やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

第2版 序(改訂にあたり)
 矯正歯科治療は,加齢にともなう顔面,頭蓋部の形態的および機能的不調和から生じる不正咬合や顎関係の異常を改善することで,不正咬合がもたらす生理学的,心理的なさまざまな悪影響・障害を取り除き,心身の健全なる育成と維持をはかる歯科の一分野である.矯正歯科治療が歯科の専門分野として立ち上げられて以来100余年,基本概念は維持されつつも,矯正歯科材料・器具の開発や改良が盛んに行われ,治療技術・方法も大きく変化し,現在まで発展し続けてきた.
 近年では,一般歯科治療に矯正歯科的配慮を加えることでより良好な,より効果的な治療結果が得られることが広く認識されてきており,矯正歯科治療の修得を希望する若手の歯科医師は増えてきている.また,長く一般歯科を中心に経験を積んできた臨床医も,矯正歯科治療の効果を再認識することによって興味を深めつつある.
 矯正歯科治療を行うに際しては,まず症例ごとに不正咬合の原因を探求し,歯性・骨格性の要因の有無,習癖の有無などを考慮したうえで,その症例がどのような不正咬合であるかを適切に把握・診断し,治療方針・治療方法を立案したうえで矯正装置の選択を行い,治療期間や経過を確認しながら治療を進めていく.
 本書では,臨床経験の豊富な執筆者が具体的に症例を提示しつつ,採得した診断資料の分析方法,分析結果の捉え方と,これら資料結果の総合評価による診断と治療目標,治療方針・方法の策定,矯正装置の選択,調整方法についてビジュアルに順序立てて解説している.また,各症例を大まかなカテゴリーに分類し,読者が対峙している患者がどのパターンに属するのかが一目でわかるように目次の構成も工夫した.これにより実際の症例がどの症例に類似しているかをビジュアルに捉えることができ,今後の治療経過を推定できる.すなわち,臨床経験の浅い若手の歯科医師にとっては診断技術,治療方法の立案技術,矯正装置の選択基準の修得に役立つであろうし,臨床経験のない歯学部学生,卒後臨床研修医にとっては不正咬合と矯正装置との関係について理解を深めるのに効果的な書となるであろう.ゆえに,本書で提示する症例についてはできるだけ典型的な症例を多く集めた.
 本書は,2010年3月に発刊され,好評を得て増刷した『矯正歯科治療 この症例にこの装置』の改訂版である.今回,これまでにも増して理解しやすくなることを目的に症例を再検討し,20症例を入れ替え,その他の症例についても適宜見直しをはかった.前版同様にご愛顧いただければ幸いである.
 なお,本書で取り上げている矯正装置の詳細(装置の構成や製作法など)ならびに矯正歯科治療の基本知識などについては,『幼児・学童期からの矯正歯科治療 乳歯・混合歯列期の不正咬合と障害児への対応』(2012年3月10日,1版1刷発行),『チェアサイド・ラボサイドの 新矯正装置ビジュアルガイド』(2015年11月15日,1版1刷発行,いずれも医歯薬出版刊)を参照してほしい.
 2017年11月
 編者を代表して 後藤滋巳




 矯正歯科治療では治療技術や治療法が大きく進歩するとともに,近年では,一般歯科治療に矯正歯科的配慮を加えることによる効果の大きさが広く認識されるようにもなってきている.たとえば,補綴前処置としての矯正歯科治療,歯周治療の流れのなかでの矯正歯科治療,顎関節症治療における矯正歯科的対応などによる口腔諸疾患の改善が認められ,関連他科との連携ならびに包括的歯科治療のなかでの矯正歯科の役割は大きくなっていると考えられる.また,矯正歯科治療は,現症としての不正咬合を改善することにより生理学的,心理的なさまざまな悪影響・障害を取り除くことを大きな目的としているが,不正咬合の発現を予防し,患者に口腔衛生概念の常態化を促すことも役割のひとつである.
 矯正歯科治療を行うに際しては,まず症例ごとに不正咬合の原因を探求し,歯性・骨格性の要因,成長の有無,習癖の有無などを考慮したうえで適切に診断し,治療方針・治療方法を立案して,これらをもとに矯正装置を選択する必要がある.そしてこの一連の流れのなかでは,臨床経験の豊富さが重要な要件となる.すなわち,各種不正咬合の改善を行うにあたり,その症例がどのような不正咬合であるか,治療を進めるうえでどのような点に注意すべきか,そして適応する矯正装置はどれが最も効果的であるかが順序よく整理されている必要がある.
 本書では,臨床経験豊富な執筆者が具体的な症例を提示し,症例分析,総合評価による診断の決定,治療目標の設定,治療方針・治療方法の策定,矯正装置の選択・調整方法についてビジュアルに順序よく解説している.また,各症例を大まかなカテゴリーごとに分類し,読者がいま対峙している患者がどのパターンに属するのかが一目でわかるように目次の構成も工夫している.
 臨床経験の浅い若手矯正歯科医にとっては診断技術,治療方法の立案技術,矯正装置の選択基準の習得に役立つであろうし,臨床経験のない歯学部学生,卒後臨床研修医にとっては不正咬合と矯正装置との関係について理解を深めるのに効果的な1冊となるであろう.また,一般歯科医師にとっても,矯正歯科治療の流れと具体的な効果,そして矯正装置の選択・応用などの知識を得るために大いに役立つものであると考えている.
 なお,本書で取り上げている矯正装置の詳細(装置の構成や製作法など)ならびに矯正歯科治療の基本知識などについては,『混合歯列期の矯正歯科治療』(2002年10月10日,1版1刷発行),『チェアサイド・ラボサイドの矯正装置ビジュアルガイド』(2004年11月15日,1版1刷発行),『チェアサイド・ラボサイドの矯正装置ビジュアルガイド2』(2009年11月20日,1版1刷発行,いずれも医歯薬出版刊)などを参照してほしい.
 2010年3月
 編者を代表して 後藤滋巳
 本書で使用している模型分析・スペース分析,頭部エックス線規格写真分析について(後藤滋巳)
Part1 矯正歯科治療にあたって
 (後藤滋巳)
 矯正歯科治療とは
 矯正歯科治療の特殊性
 矯正歯科治療の流れ
Part2 矯正装置の種類と適応症
 リンガルアーチ(舌側弧線装置)
 拡大装置
  クワドヘリックス装置
  バイヘリックス装置
  拡大床装置
   3方向拡大床装置
  急速拡大装置(ラピッドエクスパンジョン)
  乳歯急速拡大装置
  リップバンパー
 機能的矯正装置
  フレンケル装置
  バイトジャンピングアプライアンス(B.J.A.)
  ハーブストアプライアンス
  アクチバトール
  バイオネーター
  ツインブロック装置
  咬合斜面板
  咬合挙上板
 臼歯部遠心移動装置
  ペンデュラム装置
  G.M.D.(Greenfififi eld molar distalizer)
 顎外固定装置
  ヘッドギア
  チンキャップ
   スライディングプレート
  上顎前方牽引装置
 習癖除去装置
  タングガード
  タングトレーニングプレート(T.T.P.)
 マルチブラケット装置
 加強固定装置
  ナンスのホールディングアーチ
  トランスパラタルアーチ
 保定装置
  ラップアラウンドタイプリテーナー
  ホーレータイプリテーナー
  ソフトリテーナー
  犬歯間保定装置,小臼歯間保定装置(ボンディングタイプ)
  スプリングリテーナー
  トゥースポジショナー,ダイナミックポジショナー
Part3 この症例にこの装置(矯正装置の使用実例)
 下顎前突
  乳歯列期・混合歯列期:反対咬合,中切歯の反対被蓋の改善
   叢生を伴う前歯部反対咬合の改善を目的としてリンガルアーチを使用した症例(清水典佳)
   下顎前突における前歯部被蓋の改善を目的として拡大床装置を使用した症例(森山啓司)
  床矯正装置を使用して反対咬合を改善した症例(森山啓司)
  乳歯列期・混合歯列期:反対咬合,上下顎狭窄歯列の改善
   上顎狭窄歯列の改善を目的として乳歯急速拡大装置を使用した症例(佐藤琢麻・後藤滋巳)
   狭窄歯列を伴う前歯部反対咬合の改善を目的として下顎にリップバンパーを使用した症例(清水典佳)
  乳歯列期・混合歯列期:上顎劣成長を伴う反対咬合の改善
   上顎劣成長に起因する下顎前突の改善を目的としてフレンケル装置を使用した症例(名和弘幸・後藤滋巳)
   上顎の成長発育促進を目的として上顎前方牽引装置を使用した症例(宮野二美加・各務知芙美・槇 宏太郎)
   上顎の成長発育促進を目的として上顎前方牽引装置を使用した症例(川口美須津・後藤滋巳)
  上顎前方牽引装置を使用して乳歯列反対咬合を改善した症例(田渕雅子・後藤滋巳)
  乳歯列期・混合歯列期:下顎の成長発育抑制が必要な反対咬合の改善
   下顎の成長発育抑制を目的としてチンキャップ&スライディングプレートを使用した症例(中納治久・渡辺みゆき・槇 宏太郎)
 上顎前突
  混合歯列期:下顎劣成長を伴う上顎前突の改善,過蓋咬合・臼歯関係の改善,下顎の後退の改善
   下顎歯列の近心移動と上顎前歯部の遠心移動を目的としてバイトジャンピングアプライアンスを使用した症例(宮澤 健・後藤滋巳)
   下顎の成長発育促進を目的としてハーブストアプライアンスを使用した症例(渋澤龍之・中山真由子・槇 宏太郎)
   下顎の成長発育促進を目的としてアクチバトールを使用した症例(常岡美里・山口徹太郎・槇 宏太郎)
   下顎の成長発育促進と咬合挙上を目的としてアクチバトールを使用した症例(玉置幸雄・石川博之)
   上顎前突と過蓋咬合の改善を目的としてバイオネーターを使用した症例(佐藤琢麻・後藤滋巳)
   下顎の後退の改善を目的としてツインブロック装置を使用した症例(宮本 順・森山啓司)
   下顎遠心咬合の改善と咬合挙上を目的として咬合斜面板を使用した症例(早川進一・後藤滋巳)
   上下顎関係の改善および空隙歯列の解消を目的としてフェイスボウ付きダイナミックポジショナーを使用した症例(東堀紀尚・森山啓司)
  混合歯列期・永久歯列期:上顎大臼歯の近心転位を伴う上顎前突の改善
   固定の加強を目的としてペンデュラム装置を使用した症例(名和弘幸・後藤滋巳)
  ペンデュラム装置を使用して上顎右側第二小臼歯の萌出スペースを確保した症例(田渕雅子・後藤滋巳)
   上顎大臼歯の遠心移動を目的としてG.M.D.を使用した症例(田村隆彦・清水典佳)
  混合歯列期・永久歯列期:骨格性上顎前突の改善
   上下顎関係の改善を目的としてヘッドギアを使用した症例(清水典佳・中嶋 昭)
 叢生
  乳歯列期・混合歯列期:上顎狭窄歯列の改善
   乳歯列期の上顎狭窄歯列の改善を目的として拡大床装置を使用した症例(阿部朗子・石川博之)
   上顎狭窄歯列の改善を目的として拡大床装置を使用した症例(小川卓也・森山啓司)
  混合歯列期:上顎側切歯の舌側転位の改善
   上顎側切歯の舌側転位の改善を目的としてリンガルアーチを使用した症例(阿部朗子・玉置幸雄)
  混合歯列期・永久歯列期:埋伏歯の牽引
   埋伏歯の牽引を目的としてリンガルアーチを使用した症例(中脇貴俊・冨田大介・中納治久・槇 宏太郎)
  混合歯列期・永久歯列期:狭窄歯列を伴う叢生の改善
   上下顎叢生の解消を目的としてクワドヘリックス装置を使用した症例(小川卓也・森山啓司)
   下顎狭窄歯列を伴う叢生の改善を目的としてバイヘリックス装置を使用した症例(秦 雄一郎・石川博之)
  混合歯列期・永久歯列期:上下顎歯列弓幅径の相違の改善
   叢生と上下顎歯列弓幅径の不調和の改善を目的として上顎にクワドヘリックス装置を使用した症例(小川卓也・森山啓司)
  混合歯列期・永久歯列期:著しい上顎狭窄歯列の改善
   著しい上顎狭窄歯列の改善を目的として急速拡大装置を使用した症例(名和弘幸・後藤滋巳)
 過蓋咬合
  乳歯列期・混合歯列期:過蓋咬合の改善,下顎劣成長による上顎前突の改善,下顎の偏位の改善
   混合歯列期の過蓋咬合と下顎右方偏位を伴う上顎前突の改善を目的としてアクチバトールを使用した症例(陶山大輝・玉置幸雄)
  混合歯列期:過蓋咬合の改善
   過蓋咬合の改善を目的として咬合挙上板を使用した症例(早川進一・後藤滋巳)
   混合歯列期の過蓋咬合の改善を目的として咬合挙上板を使用した症例(藤田隆寛・玉置幸雄)
 開咬
  混合歯列期:舌癖に起因する前歯部開咬の改善
   舌癖の除去を目的としてタングガードを使用した症例(高橋満理子・槇 宏太郎)
  混合歯列期・永久歯列期:異常嚥下癖を有する前歯部開咬の改善
   舌突出癖の改善を目的としてタングトレーニングプレートを使用した症例(不破祐司・後藤滋巳)
 交叉咬合
  乳歯列期・混合歯列期:上下顎歯列弓幅径の相違の改善
   交叉咬合の改善を目的として拡大床装置を使用した症例(宮本 順・森山啓司)
  混合歯列期・永久歯列期:上下顎歯列弓幅径の相違の改善
   混合歯列期の機能性側方偏位による交叉咬合の改善を目的として拡大床装置を使用した症例(秦 雄一郎・石川博之)
 II期治療
  永久歯列期:典型的な叢生の抜歯による改善
   上下顎叢生と歯軸の改善を目的としてマルチブラケット装置を使用した症例(田俊輔・玉置幸雄)
  永久歯列期:典型的な叢生の非抜歯による改善
   上顎前歯部叢生の改善を目的としてマルチブラケット装置とG.M.D.を使用した症例(中納治久・島ア 絢・槇 宏太郎)
  永久歯列期:上顎前突の抜歯による改善
   骨格性上顎前突を改善するためのII期治療としてマルチブラケット装置を使用した症例(清水典佳)
  永久歯列期:上顎前突の非抜歯による改善
   歯性上顎前突の改善を目的としてマルチブラケット装置を使用した症例(名和弘幸・後藤滋巳)
  永久歯列期:下顎前突の抜歯による改善
   下顎前突の抜歯による改善を目的としてマルチブラケット装置を使用した症例(二木克嘉・泉田恵理・槇 宏太郎)
  永久歯列期:下顎前突の非抜歯による改善
   下顎前突の非抜歯による改善を目的としてマルチブラケット装置を使用した症例(宮本 順・森山啓司)
  永久歯列期:開咬の改善
   開咬の歯性改善を目的としてマルチブラケット装置を使用した症例(藤原琢也・後藤滋巳)
  マルチブラケット装置を使用した開咬治療の考え方(藤原琢也・後藤滋巳)
 加強固定
  混合歯列期・永久歯列期:上顎大臼歯遠心移動後の加強固定
   大臼歯遠心移動後の加強固定を目的としてナンスのホールディングアーチを使用した症例(秦 省三郎・玉置幸雄)
  永久歯列期:マルチブラケット装置の加強固定
   上下顎前突に対しマルチブラケット装置の加強固定を目的としてトランスパラタルアーチを使用した症例(清水典佳・村田正人)
   上下顎前突に対しマルチブラケット装置の加強固定を目的としてヘッドギアを使用した症例(清水典佳)
 後戻りの改善
  永久歯列期:局所的対応
   後戻りによる捻転歯の改善を目的としてスプリングリテーナーを使用した症例(玉置幸雄・石川博之)

 参考文献
 索引
 執筆者一覧

 主訴一覧
  上の前歯が出ている(出っ歯である)
  上の前歯が曲がっているのを治したい
  受け口と顎のずれが気になる
  受け口のおそれがある
  受け口を治したい
  (前歯の)かみ合わせが反対
  かみ合わせが左にずれている
  かみ合わせが深いのが気になる
  かみ合わせが悪い
  かみ合わせを治したい
  矯正治療後に下の前歯がデコボコになってきた
  下あごが小さい
  下の前歯が出ていて上下の歯がかみ合っていない
  上下の前歯の間が開いている
  発音がしにくい
  (上・下の,前歯の)歯ならびが悪い(デコボコ,ガタガタ)
  歯の大きさに比べて顎が小さいと感じる
  骨の中に埋まっている犬歯を治したい
  前歯があたってかみにくい
  前歯が傾いていて口が閉じにくい
  前歯が反対にはえてきた
  前歯でものがかめない
  前歯の歯ならびが気になる
  前歯の歯ならびと下顎が右にずれているのが気になる
  八重歯になりそうで気になる
  八重歯を治したい