はじめに
近年の歯科材料と技術の著しい進歩によって,補綴診療における従来からのさまざまな課題は次々とクリアされてきたように思われる.パーシャルデンチャーに関しても例外ではない.口腔内の過酷な使用に耐えうる耐久性,生物学的にも物理・化学的にも口腔内組織に為害作用を示さない生体適合性,さらに顎堤や残存歯の変化に追従するための修理の技術,メインテナンスと術後管理の手法など,技術の進歩による恩恵は少なくない.
一方,なお残された課題として,口腔に調和したパーシャルデンチャーをいかに設計するかという点がある.顎口腔系に調和し,粘膜や残存歯に傷害を与えず,咀嚼機能を長期にわたって維持することのできるパーシャルデンチャーを設計することは,依然として容易ではない.
優れた義歯を設計するためには,噛み合うとはどういうことかを良く理解しておかなければならない.歯に咬合力が負荷され,その刺激は咀嚼筋にさまざまな作業を指令する.噛み切るもの,噛み砕くもの,噛みつぶすものと多様である.つまり,食物の性状により咀嚼のリズム,すなわち咬合力の大きさ,咀嚼運動の速さ,開口量や側方移動量など顎の運動域が決まる.食物性状が大きいものから小さいものへ,硬いものから軟らかいものへ変化するとともに咀嚼のリズムも変化する.
ここで注目しなければならない点は,咀嚼の生理的な調整が主として歯根膜の感覚によって行われることである.パーシャルデンチャーを装着している人はこれに顎堤粘膜の感覚も加わるが,歯根膜と顎堤粘膜とでは閾値のオーダーに大きな差がある.咬合力を負担する歯(歯根膜)と顎堤粘膜には感覚,すなわち生理的応答の違いがあり,次いで機能力下における両者の被圧変位量,すなわち力学的応答の違いがある.パーシャルデンチャーの回転や破損によって,歯や顎堤粘膜を痛めたりするのは,歯と顎堤粘膜の力学的応答の違いが原因である.
パーシャルデンチャーの動きは,欠損形態,歯や顎堤の状態,さらには対合歯により大きな影響を受ける.パーシャルデンチャーの維持・支持・安定の源である残存歯と顎堤粘膜,その両者の生理的・力学的な応答の違いを踏まえたうえで,可及的に義歯の動きを小さく,特にこれらに危害を加える回転の動きを抑える工夫を,パーシャルデンチャーの設計に導入することが重要である.
残存組織を痛めない,良く噛めるパーシャルデンチャーは,機能時に回転しにくい構造を持っている.この考えに基づき,本書ではパーシャルデンチャーの回転の動きをいかにして抑えるかという観点に基づいたデザイン理論を展開した.このデザイン方法に基づくことで,多くの,あるいは必要以上に複雑な維持装置を使わずに,シンプルで患者さんに喜ばれるパーシャルデンチャーがデザインできる.
本書の構成は,経験のある歯科医師だけでなく,現在補綴学の授業や臨床実習に取り組んでいる学生諸君にも内容が無理なく理解できるよう図と写真をできるだけ多く用いた.また,本文とは別に「詳説」,「Research」,「コラム」を独立した項目として挿入した.「詳説」では本文の解説をより掘り下げた内容を,「Research」は,パーシャルデンチャーのさまざまなデザイン原則を実験的に検証した論文の抜粋で,原著の多くは英文であるが,原著者自身が本書のために日本語の要旨に書き下ろした.「コラム」は本文の内容と直接関係しないものの,興味深い関連事項について解説したものである.また,デザイン原則の解説だけでなくパーシャルデンチャーの典型的な診療ステップも紹介した.
本書を手に取られた読者すべてが,パーシャルデンチャーのデザインについての知識と考え方を無理なく理解し,実践で生かせるならば望外の喜びである.
2005年8月10日 大山喬史
近年の歯科材料と技術の著しい進歩によって,補綴診療における従来からのさまざまな課題は次々とクリアされてきたように思われる.パーシャルデンチャーに関しても例外ではない.口腔内の過酷な使用に耐えうる耐久性,生物学的にも物理・化学的にも口腔内組織に為害作用を示さない生体適合性,さらに顎堤や残存歯の変化に追従するための修理の技術,メインテナンスと術後管理の手法など,技術の進歩による恩恵は少なくない.
一方,なお残された課題として,口腔に調和したパーシャルデンチャーをいかに設計するかという点がある.顎口腔系に調和し,粘膜や残存歯に傷害を与えず,咀嚼機能を長期にわたって維持することのできるパーシャルデンチャーを設計することは,依然として容易ではない.
優れた義歯を設計するためには,噛み合うとはどういうことかを良く理解しておかなければならない.歯に咬合力が負荷され,その刺激は咀嚼筋にさまざまな作業を指令する.噛み切るもの,噛み砕くもの,噛みつぶすものと多様である.つまり,食物の性状により咀嚼のリズム,すなわち咬合力の大きさ,咀嚼運動の速さ,開口量や側方移動量など顎の運動域が決まる.食物性状が大きいものから小さいものへ,硬いものから軟らかいものへ変化するとともに咀嚼のリズムも変化する.
ここで注目しなければならない点は,咀嚼の生理的な調整が主として歯根膜の感覚によって行われることである.パーシャルデンチャーを装着している人はこれに顎堤粘膜の感覚も加わるが,歯根膜と顎堤粘膜とでは閾値のオーダーに大きな差がある.咬合力を負担する歯(歯根膜)と顎堤粘膜には感覚,すなわち生理的応答の違いがあり,次いで機能力下における両者の被圧変位量,すなわち力学的応答の違いがある.パーシャルデンチャーの回転や破損によって,歯や顎堤粘膜を痛めたりするのは,歯と顎堤粘膜の力学的応答の違いが原因である.
パーシャルデンチャーの動きは,欠損形態,歯や顎堤の状態,さらには対合歯により大きな影響を受ける.パーシャルデンチャーの維持・支持・安定の源である残存歯と顎堤粘膜,その両者の生理的・力学的な応答の違いを踏まえたうえで,可及的に義歯の動きを小さく,特にこれらに危害を加える回転の動きを抑える工夫を,パーシャルデンチャーの設計に導入することが重要である.
残存組織を痛めない,良く噛めるパーシャルデンチャーは,機能時に回転しにくい構造を持っている.この考えに基づき,本書ではパーシャルデンチャーの回転の動きをいかにして抑えるかという観点に基づいたデザイン理論を展開した.このデザイン方法に基づくことで,多くの,あるいは必要以上に複雑な維持装置を使わずに,シンプルで患者さんに喜ばれるパーシャルデンチャーがデザインできる.
本書の構成は,経験のある歯科医師だけでなく,現在補綴学の授業や臨床実習に取り組んでいる学生諸君にも内容が無理なく理解できるよう図と写真をできるだけ多く用いた.また,本文とは別に「詳説」,「Research」,「コラム」を独立した項目として挿入した.「詳説」では本文の解説をより掘り下げた内容を,「Research」は,パーシャルデンチャーのさまざまなデザイン原則を実験的に検証した論文の抜粋で,原著の多くは英文であるが,原著者自身が本書のために日本語の要旨に書き下ろした.「コラム」は本文の内容と直接関係しないものの,興味深い関連事項について解説したものである.また,デザイン原則の解説だけでなくパーシャルデンチャーの典型的な診療ステップも紹介した.
本書を手に取られた読者すべてが,パーシャルデンチャーのデザインについての知識と考え方を無理なく理解し,実践で生かせるならば望外の喜びである.
2005年8月10日 大山喬史
Chapter 1 序章
1.パーシャルデンチャーの役割
はじめに
欠損歯列と口腔の機能
・咀嚼障害
・発音障害
・嚥下障害
・感覚障害
・審美障害
2.パーシャルデンチャーの咬合力
天然歯の咬合力
義歯の咬合力
3.遊離端義歯の動き
歯と粘膜の被圧変位量
義歯床の動き
・垂直移動
・垂直性遠心回転
・水平移動
・水平性遠心回転
・近遠心移動
・頬舌回転
Column コラム 知覚閾と識別閾
Chapter 2 症例から考えるパーシャルデンチャーの設計
1.金属床による遊離端義歯の設計
Case1―片側遊離端欠損→両側性義歯
I.下顎症例
A.レスト
詳説1:レストの形態と機能について再考する
B.維持力のない間接維持装置
C.直接維持装置
・バックアクションクラスプの形態と適応症
・窓開け型とメタルアップ型の設計
・バックアクションクラスプの利点
詳説2:さまざまな鋳造クラスプ
詳説3:クラスプの維持力
詳説4:クラスプに用いる金属
D.維持力のある間接維持装置
・双子鉤
E.マイナーコネクター
F.剛性のあるメジャーコネクター
・下顎メジャーコネクターの設計
詳説5:フィニッシュラインの設計
・補足症例:遊離端欠損の反対側に中間欠損のある症例
II.上顎症例
・補足症例:遊離端欠損の反対側に中間欠損のある症例
上顎メジャーコネクターの種類
Research-1 レストと歯周組織の応力
Research-2 リンガルバーの断面とたわみ強さ
Research-3 強固なメジャーコネクターが必要である理由
Case2 ―両側遊離端欠損→両側性義歯
I.上顎症例
II.下顎症例
Case3 ―片側遊離端欠損→片側性義歯
I.下顎症例
1―窓開け型の設計
片側性遊離端義歯
・設計の概要
・舌側アンダーカットを活用する
・シンプルな設計
・どんなときに模型を傾けるのか
2―エンブレジャーフックを犬歯近心に設置する設計
3―3歯欠損の設計
4―舌側メタルアップの設計
II.上顎症例
1―窓開け型の設計
2―口蓋側メタルアップの設計
Research-4 片側性義歯の維持力のメカニズム
Column コラム 咬合調整の実際
Case4 ―片側少数歯残存症例
片側残存症例の設計
2.レジン床による遊離端義歯の設計
Case5―片側遊離端欠損→両側性義歯
補強線の設計
ワイヤークラスプ
Research-5 補強線の設置位置に関する考察
Case6―両側遊離端欠損→両側性義歯
下顎両側遊離端義歯のための咬合採得
補強線の埋入
・補足症例:前歯部にクラスプを設置しなかった症例
Research-6 咬合採得時の再現性と咬合採得材の比較
Research-7 咬合採得時の咬みしめ強度
Case7―片側遊離端欠損→片側性義歯
1―鋳造バックアクションクラスプ
2―ワイヤーバックアクションクラスプ
補強線,レスト,フック
・補足症例:両側遊離端欠損→2つの片側性義歯
3.前歯義歯の設計
Case8―上顎前歯欠損に対する義歯
前歯部人工歯排列と発音
詳説6:義歯床の研磨面形態と発語機能
Research-8 前歯部の水平被蓋が発語機能に及ぼす影響
Column コラム パーシャルデンチャーと味覚
・補足症例:外傷による上下顎の前歯部欠損
4.最新の研究に基づいた設計
Case9―チタン床義歯
チタン合金をメタルフレームに用いる場合の配慮
Research-9 チタン合金によるメジャーコネクターの補強形態
Research-10 上顎メジャーコネクターの装着感評価
Research-11 チタン合金鋳造クラスプの疲労特性
Case10―半咬頭義歯
半咬頭臼歯による義歯周囲組織への負担の軽減
短縮した人工歯排列と咀嚼能率
Research-12 咬合接触部位が支台歯の動きに及ぼす影響
Research-13 臼歯部人工歯列の近遠心径と咀嚼能率
Chapter 3 臨床ステップとパーシャルデンチャーの製作
1.診査と診断
2.概形印象とスタディモデル
3.精密印象
4.サベイングと設計線表記
5.咬合採得
6.メタルフレーム製作
7.メタルフレーム試適と咬合採得
8.人工歯排列と歯肉形成
9.前歯部人工歯の排列試適
10.義歯完成
11.義歯装着とメインテナンス
1.パーシャルデンチャーの役割
はじめに
欠損歯列と口腔の機能
・咀嚼障害
・発音障害
・嚥下障害
・感覚障害
・審美障害
2.パーシャルデンチャーの咬合力
天然歯の咬合力
義歯の咬合力
3.遊離端義歯の動き
歯と粘膜の被圧変位量
義歯床の動き
・垂直移動
・垂直性遠心回転
・水平移動
・水平性遠心回転
・近遠心移動
・頬舌回転
Column コラム 知覚閾と識別閾
Chapter 2 症例から考えるパーシャルデンチャーの設計
1.金属床による遊離端義歯の設計
Case1―片側遊離端欠損→両側性義歯
I.下顎症例
A.レスト
詳説1:レストの形態と機能について再考する
B.維持力のない間接維持装置
C.直接維持装置
・バックアクションクラスプの形態と適応症
・窓開け型とメタルアップ型の設計
・バックアクションクラスプの利点
詳説2:さまざまな鋳造クラスプ
詳説3:クラスプの維持力
詳説4:クラスプに用いる金属
D.維持力のある間接維持装置
・双子鉤
E.マイナーコネクター
F.剛性のあるメジャーコネクター
・下顎メジャーコネクターの設計
詳説5:フィニッシュラインの設計
・補足症例:遊離端欠損の反対側に中間欠損のある症例
II.上顎症例
・補足症例:遊離端欠損の反対側に中間欠損のある症例
上顎メジャーコネクターの種類
Research-1 レストと歯周組織の応力
Research-2 リンガルバーの断面とたわみ強さ
Research-3 強固なメジャーコネクターが必要である理由
Case2 ―両側遊離端欠損→両側性義歯
I.上顎症例
II.下顎症例
Case3 ―片側遊離端欠損→片側性義歯
I.下顎症例
1―窓開け型の設計
片側性遊離端義歯
・設計の概要
・舌側アンダーカットを活用する
・シンプルな設計
・どんなときに模型を傾けるのか
2―エンブレジャーフックを犬歯近心に設置する設計
3―3歯欠損の設計
4―舌側メタルアップの設計
II.上顎症例
1―窓開け型の設計
2―口蓋側メタルアップの設計
Research-4 片側性義歯の維持力のメカニズム
Column コラム 咬合調整の実際
Case4 ―片側少数歯残存症例
片側残存症例の設計
2.レジン床による遊離端義歯の設計
Case5―片側遊離端欠損→両側性義歯
補強線の設計
ワイヤークラスプ
Research-5 補強線の設置位置に関する考察
Case6―両側遊離端欠損→両側性義歯
下顎両側遊離端義歯のための咬合採得
補強線の埋入
・補足症例:前歯部にクラスプを設置しなかった症例
Research-6 咬合採得時の再現性と咬合採得材の比較
Research-7 咬合採得時の咬みしめ強度
Case7―片側遊離端欠損→片側性義歯
1―鋳造バックアクションクラスプ
2―ワイヤーバックアクションクラスプ
補強線,レスト,フック
・補足症例:両側遊離端欠損→2つの片側性義歯
3.前歯義歯の設計
Case8―上顎前歯欠損に対する義歯
前歯部人工歯排列と発音
詳説6:義歯床の研磨面形態と発語機能
Research-8 前歯部の水平被蓋が発語機能に及ぼす影響
Column コラム パーシャルデンチャーと味覚
・補足症例:外傷による上下顎の前歯部欠損
4.最新の研究に基づいた設計
Case9―チタン床義歯
チタン合金をメタルフレームに用いる場合の配慮
Research-9 チタン合金によるメジャーコネクターの補強形態
Research-10 上顎メジャーコネクターの装着感評価
Research-11 チタン合金鋳造クラスプの疲労特性
Case10―半咬頭義歯
半咬頭臼歯による義歯周囲組織への負担の軽減
短縮した人工歯排列と咀嚼能率
Research-12 咬合接触部位が支台歯の動きに及ぼす影響
Research-13 臼歯部人工歯列の近遠心径と咀嚼能率
Chapter 3 臨床ステップとパーシャルデンチャーの製作
1.診査と診断
2.概形印象とスタディモデル
3.精密印象
4.サベイングと設計線表記
5.咬合採得
6.メタルフレーム製作
7.メタルフレーム試適と咬合採得
8.人工歯排列と歯肉形成
9.前歯部人工歯の排列試適
10.義歯完成
11.義歯装着とメインテナンス











