やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 本書は,1991(平成3)年から2009(平成21)年の18年間,社会保険新報社の健康雑誌『いきいき』(月刊誌)のコラム「お口の健康ア・ラ・カルト」で発表したものです.口とその周辺に関連する病気などをその時代に沿ったトピックスとして採り上げてまとめたものです.いつまで続くかと自分でも不安の念がありましたが,読者の皆さんから多くの質問や励まし,お礼の手紙,電話等をいただき,終刊まで書き続けたことを大変幸せに思っております.連載時より是非まとめて単行本にと思っておりましたが,今回,医歯薬出版株式会社のご厚意で上梓することができました.
 本書をお読みになると,歯科医療の推移がご理解いただけると思います.従来の歯科一般書は,むし歯の削り方,詰め方,被せ方などの治療法が詳細に記述されていますが,本書は,口の中の病気の予防・治療に重点を置き,口腔の役割,口腔と全身とのかかわりなどを中心に歯科医療について解説しています.
 筆者は,大学院終了から定年退職までの約40年間,日本歯科大学に勤務し,歯周病学を専門として,教育,研究,治療法の開発,臨床に携わってきました.歯周病学の流れの中で,従来のように歯に「代替物を詰める」「被せる」「入れ歯を入れる」という発想から,歯科医療は自分の歯を残す価値観,予防が重要視される方向へシフトされてきました.また高齢社会という人口動態の推移により,個人の診療所や病院歯科から,介護施設や老人保健施設の入所者や在宅への訪問診療への対応が重要視されてきています.
 さらに,歯科医師の患者さんへの対応がDOS(医師主導型)からPOS(患者本位)へと変わってきました.本書は,臨床に携わり患者さんとの治療の中で行われた対話,考え方,疑問点などを凝縮して連載してきたコラムをもとに,新しい項目も追加して加筆・訂正し,Q&A方式でまとめたものです.歯科医療はエビデンスを柱として行われており,文献的解析はもちろん重要ですが,臨床トレーニング(clinicalexpertise)も臨床の現場では欠かせません.研修歯科医や卒直後の方々にも患者対応の指標になると思います.
 歯周病は,歯周ポケットを介した歯周病原菌による感染症としてその恐ろしさが認知されてきました.
 歯周病の予防と治療は,かつての歯槽膿漏症の治療体系からみると大きく改革されました.1970年代から80年にかけて,大学教育に歯周病学が定着したこと,医療保険の中で一定のレールが引かれたこと,新聞やテレビなどで歯周病に対する多くの情報が発信され人々の認識が変化してきたことなどがあげられます.
 本書は「歯科医療制度,役割とは何か」というような医療の本質的問題には触れていませんが,歯科医師需給問題は深刻で,各歯科医院も経営を含めて今が正念場と思われます.従来の方法を漠然と継承したやり方は,やがて淘汰されます.逆に歯科医師数が多いといわれている今,社会に大して歯科医療が人々の健康とQOLを支えていく医療であることを証明していく絶好の時期ではないかと思っております.
 本書は項目ごとに分けていますが,系統的な読み物ではなく,また従来の「how toもの」とも異なり,どの頁からでも気楽に読んでいただけると思います.そのために数量的データや表を極力少なくし,口腔の役割,機能をわかりやすく記述したつもりです.多くの皆さんに読んでいただき歯科医療の何が変わりつつあるのかをご理解をいただけると幸いです.
 2011年錦秋
 東日本大震災の復興を祈念して 鴨井久一
第1章 歯周病
 1−1 歯周病とはどんな病気
  1.歯周病の原因はプラーク(歯垢)
  2.プラークとバイオフィルム感染症
  3.歯と歯茎を守るために(歯周病の症状と進行程度)
  4.歯石はなぜ,たまるの
  5.聞き取り調査からわかった歯周病の症状
  6.歯周病(とくに歯肉炎)と女性ホルモンとの関係
  7.ティーンエージャーの歯周病(侵襲性歯周炎)
  8.歯周病は遺伝する?
  9.歯周病と咬合性外傷,ストレスの関係
 1−2 歯周病の治療法
  10.歯周病治療の時間,通院,費用など
  11.プロフェッショナルトゥース クリーニングの必要性
  12.スケーリング(SC),ルートプレーニング(RP)はどんな治療法
  13.フラップ手術はどんな手術ですか
  14.歯周組織再生誘導手術(GTR,エムドゲイン)はどんな手術
  15.歯茎が痩せる…プラスティックサージェリーで治療
 1−3 歯周病の予防
  16.日常生活で心がけよう,歯周病予防
  17.歯・歯肉のメインテナンス
  18.手用歯ブラシ VS 電動歯ブラシ,その効果は
  19.歯ブラシの衛生学的保管法
  20.口腔洗浄器とは
  21.歯磨きと歯磨剤(材)
  22.万病の予防,うがい(洗口,含嗽)
  23.水歯磨きの効果
  24.歯周病と抗真菌剤との関係
  25.歯周病の節目検診
  26.むし歯と歯周病の新予防法(3DS)
  27.歯周病と喫煙
  28.チューインガムの効用
  29.歯周病からみた生活習慣病
第2章 むし歯
 2−1 むし歯とはどんな病気
  1.むし歯の症状と進行程度
  2.むし歯と歯周病の関係
  3.親から子供へのむし歯感染(垂直感染)
  4.むし歯の検査方法
  5.知覚過敏症とはどんな病気
 2−2 むし歯の治療法
  6.むし歯が進行すると歯髄(神経)をなぜ取るのか
  7.歯の神経を取ったら歯が浮いて噛めない
 2−3 むし歯の予防
  8.むし歯,歯周病からみた全身への予防
  9.水道水へのフッ化物添加によるむし歯予防
  10.むし歯,歯周病予防にフッ化物塗布
  11.キシリトールでむし歯予防
  12.スポーツドリンクとむし歯
第3章 口腔,歯周病と関連した体の病気
  1.歯周医学(ペリオドンタルメディシン)
  2.歯周病と糖尿病との関係
  3.歯周病と慢性閉塞性肺疾患(COPD)
  4.歯周病と肥満
  5.歯周病とアレルギー性鼻炎
  6.入れ歯と骨粗鬆症
  7.口腔病巣感染
  8.歯周病と心臓血管疾患
  9.歯周病とピロリ菌
  10.歯周病と早産・低体重児,HIVとの関連
  11.慢性いびきと呼吸器障害
  12.口呼吸と耳鼻疾患
  13.口臭と全身との関わり
  14.歯を抜くとき,菌血症に注意
  15.歯周病と皮膚科との関連
第4章 知っておきたい入れ歯の知識
  1.入れ歯の種類,ブリッジについて知ろう
  2.局部床義歯(部分入れ歯)と全部床義歯(総入れ歯)の知識
  3.磁石を使った入れ歯
  4.総入れ歯,金属床とレジン床の違い
  5.市販の義歯安定剤(材)の使い方
  6.入れ歯(義歯)の全身に及ぼす影響について
  7.インプラント義歯の必要性
  8.下顎の総入れ歯は,なぜ噛めない
第5章 顎(あご)・歯の構造からみた噛み合わせ
  1.噛むことの大切さ
  2.噛み癖
  3.噛み方で頬の内側や舌を噛んでしまう
  4.歯ぎしり
  5.顎関節の痛み
  6.親知らずは,不要ですか
  7.抜いた歯の破折片が骨の中に残った
  8.いびき外来,社会問題になっているOSASとの関連
第6章 薬,高齢者の歯科治療,口腔ケア
 6−1 歯科治療に薬は必要
  1.痛み止めや抗菌剤の服用法
  2.ビスフォスフォネートの副作用
  3.歯肉の腫れと降圧剤との関係
 6−2 口腔からの高齢者対策
  4.高齢者の歯科治療
  5.自己管理の口腔ケア
  6.介護と口腔ケア
  7.寝たきりの方の食事介助
  8.誤嚥を防ぐために
  9.嚥下障害と誤嚥性肺炎