やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文
 歯の外傷は患者さんにとって,外傷歯のみならず咬合や審美,心理面にも大きな影響を与えます.また,歯の外傷は歯科医師にとって,緊急かつ適切に対応する必要があることは言うまでもありません.
 近年,インターネットの普及により,患者さんの持つ歯の外傷に関する情報量も以前と比べものにならないほど豊富になっています.歯の外傷は子供に多く,親御さんはお子さんの歯の保存を強く希望されます.特に脱落歯や歯の破折片,露髄した歯髄の保存の要望が強く,そうした時代のニーズに応えることが我々歯科医師の使命と考えます.
 そこで,臨床で遭遇する歯の破折から脱臼まで,歯の外傷にスポットをあてて,いざという時に役立つ外傷歯の症例を詳細に分類し,その術式のコツと勘どころをわかりやすく解説した本を作りたいと考えました.読者の先生方の臨床に明日からでも生かせるように,日本外傷歯学会が2012年に改定した『外傷歯治療のガイドライン』と米国歯内療法学会2013年に発行した『外傷歯治療のガイドライン』の内容を踏まえつつ,本書『外傷歯のみかたと対応』を企画いたしました.
 歯科の二大疾患であるう蝕と歯周病が感染症であるのに対し,外傷歯は基本的に感染症ではないため,迅速な処置を心がけ,感染させないことが肝要です.また,露髄した歯髄も歯髄内圧に守られ,感染が広がるのを防いでいます.そのため,露髄面の大きさにとらわれず,可及的に歯髄の保存を試みるべきです.近年,直接覆髄剤として,生体親和性に優れたMTA(Mineral Trioxide Aggregate)が普及し,歯髄の保存の可能性が高まっているのも朗報です.
 外傷歯は,永久歯と乳歯でみかたや対応が異なることが多いため,本書では項目を永久歯と乳歯に分けて整理いたしました.永久歯の脱落歯においては,以前,口腔外で抜髄してから強固な固定が行われていました.しかし,近年,そのまま口腔内に再植し,生理的に1週間から10日程度固定してから感染根管治療を開始するのが一般的となりました.
 また,以前,失活した根未完成歯にはアペキシフィケーションが行われていましたが,現在では,再生歯内療法(リバスクラリゼーション)が行われるようになったことが注目されています.本書では,リバスクラリゼーションについても症例を提示して,米国歯内療法学会がガイドラインで示している術式を詳細に解説しています.今後の臨床に応用していただければ幸いです.
 臨床で遭遇する歯の外傷について,多くの症例を経験しておられる第一線の先生方にご執筆いただき,歯科医学教育の現状と外傷歯の疫学的状況を踏まえ,外傷歯の予防も含んだ内容に仕上がっております.本書を一般開業医の外傷歯に対する最新のガイドとしてご一読いただくことで,読者の先生方が行う外傷歯の治療のスキルアップに繋がれば幸いです.
 2018年11月吉日
 北村和夫
 巻頭フローチャート 歯科医院受診前の歯の外傷への対応(楊 秀慶)
I 歯の外傷の概要と診査診断
  1 外傷の種類別対応フローチャートと診査スケジュール(齊藤正人)
   (1)破折
    1.歯冠破折 2.歯根破折 3.歯冠歯根破折
   (2)脱臼
    1.震盪・亜脱臼・側方脱臼 2.陥入(埋入) 3.挺出 4.完全脱臼(脱落)
  2 歯の外傷の基本的な考え方(楊 秀慶)
   (1)歯の外傷が主訴で来院したら心がけること
    1.術者が落ち着く 2.保護者,患児を落ち着かせる
    3.現病歴,現症を的確に把握する 4.EBMをもとに的確に処置し経過を追う
  3 外傷歯に行うべき診査(北村和夫)
   (1)医療面接
   (2)視診
   (3)触診
   (4)打診
   (5)動揺度検査
   (6)歯髄電気診
   (7)温度診・化学診
   (8)エックス線検査・画像検査
   (9)透照診
   (10)楔応力検査
   (11)咬合検査
   (12)まとめ
  4 全身状態に配慮した診査法(齊藤正人)
   (1)歯の外傷の診査法とポイント
    1.医療面接 2.視診 3.打診 4.動揺度 5.変色
  5 歯の外傷を診査するためのエックス線撮影法(楊 秀慶)
   (1)規格化された器具を使用する
    1.受傷歯を基準にしない 2.器具の変形や咬合位置に注意する
   (2)フィルムの位置と照射角度を規格化する
  6 外傷歯に対する歯科用コーンビームCT(CBCT)の利点(月星太介)
   (1)外傷歯の診査に用いられるおもな歯科用エックス線写真の種類
   (2)エックス線撮影による被曝
   (3)CBCTによる診査診断が有効な外傷歯の種類
    1.歯根破折,歯冠歯根破折 2.側方性脱臼 3.挺出性脱臼
    4.陥入
   (4)その他の外傷におけるCBCTの利用
    1.顎骨骨折
   (5)外傷予後におけるCBCTの利用
   (6)まとめ
II 外傷歯の治療
  1 歯の外傷時の固定法(楊 秀慶)
   (1)強固な固定(rigid splint)
   (2)生理的固定法(semi-rigid splint)
    1.ONDU法の利点(他の生理的固定法との比較) 2.材料
    3.固定の手順 4.固定除去の手技
   (3)矯正用ブラケットとワイヤーを使った生理的固定法についての注意点
  2 固定源が少ない外傷歯への固定法(松ア祐樹)
   (1)解説
   (2)処置および経過
    1.止血シーネ(咬合干渉防止)の作製
    2.再固定(ONDU法:Ohide-Nippon Dental University法・変法)
   (3)予後
   (4)まとめ
  3 歯の破折
   (1)永久歯の歯冠破折
    1.単純性歯冠破折(菅原佳広) 2.複雑性歯冠破折(辻本恭久)
   (2)乳歯の歯冠破折(田中聖至)
    1.乳歯の単純性歯冠破折 2.乳歯の複雑性歯冠破折
   (3)歯冠歯根破折(北村和夫)
    1.単純性歯冠歯根破折 2.複雑性歯冠歯根破折
   (4)永久歯の歯根破折
    1.水平性歯根破折(見澤哲矢) 2.垂直性歯根破折(五十嵐 勝)
   (5)乳歯の歯根破折(浅里 仁)
    1.乳歯の水平性歯根破折 2.乳歯の垂直性歯根破折
  4 歯の脱臼
   (1)歯の震盪・亜脱臼(村松健司)
    1.震盪 2.亜脱臼 3.乳歯外傷後の変色
   (2)歯の陥入(埋入)(楊 秀慶)
    1.永久歯の陥入 2.乳歯の陥入
   (3)歯の挺出(楊 秀慶)
    1.歯の挺出
   (4)歯の側方脱臼(転位)
    1.永久歯の側方脱臼(転位)(楊 秀慶,林 陽佳)
    2.乳歯の側方脱臼(転位)(楊 秀慶) 3.側方脱臼の整復法(楊 秀慶)
   (5)歯の完全脱臼(白瀬敏臣)
    1.永久歯の完全脱臼 2.乳歯の完全脱臼
  5 外傷時対応に苦慮した症例(楊 秀慶)
   (1)再植歯に炎症性吸収が起こった場合
   (2)受傷部位が不明確な場合の対応
III 外傷歯のその他の治療法(抜歯や歯髄除去を行う前に)
  1 脱落歯の再植にみる外傷歯治療の変遷(北村和夫)
   (1)以前の脱落永久歯の再植
   (2)現在の脱落永久歯の再植
   (3)脱落永久歯再植時に起こる歯根吸収
   (4)まとめ
  2 抜髄された複雑性歯冠破折歯への対応(北村和夫)
   (1)複雑性歯冠破折
    1.治療 2.症例 3.考察とまとめ
  3 外傷を受けた幼若永久歯の歯内療法(松ア祐樹)
   (1)幼若永久歯とは?
   (2)幼若永久歯の形態の特徴
   (3)幼若永久歯の治療方法
    1.アペキシフィケーション 2.アペキソゲネーシス
    3.再生歯内療法(リバスクラリゼーション)
   (4)今後の幼若永久歯の治療方針
IV 外傷歯の病理学,治癒
  1 歯根膜再生と完全脱臼歯の治癒を考える
   (1)はじめに(楊 秀慶)
   (2)歯根膜の再生はどれくらいで起こる?(楊 秀慶)
    1.歯根膜は1週間以内で再生する
    2.完全脱臼による再植歯は再植直後より再植後5週間以降の経過観察が重要である
    3.歯根未完成歯の根尖閉鎖(アペキシフィケーション)は,疎で網目状の閉鎖をする
    4.水酸化カルシウムは経過を追うと歯髄腔全体に拡散する
   (3)根管治療はいつ行うべきか?(村松健司)
    1.はじめに 2.完全脱臼による再植歯は再植直後より再植後5週間以降の経過観察が重要である
    3.根管治療は再植後5週目以降に行っても治癒傾向を示す
   (4)歯根膜の損傷度は治癒にどのように影響するのか?(白瀬敏臣)
    1.はじめに 2.歯根膜の損傷度が小さければ,歯としての機能を回復する可能性が高い
    3.歯根膜の損傷度が大きければ炎症性歯根吸収やアンキローシスにより予後不良となりやすい
V 障害児者の歯の外傷への対応,提言,注意点
  1 症例でみる障害児者の外傷1(野本たかと)
   (1)摂食時のスプーン噛みによって破折した症例
    1.ポイント 2.経過 3.まとめ
   (2)タオル噛みによって歯根破折した症例
    1.ポイント 2.経過 3.まとめ
  2 症例でみる障害児者の外傷2(梅澤幸司)
   (1)てんかん発作による転倒――17歳の重度知的障害の男性
    1.ポイント 2.初期対応 3.経過観察後の処置 4.予後
   (2)施設における入所者間トラブルによる転倒――27歳のDown症候群の男性
    1.ポイント 2.初期対応 3.経過観察後の処置 4.予後
   (3)筆者の経験した症例
    1.臼歯の外傷 2.椅子からの転倒 3.自傷 4.他害による転倒
    5.車椅子の転倒 6.偶発症
VI 外傷歯の予防と対応
  1 スポーツマウスガードの作製法と注意点(五味治徳)
   (1)マウスガードの目的
   (2)マウスガードの種類
   (3)マウスガードの基本デザイン
    1.マウスガードの辺縁外形線の設定域 2.マウスガードの咬合面観
    3.マウスガードの厚み
   (4)マウスガードのメインテナンス
  2 学校歯科医としての対応と注意点(丸山進一郎)
   (1)はじめに
   (2)学校における安全教育
   (3)受傷後の対応
   (4)学校歯科医の対応における注意点
    1.備品,記録 2.歯科医療機関を受診する場合 3.歯科診療所での対応
    4.医療者として 5.最後に
VII 歯の外傷の教育と現状
  1 歯学教育カリキュラムにおける「歯の外傷」(関本恒夫)
  2 歯の外傷の頻度と予後(苅部洋行)
   (1)歯の外傷の頻度
    1.受傷年齢分布 2.性差 3.好発部位 4.受傷原因
    5.受傷場所 6.受傷様式 7.歯の受傷に関連する因子
   (2)歯の外傷の予後

 文献
 索引