やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 病理学分野では,日常的に研究や学生教育,病院での診断業務において組織標本を顕微鏡で観察する.光学顕微鏡による観察では,組織試料を脱灰(硬い組織の場合に酸溶液やEDTA溶液に浸漬して,無機質を溶出させる)・包埋・薄切という処理を必要とするが,多種類の組織染色や酵素組織化学,免疫組織化学などにより細胞・組織をさまざまに染め分けて,それらの形状や構造的特徴を診断することができる.上手に薄切されて,綺麗に染まった一枚の標本は多くのことを観察者に語りかけてくれる.同時に,癌の診断では,標本中にみつけだした癌細胞がどのように組織の中に広がっているのか,癌細胞の周囲に血管はどのように走行しているのかを問いかけたくなる.講義室や実習室では,組織画像のスライドを提示しながら「この孤島のようにみえる細胞集団は突起状に増殖した細胞集団を横断したものである」と説明するが,聴き入る学生は「本当に全部の細胞がつながっているの?」と訝しげな眼差しを向けてくることも多い.このような疑問に答えるには,観察対象物の立体構造を示すことが最も簡明である.
 われわれの研究室では,さまざまな組織構造と病変を立体観察することを目標として,組織アレイ法による連続薄切標本の作製,免疫組織化学などの染色法と画像撮影システム,数百枚の連続画像を立体構築できるコンピュータ処理システムを整備してきた.試行錯誤に数年間を費やしてきたが,ようやく観たい対象物を再現した立体構築像を作製できるようになった.幸い,医歯薬出版株式会社の皆さんが立体画像に興味をもってくださり,これまでに研究室で蓄積してきた立体画像データを出版する運びとなった.組織構造や病変を立体観察するうえでは,印刷された静止画像だけでは不十分なため,動画編集した立体画像をDVDビデオに収録している.特に,バーチャル空間でカメラ視点を移動させて内部構造を観察することにより,従来の形態学では捉えがたい情報が得られていると考えている.同時に,本書に収録した動画表現には改善すべき点も多いことは自覚しており,読者の皆さんからのご指摘とご批判を仰ぎたいと願っている.最後に,貴重な病理組織試料を供与いただいた埼玉県立がんセンター出雲俊之先生,東京医科歯科大学岡田憲彦先生,および本書の編集にご協力をいただいた関係者の皆様に深く感謝いたします.
 2009年新年を迎えて
 編集代表 青葉孝昭
 動画閲覧の手引き
I.口腔粘膜・炎症病変
 1. 口腔粘膜:重層扁平上皮と結合組織
 2. 粘膜固有層の脈管系:血管とリンパ管
 3. 炎症と粘膜上皮の過形成:肉芽組織内に伸長する上皮釘脚
 4. 歯根嚢胞:コレステリン結晶跡と異物巨細胞
 5. 結核結節:乾酪壊死巣・類上皮細胞・巨細胞・リンパ球
II.癌病変の増殖・浸潤
 6. 舌粘膜上皮に発症した上皮内癌
 7. 舌癌:癌真珠をともなう高分化型の扁平上皮癌
 8. 舌癌:浸潤癌の胞巣構造
 9. 舌癌:浸潤前線における癌細胞の増殖活性
 10. 下顎歯肉癌の骨浸潤:下顎管に達する骨破壊
 11. 胃の腺癌:腺腔形成を示す癌胞巣
 12. 胃の腺癌:間質に点在する癌胞巣
 13. 腺扁平上皮癌:腺癌と扁平上皮癌の複合構造
III.歯原性腫瘍
 14. エナメル上皮腫:濾胞型の増殖様式と実質嚢胞
 15. エナメル上皮腫:索状型の増殖様式
 16. エナメル上皮腫:多房性の骨吸収
 17. エナメル上皮線維腫:歯胚と歯堤に類似した腫瘍胞巣
 18. 腺腫様歯原性腫瘍:腺管形成をともなう腫瘍胞巣
IV.唾液腺の病変
 19. 唾液腺(顎下腺):腺小葉と筋上皮細胞
 20. 多形(性)腺腫:腺管形成と細胞外基質
 21. ワルチン腫瘍:腫瘍実質の乳頭状増殖と嚢胞形成
 22. 腺様嚢胞癌:篩状構造と神経浸潤
 23. 粘表皮癌:粘液産生細胞と嚢胞状腔
V.顎骨の病変
 24. 腫瘍浸潤と加齢にともなう下顎骨の構造変化
 25. 含歯性嚢胞:歯冠を囲む嚢胞と骨吸収
 26. 線維性骨異形成症:硬組織形成をともなう顎骨病変
 27. 腫瘍性の硬組織形成:骨種と良性セメント芽細胞腫
VI.歯の病変
 28. 植立歯と歯槽骨:歯槽窩と歯槽骨吸収
 29. 永久歯:歯質と歯髄組織
 30. 奇形歯:大きさと形の異常
VII.マウス硬組織の発生・成長・加齢変化の4次元観察
 31. マウス頭部骨格系の発生と成長
 32. マウス顎関節の成長と加齢変化
 33. マウス臼歯の歯根形成:2根性分岐と3根性分岐
 34. マウス長管骨(脛骨)の発生と成長
VIII.組織立体構築の制作プロセスと実例紹介

 附:動画ファイル一覧(全91動画ファイル)