やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

“必ず読んでもらいたい”はじめに
「痛みが消えません」に潜む非歯原性疼痛
 歯科医療は患者さんが訴える「痛み」との戦いである.ほとんどの場合,「痛い」という訴えには原因となる疾患が明確に存在し,その治療をすることで痛みは消退する.一方,必要な治療は行ったはずなのに,「痛みが消えません」と訴える患者さんも少なからず存在する.口のなかのあちらこちらが痛い,鈍痛や違和感などの症状が消えない,急性炎症はないがこめかみ付近まで痛い,噛み合わせがおかしい,噛めない,歯の痛い側が首筋から頭にかけてズキズキと痛く,食事もできない,夜も眠れないという患者さんのさまざまな訴えは歯科医師の頭を悩ませる.
 われわれ歯科医師は,持てる知識と技術を駆使してこれに対応するが,何をやっても症状が消えず対処に行き詰まってしまうことがある.そんなとき,「心因性の痛み」あるいは「不定愁訴」として改善を諦め,見当をつけて抜歯するような歯科医師も少なくない.しかしそのような患者さんはしばらくすると手前の歯が痛いと訴えるようになり,順番に歯を抜いていくといった不幸な連鎖に陥ることにもなりかねない.
 近年,患者さんが訴える「消えない痛み」や「不定愁訴」のなかに存在する「非歯原性疼痛」が認識されつつある.「非歯原性疼痛」とは,広義には歯の疾患に由来しない疼痛のことをさす.関連する文献や報告も増加傾向にあり,歯科麻酔学領域の専門医を中心にペインクリニック的手法で非歯原性疼痛治療が実践されている.また,医学分野で注目されている「統合医療」「補完代替医療」を歯科においても積極的に取り入れている歯科医師もいる.歯科疾病構造が変化するなか,これからの歯科医療では,専門医のみでなく,一般歯科臨床に携わる歯科医師も非歯原性疼痛への対処法を知っておく必要がある.
 本書は,非歯原性疼痛への対処に悩む「一般歯科医師の目線」を大切にして構成されている.非歯原性疼痛,ペインクリニック,補完代替医療の詳細な解説は他書に譲り,症例を通して実践的なハンドブックに仕上げている.
 また,「歯科診療における基本」を顧みず,安易に非歯原性疼痛の処置法を応用してもらいたくないという思いから,「本当に非歯原性疼痛なのか?歯原性疼痛ではないのか?」という視点も本書では重要な位置づけとしている.

本書の流れ――非歯原性疼痛への対処を理解するために――
 本書は明確に非歯原性疼痛と診断された患者さんへの治療法ではなく,日常歯科臨床で遭遇する「非歯原性疼痛かもしれない症例」への対処に焦点を当てている.そのため,本書は実践的な内容から始まり,治療法の説明や基礎知識で章を終えるように構成している.
 第1章には非歯原性疼痛治療の全体像を示す意味を含めて,非歯原性疼痛を診査・診断・治療するためのフローチャートを提示している.フローチャートには診査・診断・治療の各過程と関連する本書の各章・項目のページを示した.ただし現段階では,日常の歯科臨床に潜む非歯原性疼痛の診査・診断の基準は明確ではないことを前提に使用してもらいたい.
 次に,安易な非歯原性疼痛治療法の応用を避けるために,「非歯原性疼痛と診断する前に」という項目を提示している.さまざまな診断・治療の場面で疼痛が消退しないときに,自分自身の診断・治療で「見落とし・やり過ぎ」はないかを確認するためのチェック項目をあげた.
 第2章では「本当に非歯原性疼痛なのか?歯原性疼痛ではないのか?」というチェックをしたのちに,非歯原性疼痛に対する治療を試みて,改善のみられた症例を例示している.本章で提示した症例と読者が日々の診療で遭遇している症例を照らし合わせ,患者さんのどのような訴えのなかに非歯原性疼痛が潜んでいるかを見比べていただけるようにしている.ここではまれな症例は避け,日常的な歯科治療のなかで他の歯原性疾患と併発して遭遇することの多い非歯原性疼痛の症例をあげている.また,非歯原性疼痛の原因として明確な診断はつかないものの,漢方薬やアロマトリートメントなどの補完代替療法により症状が改善した症例も例示している.「理解しがたい患者さんの痛み」「不定愁訴」が改善に向かうことを本章で知っていただきたい.
 第3章には非歯原性疼痛を訴える患者さんによくみられる特徴と歯科医師の対応方法についてポイントをまとめている.歯科医師は,他の多くの患者さんの対応に追われ,痛みのひかない患者さんの対応に時間を割けないことがある.また,患者さんの訴えに対し「痛いはずはない」と思わず言ってしまうこともある.歯原性疼痛であれ非歯原性疼痛であれ,歯科医師の患者さんへの対応ひとつで症状改善率が変わってくる.歯科医師の対応がよければ患者さんの痛みは半減するかもしれないし,不適切であると患者さんの不信感は増し,治るはずの歯原性疾患の治療にも影響し,歯科医師のストレスも増大する.100%の対応策はないが,患者さんの特徴と対処法を知っておくと「わからない痛み」によるストレスから患者さんも歯科医師も解放される.
 第4章には非歯原性疼痛の可能性を疑ったときに応用できる対処法(治療法)を提示している.非歯原性疼痛に対する対処法(治療法)としては,チームによるアプローチ,ペインクリニック的アプローチ,漢方薬を含む補完代替療法的アプローチ,および心身医学的アプローチがある.日常臨床で応用する際のポイントを示しているので,第2章の症例で用いている方法と見比べていただきたい.
 最後に第5章に基礎編として,非歯原性疼痛について,ペインクリニックおよび補完代替療法の立場から説明を加えている.本章の位置づけは,非歯原性疼痛に関して詳細な成書を読んでいただくためのイントロダクションである.

 「“必ず読んでもらいたい”はじめに」と題したこの序文からスタートしていただき,一度通読していただいた後に,日常の臨床現場に本書を置いて活用していただきたい.
 2011年10月
 北村知昭
 柿木保明
 椎葉俊司
第1章 診断
 1.フローチャート(北村知昭・柿木保明・椎葉俊司)
   (1)歯原性疼痛に対するクリティカル(クリニカル)パス
   (2)非歯原性疼痛と診断するまでのフローチャート
   (3)診査・診断法
   (4)非歯原性疼痛に対する投薬治療のフローチャート
 2.非歯原性疼痛と診断する前に
  1)有髄歯における原因が特定できない疼痛(寺下正道)
   (1)原因は特定されたのか?
   (2)治療後のまれな不快症状を予測していたか?
   (3)あらゆる原因を検査したか?
  2)歯髄・根尖歯周組織疾患(北村知昭)
   (1)原因歯を見落としていないか?
   (2)根管治療は確実に行っているか?
   (3)破折を見落としていないか?
   (4)難治性根尖性歯周炎ではないのか?
  3)補綴治療ならびに咬合の問題(松香芳三)
   (1)ブラキシズム,クレンチングはないか?
   (2)咬合調整や補綴装置の除去は必要か?
   (3)咬合状態に問題はないか?
   (4)義歯不適合を見落としていないか?
  4)頭蓋内疾患・口腔外科的疾患(吉岡 泉・冨永和宏)
   (1)頭蓋内疾患ではないのか?
   (2)悪性腫瘍ではないのか?
   (3)骨髄炎ではないのか?
   (4)上顎洞炎ではないのか?
  5)口腔内科系(口腔粘膜の痛み)(柿木保明)
   (1)舌痛症ではないのか?
   (2)口腔乾燥症ではないのか?
   (3)非典型的な筋肉痛ではないのか?
第2章 症例
 1.筋・筋膜痛症候群
  症例1:筋・筋膜痛症候群によって生じた関連痛としての歯痛(1)(椎葉俊司)
  症例2:筋・筋膜痛症候群によって生じた関連痛としての歯痛(2)(松香芳三)
  症例3:髄床底穿孔を伴う慢性根尖性歯周炎と筋・筋膜痛症候群(北村知昭)
 2.三叉神経痛
  症例1:上顎洞炎の疑いで治療されていた三叉神経痛(坂本英治)
  症例2:不十分な歯内治療による持続的疼痛と三叉神経痛(北村知昭)
  症例3:難治性根尖性歯周炎と筋・筋膜痛症候群あるいは三叉神経痛の疑い(北村知昭)
 3.一次性頭痛
  症例1:上顎臼歯部の疼痛で歯科受診した片頭痛(坂本英治)
  症例2:上顎臼歯部の激痛で歯科受診した群発頭痛(坂本英治)
  症例3:上顎臼歯部の激痛で歯科受診した緊張型頭痛・筋・筋膜痛症候群(坂本英治)
 4.非定型歯痛
  症例1:筋・筋膜痛を併発した非定型歯痛(岡田和樹)
  症例2:右側下顎第一大臼歯抜歯後疼痛として現れた非定型歯痛とうつ(椎葉俊司)
 5.皮疹のできない帯状疱疹
  症例1:歯周病と錯覚される皮疹のできない帯状疱疹(椎葉俊司)
  症例2:残髄炎と皮疹のできない帯状疱疹(北村知昭)
 6.心因性疼痛
  症例1:咬合治療を主訴とする身体表現性障害(椎葉俊司)
  症例2:難治性根尖性歯周炎と筋・筋膜痛症候群および心因性疼痛(北村知昭)
  症例3:見逃された根尖性歯周炎による疼痛と非定型顔面痛(北村知昭)
 7.舌痛症
  症例1:長年にわたる舌の痛みと異常感(柿木保明)
 8.その他
  症例1:多数歯治療症例への漢方治療とアロマトリートメントの応用(北村知昭)
  症例2:難治性根尖性歯周炎への漢方治療の応用(北村知昭)
  症例3:歯内治療前後の違和感へのアロマトリートメントの応用(北村知昭)
第3章 患者さんの特徴と歯科医師の対応(北村知昭・柿木保明・椎葉俊司)
 1.患者さんの特徴
   (1)キャラクター
   (2)病悩期間
   (3)疼痛を訴える範囲
 2.歯科医師の姿勢
   (1)患者さんと一緒に問題を解決していく姿勢
   (2)患者さんや症状から逃げず,正面から向き合う姿勢
   (3)自分自身をチェックする姿勢
   (4)原因を可能性の観点から説明できる姿勢
   (5)スタッフとの連携
 3.患者さんへの説明のポイント
   (1)歯に原因があると思い込んでいる患者さん
   (2)ドクターショッピングを繰り返している患者さん
   (3)専門家(他科)を紹介したほうがよい患者さん
第4章 非歯原性疼痛に対する治療法のポイント
 1.チームアプローチ(寺下正道)
   (1)歯科医師とコデンタルスタッフの連携
   (2)専門医との連携
 2.ペインクリニック(椎葉俊司)
   (1)神経ブロック療法
   (2)投薬
 3.漢方(柿木保明)
   (1)歯科口腔疾患の特徴
   (2)漢方医学的対応
   (3)漢方治療における注意点
 4.漢方治療とペインクリニック的投薬治療の併用(椎葉俊司・柿木保明)
   (1)痛み軽減をはかるための投薬指針に違いはない
   (2)重要なのは患者さんの痛みを除去すること
   (3)副作用の軽減
   (4)他の治療法との併用
 5.アロマセラピー(中村真理)
   (1)歯科医療におけるアロマセラピー
   (2)アロマセラピーの基礎
   (3)アロマトリートメント
   (4)症例
 6.心理療法(稲光哲明)
   (1)はじめに
   (2)慢性疼痛の心理学
   (3)痛みの心理的診断
   (4)慢性疼痛の治療構造
   (5)痛みの心理療法
第5章 基礎編(椎葉俊司)
   (1)歯原性疼痛と非歯原性疼痛
   (2)非歯原性疼痛と不定愁訴
   (3)非歯原性疼痛の症状
   (4)非歯原性疼痛の原因

 索引