やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文
 本書は,財団法人ライオン歯科衛生研究所設立40周年記念事業のひとつとして企画され,主題を『歯周病と全身の健康を考える』として国内外の研究者に執筆をお願いし編集したものです.
 2000年4月に「健康日本21」がスタートし,それが法制化されて健康増進法として昨年の5月に施行されました.「健康日本21」では,『栄養・食生活』『身体活動・運動』『休養・こころの健康づくり』『たばこ』『アルコール』『糖尿病』『循環器病』『がん』と並んで『歯の健康』も取り上げられ,健康寿命を延ばし,国民が健やかでこころ豊かに生活できる活力ある社会を築くために,疾病の早期発見や治療にとどまらず,積極的に健康を増進して疾病を予防する一次予防に重点をおいた施策が推進されています.また,これまでの成人病の概念は,対象疾患を広げて生活習慣病と呼ばれるようになり,歯周病は心疾患,脳血管疾患,糖尿病などと並んで生活習慣病として位置づけられています.そのため,歯周病が全身の健康にどのような関わりを持つかについて科学的に論じていく必要があります.
 もともと口腔は全身の一部であり,どんな歯科疾患であっても何らかの関わりを社会,全身,日常生活,精神状況などと有していることは,明らかなことでありました.しかし,私たち歯科関係者があまりミクロの精度やスキルにこだわるあまり,この自明な前提から遊離して歩んできた傾向があるのではないでしょうか.近年,歯周病が全身の健康に影響するという研究が数多く報告されるようになり,歯周病はその影響が口腔組織に限定されるという概念から,全身に影響を与える可能性が科学的根拠を持って指摘されるようになっています.
 これはペリオドンタルメディスンという新しい概念であり,『歯周病に医学的根拠を持って予防や治療をしたり,歯周病がどのように全身的な状態に影響するか,さらには全身的な状態が歯周組織にどのように関わるかを研究すること』とされています.この用語はとりあえず科学的根拠が蓄積しつつある歯周病学の領域だけにとどまっていますが,間違いなく口腔疾患を取り扱うあらゆる歯科医学の領域で提唱されるべきと思います.つまり,この概念が確立することにより,自分自身の歯を残存させることは,口腔の機能維持という面でのみとらえることではなく,全身の健康管理という観点からもとらえられるようになります.
 本書は,I章(歯周病とはどんな病気?),II章(歯周病とリスクファクターおよび全身疾患・全身状態との関連性),III(歯周病をどう克服するか―歯周病ケアの技術と実践)からなり,それぞれのパートでEBM(evidence based medicine)に基づく最新の情報をまとめ,新しい健康科学への架け橋になるよう編集しました.
 本書が,歯科専門家,特に一般開業医を含む歯科臨床医や歯科衛生士に分かりやすい専門書として役立ち,日常の業務の傍ら参考となる座右の書となるとともに,今後新たな歯科医学の発展の端緒になれば幸いです.
 本書をまとめるに当っては,医歯薬出版株式会社の多大なる協力を得ました.ここに心から感謝の意を表する次第です.
 平成16年10月
 編集委員一同
歯周病と全身の健康を考える――新しい健康科学への架け橋 目次

序文
用語について
第I章 歯周病とはどんな病気?
 1.歯周病の疾病史
  ・古くて新しい病気―現代の歯周病(長谷川紘司)
   A 感染症である歯周病
   B バーストが起こり進行する歯周炎
   C 生活習慣病としての歯周病
   D 全身の健康と強く関わる歯周病
  ・歯周病の歴史(竹原直道)
   A 古人骨にみる歯周炎
   B 弥生人の歯周炎
   C 根面う蝕は歯周炎の継発症
   D スシュルタサンヒターに記載された歯周病診断
   E 「病草紙」に描かれた歯周病
 2.健康な歯と歯周組織
  ・健康な歯と口腔の役割(花田信弘)
   A 口腔の社会的な機能
   B 口腔と身体的機能
  ・健康な歯周組織(下野正基)
   A 歯肉
   B 歯根膜(歯周靱帯)
   C 歯槽骨
   D セメント質
 3.口腔のミクロコスモス
  ・歯周病細菌と歯周病の関係―歯周病細菌の EBM(島内英俊)
   A 歯周病細菌の条件
   B 歯周病細菌に関する最新のエビデンス
   C 歯周病細菌はどこからきて,そしてどのように伝播していくのか
  ・口腔細菌の感染の仕組み(奥田克爾)
   A ペリクルによる付着誘導
   B 付着機序
   C バイオフィルム形成
   D 歯周ポケット内細菌
   E 歯周ポケット内細菌の病原性
   F 歯周病細菌の細胞侵入
   G 歯周病細菌の熱ショックタンパク
  ・バイオフィルム感染症としての歯周病(森嶋清二・恵比須繁之)
   A バイオフィルムとは
   B 口腔内のバイオフィルム
   C バイオフィルム感染症としてとらえた歯周病
   D バイオフィルム感染症に対する新しい戦略
 4.生体の防御機構はどう働くか
  ・歯周病細菌への生体の応答(村上伸也)
   A 組織生体に起こる免疫応答の役割
   B サイトカインの役割
  ・歯周炎の発症と生体防御はどのように関わるか(野口和行・石川 烈)
   A 歯周炎の宿主因子,環境因子
   B なかなか発症しない人,急速に進行する人の違いは?
  ・LPSによる歯槽骨吸収の分子メカニズム(宇田川信之・佐藤信明・野口俊英・高橋直之)
   A 歯槽骨破壊に関与するリポ多糖(LPS)
   B 破骨細胞形成の分子機構
   C LPSによる破骨細胞分化誘導作用:OPG発現抑制の重要性
   D MyD88 は LPS誘導性の破骨細胞分化に必須である
   E 破骨細胞に対する LPSの直接作用
   F MyD88 遺伝子欠損マウスは骨粗鬆症(osteopenia)を呈する
 5.歯周病の疫学から何がわかるか
  ・歯周病の記述疫学(宮崎秀夫)
   A 歯周病の診査法
   B ライフステージ別にみた歯周病の実態
   C 日本人は歯周病が多い? 少ない?
   D 永久歯の喪失原因は
  ・歯周病の分析疫学(古市保志)
   A 分析疫学と歯周病
   B いろいろな歯周病の進行仮説,連続進行仮説,バースト仮説
   C 歯周病は生活習慣病,それとも感染症か
第II章 歯周病のリスクファクターおよび全身疾患・全身状態との関連性
 1.ペリオドンタルメディスン―新しい歯周病の捉え方
  ・歯周病のリスクファクターと全身疾患(伊藤正満・三谷章雄・小出雅則・田中繁寿・野口俊英)
   A 歯周病のリスクファクター:全身的因子,環境的因子
   B 歯周病と全身疾患の関係
   C ペリオドンタルメディスンとは
 2.歯周病のリスクファクター
  ・喫煙は歯周病の最大のリスクファクターといえるか(雫石 聰・永田英樹)
   A 日本の喫煙の実態
   B 喫煙と歯周病との関連性
   C 喫煙が歯周病を増悪するメカニズム
   D 喫煙が関連する歯周病の臨床的特徴
   E 喫煙者の歯周治療
   F 歯周病予防・治療のための禁煙の重要性
  ・肥満は歯周病にいかに影響するか(齋藤俊行)
   A 肥満の指標と定義
   B 肥満の現状
   C 肥満と歯周病の関連
   D 肥満が歯周病を引き起こすと考えられるメカニズム
  ・歯周病と骨粗鬆症の関係をめぐって(稲垣幸司・野口俊英・Elizabeth A.Krall)
   A 骨粗鬆症とは
   B 骨粗鬆症と歯周病の関係
   C 骨粗鬆症と歯周病に関連するメカニズム
   D 骨粗鬆症治療の口腔への影響
  ・ストレスと歯周病の関連(吉成伸夫・杉石 晋・野口俊英)
   A ストレス
   B ストレスと歯周病
  ・食生活・栄養と歯周病(葭原明弘)
   A 生活習慣病と歯周病
   B 歯周病と栄養
   C 歯の喪失と栄養
  ・ドライマウスは歯周病にどのような影響を与えるのか(西原達次)
   A ドライマウスの定義と病態
   B ドライマウスの発現頻度
   C ドライマウスの原因
   D ドライマウスの診査法と対応方法
   E 歯周病のリスクファクターとしてのドライマウス
   F ドライマウスを考慮した歯周病予防
  ・咬合・咀嚼は歯周病にどのような影響を与えるのか(池田雅彦)
   A 歯周病に関連する咬合要因
   B 咬合機能の改善と歯周病
   C 咀嚼機能と歯周病
  ・遺伝が歯周病に関わる仕組みは何処までわかっているか(小林哲夫・吉江弘正)
   A 歯周病の感受性に関わる遺伝子
   B 遺伝と歯周病
   C 遺伝子解析に関する将来展望
 3.歯周病が全身の健康に及ぼす影響
  ・歯周病と糖尿病の関連性―その新しい捉え方(河野隆幸・西村英紀)
   A 急激に増加している糖尿病
   B 歯周病と糖尿病の関連性(疫学・臨床研究レビュー)
   C 考えられるメカニズム
   D 糖尿病患者の歯周治療
  ・歯周病と心臓血管疾患の関連性(吉成伸夫・野口俊英)
   A 三大死因と心臓血管疾患
   B 心臓血管疾患と歯周病の疫学的関連性
   C 考えられるメカニズム
  ・歯周病と呼吸器疾患の関連性(米山武義)
   A 高齢者と呼吸器疾患
   B 歯周病と呼吸器疾患の関連性
   C 口腔ケアによる呼吸器疾患の予防効果
  ・歯周病が出産に及ぼす影響を探る(和泉雄一・長谷川 梢・古市保志)
   A 早期低体重児出産
   B 歯周病と早期低体重児出産の関連性
   C 歯周病の早期低体重児出産への関与のメカニズム
  ・女性における口腔疾患と全身疾患との関係(Marjorie K.Jeffcoat 翻訳:稲垣幸司・野口俊英)
   A 歯周病は早産のリスクファクターであるか
   B 骨粗鬆症と歯周病との間に関連性はあるのか
  ・急性歯性感染症の原発病巣としての歯周ポケット(長田恵美・伊藤博夫)
   A 感染性心内膜炎とは
   B 感染性心内膜炎の起因微生物
   C 歯周病と菌血症との関連性
   D 歯科治療と感染性心内膜炎の予防
   E 口腔保健の重要性
  ・口臭と歯周病の関連性(石川正夫・渋谷耕司)
   A 口臭の定義と分類
   B 口臭の成分と発生
   C 口臭と歯周病の関係
 4.口腔機能とQOL
  ・脳機能に及ぼす咀嚼の役割(渡邊和子・藤田雅文・小野塚実)
   A 神経解剖学からみた咀嚼と高次脳機能
   B 脳の知的機能における咀嚼の役割
  ・高齢障害者の口腔状態と障害との関係(才藤栄一・鈴木美保・園田 茂・坂井 剛・加藤友久)
  ・研究1:リハビリテーション入院患者の口腔状態と治療必要性(横断的研究)
  ・研究2:高齢障害者に対する歯科治療介入研究(1)前・後比較研究
  ・研究3:高齢障害者に対する歯科治療介入研究(2)ランダム化比較試験
  ・総括
第III章 歯周病をどう克服するか-歯周病ケアの技術と実践
 1.歯周病の予防
  ・ライフステージと「健康日本21」(花田信弘)
   A 加齢と口腔機能
   B 診断マーカー
   C 歯周病の危険因子
   D 歯周病の予防管理の新しい動き
  ・セルフケア,プロフェッショナルケア,コミュニティケアの概論(眞木吉信)
   A 歯周病に対する予防のレベル
   B 歯周病の予防にあたって考慮すべきこと
   C 場に応じた歯周病の予防方法
   D 歯周病の予防を考える前に
  ・セルフケアによる歯周病予防―物理的コントロール(伊藤公一)
   A セルフケアの必要性
   B 物理的コントロールの有効性(臨床研究レビュー)
   C 今後の展望
  ・セルフケアによる歯周病予防―化学的コントロール(柴崎顕一郎・山崎洋治)
   A 化学的コントロールの位置づけ
   B 化学的コントロールの有効性
   C 今後の展望
  ・プロフェッショナルケアによる歯周病予防の技術と実践(小関健由)
   A プロフェッショナルケアの重要性
   B プロフェッショナルケアの手法
   C プロフェッショナルケアの技術・テクニック
   D プロフェッショナルケアの有効性
   E 今後の展望
  ・コミュニティケアによる歯周病予防(瀧口 徹)
   A 現在の歯科保健の歯周疾患への取り組み―既存の各保健関連法規に基づく歯科健診
   B 歯科保健政策の新たな潮流と歯周疾患対策の課題
  ・歯周病予防とヘルスプロモーション(白田千代子・長谷川紘司)
   A 歯周病予防におけるヘルスプロモーションとは
   B セルフケア・プロフェッショナルケア・コミュニティケアとヘルスプロモーション
   C かかりつけ歯科医院とヘルスプロモーション
 2.標準的な歯周治療
  ・原因除去療法としての歯周基本治療(内藤 徹・横田 誠)
   A 対症療法から原因除去療法へ
   B 歯肉縁上プラークコントロールの効果
   C 歯肉縁下インストゥルメンテーションの効果
   D 超音波/音波と手用スケーラーによるスケーリングの成績
   E 非外科的歯周治療の長期的な成績
   F 原因除去療法の効果の検討に関わる問題点
  ・歯周治療における化学療法(福田光男・野口俊英)
   A 歯周治療における化学療法の位置づけ
   B 化学療法
  ・外科的歯周治療(鴨井久一・伊藤 弘)
   A 外科的治療法の有効性
   B 長期的予後に関する外科的治療法と非外科的治療法の比較
  ・再生療法(山田 了)
   A GTRの臨床成績
   B 骨移植および骨補填に対する臨床効果
   C GTRの長期的予後
  ・メインテナンス(宮治裕史・川浪雅光)
   A SPTの有効性
   B SPTで何をすべきか
   C SPTのためのリコール間隔
 3.将来の歯周病予防・治療の展望
  ・将来の歯周病予防のあり方(祖父江尊範・林 潤一郎・川瀬仁史・野口俊英)
   A 遺伝子診断に基づく早期予防の徹底
   B 歯周病検診の法制化
  ・歯周治療における現代の薬物療法(Oren I.Weiss・Jack G.Caton 翻訳:長谷川紘司)
   A 歯周ポケット内への抗菌剤の投与
   B 宿主応答の調節
  ・21世紀の歯周治療の展望(Michael K.McGuire 翻訳:小林 誠・長谷川紘司)
   A 来院患者の将来的変化
   B 情報化に伴う歯周治療の変化
   C ティッシュエンジニアリングがもたらす歯周治療の進歩
   D 歯の発生学の進歩への期待
   E 臨床家としてわれわれは今,何をすべきか
  ・高度再生医療への期待―幹細胞システムの活性化による歯周組織再生療法の確立(小林 誠・長谷川紘司)
   A 再生医療に向けた幹細胞研究の動向
   B 幹細胞を歯周組織再生へ応用するにあたり検討すべき課題
   C 幹細胞システムの活性化による確実な歯周組織再生療法の確立に向けての課題と将来展望
索引