やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 患者さんはご自身の家で暮らしています.住み慣れた家で,家族の思い出とともに暮らしています.いつまでも住み慣れた家で暮らし続けるために,在宅診療が注目され,歯科においてもその推進が叫ばれています.患者さんの家での歯科治療はできることが限られていますが,ちょっとした処置で患者さんは苦痛から開放され,食べる楽しみを取り戻します.人生の先輩たちのその終末ステージに立ち会えることは,歯科医師としての冥利に尽きるものです.
 一方で,在宅診療を必要とする患者さんに注目し,その時点における歯科としての対応だけを考えるだけでなく,患者さんのライフステージのなかで,それぞれの過程におけるそれぞれのかかわりを考える必要もあると思います.こうした視点からすれば,在宅の患者さんであっても,以前は歯科医院への通院が可能であった場合が多いはずです.ですから,歯科医師は通院が困難になるその前段階で徐々に身体機能・精神機能を低下させていく時期を見ているはずなのです.その時期こそが,最近耳にすることが多い「フレイル」と呼ばれる状態で,「心身の脆弱性が増している」状態を示します.これを放置すると,容易に要介護状態に陥るという段階です.
 この「フレイル」の時期には口腔機能の低下も見られます.これは「オーラルフレイル」とも呼ばれるもので,フレイルの加速因子ともなります.この時期にみられる口腔の機能低下はより重症な摂食機能障害に比較して回復可能な余地を大いに残す領域と考えられ,地域の歯科医院への通院期間中に起こるため,そのトリアージにおいても対応においても,歯科医院における関わりは強く求められるのです.
 本書は,このフレイルの時期にみられ,フレイルの加速因子ともなる口腔機能の状態を“ 口腔機能低下症” とし,その診断法,対応法についてまとめたものです.
 2017 年6 月
 菊谷 武
 はじめに
 本書の使い方
 歯科医院におけるオーラルフレイルチェック・オーラルフレイル問診票
 付録動画コンテンツについて
1章 オーラルフレイルを「知る」
 1節 フレイルとサルコペニア−加齢と全身の身体機能低下の関係
 2節 オーラルフレイル−加齢・疾患による口腔機能の変化と運動障害性咀嚼障害
 3節 オーラルフレイルを理解するための摂食嚥下のメカニズムとその低下
 1章文献
2章 オーラルフレイルを「評価する」 “気づく”ための必須事項
 1節 主訴を読み取る−こんな訴え! 口腔機能低下症かもしれません
  (1)食べこぼし/(2)噛みづらい(咀嚼困難感)/(3)食事に時間がかかる/(4)ムセ込む/タン(喀痰)がからむ/(5)薬が飲みにくい
 2節 高齢者が診療室に来たら,ここをチェックしよう
  (1)入室時の歩行状態をみる/(2)顔の表情をみる/(3)声−「患者の声を聴け!!」/(4)その他のチェックポイント
  コラム 握力測定/鼻指鼻試験/指輪っかテスト
 3節 口腔内を診てわかること
  (1)唇や頬,舌に咬傷がある/(2)口または義歯の片側や口蓋部分に食物残渣やプラークが付着している/(3)舌苔が付着している/(4)片側性に歯科疾患が発症する(悪化する)/(5)診療中にムセる/(6)うまくゆすげない
 4節 舌,口唇,頬,軟口蓋の機能評価
  (1)咀嚼機能の評価法/(2)舌の機能評価/(3)口唇,頬の機能評価/(4)軟口蓋の評価
 5節 口腔機能低下(摂食嚥下障害)のスクリーニング法
  (1)質問紙法による口腔機能のスクリーニング/(2)スクリーニングテスト/(3)機器等を用いた機能検査
 6節 認知面のフレイル
  (1)歯科医院って?−認知症に対する役割/(2)認知症にみられる口腔の諸問題/(3)歯科医院でできる簡単な検査/(4)認知面の低下に気づいたら,歯科は何をするのか?
 7節 栄養の基礎と対応
  (1)口腔機能の低下と栄養摂取との関連/(2)栄養アセスメント/(3)必要栄養量の把握/(4)歯科医院での考え方
 2章文献
3章 オーラルフレイルに「対応する」 チェアサイドの実際,歯科としてできること
 1節 口腔機能訓練
  (1)咀嚼機能に関わるトレーニング/(2)嚥下機能に関わるトレーニング
  コラム 口腔機能のトレーニングになる早口言葉や言葉遊び
 2節 口腔機能低下に合わせた義歯への配慮
  (1)口腔機能を考慮した義歯の設計/ (2)舌接触補助床(PAP)
 3節 咀嚼機能を考慮した食形態の決め方
  (1)咀嚼機能と食形態の決定/
  (2)咀嚼訓練食を利用した食形態決定のフロー/
  (3)嚥下,咀嚼機能を考慮した市販食品の選び方,入手法/
  (4)嚥下機能を考慮したとろみ付与/
  (5)嚥下,咀嚼機能を考慮した調理法
  コラム ゲル化剤を使用した全粥ゼリー
 3章文献