やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

発刊に寄せて
 特定非営利活動法人日本歯周病学会は,歯周病を克服することにより国民の歯を1本でも多く残すことを目的に設立された学術団体であり,会員総数は8,000名超となった(2010年6月末).現在,超高齢社会や少子化などの社会環境の変化に伴い,本学会には歯科医療に対する国民の多様化したニーズに呼応した良質な歯周病予防・治療の提供が求められている.
 近年における歯周病学ならびに歯周治療学の進展には顕著なものがあり,医科歯科医療従事者ならびに行政諸氏,さらには一般国民が強い関心を示している.しかし,「平成17年歯科疾患実態調査」が示すように成人の約8割が歯周病に罹患していることから,いまだ歯周病の予防および治療が広く国民に効果的に実施されているとはいいがたい.
 歯周病の主な原因はプラーク(バイオフィルム)であり,とりわけ歯肉炎や歯周炎はプラーク中の細菌による感染症であることにコンセンサスが得られている.あらゆる疾病の治療原則は原因除去療法を基盤としており,歯周治療における代表的な原因除去療法はプラークコントロールである.プラークコントロールは,ブラッシング,フロッシング,スケーリング,ルートプレーニングなどの物理的方法ならびに抗菌薬などを用いる化学的方法,あるいは,両者の併用に分類される.しかし,化学的方法である抗菌薬を用いた治療法の多くは確固たる科学的根拠に基づいているとはいえないのが現状である.そこで,本学会では,日常臨床で歯周病患者にどのような考えや科学的根拠に基づいて,どのように抗菌療法を行った場合に効果的であるのかを歯科医師ならびに歯科医療従事者に対して適切な情報を提供し,国民に対する安心・安全な歯科医療,とりわけ歯周病患者における適正な抗菌療法を明解にするための指針を作成することとなった.
 本指針は,本学会会員諸氏に頒布し有効に診療に役立ててもらうことのみならず,日本歯科医学会の歯科診療ガイドラインライブラリーならびにMinds(Medical Information Network Distribution Service)に収載されることも考慮し,医療委員会吉江弘正委員長を中心に,「歯周病患者における抗菌療法の指針2010」作成ワーキンググループを立ち上げ,本学会会員から抗菌療法に対する学識豊かなメンバーを選定し,さらには日本臨床歯周病学会ならびに関連分野の外部評価者の方々にもご協力頂き,ワーキンググループの英知を結集して作成したものである.
 本指針は,当初の予定よりかなりボリュームアップしたが,日常臨床で遭遇する「慢性歯周炎」「侵襲性歯周炎」「歯周膿瘍(急性発作)」および「壊死性歯周疾患」を対象に,抗菌薬を「経口投与」と「歯周ポケット内投与」に分けて,取り纏めた.
 歯周病患者に対する歯周治療の一環として,適切かつ効果的に抗菌療法を行う際に,本指針が歯周病認定医・専門医以外の歯科医師の方々にも有効に活用され,ひいては国民の口腔保健の向上ならびに全身の健康増進に寄与することを期待するものである.
 平成23年3月
 特定非営利活動法人 日本歯周病学会
 理事長 伊藤公一
 発刊に寄せて
 はじめに
 ワーキンググループメンバー
1 抗菌療法の基本原則と症例選択
 1)抗菌療法の基本原則
 2)症例選択
 3)抗菌療法のフローチャート
2-1 臨床質問;抗菌薬のポケット内投与
 CQ1 歯周膿瘍(歯周炎の急性発作)に対しては,抗菌薬のポケット内投与は有効ですか?
 CQ2 歯周基本治療において,スケーリング・ルートプレーニングと抗菌薬のポケット内投与の併用は,有効ですか?
 CQ3 スケーリング・ルートプレーニング後に残存している歯周ポケットに対して,抗菌薬のポケット内投与は,有効ですか?
 CQ4 サポーティブ治療期に残存している歯周ポケットに対して,抗菌薬のポケット内投与は妥当ですか?
 CQ5 スケーリング・ルートプレーニングに消毒薬のポケット内洗浄の併用効果はありますか?
 CQ6 「抗菌薬・抗炎症薬の歯肉への塗布・塗擦法」は,歯周治療に有効ですか?
 CQ7 スケーリング・ルートプレーニングと抗菌療法(経口・ポケット内投与)の併用法において,洗口剤の使用は有効ですか?
2-2 臨床質問;抗菌薬の経口投与
 CQ8 歯周膿瘍(歯周炎の急性発作)に対しては,抗菌薬の経口投与は有効ですか?
 CQ9 抗菌薬の経口投与を検討すべき症例は,どのようなものですか?
 CQ10 歯周基本治療において,スケーリング・ルートプレーニングと抗菌薬の経口投与の併用は,有効ですか?
 CQ11 抗菌薬の経口投与は,どの時期から開始することが適切ですか?
 CQ12 抗菌薬の経口投与期間は,どれくらいが適切ですか?
 CQ13 抗菌薬の経口投与とポケット内投与はどのように使い分ければよいのですか?
 CQ14 フルマウス・スケーリング・ルートプレーニングと抗菌薬の経口投与の併用は,従来のスケーリング・ルートプレーニングと抗菌薬の経口投与の併用と比較して,治療効果に差がありますか?
 CQ15 スケーリング・ルートプレーニングと抗菌薬の経口投与を併用することで,歯周外科治療の必要性が減少しますか?
 CQ16 抗菌薬の経口投与後に,歯周炎の再発(進行)が認められた場合,繰り返し経口抗菌薬を投与すべきでしょうか?
 CQ17 壊死性歯周疾患など,歯周炎による著明な歯肉炎症や強い口臭を伴う症例に,抗菌薬の経口投与は有効ですか?
 CQ18 喫煙習慣を有する歯周炎患者に抗菌薬の経口投与は有効ですか?
 CQ19 歯周病の抗菌療法に抗真菌薬を用いることは妥当ですか?
2-3 臨床質問;細菌検査,その他
 CQ20 細菌検査が必要な症例あるいは臨床所見について教えて下さい?
 CQ21 細菌検査により検出された歯周病原細菌によって抗菌薬を選択すべきですか?
 CQ22 細菌検査によって歯周病進行(悪化)のリスク判定はどの程度可能でしょうか?
 CQ23 サポーティブ治療期における細菌検査の実施間隔や回数は,どれくらいが適切でしょうか?
 CQ24 唾液と歯周ポケット(縁下プラーク)からのサンプリング法の使い分けはどのようにすればよいですか?
 CQ25 菌血症対策として抗菌薬の術前投与を行う際に細菌検査は必要でしょうか?
 CQ26 抗菌薬の経口投与による治療効果の判定基準は,スケーリング・ルートプレーニングの後の歯周組織検査以外なにかありますか?
 CQ27 歯周病原細菌の家族内感染者(歯周炎未発症者)に対して,抗菌療法を用いるべきでしょうか?
3 抗菌療法の関連・基礎知識
 1)抗菌薬の適正使用
 2)歯性感染症の分類と抗菌薬の特性
 3)薬剤耐性について
 4)全身への対応と服用薬剤との相互作用
 5)抗菌療法に必要な細菌検査および歯周検査
 6)フルマウス-スケーリング・ルートプレーニング/フルマウス-ディスインフェクション
 7)インプラント周囲炎
 8)抗菌療法の医療経済学的評価
4 抗菌療法に関する用語解説