やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

まえがき
 人類学において,歯はきわめて重要な情報源といわれている.その情報には,単に歯の形態の進化ばかりでなく,食習慣,年齢,文化などの生態学的情報が含まれている.また,解剖学では,歯は消化器官に分類され,生命維持において最も重要な器官の一つであり,そのために,他の多くの器官に比べ遺伝的支配が強く,環境の影響を受けにくいという特徴がある.歯の形態が強く遺伝的支配を受けている確固たる証拠として,双生児の研究があげられるが,一卵性双生児の歯は実によく似ているが,二卵性双生児や兄弟姉妹では,はっきり区別することができる.さらに,歯の形態を乳歯と永久歯とで比べると,乳歯は遺伝的支配を強く受けた原始的な歯であり,環境の影響を受け相対的に進歩的形態といわれる永久歯とは大きく異なっている.すなわち,種の保存という観点から考えてみると,乳歯には様々な形態的特徴があり,その特徴が強い遺伝的支配を受けていることで,口腔機能の未熟な小児であっても食物を摂取し,生命を維持することが可能となっていることを忘れてはならない.また,歯の萌出順序についても,人類の進化の過程で大きな変化が起こっており,下等動物では臼歯部が萌出した後,切歯,小臼歯,犬歯の順に生えるが,高等動物では切歯,犬歯が早く生え,第二・第三大臼歯の萌出は相対的に遅れる.人類では,とくに,猿人の時代から第三大臼歯が最後に萌出する特徴があるものの,人類に最も近いといわれる現生類人猿には,その特徴はみられない.しかし,萌出順序の変化がどのような原因で起こったのかということは,いまだ不明であるが,歯や顎骨の進化と密接にかかわっていると推察される.歯列の形態である歯列弓についても,様々な進化がみられる.すなわち,類人猿では,犬歯が大きく頑丈で,突顎に対応するように歯列弓は著しいU字型を呈しているが,人類では食物の軟化・生態の変化などで→歯と顎骨の縮小→顔の縮小→放物線型(乳歯列では半円形あるいは半楕円形)の歯列弓へと進化している.
 以上のように,歯には他の器官とは異なる独特の特徴があり,今なお進化し続けていることを考えると,神秘的で,かつ魅力的であり,人類の未来を予測するための貴重な情報源といえる.
 臨床的観点から考えたとき,歯の萌出とは,顎骨内で発生した歯胚が発育し,歯冠完成に引き続く歯根の形成がみられたとき,口腔内へと萌出運動を開始する一連の過程である.さらに,萌出した歯は咬合平面に達した後,対咬歯と咬合して萌出を完了するが,咬合完成後も増齢的に歯は咬耗しながら対咬関係を維持しつつ,わずかではあるが萌出運動が継続する.とくに,小児期では頭蓋顎顔面の成長が著しいため,口腔器官の発育を理解するには,歯の発育,歯列および咬合という口腔の知識だけではなく,頭蓋顎顔面の成長発育との関連性を知ることが重要となる.
 そこで,3次元(3D)画像解析をはじめとするコンピューター画像解析は飛躍的な進歩を遂げており,ヒトの一生で最も成長変化が顕著な小児期の頭蓋顎顔面および歯列・咬合の発育過程を今までとは違った視点で捉え,その神秘的な成長過程を画像から知ってもらうことが本書のねらいである.
 本書の特徴は,小児期の頭蓋顎顔面の成長発育を3D画像に時間軸を加えた4Dカラーアトラスとして表現することで,今まで断片的にしか捉えることができなかった成長発育過程を連続的に観察することが可能となった点である.さらに,本書の特徴を踏まえ,読者には単に歯列・咬合の発育だけではなく,頭蓋顎顔面の成長発育との関連性という視点で理解してもらいたい.また,4D画像を用いることで,乳歯とその後継永久歯との位置関係,交換期の様相,永久歯萌出が乳歯列に及ぼす影響など静止画像では説明することが難しい現象を,より解りやすく表現してあることを読者は本書の随所にみることができる.
 最後に,本書が小児期にみられるダイナミックな成長過程に興味をもつすべての方々にとって,参考となる解説書であることを期待したい.
 2009年1月
 編者一同
CHAPTER1 頭蓋顎顔面の発育
1)頭蓋冠の発育
2)頭蓋底の成長
3)顔面頭蓋の発育
4)脳頭蓋・顔面頭蓋の発育変化
5)上顎骨と下顎骨の発育様式
6)成長に伴う下顎管・下顎孔の位置の変化
7)顎関節の発育
付)Scammonの臓器別発育曲線

CHAPTER2 歯・歯列・咬合の発育
1)歯列の発育段階
2)咬合の発育段階:Hellmanの歯齢
 (1)IA期:乳歯未萌出期(無歯期)
  1.上下顎歯槽堤の対向関係
  2.顎間空隙
 (2)IC期:乳歯咬合完成前期
  1.萌出順序
  2.歯列弓長径および幅径の増加
 (3)IIA期:乳歯咬合完成期
  1.歯間空隙
  2.第二乳臼歯の咬合関係(ターミナルプレーン)
  3.乳中切歯の被蓋
  4.乳犬歯および乳臼歯の歯軸
 (4)IIC期:第一大臼歯および前歯萌出開始期
  1.第一大臼歯の萌出経路
  2.切歯の萌出経路
  付)上顎前歯の交換“Ugly Duckling Stage”
 (5)IIIA期:第一大臼歯萌出完了,前歯萌出中または完了期
  1.第一大臼歯の咬合状態
  2.歯軸の変化
  3.乳犬歯間幅径の増加
 (6)IIIB期:側方歯群交換期
  1.リーウェイスペース
  2.側方歯群の萌出順序
 (7)IIIC期:第二大臼歯萌出開始期

CHAPTER3 歯・歯列の形態
1)乳歯の形態
2)乳歯列弓の形態的特徴
3)永久歯列弓の形態的特徴
4)乳歯列弓と永久歯列弓の比較

 付録
  1)3D画像
  2)成長段階モデル
  3)3次元歯モデル
  4)4次元モデル

 索引