やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

監訳者の序
 頭頸部のがんは,頭頸部領域に発生した悪性腫瘍を指し,代表的なものに舌がんや咽頭がん,喉頭がんなど,さまざまながんがあります.しかし,これらを合わせてもすべてのがんのうちに占める割合は,5%程度に過ぎず決して多いものではありません.あまり聞きなれない病気といってもいいでしょう.ひとたび頭頸部のがんに罹患し,治療が開始されるとがんという疾患の性質上,根治的な治療が要求されることから,さまざまな問題が生じてきます.これらのがんは,発声や摂食・嚥下,呼吸と密接に関連している場所に起こるもので,さらには嗅覚や味覚などの感覚器を手術の範囲に含むことも多く,患者さんの治療後の生活に深く関与してきます.ときとして,治療後に外見の変化を伴うこともあり,患者さんの中には「こんなはずじゃなかった」とか,「こんなことになるのなら手術はしなかった」などという言葉を聞くことがあります.
 頭頸部のがんは,発生部位によりがんの性質が異なるため,治療法も異なります.また,同じ部位のがんでも,がんの進行度やリンパ節への転移の程度,遠隔器官への転移の有無など,病気の段階によって治療法が大きく異なり,治療後の後遺症もまったく違ったものになります.
 本書の中で,たびたび「ノートとペンを持って以下のような質問をしましょう」というような表現が出てきます.大きな病気と闘う前の多くの患者さんは,治療方針の説明を行う主治医の前で冷静ではありません.また,何を聞いたらよいかわからないこともあるでしょう.本書は,頭頸部のがんの治療に臨む前の患者さんと療養を助ける多くの医療スタッフに,有用な情報を与えてくれることでしょう.そして,それが患者さんの治療後の生活の質の改善に役立ってくれれば,監訳者としてこの上ない喜びです.
 2008年9月
 菊谷 武

訳者代表のことば
 がんの宣告を受けた患者さんは,さまざまな問題に直面します.手術をすればそれで終わりというわけではなく,そこからがスタートといえるかもしれません.また,他人には計り知れない困難に立ち向かわなくてはならないでしょう.私たち医療関係者は,どのような手助けができるのか?そのようなことを考えながら,本書の翻訳を行ってきました.
 本書の日本語版を出版する話は,恩師である金子芳洋先生に原書を紹介されたことから始まりました.原書を読んだとき,「このような患者さん向けの本は日本では見当たらない…口腔がんの患者さんがいかに人生に前向きに生きていけるか,その手助けになる本ではないか」と感じました.これを日本語で出版したいという思いを金子先生にお伝えしたところ,すぐさま医歯薬出版へご紹介いただき,本書発行への一歩を踏み出すことができたのです.
 本書を出版するにあたり,日本語での表現方法や日本での現状について相談に乗り,多大なる協力をしてくれた,日本歯科大学附属病院口腔介護・リハビリテーションセンターの歯科医師である児玉実穂先生,須田牧夫先生,萱中寿恵先生,福井智子先生,町田麗子先生,高橋賢晃先生,片桐陽香先生,戸原 雄先生,小柳津馨先生,管理栄養士の大藤順子先生,井上由香先生に深く感謝いたします.
 最後に,本書を患者さんに理解しやすく,読みやすい本にするために尽力してくださった医歯薬出版の水島健二郎氏,中村 伸氏に心から感謝の意を表します.
 2008年9月
 田村文誉

原著序文
 本書は,言葉を話したり食べ物を飲み込んだりする役割を担う大切な器官である口腔や舌,喉頭・咽頭領域のがんに罹った患者さんのためにまとめたものです.患者さんが,がんの治療や言語と摂食・嚥下の治療を受ける前に読んでいただきたいと思っています.もちろん,治療中あるいはすでに治療の終了した患者さんであっても,本書からは役に立つ情報が得られるはずです.
 私たち言語聴覚士は,長い年月をかけて舌や喉頭に関連する領域のがんに罹った何百人もの患者さんに対して,言語と摂食・嚥下の治療を行ってきました.その結果,多くの患者さんが私たちに感謝してくれました.同時に,私たちが治療のための手助けをしたのと同じくらい,患者さんは私たちに多くのことを教えてくれたのです.その中から私たちはいくつかの大切なことを学びました.
 それは「頭頸部のがんの患者さんには,2人として同じような患者さんはいない」ということです.ある患者さんにとっては真実であること,適切であることが,必ずしもほかの患者さんにあてはまるわけではありません.患者さんによって病気の部位や範囲は異なっており,治療や訓練に対する反応もさまざまです.そしてショックを受けそうな,恐怖を感じるような新たな話題について聞いたり読んだりしたとき,それを完全に理解するまで,何度も何度も聞いたり読んだりしなくてはならないことが頻繁にあるでしょう.医療担当者によってもたらされたすべての情報を理解することが難しかったときや,面接時に医療担当者に質問することができなかったとき,それらのギャップを埋める一助として,私たちは本書を活用してほしいと思っています.
 患者さんによってがんの処置や治療は異なるため,私たちは患者さんがどうすればよいのか,どのような体験をすることになるのか,どのようなことを感じるのか,それらを完全に伝えることはできないかもしれません.そのため私たちは,本書の中で「いつも」「しなければならない」「すべきである」「絶対ない」といった言葉を使わないように努力しました.代わりに「かもしれない」「一般に」「ときどき」「たいてい」「たびたび」といった言葉を使うようにしました.
 本書のねらいは,口腔や咽頭領域のがん治療(放射線療法・化学療法・外科的手術,そして,がんによる言語や摂食・嚥下機能の障害と闘うために必要な訓練など)について,正確で基本的な情報を患者さんに伝えることです.同時に私たちは,頭頸部のがんの患者さんへのリハビリテーションは,言語や摂食・嚥下の治療の範囲を越えていることを実感しています.さらにいえば,リハビリテーションは仕事や遊び,友達や愛する人との関係,人生のドラマティックな変化への対処法,そして将来への希望といったことに通じているのです.
 患者さんは自分の病気,治療の種類,回復経過,言語と摂食・嚥下のリハビリテーションに関する具体的な情報について,担当医師や言語聴覚士あるいは介護者に積極的に質問してください.本書の第3章に示したチェックリストを使って,自分のがん治療の重要な情報および質問や不安について医療担当者と話し合ってみてください.注意して同じ箇所をみてください.もし太字で書かれた言葉が理解しにくい場合には,巻末の専門用語の解説を参照してください.また病気の医学的な状態をより理解するために,担当医師にがんの部位について絵を描いてもらうとよいでしょう.
 最後に,各医療機関ではそれぞれ独自の方針や手順に則って治療が行われています.そのため方法や手段,設備やケアの質はその施設特有のものかもしれません.したがって,実際に患者さん個々が受けるケアが,本書にあるものと異なっている場合があることもお伝えしておきます.

原著謝辞
 アメリカのミネソタ州,ロチェスターにあるメイヨークリニックのロバート・キース言語聴覚士は,40年以上にわたって本書の構想を練ってきました.キース氏は,喉頭を切除された患者さんたちの術前・術後の治療を担当するうちに,患者さんたちからの質問を記録するようになりました.その中で,同じ質問が何度も繰り返されることを実感していました.このような状況に応えるため,記録された質問とその答えに従って,以前に同じ質問をした患者さんとその配偶者を対象に再調査が行われました(このプロジェクトの調査結果は,本書の第1版に掲載されています).
 キース氏は,メイヨークリニックの医学コミュニケーションの専門家であり,かつ患者教材の開発者でもあるキャンディス・メイ氏による支援を受けました.さらに,ほかの専門家であるハーヴェイ・コーツ氏,ケネス・デヴァイン氏,ハワード・シェーン氏,デビー・フラートン氏,ナンシー・ロバーツ氏,アン・シャット氏,ブルース・ピアソン氏,デビット・ハートマン氏や医学イラストレーターのジョン・ディズリー氏らからも助言を受けました.
 これまでの第2版と第3版は,最新の追加情報を含めてキース氏によって書かれました.これらの版は,スペイン語,フランス語,ドイツ語,オランダ語,トルコ語に翻訳されています.
 本第4版は,メイヨークリニックの言語病理学で20年以上にわたって同僚である言語聴覚士のジャック・トーマス氏とキース氏との共同作業によって書かれました.本書のタイトル;Looking Forward…The Speech and Swallowing Guidebook for People with Cancer of the Larynx or Tongue(喉頭がん舌がんの人たちの言語と摂食・嚥下ガイドブック―将来に向けて―)と内容は,私たちの臨床や全国の言語聴覚士に,そしてもちろん,患者さんが直面することに対してもより良く反映するように改変されました.
 メイヨークリニックの尊敬すべき多くの同僚たちは,本第4版に重要な貢献を果たしてくれました.頭頸部のがんの放射線治療に関する情報をもたらしてくれた放射線腫瘍学のロバート・フート氏,頭頸部のがん治療後の理学療法訓練と家庭での過ごし方についての知識を与えてくれた理学療法・リハビリテーション学のジーン・ジラルディ氏,頭頸部のがんの化学療法について教えてくれた腫瘍学のスコット・オクノ氏,そして一生涯必要な栄養摂取についての情報を与えてくれた臨床栄養学のアデーレ・パッティンソン氏に,私たちの真摯な感謝の気持ちを捧げます.
 監訳者の序
 訳者代表のことば
 原著序文
 原著謝辞
 訳者紹介
第1章 喉頭がん舌がんの診断
 1.がんを疑う症状
 2.必要な検査
  口の検査 間接喉頭鏡検査 喉頭ファイバースコープ検査 頸部リンパ節検査
 3.画像検査
 4.組織検査前の全身検査
 5.直達喉頭鏡検査と組織検査
第2章 呼吸,嚥下,会話に関する頭頸部の解剖
第3章 喉頭がん舌がんの治療
 1.病院ではどんな人が関わるのでしょう
 2.主治医に聞いておくべきこと
 3.情報を集めましょう
第4章 放射線療法
 1.放射線療法を受ける前に行われることは
 2.放射線療法はどのように行われるのでしょう
 3.放射線療法の副作用とその対処の方法とは
第5章 化学療法
 1.化学療法を受ける前に行われることは
 2.化学療法はどのように行われるのでしょう
 3.化学療法の副作用とその対処の方法とは
第6章 喉頭がんの手術
 1.声帯上の小さな腫瘍の除去
 2.声帯切除術
 3.喉頭部分切除術
 4.声門上水平喉頭切除術
 5.喉頭半側切除術
 6.輪状軟骨上喉頭部分切除術
 7.喉頭亜全摘術
 8.喉頭全摘術
 9.咽頭喉頭食道切除術
 10.頸部郭清術
 11.頭頸部手術後の合併症
第7章 舌がんの手術
 1.手術の種類
 2.舌がんの術中・術後の呼吸管理
 3.舌と嚥下
 4.舌と会話
 5.放射線療法と化学療法
 6.手術後の舌に対する舌接触補助床(PAP)の使用
 7.舌全摘術および喉頭全摘術後の会話と嚥下
第8章 喉頭がんの手術後,病院ではどんなことがあるのでしょうか
 1.入院はどのくらいの期間でしょうか?
 2.どんな機器を使うのでしょうか?
 3.呼吸のための気管切開
 4.気管チューブ
 5.酸素吸入
 6.経静脈栄養
 7.経鼻経管栄養(NG)チューブでの栄養補給
 8.ドレナージ
 9.痛み
第9章 がんの治療中および治療後の心理的対処の方法
 1.がんを乗り越えるために:治療とどう向き合えばよいのか
  継続的なケアは不安を軽減する 継続的な医学的管理を受けるときのヒント 治療後に気を付けること 治療後のこころの持ち方
 2.精神性について
  精神性の定義 精神性とこころの平安 怒り 罪の意識 哀しみ よりよく生きるための精神的な方法 怒りを理解する 関係の改善と持続 積極的な態度
 3.謝辞
第10章 がん治療後の社会生活,趣味の生活,仕事,性生活
 1.__はできるのでしょうか?
 2.がん治療は生活を変えてしまうことがあります
 3.頭頸部のがん治療後の性生活
 4.国際喉頭摘出者協会(IAL)
 5.重要なこと
付録
 付録A 喉頭がん舌がんの手術後および治療時に用いるコミュニケーションの方法
 付録B 喉頭のない人の発話
  人工喉頭
  TEシャントを使った会話
   TEシャントを作るための手術 音声の装置の手入れ 弁を使ったTEシャントによる発声の装置を装着すると手を使わないで会話ができる 食道発声
 付録C 経管栄養
  経鼻経管栄養(NG)チューブ
  経鼻経管栄養(NG)チューブの手入れ
  胃瘻(PEG)チューブ
 付録D 喉頭がん舌がん患者の嚥下
  患者さんの嚥下能力は,がん治療の影響を受けるでしょう
  嚥下機能テスト
  口から摂取される食品と液体の濃度を調整すること
  液体のとろみ食品
  半固形食,軟食,固形食
  食品調理条件の定義
  喉頭がん舌がんにおける嚥下の治療
  概要
 付録E 会話と嚥下の訓練
  口唇の運動
  舌の運動
  下顎の運動
  喉頭,部分喉頭の運動
 付録F 永久気管孔を付けた患者さんの生活
  気管チューブを付けたり外したりすること
  金属製の気管孔を清潔に保つ方法
  気管孔にスポンジ包帯を使う方法
  ネックストラップ
  気管孔の衛生
  生理食塩水を使う
  咳をして分泌物を出す
  喉頭摘出後の保湿
  ストーマカバー
  温度や湿度の変化
  シャワー
  気管チューブの抜去
  ストーマベントの使用
  窒息の恐怖
  「首で呼吸をしている人」の救急
 付録G 頭頸部のがん患者の治療後の姿勢・上肢の運動療法
  姿勢や可動性および力は常に影響を受ける
  姿勢への注意と社会生活での行動の制限
  運動について覚えておかなくてはいけないこと
  首の運動
  肩の運動
  胸筋のストレッチ
  壁を利用した首の運動
  支持のない首の運動
  力に抵抗した肩や腕の運動
  肩甲帯の運動
  上腕の運動
  呼吸
  謝辞
 付録H がんに関する情報と社会的支援
  信頼のおける医学的情報
  情報の集め方
  注意事項
 付録I 喉頭がん舌がんの治療後のよりよいコミュニケーションのための6つの秘訣
 付録J コミュニケーションチャート

 専門用語の解説
 索引