やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はしがき
 筆者は,1993年に『デンタルプラーク細菌の世界』を最初に執筆し,1999年に改訂版『デンタルプラーク細菌─命さえ狙うミクロの世界─』,さらに2004年『口腔内バイオフィルム─デンタルプラーク細菌との戦い─』を出版させて頂いた.本書は,いままでの本を基に,新型インフルエンザへの対応などを追加しながら『デンタルバイオフィルム─恐怖のキラー運団とのバトル─』として発行したものである.
 微生物学を専攻して40年を超えるなかで多くの臨床系大学院生を受け入れ,臨床に反映させながら取り組んできた基礎研究を,歯科医療・口腔ケアなどに結びつけて記載することを心がけた.EBM(エビデンスに基ずく医療)による患者中心の医療が定着してきた.しかしながら,IT時代で新しい医学・医療情報を容易に得ることができる反面,膨大な情報のなかからどのようにして信頼できるものを探すか難しくなってきている.EBMでは,「治療効果・副作用・予後の臨床結果に基づき医療を行うものである.専門誌や学会で公表された過去の臨床結果や論文などを広く検索し,患者と方針を決めることを心がける」ことが基本となっている.限られた歯科医療におけるEBMのなかで,本書が多くの臨床歯科医師や歯科衛生士に活用して頂ければよいと願っている.基礎ならびに臨床研究を図や表にした箇所では,引用文献を記載した.しかし,本書では引用文献が多くなり煩雑になることを危惧した.和文の文献は医学中央雑誌でのデータベース(http://www.jamas.or.jp/),英文の論文などの情報はU.S.National Library of Medicine(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/)などで信頼の高いものを選択してもらいたい.
 口腔内に住み着く細菌種は,500種類を超える.単細胞でありながら菌種を超えてコミュニケーションをとり,ぬるぬるしたバイオフィルムとなり,病原性すら調節する一筋縄ではいかない細菌集団である.齲蝕・歯周病は,生活習慣が密接にかかわる複数細菌種からつくられるデンタルプラークというバイオフィルム感染症である.したがって,それらの予防や治療は,バイオフィルム細菌集団とのバトルといえる.バイオフィルムの排除・駆逐戦略は何か?参考になればと願って解説した.
 歯周ポケット内を中心とした口腔細菌が全身の健康を脅かし,命さえ狙う暗殺者であるというデータが蓄積してきた.循環障害への関与,誤嚥性肺炎の起因性,口腔慢性感染症が一次病巣となって二次的病変を発症させるメカニズムなど,図を多くして解説した.また,口腔細菌が肥満や糖尿病などのメタボリックシンドロームにかかわることも証明され,国内の知見も加えた.2009年には,新型ブタインフルエンザウイルスとの戦いを余儀なくされている.さらに,高病原性A型の新型トリインフルエンザH5N1がヒトからヒトに感染するようになれば,間違いなく未曾有のパンデミックとなるインフルエンザの恐怖がある.咽頭を含む口腔細菌は,インフルエンザウイルスのサポーターになっており,歯科医療・口腔ケアなどでの対応などについても最新情報を書き加えた.
 本書のために写真を提供して掲載を承諾してくださった多くの先生のご厚意に感謝を表します.また,新しい本として出版してくださった医歯薬出版に謝意を表するとともに,文章や図の作成などに協力してくれた妻ひろみ,娘のみのりとたまきに感謝する.
 2010年1月1日
 奥田克爾
第1章 終焉なき病原体とのバトル
 1 細菌の脅威
  1-歴史を変えた細菌感染症 2-逆襲に転じた細菌たち
 2 ウイルスの脅威
  1-天然痘の撲滅 2-殺人ウイルスのアウトブレーク
 3 新型インフルエンザの恐怖
 4 新興感染症と再興感染症
 5 環境破壊と感染症
 6 高齢社会の暗殺者
第2章 細菌の鎧兜 バイオフィルム
 1 生命の起源
  1-地球環境を整えた微生物 2-デンタルプラークによって明らかにされた細菌の存在 3-天才科学者Pasteurと病原細菌の狩人Koch 4-口腔細菌学の父W.D.Miller
 2 細菌たちの縄張り
  1-住み着く細菌の数 2-口腔が住み家 3-住み着く細菌の役割
 3 細菌の構造物とその機能
  1-細菌の大きさと形 -細菌の命名と記載 -細胞を守る構造物
 4 細菌が増殖する環境
  1-好気性菌と嫌気性菌 2-細菌の栄養源
 5 細菌の増殖スピード
 6 会話としてバイオフィルム集団となる
  1-細菌のシグナル 2-バイオフィルム形成プロセス
 7 バイオフィルムに作用できない免疫
 8 バイオフィルムに抗菌薬は有効でない
第3章 デンタルプラークはバイオフィルム
 1 デンタルバイオフィルムは嫌気性菌の世界
 2 口腔細菌の栄養源は唾液と歯肉溝滲出液
 3 デンタルプラーク細菌の分裂スピード
 4 デンタルプラークの足場はペリクル
  1-酸からの歯面保護 2-細菌の付着誘導
 5 デンタルバイオフィルムの付着因子
  1-付着性線毛 2-レクチン 3-疎水性 4-粘着性多糖体
 6 多菌種がスクラムを組む世界
第4章 歯肉縁上デンタルプラークの生態
 1 歯肉縁上デンタルプラーク形成プロセス
  1-プラーク細菌の密度 2-歯肉縁上プラーク細菌の栄養源
 2 デンタルプラーク細菌の縄張り争い
  1-共生するプラーク細菌 2-プラーク細菌がつくる抗菌物質
 3 数で圧倒的多数を占めるレンサ球菌群
  1-溶血性による分類 2-Streptcoccus mutansグループ 3-Streptcoccus mitisグループ 4-Streptcoccus salivariusグループ 5-Streptcoccus anginosusグループ 6-腸球菌 7-偏性嫌気性レンサ球菌
 4 放線菌群
  1-Actinomyces naeslundii 2-顎放線菌症を起こすActinomyces inraelii
 5 乳酸桿菌
 6 Corynebacterium matruchotii
 7 Propionibacterium菌群
 8 デンタルプラークによる歯石形成
  1-歯肉縁上歯石と歯肉縁下歯石 2-プラーク細菌の石灰化スピード 3-歯石の毒性
第5章 歯周ポケット細菌の懲りない面々
 1 Porphyromonas gingivalis
  1-黒色集落となる 2-付着因子 3-酸性酵素 4-内毒素
 2 Porphyromonas endodontalis
 3 Prevotella intermediaなど
 4 Aggregatibacter actinomycetemcomitans
  1-バイオフィルム形成能 2-毒素産生能 3-血清型 4-免疫防御能からの回避
 5 Fusobacterium nucleatum
 6 Capnocytophaga菌種
 7 Tannerella forsythia
 8 Eikenella corrodens
 9 Campylobacter rectus
 10 Selenomonas sputigena
 11 スピロヘータ
  1-スピロヘータの運動性 2-口腔内スピロヘータの種類 3-居座り続けるTreponema denticola
 12 Neisseria菌群とVeillonella菌群
 13 マイコプラズマ
 14 歯周ポケット内細菌の内毒素
  1-外毒素は標的細胞を攻撃する 2-多彩な病原性を発揮する内毒素
第6章 ミクロの戦士隊
 1 インベーダーとミュータント細胞が抗原
 2 全身が免疫器官である
  1-骨髄は免疫細胞生産工場 2-エリートT細胞を育む胸腺 3-レーダー網リンパ節 4-免疫応答の場となる脾臓
 3 免疫応答で証明される“病は気から”
 4 自然免疫
  1-非特異的感染防御機能 2-インベーダーを察知するToll-like recepror 3-自然免疫の主役NK細胞
 5 インベーダーと認識するマクロファージ軍団
 6 エリートT細胞集団の恩恵
  1-T細胞のレセプター 2-T細胞の種類 3-ヘルパーT細胞Th1とTh2の役割
 7 抗体産生B細胞
 8 自然免疫と獲得免疫の連携
第7章 インベーダー駆逐戦略
 1 免疫担当細胞のコミュニケーション
  1-MHC分子 2-免疫担当細胞の身分証明書がCD
 2 インベーダーに結びつく抗体
  1-抗体の基本構造 2-少ない遺伝子で多種類の抗体をつくることができる 3-適材適所で役割を発揮する抗体 4-血清中の免疫グロブリンIgG 5-早期に発現するIgM抗体 6-粘膜感染防御の主役分泌型IgA 7-アレルギー誘発性IgE
 3 鉄砲隊として任務を果たす補体
  1-抗体の司令で活性化する 2-抗体の司令なしでも働く
 4 サイトカインの多種多様な働き
  1-サイトカインの3大特徴 2-細胞傷害性,炎症性サイトカイン 3-組織修復にかかわるサイトカイン 4-細胞集合かけるケモカイン 5-インターフェロン
 5 インベーダーとバトルする細胞性免疫
  1-細胞内増殖性細菌に対する攻撃 2-ウイルス感染細胞を傷害する 3-カンジダの増殖を抑える
 6 移植臓器の攻撃と免疫抑制剤
  1-移植拒絶反応は自己保存の基本 2-使用される免疫抑制剤
 7 癌免疫療法の最前線
  1-癌原遺伝子と癌抑制遺伝子の破綻 2-癌細胞攻撃メカニズム 3-煙膜を張る癌細胞 4-癌の免疫療法への期待
第8章 口腔感染防御システム
 1 口腔粘膜の防御機構
 2 唾液の自然免疫物質
 3 唾液分泌型IgE(s-IgA)の働き
 4 歯肉溝滲出液中のミクロの戦士
  1-歯肉溝滲出液中の抗体はIgG 2-炎症のある歯肉組織に集まるB細胞 3-歯肉溝滲出液中の白血球
 5 経口免疫寛容
第9章 増え続けるアレルギーへの対応
 1 アナフィラキシー(I型アレルギー)
  1-アレルゲンと結びつくIgE 2-化学伝達物質による早発反応 3-炎症性サイトカインによる遅発反応 4-アナフィラキシー型アレルギー疾患 5-アトピー 6-アナフィラキシー型アレルギーの診断 7-アレルギーの治療薬 8-アナフィラキシー型アレルギーの予防策
 2 細胞毒性型アレルギー(II型アレルギー)
  1-パーフォリンによる細胞傷害 2-抗体依存性細胞媒介性細胞障害 3-細胞毒性型アレルギー疾患
 3 免疫複合物生成によるアレルギー(III型アレルギー)
  1-免疫複合物の蓄積 2-III型アレルギー疾患
 4 遅延型アレルギー(IV型アレルギー)
  1-サイトカインによるアレルギー 2-遅延型アレルギー疾患
 5 薬物過敏症
 6 感染防御メカニズムの破綻
  1-原発性免疫不全症 2-続発性免疫不全症
 7 自己免疫不全
  1-自己を攻撃する免疫応答の成立 2-全身性自己免疫疾患 3-臓器特異的自己免疫疾患
第10章 齲蝕原性デンタルバイオフィルムの臨床
 1 齲蝕はバイオフィルムの内因感染症
 2 生活習慣がかかわる多因子感染症
  1-齲蝕原因歯 2-増えている根面齲蝕
 3 スクロースの齲蝕誘発性
 4 齲蝕をつくらない甘味料
  1-キシリトール 2-ソルビトール 3-エリスリトール 4-マルチトールとパラチニット 5-パラチノース 6-アスパルテーム
 5 齲蝕のリスクを知る
 6 齲蝕予防ワクチン
  1-能動免疫 2-受身免疫
 7 デンタルバイオフィルム駆逐戦略
  1-PMTC 2-デンタルプラーク形成抑制酵素 3-デンタルバイオフィルムに対する抗菌性消毒薬
第11章 デンタルバイオフィルム駆逐歯内療法
 1 歯髓感染
 2 感染根管内の細菌
 3 根尖病変部細菌
 4 歯根尖病変の免疫病理
 5 歯性病巣感染の原因としての根尖病変
 6 根尖病変バイオフィルム駆逐新戦略
第12章 歯周病原性デンタルバイオフィルムの臨床
 1 歯周病の分類
 2 歯周病のリスク因子
 3 歯周ポケット内細菌の病原性因子
 4 免疫病理学的歯周組織破壊
 5 各歯周病の主たる病原菌
  1-慢性歯周炎 2-侵襲性歯周炎 3-妊娠性歯肉炎 4-壊死性潰瘍性歯肉炎と歯周炎
 6 歯周病の細菌学的診断
  1-局所細菌の検査 2-免疫学的検査
 7 SRPを凌駕する駆逐法はない
 8 歯周病の抗菌薬療法の利点と限界
  1-ミノサイクリン 2-メインテナンスにおけるバイオフィルム除去 3-抗菌薬療法の限界
 9 インプラント治療での歯周病原菌駆逐の意義
 10 歯周病予防ワクチンの展望
第13章 循環障害をもたらす口腔細菌
 1 口腔細菌が起こす細菌性心内膜炎
  1-菌血症と敗血症 2-ハイリスクグループ
 2 歯周病原性細菌は動脈硬化にかかわる
  1-デンタルプラーク細菌と毒性物質の侵入 2-内毒素,熱ショックタンパク質の侵入 3-血管の炎症 4-動脈血管内壁プラークにみつかる歯周病原菌 5-動脈硬化部位からの歯周病原菌の検出 6-感染による動脈硬化発症メカニズム 7-実験動物での動脈硬化症
 3 歯周病と心疾患の関係に関する疫学
第14章 歯周病原菌は万病の元
 1 メタボリックシンドロームとの密接なかかわり
  1-メタボリックシンドローム診断基準 2-肥満の引き金となる内毒素 3-激増するII型糖尿病 4-歯周病の糖尿病誘発メカニズム 5-歯周治療による糖尿病の改善
 2 女性に忍び寄る悪霊
  1-早産の原因は感染症 2-女性ホルモンが細菌のビタミン 3-内毒素がプロスタグランジン産生をもたらす
 3 骨粗鬆症の外因となる歯周病原性バイオフィルム
  1-骨粗鬆症は歯周病リスク 2-骨粗鬆症リスク因子となる歯周病
 4 胃潰瘍と歯周病原菌の奇妙な関係
  1-ピロリ菌 2-歯周病原菌との共通抗原
 5 歯性病巣感染の温故知新
  1-病巣感染の病態メカニズム
第15章 口腔に潜伏する疫病神たち
 1 増え続ける易感染性宿主
 2 日和見感染症
 3 バイオフィルム形成日和見感染症起因細菌
  1-ブドウ球菌 2-緑膿菌 3-レジオネラ菌 4-セラチア菌 5-肺炎桿菌 6-インフルエンザ菌
 4 化膿レンサ球菌
  1-化膿レンサ球菌産生外毒素 2-化膿レンサ球菌感染症
 5 結核菌
  1-激増の結核 2-結核菌の特徴 3-結核抗菌薬療法 4-歯科医療機関内結核菌感染予防
 6 ヘルペスウイルス感染症への対応
  1-ヘルペスウイルスの特徴 2-ヘルペスウイルス感染症 3-ヘルペスウイルス治療薬
第16章 抗生物質の使い方
 1 抗菌薬の作用
 2 作用機序による抗菌薬の種類
  1-細胞壁合成阻害薬 2-β-ラクタム系抗菌薬 3-膜成分傷害薬 4-タンパク質合成阻害薬 5-核酸合成阻害薬 6-葉酸合成阻害薬
 3 抗菌薬の抗菌力測定
 4 抗菌薬耐性獲得とその対策
 5 抗菌薬の使用法
  1-合剤として投与・使用の利点
 6 抗菌薬の選択と使用法
第17章 口腔カンジダ症の臨床
 1 真菌は酸素を求めるカビの仲間
 2 口腔カンジダ症
 3 カンジダ症の治療薬
 4 易感染性宿主でのカンジダ症予防
第18章 新型インフルエンザへの対応
 1 ウイルス感染様式
 2 インフルエンザウイルスの特徴
  1-A型とB型の違い 2-HA突起とNA突起の働き 3-ウイルスの感染を助ける咽頭・口腔細菌
 3 新型インフルエンザの出現
  1-A型インフルエンザウイルスの抗原変異 2-ブタが育む新型インフルエンザ 3-高病原性A型新型トリインフルエンザH5N1
 4 インフルエンザの診断
 5 インフルエンザ治療薬
 6 インフルエンザワクチン
第19章 静かなる暗殺者とのバトル,口腔ケア
 1 誤嚥性肺炎予防
  1-唾液の誤嚥 2-夜の暗殺者 3-嫌気性菌による混合感染 4-嚥下障害をもたらす重篤な肺炎 5-制酸剤の使用が引き金の肺炎
 2 呼吸器ウイルスの吸着を助ける口腔内細菌
 3 口腔ケアをインフルエンザ予防に繋ぐ
  1-インフルエンザウイルスのサポーター 2-インフルエンザ予防
 4 高齢者に対する口腔ケアは発熱回数を減らす
 5 口臭をなくして社会性回復
 6 ICU,CCU患者に対する口腔ケア
 7 口腔ケアでの消毒薬
  1-非イオン性消毒薬 2-イオン性消毒薬
第20章 実践的院内感染予防
 1 信頼を築くスタンダード・プレコーション
 2 院内感染を起こす細菌とカンジダ
 3 医療現場でのウイルス感染予防
  1-肝炎ウイルス 2-ヒト免疫不全ウイルス(HIV) 3-油断大敵のウイルス
 4 医療担当者として必要なワクチン
 5 プリオン病の基礎知識
 6 MRSA除菌の必要性
 7 治療中の菌血症予防
 8 スタンダード・プレコーションの実践
  1-正しい滅菌法 2-手洗いとグローブの使用 3-マスクおよび目の保護 4-ラバーダムの徹底 5-バキュームの使用 6-バーやリーマーの消毒