やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

緒言
 今までの歯内療法はデンタルエックス線写真での診断をもとに構築された治療法に関する学問であった.デンタルエックス線写真での成績をもとに何十年もかけて,よい治療法を残し,悪いものを排除してきて残ったのが現在の歯内療法の学問体系である.
 しかし,CBCT(CBCTは医科にもあるが,本書では歯科用コーンビームCTをCBCTと略すことにする.また,本書で用いているのは,歯内療法で用いられることを前提とした小照射野・高解像度歯科用CBCTであり,インプラント用のものとは異なり,解像度が高く被曝線量が少ないという特長がある1))と比較するとデンタルエックス線写真の病変検出力ははるかに劣る.経過観察のためにデンタルエックス線写真を撮影しても,治癒傾向ははっきりとわからないことが多い.そのために,病変の縮小傾向が認められると予後良好とすることが多かった.はっきりとしない症例は概良とし,臨床症状が認められなければ予後良好とすることが多かった.その結果,抜髄症例では90%以上,感染根管治療症例でも80%以上の成功率といわれてきた.
 筆者は,常々根尖孔近くの根管はなかなかきれいにできないし,根管洗浄も十分にはできないのに,なぜ治るのだろうかと疑問に思ってきた.そのことに対する便利な説明が「自然治癒力」というものであった.しかし,デンタルエックス線写真では病変が認められない症例でも,CBCTを撮像してみると,多くの症例で病変を見つけることができる.実際には治っていなかったのである.
 患者さんが痛みを訴えても,デンタルエックス線写真による不十分な診断により,何ともないから治療する必要はないと治療を拒否されることも多かっただろう.また,歯科医師は自分の治療の失敗がマスキングされ,難しい再治療を強いられることが少なかった.歯科医師はデンタルエックス線写真のおかげでずいぶんと楽をしてきたことになる.
 CBCTにより,歯内療法はより治りにくい治療であることが明らかになってきた(治療の失敗が見つかりやすくなった).しかし,CBCTの発展により,痛みがあるのに病変が見つからないといったことが減少し,複根管歯においても,「この根管が悪い」と,より精緻な診断が可能になるので,診断と治療結果が結びつきやすくなり,より理論的に歯内療法という学問を考えられるようになった.また,特殊なオカルトがかった(普通に考えると治るはずのない)治療法により治ったとする報告も,これからは少なくなるだろう.
 CBCTにより,今までわからなかったことがわかり治療は難しくなったが,より理論的に歯内療法という学問を再構築する道が開けるということに大いに期待している.これは歯科医師にとっては困難な道であるが,実りの多い道でもある.
 小林千尋

 CBCTの情報量は膨大で,解析ソフトの操作方法を学習し,特性を理解して読像する必要がある.3 方向から観察した立体の静止画をコマ送りにして見るため,3 つの動画を同時に見ている感覚に近く,本のような紙媒体でCBCTの爆発的な検出力と有益性を伝えることは非常に難しい.実際に画像をパソコン上で動かして見なければ,理解しにくいことも多い.ライブオペと似ているかもしれない.ライブはとどめておくことができないが,近年は記録した動画を簡単にどこでも再生できるようになった.まさに百聞は一見にしかずである.確かに動画は素晴らしいが,本もまた魅力的である.本は実体験の後にまた読むことで理解を深めてくれる.前に読んだときには気づかなかったことに気づいたりする.それに,電池切れを気にせずに,自分のペースでじっくり読める.何度も読みたくなるような本にしたいと思って,何度も何度も読み返し,一つ一つの症例を振り返りながら,本書を書いた.私のつたない臨床の記録がどうかたくさんの人々の喜びにつながりますように.
 そして,最初から最後まで,私をずっと応援し続けてくださったモリタ(株)の高橋晴子さまと私を辛抱強くずっとずっと待ち続けてくださった医歯薬出版(株)の皆様はじめ関係各位に心から感謝の意を表します.
 戸田賀世


本編に入る前に
 本書で述べたいのは,中途半端なエンド治療を回避し,またエンドの難症例に手をつける以上,CBCTを撮像してマイクロスコープ下で,かなり丁寧に治療しなければならないということである.
 20 年ほど前,「エンドはいい加減に治療しても治ることがあるし,たまに気合いを入れて丁寧にやるとなかなか治らないことがある.どうしてでしょうね」と聞かれたことがあったが,当時明確な回答を出すことはできなかった.
 今なら,前者は「症状がないだけで治っているわけではない」,後者は「丁寧にやったつもりでも,根尖部の細菌が除去しきれていないからだ」,と明解な回答を返すことができる.
 現在では,エンド治療が終了し,「先生,大丈夫でしょうか」と他の先生に聞かれても,デンタルエックス線写真だけしかないと,「たぶん,ちゃんとできていると思うがよくわからない」と答える.CBCTを撮像すると,ここが駄目だから一部やり直す,あるいは,これなら大丈夫だと明言することができるので,若い先生にはCBCTを撮像することを薦めている.
 いつもCBCTを撮像して治療している人と,デンタルエックス線写真のみで治療している人とでは,5 年も経てば治療成績,治療方針にかなりの差が出るものと思われる.
 小林千尋
I 基礎編
1 CBCTで変わったエンドの臨床成績(デンタルエックス線写真の限界,治っていなかった治療)
 1)CBCT画像により評価するとエンドの臨床成績は大きく低下する
2 CBCTはなぜ根尖病変を見つけやすいのか(なぜデンタルエックス線写真ではわからないのか)
 1)断面像と重積像
  Column CBCT画像はすぐに悪用できる
 2)解剖学的構造(骨)との重なり
3 エンドの治癒傾向
 1)瘢痕治癒の可能性
4 CBCTでわかるようになったこと
 1)歯内歯 / 2)内・外部吸収 / 3)フェネストレーション / 4)気腫
5 CBCTによってもわかりにくいこと(CBCTの限界)
 1)アーチファクトを生じることがある / 2)歯根破折 / 3)非常に小さい異物(ガッタパーチャなど)は見えない / 4)細い根管
6 CBCTと歯性上顎洞炎
 1)上顎洞炎 / 2)歯性上顎洞炎
7 下顎管・オトガイ孔の位置
8 CBCTで経過観察することの意義
 1)患者さんのメリット / 2)自分の治療行為の正当性の評価
9 CBCTと被曝線量
 1)撮像時の基本姿勢
10 基礎的研究へのMicro-focus CTの応用
 1)Micro-focus CT(Micro CT)とは / 2)根管形態の評価 / 3)根管形成,根管洗浄の評価 / 4)根管充填の評価 / 5)実験動物での評価
11 3Dモデルの臨床応用(3Dプリンター)
 基礎編文献
II 臨床編
1 CBCTの撮像
 1)機種の選定 / 2)FOV(field of view,照射範囲)の大きさ / 3)管電流の調整 / 4)撮像モード / 5)モーションアーチファクトの防止
2 読像方法
 1)CBCTの3 断面 / 2)画像解析ソフトi-Viewの操作手順(デンタルエックス線写真では検出が困難な根管描出の一例)
  Column CBCT独自の言葉
  Column CBCT読像についての覚え書き
 3)スライス断面の連続的な観察
  Column Curved MPR(直交断面の観察)
 4)画像解析ソフト
3 CBCTの検出力と有益性
4 アーチファクト(障害陰影)の理解
 1)メタルアーチファクト / 2)モーションアーチファクト
  Column CBCT画像のプレゼンテーション
 臨床編文献

 終わりに
 謝辞
 索引