やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 歯周治療は,歯周ポケット内の感染源を除去し,歯周病によって喪失した歯周組織の構造的,機能的および審美的回復を目的としている.Morton Amsterdam教授によって提唱された「歯周補綴」治療に1990 年代から口腔インプラント治療が応用され始め,現在では包括的歯周治療を実践する際,口腔インプラント治療は咬合機能回復治療として必須のオプションになっている.高齢者の健康寿命の延伸に貢献することも可能である.一方,臨床的に有効な口腔インプラントの科学レベルは必ずしも高くない.オッセオイングレーションと命名されている現象さえもまだ十分には解明されていない.
 米国歯周病学会では7 割以上の会員が学会名にdental implantologyを加えることを支持している.欧米に並ぶ先進国である日本において,歯周治療の計画に口腔インプラント治療を選択する機会は今後ますます増加するであろう.一方,インプラント治療の増加に伴いインプラント周囲疾患の急増が報告され,社会問題になりかねない状況にある.人工物であるインプラント体を口腔内に長期にわたり安定的に機能させるため,我々には天然歯と同様にインプラントの長期的保存および治療についてもエビデンスを整理し,EBMに基づいたガイドラインを作成する使命がある.
 2009 年3 月に本治療指針の初版が発刊され10 年が経過した.近年,歯周病患者に対するインプラント治療に関連した基礎および臨床研究が活発になり,世界中から数多くの研究成果が報告されている.このたび日本歯周病学会では,口腔インプラント委員会(高橋慶壮 委員長)を中心として歯周病患者におけるインプラント治療指針の改訂版を作成した.初版をバージョンアップする形であるが,具体的な症例は掲載せず,歯周病患者に対して口腔インプラント治療を適応する際の術前および術後の検査,診断からSPTに至るまでの治療の流れを網羅的に解説し,教育・臨床の場でインプラント治療を応用する際の治療指針を提示することとした.
 さらに,昨今のEBMの流れを受けて第2 部ではCQ「インプラント周囲炎に対する外科的治療」についてGRADEアプローチを用いたガイドラインを作成した.作成にご協力いただいた担当委員の皆様に心より感謝申し上げる.EBMの実践には患者の病状と周囲を取り巻く環境,患者の好みと行動,医療者の臨床経験およびエビデンスの4 つの輪が関わる.EBMは決して臨床医の臨床経験を否定するものではなく,エビデンスが治療決断する訳でもないが,知らないで行う医療行為はリスクを高めることは論を俟たない.臨床家の経験に基づく持論や技(暗黙知)を科学的に評価して形式知へと転換することが求められている.
 歯周治療における1 つの治療オプションとして口腔インプラント治療が適切に取り入れられ,口腔内で天然歯と調和して機能し,口腔機能の回復に貢献するとともに,インプラントの長期的な安定のために,この治療指針(ガイドライン含む)が有効に活用され,国民の口腔保健の向上に寄与することを期待する.
 2019(平成31)年3 月
 特定非営利活動法人 日本歯周病学会
 理事長 栗原英見
第1部 歯周病患者における口腔インプラント治療指針
1 歯周病患者の口腔機能回復治療としてのインプラント治療
  1.インプラント治療の変遷と歯周病患者への応用
   1)インプラント治療の定義(インプラントの種類・特徴)
   2)歯周病患者へのインプラント治療の利点とリスク(感染)
   3)歯周病罹患歯の抜歯基準とインプラント治療
   4)歯周治療におけるインプラント治療
   5)インプラント体の特徴(表面処理,表面性状,ボーンレベル,ティッシュレベル)
    (1)インプラント表面処理,表面性状
    (2)ティッシュレベルインプラント・ボーンレベルインプラント
   6)フィクスチャー/アバットメント接合部(接合部の位置,形態;バットジョイント,プラットフォームスイッチ)
  2.歯周病患者の口腔インプラント治療における留意点
   1)歯周組織とインプラント周囲組織
    (1)共通点
     a.粘膜組織の形態 b.接合上皮 c.角化した口腔上皮の存在 d.生物学的幅径
    (2)相違点
     a.結合組織の成分 b.コラーゲン線維の走行 c.セメント質・歯根膜の存在 d.歯槽骨との関係 e.血液供給 f.歯肉とインプラント周囲粘膜のプロービング g.エマージェンスプロファイル
   2)歯周病リスクファクターのインプラント治療への影響
    (1)全身疾患
     a.糖尿病 b.心疾患 c.骨粗鬆症 d.精神疾患 e.関節リウマチ f.絶対的禁忌症
    (2)生活習慣
     a.喫煙 b.メタボリックシンドローム
    (3)免疫能
    (4)局所因子
   3)インプラント周囲組織のプラークに対する抵抗性
   4)インプラント周囲組織の咬合力に対する抵抗性
    (1)インプラント周囲組織に及ぼす咬合力の問題点
    (2)インプラントへの過重負担/ブラキシズム,disintegration
   5)インプラント周囲粘膜に起因する問題
    (1)インプラント周囲の非可動性粘膜の存在について
    (2)審美性に関する問題
   6)骨量不足に起因するインプラント埋入位置の問題,クラウン-インプラント・レシオ(CIレシオ)に関する問題点
   7)インプラント周囲炎と歯周炎とは異なる病態
2 術前検査および診断
  1.医療面接
   1)歯周病罹患状態の把握
   2)インフォームドコンセント
  2.歯周病リスクファクターの検査
   1)全身疾患
    (1)糖尿病
    (2)骨粗鬆症
    (3)心疾患
   2)生活習慣(喫煙,栄養,ストレスなど)
   3)免疫能
  3.歯周組織の検査
   1)歯周検査
   2)咬合検査
   3)歯肉歯槽粘膜の検査
   4)その他の検査
  4.粘膜形態および種々の画像診断
   1)インプラント埋入部位の粘膜形態
   2)エックス線写真
    (1)エックス線撮影法
     a.口腔内エックス線撮影法(平行法) b.口腔外エックス線撮影法(パノラマエックス線撮影法)
   3)CT(computed tomography)
    (1)下顎のインプラント埋入部位のCT撮影
    (2)上顎のインプラント埋入部位のCT撮影
  5.インプラントの術前補綴診断
   1)診断用ワクシングとサージカルステント
   2)インプラントの上部構造の設計
   3)シミュレーションソフトの活用・ガイドドリル用ステントの利用
3 治療計画の立案
  1.治療計画立案で考慮する基本的事項
   1)歯周治療におけるインプラント治療の位置付け
   2)インプラント体の選択
    (1)長 さ
    (2)太 さ
    (3)形 状
    (4)インプラントシステム(インプラント表面性状を含む)
   3)埋入時期の選択
   4)荷重時期の選択
  2.骨に対するオプション
   1)顎堤に対する骨造成
   2)抜歯後の顎堤保存
   3)上顎洞底挙上術
  3.軟組織に対するオプション
  4.その他に考慮すべき事項
   1)プロビジョナルレストレーション
    (1)適切な咬合関係および顎位の確立
    (2)審美および発音障害の回復
    (3)インプラント周囲組織の口腔清掃の確立
   2)抜歯の判定
    (1)第1 レベル:初期評価(非客観的因子)
    (2)第2 レベル:歯周病重症度
    (3)第3 レベル:根分岐部病変
    (4)第4 レベル:病因因子
    (5)第5 レベル:修復・補綴に関する因子
    (6)第6 レベル:その他の因子
4 歯周病患者へのインプラント治療の実際
  1.前処置としての歯周治療
  2.インプラント埋入の基本的な術式
   1)インプラント外科処置前準備
   2)全層弁の形成と骨頂部の明示
   3)インプラント埋入窩の形成
   4)インプラントの埋入
   5)フ ラップレス手術とガイデッドサージェリーを使用したインプラント埋入
   6)縫 合
  3.インプラント二次手術とプロビジョナルレストレーション
   1)インプラント周囲への角化粘膜の獲得
   2)審美領域への軟組織増大
  4.インプラント上部構造
   1)種類とデザイン
   2)咬合関係
5 メインテナンス
  1.インプラント治療後のメインテナンスの目的
  2.インプラント周囲組織の臨床検査
   1)プラークコントロールの評価
   2)周囲粘膜の炎症状態の評価
   3)インプラント周囲のプロービングデプス(peri-implant probing depth:PD)
   4)プロービング時の出血(bleeding on probing:BOP)
   5)排膿の有無
   6)骨吸収(エックス線学的評価)
   7)インプラント体の動揺
   8)インプラント周囲の角化粘膜の有無
   9)咬合関係
   10)細菌学的検査
  3.臨床検査結果の評価
  4.リコール間隔の決定
6 インプラント周囲炎に対する処置
  1.インプラント治療の成功の定義
  2.インプラント周囲疾患の定義と分類
  3.インプラント治療に伴う併発症(合併症)の種類
  4.インプラント周囲粘膜炎とインプラント周囲炎の原因
  5.インプラント周囲粘膜炎とインプラント周囲炎の治療法/予防法
   1)非外科的治療法
   2)外科的治療法
  6.累積的防御療法(Cumulative Interceptive Supportive Therapy;CIST)
 引用文献
第2部 GRADEアプローチを用いたインプラント周囲炎に対する外科的治療に関する診療ガイドライン
1 本診療ガイドラインの基本理念と作成方法
  1.目 的
  2.本診療ガイドラインの利用者
  3.本診療ガイドラインを使用する際の注意事項
  4.背景・臨床上の疑問
  5.対象となる患者と取り扱う課題
  6.文献の検索
  7.クリニカル・クエスチョン(CQ)の選定
  8.アウトカムの選定
  9.エビデンスの統合と確実性評価
  10.パネル会議における推奨の決定
  11.メンバーおよび利益相反の申告
  12.パネル会議メンバー
  13.外部評価
  14.資 金
  15.本診療ガイドラインの利用促進
  16.改訂予定
  17.参 考
2 GRADEアプローチを用いた本診療ガイドライン作成の流れ
3 本診療ガイドラインの使い方
4 クリニカル・クエスチョン
 CQ 1 インプラント周囲炎に対する外科的処置の際に,インプラントプラスティを行うべきですか?
  1.背 景
  2.エビデンスの要約
  3.推奨の解説
   1)アウトカム全般に関するエビデンスの確実性はどうか?
   2)望ましい効果と望ましくない効果のバランスはどうか?
   3)価値観や意向はどうか?
   4)直接的コストはどうか?
   5)推奨について
  4.エビデンスとして採用した論文の構造化抄録(CQ1)
  5.エビデンスプロファイル
  6.フォレストプロット
  7.文 献
 CQ 2 インプラント周囲炎に対する外科的処置に,エルビウムヤグレーザー(Er:YAGレーザー)を併用するべきですか?
  1.背 景
  2.エビデンスの要約
  3.推奨の解説
   1)アウトカム全般に関するエビデンスの確実性はどうか?
   2)望ましい効果と望ましくない効果のバランスはどうか?
   3)価値観や意向はどうか?
   4)直接的コストはどうか?
   5)推奨について
  4.エビデンスとして採用した論文の構造化抄録(CQ2)
  5.エビデンスプロファイル
  6.フォレストプロット
  7.文 献
 CQ 3 インプラント周囲炎の外科的処置に際して,グルコン酸クロルヘキシジン(CHX)でインプラント体を洗浄することは有効ですか?
  1.背 景
  2.エビデンスの要約
  3.推奨の解説
   1)アウトカム全般に関するエビデンスの確実性はどうか?
   2)望ましい効果と望ましくない効果のバランスはどうか?
   3)価値観や意向はどうか?
   4)直接的コストはどうか?
   5)推奨について
  4.エビデンスとして採用した論文の構造化抄録(CQ3)
  5.エビデンスプロファイル
  6.フォレストプロット
  7.文 献
 CQ 4 インプラント周囲炎に対する外科的処置に,経口抗菌療法は有効ですか?
  1.背 景
  2.エビデンスの要約
  3.推奨の解説
   1)アウトカム全般に関するエビデンスの確実性はどうか?
   2)望ましい効果と望ましくない効果のバランスはどうか?
   3)価値観や意向はどうか?
   4)直接的コストはどうか?
   5)推奨について
  4.エビデンスとして採用した論文の構造化抄録(CQ4)
  5.エビデンスプロファイル
  6.フォレストプロット
  7.文 献
 CQ 5 インプラント周囲炎に対する外科的処置に,エナメルマトリックスデリバティブ(EMD)を併用するべきですか?
  1.背 景
  2.エビデンスの要約
  3.推奨の解説
   1)アウトカム全般に関するエビデンスの確実性はどうか?
   2)望ましい効果と望ましくない効果のバランスはどうか?
   3)患者の 価値観や好みはどうか?
   4)直接的コストはどうか?
   5)推奨について
  4.エビデンスとして採用した論文の構造化抄録(CQ5)
  5.エビデンスプロファイル
  6.フォレストプロット
  7.文 献
 CQ 6 インプラント周囲炎骨内欠損の外科的処置に有効な骨補填材はありますか?
  1.背 景
  2.エビデンスの要約
  3.推奨の解説
   1)アウトカム全般に関するエビデンスの確実性はどうか?
   2)望ましい効果と望ましくない効果のバランスはどうか?
   3)価値観や意向はどうか?
   4)直接的コストはどうか?
   5)推奨について
  4.エビデンスとして採用した論文の構造化抄録(CQ6)
  5.エビデンスプロファイル
  6.フォレストプロット
  7.文 献
5 外部評価と回答
  1.外部評価者1
   1)ガイドラインの骨格に関して
    (1)「5.対象となる患者と取り扱う課題」
    (2)「6.文献の検索」
    (3)「7.クリニカル・クエスチョン(CQ)の選定」
    (4)「8.アウトカムの選定」
    (5)「10.パネル会議における推奨の決定」
    (6)「8.アウトカムの選定」
   2)内容に関する意見
    (1)「累積的防御療法cumulative interceptive supportive therapy」について
    (2)CQ1 とCQ2 の推奨度について
    (3)CQ4 について
    (4)CQ6 について
   3)終わりに
  2.外部評価者2,3