やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文
 慢性の全身疾患を有する歯科患者(有病者)が多くなった.
 少子高齢化や生活環境の変化から疾病構造は以前とは大きく異なり,歯科医療は高度化・多様化・複雑化している.医療の質や安全に対する社会的要求がいや増しに高まっているなかで,よりよい医療を提供するためには,歯科と医科との連携が必須である.たとえば,保険診療における「歯科治療総合医療管理料(区分番号B004-6)」は,この医療連携を推進するものである.
 歯科治療総合医療管理料(医管)とは,有病者の歯科治療に際して全身状態の管理を行った際に算定するものである.1)施設基準に適合して届け出を行っている歯科の保険医療機関において,2)医科疾患を有する患者が,3)医科からの診療情報の提供を受け,4)歯科治療を行うとき,5)必要な全身状態の管理を行い,6)管理内容と患者の全身状態の要点を診療録に記載した場合に,月1回算定する.
 慢性の全身疾患を有する歯科患者は少なくないので,さぞかし医管の保険請求は多いだろうと考えていた.ところが,実際の件数は必ずしも多くない.
 医管の算定要件を見てみよう.
 1)施設基準(以下のような事を届け出る)
  (1)十分な経験を有する常勤の歯科医師により,治療前,治療中および治療後における全身状態を管理する体制が整備されていること.
  (2)歯科衛生士または看護師が配置されていること.
  (3)全身状態を管理する十分な装置・器具を有していること.常時設置されている装置・器具として,経皮的酸素飽和度測定(パルスオキシメーター),酸素,救急蘇生キットなどが必要である.
  (4)緊急時に円滑な対応をするための連携保険医療機関が確保されていること.
 2)対象となる医科疾患(以下を主病とする患者)
  (1)高血圧性疾患,(2)虚血性心疾患,(3)不整脈,(4)心不全,(5)喘息,(6)慢性気管支炎,(7)糖尿病,(8)甲状腺機能障害,(9)副腎皮質機能不全,(10)脳血管障害,(11)てんかん,(12)甲状腺機能亢進症,(13)自律神経失調,(14)骨粗鬆症(ビスフォスホネート系製剤服用患者に限る*),(15)慢性腎臓病(腎透析を受けている患者に限る*).(*平成24年より追加)
 3)医科からの診療情報の提供
  歯科治療に際して,全身状態の把握・管理などが必要であるとして,医科の保険医療機関(院内ではなく別の病院)から,患者の全身状態などに係る診療情報を,定める様式に基づいて受ける.
 4)対象となる歯科治療
  (1)処置:外科後処置,創傷処置,歯周疾患処置,歯周基本治療処置を除くすべての処置.
  (2)手術:すべての手術.
  (3)歯冠修復・欠損補綴:充形,修形,支台築造,歯冠形成のみ.
 5)全身状態の管理
  十分な経験を有する常勤の歯科医師により,治療前,治療中および治療後における全身状態を管理する体制が整備されていること(施設基準(1)).
 6)診療録の記載
  情報提供の内容,主病,担当医の保険医療機関名,管理内容,患者の全身状態の要点を記載する.紹介元の医療機関名は,レセプトの摘要欄に記載する.

 このように分けて考えると,以下のような状況が推察される.
 1)施設基準,2)対象となる医科疾患,4)対象となる歯科治療,6)診療録への記載は,それぞれ要件が[注]や[通知]に明記されているのでわかりやすい.しかもハードルは高くない.ただし,緊急時に対処可能な知り合いの医師が必要である.地域歯科医師会等においては,平素よりこのような医科の医療機関と連携を保っているので,これを活用するのも一つの方法であろう.
 一方,3)医科からの診療情報の提供については,要件はよく理解できるものの,実際の日常診療で情報提供が得られていないケースが少なからずある.この理由は,医科から歯科治療を依頼するという積極的な姿勢が期待できない現状にある.そこで,主治医への照会状である.全身状態について医科に照会し,医科から歯科治療の紹介状[診療情報提供料(I)(区分番号B009)]をもらう.
 さらに,5)全身状態の管理はどのように行えばよいのだろうか?診療情報に従うだけでよいのか?指針はないのか?施設基準(1)の“常勤の歯科医師による全身状態を管理する体制”というだけでは,少しわかりにくい.全身状態の管理の要点を整理しておく必要がありそうだ.
 そこで本書は,適切で的確な医科からの診療情報提供をどのようにして得るか,それぞれの全身疾患の医療管理のポイントはどこにあるのかを明らかにし,慢性の全身疾患を有する歯科患者に,より良い医療を提供することを目的として企画した.
 2015年7月
 野口 いづみ
 中川 洋一
 序文
I 歯科治療総合医療管理料
 1 施設基準
 2 必要な医科歯科連携と照会状の書き方
 3 バイタルサインの測定
II 対象15疾患
 1 高血圧
 2 心臓病
 3 不整脈
 4 心不全
 5 脳血管障害
 6 てんかん
 7 自律神経失調症
 8 喘息
 9 慢性気管支炎
 10 糖尿病
  コラム:歯周病と糖尿病
 11・12 甲状腺機能亢進症・甲状腺機能低下症
 13 副腎皮質機能不全
 14 骨粗鬆症(ビスホスホネートを服用している患者)
 15 慢性腎臓病(透析患者)
III 歯科治療時の偶発症
 1 歯科治療時の急変
 2 偶発症

 索引