やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 食事がおいしく食べられることは健康のバロメータであり,健康を維持するためには食事は欠かせないものです.この大切な食事の摂取に困難が生じる子どもに対するリハビリテーションの目的は,機能の獲得をめざすことはもちろん,健康を維持するための栄養状態を支えることにあることはいうまでもありません.
 小児期の食事は,成長と発達の源となるだけではなく,コミュニケーションの重要な機会であることも特徴です.摂食・嚥下障害の有無にかかわらず,食事の場面はコミュニケーションの重要な「場」であり「時」でもあります.また,摂食・嚥下障害のある多くの子どもたちは,同時に言葉というコミュニケーション手段にも障害のあることが多く,その重要性はさらに増します.
 食事を摂ることは,毎日繰り返される日常的なことであるだけに,摂食・嚥下障害のある子どもに対し,機能の程度にあった食事や,機能不全を補いながら介助を行うことは大変な努力を要します.さらに,摂食・嚥下リハビリテーションを行うには,その病態,原因,全身状態を把握することから始まり,摂食・嚥下に関わる機能の発達程度や機能不全の部位をもみきわめる必要があります.医療のなかでは応用的な要素が多い領域ですが,摂食・嚥下障害のある子どもたちには,基礎疾患や合併症があることが多く,栄養や呼吸状態などを常に考慮しながら摂食・嚥下リハビリテーションを実施する必要があります.
 本書は,医師,歯科医師,看護師,言語聴覚士,理学療法士,作業療法士,栄養士,歯科衛生士,保育士,教師など,小児の摂食・嚥下リハビリテーションに関わる職種のチーム医療を意識した,共通の基盤となる知識の提供をめざしました.そのため,それぞれの専門領域の皆様にとっては,部分的にはごく常識的なところがあるかもしれません.しかしながら,チーム医療には専門的知識の寄せ集めではなく,有機的な連関のある認識が求められています.この難しくきわめて日常的な子どもたちの摂食・嚥下障害への対応について,できるだけ容易に,かつ実際の臨床に役立つように配慮しながら編集しました.本書は小児の摂食・嚥下リハビリテーションについてまとめたものですが,これらの内容は成人にも引き続くものであり,成人となった摂食・嚥下障害のある多くの人たちにも適用できるものと思われます.
 小児が成人と異なる大きな点は,成長・発達期であること,重症児が多いこと,全身状態や心理面への配慮が重要であることにあります.そしてなにより,育てる人たちの育児への温かい思いのなかで子どもは育ちます.
 摂食・嚥下リハビリテーションを担当する人はもちろん,摂食・嚥下障害に関わるすべての人が,子どもをはぐくみ育てる子育ての視点を常にもち続け,安全で,おいしく食べる楽しみを子どもたちと共有できることをめざすことがなにより大切だと思います.
 最後に,本書の出版に際しましてご協力いただきました多くの関係者および関係機関の皆様に厚く御礼申し上げます.
 2006年9月
 田角 勝
 向井美恵
 はじめに
I章 基礎知識編
 1章 小児の摂食・嚥下機能のしくみを理解しよう―成人とどう違うのか
  小児の摂食・嚥下リハビリテーションへの取り組み
  摂食・嚥下器官の形態
   Side Memo1―swallowの語源の不思議
  乳幼児の成長に伴う口腔・咽頭の形態変化
  摂食・嚥下の神経機構と脳・神経系の発達
   Aduanced1―食欲のメカニズム
  食べるための運動機能
 2章 摂食・嚥下機能はどのように発達するのか
  哺乳運動と発達
   Side Memo2―なんらかの理由で母乳で育てることが難しい母子への支援
  早産児・新生児の栄養
  口腔領域の形態成長と機能発達
  嚥下運動の発達
   Side Memo3―嚥下のいろいろ
  経口摂取の発達過程
   Side Memo4―母乳から卒乳へ
   Side Memo5―離乳食の考え方
   Side Memo6―指しゃぶりの考え方─年齢によって異なる指しゃぶりの意味あい
  咀嚼機能の発達─歯の萌出に伴う機能発達
   Side Memo7―歯の生え方と注意すべき点
  食事の自立と口腔機能
   Side Memo8―よだれ―唾液の流涎とその対応
   Side Memo9―食べられない子,飲み込めない子,かめない子
 3章 疾病のある小児の摂食・嚥下障害
  国際生活機能分類(ICF)と摂食・嚥下障害
  小児期の摂食・嚥下障害のさまざまな基礎疾患
  疾病のある小児の摂食・嚥下機能の発達
   Side Memo10―食育ー健やかな成長を願って
  摂食・嚥下障害児と合併症の管理(重症心身障害児)
  摂食・嚥下障害児の呼吸障害への対応
   Aduanced2―ドレッシング材(創傷被覆材)とは
II章 臨床編
 1章 小児の摂食・嚥下機能の検査・評価・診断
  評価・診断のしかた─臨床での診察の流れ
   Side Memo11―小児の検査時に大切なこと
  小児の摂食・嚥下障害におけるさまざまな検査法
  嚥下造影(VF)検査の実際
   Aduanced3―指示嚥下と自由嚥下
  嚥下内視鏡(VE)検査の活用法
  超音波画像診断(US)検査の活用法
  その他の摂食・嚥下機能の検査法─フードテスト・頸部聴診法
   Side Memo12―改訂水飲みテスト(MWST)・反復唾液嚥下テスト(RSST)
  誤嚥の診断・評価
  小児の誤嚥性肺炎の診断と対応
  胃食道逆流症(GERD)の検査と対策
 2章 小児の摂食・嚥下リハビリテーションの基本
  小児における摂食機能療法
  食事姿勢の基本とリハ─脳性麻痺児への対応を中心に
  食事における上肢の重要性─「自分で食べる」ことを支援する
  機能発達程度に応じた食物形態の基本と調理対応
  小児における間接訓練の実際
  小児における直接訓練の実際
 3章 小児の口腔ケア
  口腔ケアの重要性─障害児の口腔領域の発育に応じた口腔ケア
  発達に応じた口腔ケア
   Aduanced4―口腔ケアを始めましょう
 4章 小児の摂食・嚥下障害における栄養の考え方
  小児における摂食・嚥下障害とNST
   Side Memo13―子どもの成長の評価―パーセンタイル曲線とSD曲線
  栄養評価とその対応
  経管栄養法と経腸栄養剤─その特徴や注意点とは
   Aduanced5―子どもの栄養評価
   Aduanced6―小児における服薬の難しさ・困りごと
  経管栄養における薬剤投与の工夫
 5章 小児の摂食・嚥下障害と外科的対応
  胃瘻・腸瘻,胃食道逆流症に対する手術と管理
  嚥下障害に対する外科的手術と対応
 6章 小児の摂食・嚥下障害と看護の基本
  摂食・嚥下リハビリテーションにおけるリスク管理
  摂食・嚥下リハビリテーションにおける看護の現状と今後の展望
  生活における摂食・嚥下障害への支援─看護師の立場から
III章 症例提示編
 1章 小児の摂食・嚥下リハビリテーションの実際
  新生児からの摂食・嚥下リハビリテーション
   (1)未熟児(低出生体重児・早産児)の吸啜機能促進法
    Side Memo14―カンガルー・マザー・ケアとは
    Aduanced7―低出生体重児の栄養
   (2) 哺乳障害児への訓練・指導
  脳性麻痺を中心とした重症心身障害児の摂食・嚥下障害
  染色体異常,奇形症候群と摂食・嚥下障害
   (1)Down症候群と摂食・嚥下障害
   (2) Prader-Willi症候群に代表されるフロッピーインファントと
    摂食・嚥下障害
    Side Memo15―障害をもつ子どもの家族へ
   (3)Cornelia de Lange症候群などの拒食を主症状とした障害
  筋疾患と摂食・嚥下障害─Duchenne型筋ジストロフィーを中心に
  形態異常を伴う疾患と摂食・嚥下障害
   (1)口唇・顎・口蓋裂などの形態異常を伴う疾患と摂食・嚥下障害
   (2)Pierre Robin症候群など小顎や舌根沈下を伴いやすい疾患の摂食・嚥下障害
   (3)機能障害による二次的形態異常と摂食・嚥下障害
  知的障害(精神発達遅滞)を伴う摂食・嚥下障害
  自閉症と摂食・嚥下障害
  機能障害のない摂食・嚥下障害─栄養過剰による医原性の経管栄養症の例
  呼吸障害を伴う摂食・嚥下障害(重症心身障害児)
  誤嚥性肺炎と摂食・嚥下障害
  胃食道逆流を伴う摂食・嚥下障害
  外科疾患(食道閉鎖症)と摂食・嚥下障害
  薬剤と摂食・嚥下障害
 2章 小児の摂食・嚥下障害への支援
  チーム医療・連携医療を成功させるために
   Side Memo16―子どもの動機づけ・行動変容を促すための支援とは
  医療の連携と役割
   (1)摂食機能向上委員会の活動と看護師の役割
   (2)地域診療所における摂食・嚥下障害への対応─摂食拒否による経管栄養依存症の例
   (3)地域障害児歯科センターにおける摂食・嚥下障害への対応─札幌歯科医師会口腔医療センターにおける取り組み
   (4)通園施設における摂食・嚥下障害への支援─保育スタッフの立場から他職種スタッフとの連携について
   (5)教育現場における摂食・嚥下障害への支援─養護学校教諭の立場から
   (6)教育現場における摂食・嚥下障害への支援─歯科医師の立場から

 文献紹介
 索引