やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 患者さんが歯をすべて失うことは,想像以上に大きなハンディキャップを背負うことを意味する.手や足を失ったとき,義手や義足でさまざまな機能回復を図ることができるようになるのと同様に,歯を失うことになった患者さんも,リハビリテーション治療としてのインプラント治療に大きな期待を寄せて歯科医師のもとを訪れる.しかし,無歯顎症例に対するインプラントによる治療介入の方法論に関しては,いまだに議論が続いていて,見解の一致をみていない.
 無歯顎の場合,自由度が大きく,治療介入の方法は多岐にわたる.下顎であれば,正中にたった1本のインプラントを埋入しアタッチメントをつけたオーバーデンチャーが十分機能するという報告もあり,一方では,大がかりな骨移植・骨造成手術を行い,多数のインプラントで支持される補綴装置(いわゆるボーンアンカードブリッジ)による治療も広く行われている.ただ,これらの治療介入は,患者さんの満足度からみると問題も多い.オーバーデンチャーでは決して可撤性有床義歯の不満のすべを解消できず,また多数のインプラント体を2回法で埋入し,治癒期間を待って上部構造を作製する従来の治療方法では,治療期間のQOLの低下や治療費増大の問題もある.さらには,骨造成などの付随手術が加わると,外科侵襲は大きくなり,周術期における患者さんのQOLは著しく低下してしまう.
 本書で詳説するAll-on-4コンセプトは,無歯顎症例に対する治療介入において,従来の治療方法の問題点を劇的に改善する術式としてPaulo Maloにより開発されたものである.患者満足度を中心として医療を考えた場合,治療期間を短く,外科侵襲を最小化できるグラフトレス/即時荷重の少数のインプラント体で支持されるボーンアンカードブリッジは,夢のような術式である.
 しかし,医療者にとっては,従来法と比べ,きわめてリスクが高く,信頼性に乏しい術式に見えるのも事実である.また,顎骨の解剖学的条件が,白人とアジア系人種では異なるため,欧米ではうまくいく治療かもしれないが,日本人に適用することはリスクが高く,禁忌であるという根拠のない意見も散見される.しかし,われわれが行った日本における多施設臨床研究では,従来のインプラント治療プロトコルと比較しても遜色ない長期の高い成功率を示しており,適切な診査・診断を行い,確実な治療を行えば,日本人に対するAll-on-4の術式適用は,決して『禁忌』ではなく『安全確実』な術式といえるのではないかと考えている.患者さんからみてきわめて満足度の高い治療が,もしも従来の治療方法と同等に安全確実に行えるのであれば,われわれはその新しい治療術式を積極的に取り入れるべきであろう.
 本書は,日本人(アジア系人種)に対しても安全確実にAll-on-4治療を行うための臨床マニュアルである.前述したように無歯顎ではきわめて自由度が高いため,インプラント体埋入前の診断は軽視されがちである.しかし,自由度が高いということは,インプラントのポジショニングのエラーが生じやすく,さらには上部構造選択においても,患者さんの求める治療結果との乖離も生じやすい.それだからこそ,術前の診査・診断が重要であり,それをもとにしたトップダウントリートメントがインプラント治療成功の鍵となる.
 本書では,Paulo Maloの原法を単に紹介するだけでなく,日本人患者に対して多数の症例を経験してきた筆者らが,日本人(アジア系人種)の患者さんに対してどのような対応をしているのか,具体的にステップを追って示すことにした.
 本書により,一人でも多くの臨床医に『日本人患者に対するAll-on-4を安全確実に行うための臨床判断と治療のポイント』について知っていただきたいと願うとともに,その結果として一人でも多くの患者さんがAll-on-4治療の恩恵にあずかることができるならば,われわれとしては望外の喜びである.
 2011年初秋
 中村社綱・細川隆司
第1編 All-on-4の基本コンセプトと術前診断
1章 無歯顎患者へのインプラント治療の基本コンセプト(細川隆司・正木千尋)
 診査・診断
 All-on-4をねらった診査
 オーバーデンチャーをねらった診査
 All-on-4コンセプト適用の意義
2章 術前診査(正木千尋・牧野路子・細川隆司)
 口腔内診査
 診断用ワックスアップ
 診断用ガイドプレート
 全身状態の把握
 X線検査による硬組織の診断
 パノラマX線写真の解剖学的ランドマーク
 All-on-4を計画するうえで考慮すべきポイント
 CT診断
第2編 All-on-4の治療術式
1章 All-on-4の基本術式/マロクリニックの手法に学ぶ(中村社綱)
 All-on-4との出会い
 All-on-4の基本コンセプト
 All-on-4の外科術式/上顎の場合
 All-on-4の外科術式/下顎の場合
 術直後の管理
 最終上部構造の作製
2章 All-on-4の術式/下顎(三好敬三・中村社綱)
 All-on-4の基本術式
 重度の歯周病症例へのAll-on-4
 診査項目/患者の治癒力
 インプラント体の埋入
 アバットメントの装着
 プロビジョナルレストレーションの作製
3章 All-on-4の術式/上顎(三好敬三・中村社綱)
 上顎は下顎よりも難度が高い
 上顎での成功の要点/即時荷重の成功のために
 インプラント体の埋入
 上顎の場合,審美性への配慮が必要
 All-on-4+/上顎では6本
 All-on-4の治療成績
4章 手術用ガイドプレートを用いたAll-on-4治療(中村社綱)
 コンピュータガイドシステムの利点
 手術用ガイドプレートによるガイドサージェリー
 All-on-4のための診査・診断・コンサルテーション
 ラジオグラフィックガイド作製時の注意点
 CTスキャン
 インプラント体埋入のシミュレーション・発注
 模型の作製
 サージカルインデックスとプロビジョナルレストレーションの作製
 ガイドサージェリーの手順
 ガイドサージェリーの実際
5章 All-on-4 Hybrid&All-on-4 ExtraMaxilla(下尾嘉昭)
 All-on-4の分類
 All-on-4 Hybrid
 All-on-4 ExtraMaxilla
第3編 All-on-4の上部構造・メインテナンス・トラブルシューティング
1章 プロビジョナルレストレーションと最終上部構造の作製(丸山俊正・正木千尋・細川隆司)
 プロビジョナルレストレーションの装着
 最終上部構造における咬合の考え方
 最終上部構造の作製材料の選択
 最終上部構造の作製
2章 メインテナンス(本田貴子・中村社綱)
 All-on-4の術後の注意点
 マロクリックの埋入手術後の管理
 フラップレス法の場合の術後管理
 術後の合併症
 All-on-4のメインテナンスプログラム
3章 トラブルシューティング(中本哲自・近藤祐介・細川隆司)
 埋入手術に起因したトラブル
 プロビジョナルレストレーションに関連したトラブル
 最終上部構造装着後に発生したトラブル
 COLUMN:オッセオインテグレーションの喪失に関する考察

 器材リスト
 参考文献
 著者略歴