やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 抜歯は,患者の全身状態の評価から,術前説明,インフォームド・コンセント,麻酔,手術手技,投薬方法,偶発症対策,病診連携など,幅広い知識と技術が要求される高度な歯科治療である.
 安全で確実な抜歯を行うためには,基本的な抜歯の術式を学ぶことが必要である.本書は,常に患者の立場に立った患者本位の歯科医療を提供することを基本理念としたうえで,基本的抜歯手技習得のための具体的・実践的な方策をわかりやすく記載したガイドブックとしてまとめた書である.抜歯術に限らず,歯科医療手技全体をルール化し手順をしっかり頭の中で構成することが,上達への近道である.これまで口腔外科研修機関で教育を受ける機会の少なかった勤務歯科医や開業歯科医,そして研修歯科医のために,実際の臨床写真と動画を豊富に用いて,実際の抜歯の診断と処置が確実に理解できるように編集した.静止画のみならず動画を用いたほうが抜歯の臨床現場がよりわかりやすいと考え,巻末にはDVDによる一般的な抜歯術の症例を添付し,より抜歯の現場を理解しやすいように配慮した.
 超高齢社会を迎え全身疾患を有する患者が増加している背景のもと,医療安全管理体制の構築をふまえ,有病患者の抜歯に関する問診方法,全身・局所状態の把握,さらに抜歯の実際や術後の処置管理について詳述し,臨床の現場に即した情報を提供している.さらに医療に対する社会の目が厳しさを増しており,医療訴訟が増加している点を踏まえて,術中,術後の偶発症とその予防と対応について多くの紙面を割いて解説した.
 また,筆者の臨床経験から,特に伝えたい内容を抜歯臨床上必要な知識として「メモ」「ここに注意」「ここが大切」「見落としやすい」という見出しを付けて,適宜その場に記載した.筆者の独断と偏見に片寄ったところがあるかもしれないがお許しいただき,研修歯科医のみならず,歯科学生や一般開業歯科医の先生方にご愛読いただき,日々の臨床に少しでもお役に立てば幸いである.
 2017年6月
 国立長寿医療研究センター
 歯科口腔先端医療開発センターセンター長
 角 保徳
抜歯総論
1 抜歯の基本方針
 1.安心・安全な抜歯
 2.補綴を考慮した抜歯
 3.抜歯は歯周外科手術の一環である
 4.抜歯窩治癒のよい抜歯
2 診査と診断
 1.診査・診断
 2.抜歯の診断基準
   〈ここが大切〉 原因歯の確定
3 抜歯と全身の知識
   〈ここが大切〉 初診時全身診査の注意点
 1.抜歯時に必要な問診
   〈ここに注意〉 高齢者の問診票
   〈ここが大切〉 抜歯の既往の有無を聞く
 2.抜歯に影響を与える全身疾患
   〈ここが大切〉 有病者の抜歯中の一般的な注意点
   〈ここに注意〉 備えあれば憂いなし
  (1)高血圧症
  (2)虚血性心疾患
  (3)他の循環器系疾患
   〈ここに注意〉 循環器系疾患患者への局所麻酔
     感染性心内膜炎
  (4)脳卒中
  (5)糖尿病
  (6)腎臓病
   〈ここに注意〉 腎機能の状態と抜歯時の抗菌薬投与
  (7)肝臓病
  (8)呼吸器疾患
  (9)血液疾患
  (10)認知症
  (11)甲状腺疾患
   〈ここが大切〉 甲状腺クリーゼ
   〈ここに注意〉 ビスフォスフォネート系薬剤と顎骨壊死
 3.抜歯前に確認する全身状態
  (1)アレルギーの有無
   〈ここが大切〉 アレルギー,全身疾患などのカルテ記載
  (2)出血傾向の有無
   〈ここが大切〉 出血をきたす薬剤
   〈ここに注意〉 アスピリン使用中の抜歯
  (3)感染症の有無
  (4)易感染性の有無
   〈ここに注意〉 抜歯後の菌血症
   〈見落としやすい〉 ステロイド投与の問題
  (5)妊娠の有無
   〈ここに注意〉 リスクマネジメント
   〈ここが大切〉 年齢60歳以上は難抜歯
 4.他科対診・照会
4 口腔解剖の知識
5 X線撮影
 1.パノラマX線撮影法
 2.デンタルX線撮影法
 3.咬合法
 4.CT(computed tomography)
6 術前説明
 1.抜歯時期の決定
   〈ここが大切〉 抜歯開始時間
 2.術前説明
   〈ここに注意〉 抜歯時の患者の服装
7 必要な器具
  (1)挺子
   〈ここが大切〉 なぜ直の挺子を主に用いるか
  (2)鉗子
  (3)歯ブラシ
  (4)メス
  (5)筋鉤
  (6)骨膜剥離子
  (7)鋭匙
  (8)剪刀
  (9)持針器
  (10)ピンセット
  (11)縫合糸
   〈ここが大切〉 針糸の選択
  (12)モスキート鉗子
  (13)洗浄用シリンジ,洗浄針と生理食塩水
  (14)開口器
   〈ここが大切〉 下顎歯抜歯と開口器
  (15)タービン
  (16)バー
  (17)ワセリン基材軟膏
   〈ここに注意〉 骨ノミやマレット
8 抜歯時の全身管理
 1.静脈路確保方法
9 滅菌,消毒
 1.器具の滅菌
 2.術野の消毒
 3.感染予防対策
   〈ここに注意〉 観血的処置を行うにあたって手洗いは必要
10 麻酔の知識
   〈ここが大切〉 偶発症の発症は,局所麻酔時に多い
 1.浸潤麻酔に必要な局所解剖
 2.局所麻酔に使用する器具
 3.表面麻酔
 4.浸潤麻酔
  (1)骨膜上注射法
   〈ここが大切〉 下顎臼歯部の浸潤麻酔
   〈ここに注意〉 局所麻酔時にかける圧
  (2)歯根膜内注射法
  (3)骨膜下注射法
   〈ここが大切〉 局所麻酔の追加
   〈ここに注意〉 下顎舌側の浸潤麻酔
 5.下顎孔伝達麻酔
  (1)下顎孔伝達麻酔の手技
   〈ここが大切〉 下顎孔伝達麻酔のポイント
    下顎孔伝達麻酔時の説明事項
11 抜歯の基本手技
   〈ここが大切〉 抜歯部位の確認
 1.抜歯時の体位
 2.抜歯器具の選択
   〈ここが大切〉 抜歯手技の上達法
 3.挺子による抜歯
   〈ここが大切〉 挺子使用のコツ
    抜歯に必要な力
   〈ここに注意〉 挺子抜歯時の指の固定
    脱臼した歯の摘出方法
 4.鉗子による抜歯
   〈ここが大切〉 鉗子抜歯
    鉗子使用のコツ―脱臼前の鉗子の応力の方向
 5.切開,剥離法
  (1)メスの使用方法
   〈ここに注意〉 口唇の保護
  (2)骨膜剥離,粘膜骨膜弁の形成
   〈ここが大切〉 骨膜の保護
 6.骨削合
 7.歯冠・歯根分割
   〈ここが大切〉 歯根分割はためらわない
12 抜歯後の対応
 1.抜歯後の処置
  (1)抜去歯の観察
  (2)ルートプレーニング
  (3)骨鋭縁の除去
  (4)掻爬
   〈ここに注意〉 鋭匙による抜歯窩掻爬の問題
   〈ここが大切〉 余分な歯肉の整理
  (5)洗浄
   〈ここに注意〉 洗浄針の固定
   〈ここが大切〉 骨膜下の洗浄
  (6)プレッシング
   〈ここが大切〉 抜歯にかかる時間
 2.抜歯に必要な縫合法
   〈ここが大切〉 抜歯窩縫合の注意点
    筆者の器械縫合法:結紮方法
    器械縫合に慣れよう
 3.止血法
   〈ここに注意〉 ガーゼ圧迫や縫合などの基本処置で止血しない場合
   〈ここが大切〉 ガーゼ圧迫時の注意点
    止血はワンパターン
    抜歯窩に部位が特定できない出血
    初めて抜歯を受けた患者の止血
 4.投薬
  (1)薬の選択
  (2)含嗽剤
   〈ここが大切〉 妊娠後期の非ステロイド性抗炎症薬は禁忌
   〈ここに注意〉 抜歯後感染がこじれた場合
    鎮痛薬の使用とアスピリン喘息
 5.術後の来院
13 抜歯の偶発症
 1.術中の局所偶発症
   〈ここに注意〉 術前に偶発症が予想された場合
  (1)術中の出血
  (2)歯根破折
  (3)誤抜歯
  (4)隣在歯の脱臼
   〈ここに注意〉 抜歯中の補綴物の脱落
  (5)周囲軟組織の損傷
  (6)歯槽骨骨折
  (7)口腔内,咽頭の異物
  (8)誤飲・誤嚥
   〈ここが大切〉 ガーゼネット
  (9)気腫
  (10)歯牙迷入
  (11)抜歯創の上顎洞穿孔
  (12)顎関節脱臼
  (13)注射針の破折
   〈ここに注意〉 伝達麻酔時の偶発症
  (14)破折器具などの迷入
 2.術中の全身偶発症
   〈ここが大切〉 全身偶発症の発症時の患者の顔色や表情
  (1)迷走神経反射,デンタルショック
   〈ここが大切〉 不安感をもつ患者やパニックに陥りやすい患者の抜歯
  (2)過換気症候群
  (3)術中高血圧
   〈ここが大切〉 ニフェジピン(アダラート(R))の舌下投与法は,禁忌である
  (4)胸部痛
 3.術後の局所偶発症
   〈ここが大切〉 患者との人間関係の大切さ
  (1)抜歯後出血
  (2)皮下出血斑
  (3)術後感染
   〈ここが大切〉 骨膜下洗浄の重要性
  (4)ドライソケット
  (5)抜歯後疼痛
  (6)術後腫脹
  (7)開口障害
  (8)嚥下障害
  (9)咬傷
  (10)知覚麻痺
  (11)骨吸収抑制薬関連顎骨壊死
 4.術後の全身偶発症
  (1)術後の発熱,倦怠感
  (2)薬疹
  (3)投薬による消化性潰瘍
 5.医療事故時の対応について
   〈ここが大切〉 病診連携の重要性
抜歯症例
1 下顎前歯普通抜歯
2 上顎大臼歯抜歯
3 下顎大臼歯抜歯(歯根分割抜歯)
4 上顎智歯抜歯
5 下顎智歯普通抜歯
6 下顎水平埋伏智歯抜歯
7 下顎前歯多数歯抜歯
8 抗凝固薬使用中の患者の抜歯
9 上顎正中(前歯部)埋伏歯―上顎埋伏犬歯への矯正用ボタン装着例
10 歯根分割による残根抜歯
参考 ビスフォスフォネート系薬剤による顎骨壊死

 参考文献
 索引
 DVD収載症例解説