方針の説明と同意はどのようにしたらよいのか
 5-7 CQ:受診歯科患者の認知機能の低下が疑われた場合,医科・介護関係者との連携は歯科治療・定期的な歯科管理に有効か
 5-8 CQ:歯科医療スタッフ(受付,歯科助手,歯科衛生士,歯科医師)の連携は,認知症患者の歯科治療および予防管理の質を高めるか
 Q&A
  見逃してはいけない気づき(症状)を教えてください
  認知症患者の生活を知る介護者に確認すべき事項は何ですか
  留意すべき内服薬を教えてください
6章 認知症患者の口腔衛生管理
 6-1 CQ:口腔衛生管理を拒否する認知症患者にどのような対応が必要か
 6-2 CQ:認知症患者の口腔衛生管理に有効なケア用具・薬品等は何か
 6-3 CQ:認知症患者において,舌苔除去は必要か
7章 認知症患者のう蝕治療
 7-1 CQ:十分な協力が得られない認知症患者のう蝕の修復治療として,非侵襲的修復技法は有用か
 7-2 CQ:十分な協力が得られない認知症患者の根面う蝕の進行抑制に,フッ化ジアンミン銀製剤の塗布は有効か
8章 認知症患者の抜歯を含めた侵襲的歯科処置
 8-1 CQ:認知症患者において抜歯の適応を決定する視点は何か
 8-2 CQ:認知症患者において抜歯を含めた侵襲的歯科治療を検討する際に配慮すべき点は何か
9章 認知症患者の歯科補綴治療
 9-1 CQ:認知症患者の義歯の使用が可能と判断する要因は何か
 9-2 CQ:認知症患者の義歯の修理・調整は,新義歯製作よりも有効か
 9-3 CQ:認知症患者の義歯安定剤の使用は,リライン・新義歯製作より有効か
 9-4 CQ:認知症患者の義歯設計に際し,家族等の介護力を考慮すべきか
 9-5 CQ:認知症患者の義歯の設計は,機能性よりも着脱性のほうを優先すべきか
 9-6 CQ:認知症患者の義歯の衛生管理は本人よりも介護者に委ねるべきか
 9-7 CQ:認知症患者において,義歯への名前入れは,義歯の紛失防止に有効か
 9-8 CQ:認知症患者の新義歯製作は,しない場合よりも摂食機能・食形態・栄養状態の維持・向上に有効か
 9-9 CQ:高齢者において,義歯装着は認知症予防に有用か
 9-10 CQ:歯科用インプラント治療は認知症でない人と比べて慎重にすべきか
10章 認知症患者の摂食嚥下リハビリテーション
 10-1 CQ:変性性認知症の摂食困難の要因には何があるか
 10-2 CQ:認知症患者の病型(原因疾患)による摂食嚥下障害の特徴は何か
 10-3 CQ:認知症患者の摂食困難および摂食嚥下機能に対する評価はどのように行うか
 10-4 CQ:認知症患者の摂食困難の対応法には何があるか
 10-5 CQ:認知症患者の摂食嚥下リハビリテーション(狭義)には何が有効か
 10-6 CQ:認知症患者の摂食嚥下障害において注意する薬剤は何か
11章 認知症患者の栄養マネジメント
 11-1 CQ:認知症患者の歯科的対応を行ううえで必要な栄養学知識は何か
 11-2 CQ:認知症患者の食生活支援を行ううえで必要なスクリーングとアセスメントは何か
 11-3 CQ:認知症患者にはどのような栄養介入を行うか
12章 認知症患者の緩和ケア
 12-1 CQ:認知症患者の緩和ケアにおいて歯科に求められることは何か

 索引