やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 「食べる」ことは人間としての基本的な営みです.「人間として」というのは,「食べる」ことが「身体の栄養」を摂るだけでなく,「心の栄養」となる多くの人との繋がりを実感する行為だからです.古代においては,自ら獲物を捕らえ根菜を掘って,食べられるように手を加え,分け合いみんなで食べることがあたりまえでした.現代社会では,「食べる」ことについても自ら手を下さなくてもすむことがどんどん多くなり,みんなで食べる機会さえ減っているようにも思います.「食べる」ことがあまりに基本的な営みなので,「食べる」ことから食べる機能やマナーを身に付けたり,「食べる」ことにかかわるもの(者・物)との繋がりを感じたりする意義を,意識しなくなったのかもしれません.
 中学生に「朝ご飯のイメージ」を質問したところ,「楽しくて,おいしい」と答えた生徒はわずか30%で,「楽しくない,めんどうくさい」「食べなくてはいけない」と負のイメージで受け止めている生徒が70%もいました.午前中の活動を支える大切な朝食なのですから,食べることにもっと積極的になってほしいと思いませんか.そのためには,乳幼児期の生活に「食べる」をしっかりと位置づけることが大切です.子どもの頃から「食べる」がきちんと身に付けば,生涯を元気で幸せに生きる大きな力となります.
 私達小児歯科医は,むし歯や歯並びの治療に力を注いできました.しかし,こうした器質的な問題が解決しても,「おいしく,楽しく,美しく」食べられない子どもがいることに気付きました.そこで,食べる機能や行動に目を向けることも,私達の役割ではないかと取り組みをはじめてみると,そこからは,子どもの身体の健康だけでなく,心の健康もみえてきました.さらには,お母さんやお父さんそして家庭や地域にも,広く目を向けなくてはならないことも学びました.
 本書は,月刊「保育界」に2006年12月号から2年間連載された「美味しく食べよう〜口から『食べる』を考える〜」を保健医療関係者向けに,再編集したものです.私たちの臨床や相談の場で,子育て中のお母さん・お父さん,また保育関係者などから受けた質問や,知っていていただきたい事柄について,少しだけ掘り下げ,できるだけわかりやすくまとめたものです.また,私たち自身もいろいろ経験し,悩んでいることを知っていただければと,体験したエピソードも加えました.
 「食べること」と「口の発育や健康」には深い関係があります.またその背景を眺めてみると,子どもの心と身体の健やかな育ちがみえてくることも,子どもにかかわる多くの専門職の皆さんにお伝えできたなら幸いです.子ども達のすこやかで元気な育ちを応援するために,生涯にわたって「安全に,おいしく,味わって」食べられることの基盤づくりを,皆様と協働しながら支援していきたいと思います.
 最後になりましたが,月刊「保育界」にこの連載を企画いただいた(財)日本保育協会の宮崎祐治氏と,書籍化にあたり,再構成し纏めてくださいました医歯薬出版株式会社に心より感謝いたします.
 2011年9月
 田中英一 佐々木 洋
 はじめに
第1章 総説
 ライフサイクルの中での食べる(田中英一)
  ライフサイクルの中での「食」 食育基本法 子ども達は今?
 「食」の進化からみた食育(佐々木 洋)
  口や鼻の進化と食 「食べる」が生まれた進化過程 「食べる」から生まれた人類の暮らし 歴史時代も変わらなかった「食べる」 「食育」が生まれた背景 「食」の効率化の影にあるもの
  コラム:「噛ミング30(カミングサンマル)運動」
 おいしさの仕組み(佐々木美喜乃)
  おいしさのモデル 食べ物の感覚的性状 原始的な味覚と学習から生まれたヒトの味覚 はまる味 おいしさを感じる個人的な要因 食べる環境 子どもたちへの贈り物
 「食べる」からみた成育・育児環境の変遷(佐々木 洋)
  「食べる」の変遷 「くう」と「たべる」 「食べる」が崩壊した社会の意味 少子社会の成育・育児環境 食育における支援職の役割
  コラム 「子どものアレルギー」
 「食べる」から育つコミュニケーション(佐々木美喜乃)
  家族との信頼感が他者との関係の基礎 人生最初の至福から始まるコミュニケーション 子どもからはじめてのプレゼント 「食べる」から自律(自分でしたい)を育てる 食具や作法はいつから教える? 「おいしい?」と「おいしい!」――共有したい心 食卓が育む社会性 「子育て支援」が「子育ち支援」になるように
第2章 子どもの食べる機能の発達
 胎児の食べる機能の発達(田中英一)
  お母さんの気持ち 食べる機能の発達 どのように準備しているのでしょう おなかの赤ちゃんも指しゃぶりをします 味覚もおなかの中で育っています 赤ちゃんとの繋がりを感じ取ってもらいましょう
 乳児の食べる機能の発達(井上美津子)
  最初の哺乳は反射で 離乳の準備と開始 離乳食と口の動き
  コラム 「授乳・離乳の支援ガイド」
 幼児の食べる機能の発達(丸山進一郎)
  【幼児期前半】
   口の中の様子 食べる機能は準備期 手づかみ食べの重要性 食べる意欲を育てる 小児科と小児歯科の保健検討委員会
  【幼児期後半】
   口の中の様子 食べる機能は習熟期 食事の時間は短すぎず,長すぎず なかなかのみ込まない,よくかまない
  【幼児期の食べる機能の支援】
  コラム 「よだれ」
 食べる機能の発達障害(佐々木 洋)
  食べる機能の発達とその原則 食べる機能の発達を障害する要因 時系列でみた機能発達障害と支援目的 離乳期の心配と介助のコツ 幼児期から就学期の支援 「食べる」が育つ工夫
第3章 食べる機能のエピソード
 食べ方を見直したらこんな変化も(佐々木 洋)
  食べる機能発達支援の原則 子どもの呑気症(空気嚥下) 側音化構音 かみ合わせと歯並び
 丸のみにもいろいろあります(井上美津子)
  「食育」と「食べ方」 幼児期の食べ方の問題 離乳期からみられる「丸のみ」  1〜2歳代は食べにくいものも多い時期 急がされた食事環境が「丸のみ」を生む
 障害児から教わる口腔機能の大切さ(丸山進一郎)
  養護学校では 摂食指導の目標
 子ども達の「食べる」を支援する(田中英一)
  「食べる」には,いろいろなことがかかわっています 野菜ジュースが大好きな女の子 こんなことを考えました ゆっくりだけど,少しずつ食べられるようになった男の子 こんなことを感じました 私達が,取り組もうとしていること
 支援から学んだ順序性や時期への配慮の大切さ(佐々木美喜乃)
  少食の心配 食域を拡げる工夫 原点に立ち戻ってみたら 理由があって食べられない子ども達 学びの場での「食べる」の指導
  コラム 「第2次食育推進基本計画」
第4章 障害のある子どもへの支援
 脳性麻痺児への支援(井上美津子)
  脳性麻痺児の摂食機能障害 介助の必要な脳性麻痺児への摂食支援にあたって 具体的な対応・支援のポイント
 ダウン症児への支援(丸山進一郎)
  原因と疫学 一般的な症状 口腔と歯の特徴 一般生活面での特徴 支援(指導)するときのポイント
 自閉症児への支援(田中英一)
  給食だって一緒に食べられます 自閉症って,どん障害なの? 自閉症の特徴って 自閉症児にみられる困りごと 「食べる」の支援 まとめ
第5章 食べる機能と生活
 食具と食べる機能(井上美津子)
  自食と手・口の協調 まずは手づかみ食べ スプーン,フォークの使用 箸の使用
 地域に伝わる食べる伝承(田中英一)
  明日よりは春菜摘まむと標しめし野に お食い初め 「食べる」作法 食は文化です
 口からみた『早寝・早起き・朝ごはん』(丸山進一郎)
  「早寝・早起き・朝ごはん」とは 現在の子どもたちの生活習慣の乱れ 「子どもの基本的生活習慣」は「教育改革の礎」 ある小学校における「早寝・早起き・朝ごはん」プロジェクト 口からみた「早寝・早起き・朝ごはん」
 いまどきの子どもの食習慣(佐々木美喜乃)
  食と小児歯科 夜更かしと朝食抜き 夜食の習慣化 だらだら食べと飲料 コ食の問題点 どう手助けできるか
 口から支援する生活習慣(田中英一)
  保育指針のなかの生活習慣 生活習慣とは 口と生活習慣 むし歯は予防できたけど 地域へ及ぼす力 口と歯の生活習慣 は基本です 元気な子どもは,みんなの宝!
 「食べる」からみた心と行動(佐々木 洋)
  相互作用の劣化した「食」 同じ釜の飯を食う 子どもの拒食 「いただきます」と「ごちそうさま」 楽しい食卓からうまれる主体的行動 社会参加と「食べる」 『食べる』と脳内活動 グローバル化と「食」の倫理・行動
 口から支援する親子関係(丸山進一郎)
  児童虐待と歯科 虐待の状況 口腔内状況 私の体験例 口から親子関係を支援しよう
 「食べる」から育つもの(佐々木 洋)
  「食品」の安全から見えること 「食」の安全は保障されるもの? 「食べる」から育つもの 「食」は生命の循環
  コラム 「呼吸の進化と食べること」

 参考文献
 索引
 本書を執筆した小児歯科医からのメッセージ