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歯科補綴学専門用語集の発刊に寄せて

 この度,日本補綴歯科学会は用語検討委員会を中心として,歯科補綴学ならびに関連用語について整理を行い,共通の土俵で補綴学を考えることのできる用語集を出版する運びとなりました.
 数千語に及ぶ補綴学用語から厳選し,専門用語として用いられるものを明確に解説を加えた編集業務の影には,十数年に及ぶ用語検討委員会ならびに関係各位の幾多の労力が秘められております.
 言葉は現実社会の鏡でもあり,文化,教養を高めるためのツールでもあります.同様に,補綴学の発展には用語の整合性が必須であり,それが達成された時に専門性が発揮されることになると信じます.補綴用語も新しい言葉が生まれるまでには多くの研究と医療の長い歴史があり,おいそれと整えることは至難の業です.特に訳語に至っては全能の指揮官の息のかかった用語を変更しようとしても,なかなかうまく変えることができず,一見あきらめムードさえ感じる場面もありました.また,用語の中には未消化どころか,噛み(いや失礼咬み)砕かれていないまま医療現場に浸透したものもあり,地球規模(Globalization)の学術交流の叫ばれる今日に至っても,感覚的に統一見解を得るのが難しいのが現状です.したがって,未だ多くの整合性の不十分な箇所も多くみられるものと推察されます.
 今回,簡にして要を得た日本語をモットーに手際良く整理することができたのも偏に用語検討委員会委員長田中貴信教授のリーダーシップの元で,委員会各位のご努力により達成されたものと敬意を表します.
 今後の発展に向けて学会員諸氏の御批判と御指導を賜れば幸いと存じます.
 最後になりますが,本学会員ならびに委員会諸氏の御援助と御努力に対し,厚く御礼申し上げます.
 平成13年2月 日本補綴歯科学会 会長 田中久敏



 日本補綴歯科学会において,歯科補綴専門用語の検討は発会当初より随時試みられてきたであろうが,現在のような用語検討委員会が組織され,総合的な用語の整理が始まったのは,昭和59年の三谷春保委員長下の第一期用語検討委員会としての活動が端緒である.それ以降に限っても,本件に関しては実に長期間,幾多の先人の多大なエネルギーが注がれてきたことになる.
 これらの委員会のご努力の結晶として選別された膨大な数の歯科補綴関係用語は,山下 敦委員長により「中間報告」として,また,それを引き継いだ坂東永一委員長により「用語集資料」として,それぞれ会員に提示された.それらの経緯と我々を取り巻く昨今の社会環境を考慮して,本委員会は,今こそ専門学会としての責任の下に編纂され,実用性も備えた「専門用語集」が必要であると考え,新用語集としての具体的内容について検討してきた.この機会に,あるいは性急に,またあるいは強引に,我々なりに具体的な一つの形を提示して,今後はそれを骨子として本学会の用語集を順次充実させてゆくことが最良であろうと判断したものである.特に今回は,これまでのように単なる学会の内輪の資料に留めず,日本補綴歯科学会の公式見解として,広く世に公表することとした.幸い医歯薬出版(株)のご協力も得て,一般書籍として立派な体裁で刊行できたことは,委員一同にとっても望外の喜びである.
 本書が末永く諸兄の座右に置かれ,日々ご活用戴けることを心から願うものである.
 本用語集出版に関して,本用語検討委員会における編纂作業の大筋は以下の通りである.
 1)用語の整理
 一般的に用語集の類はその語彙数を誇る傾向がある.あたかも,それがその専門分野のレベルの高さを表示するが如き評価をする者もいる.しかし,たとえ我々が専門的な意味を有しない用語をどのように整理しようとも無意味である.また,用語は所詮符号であり,コミュニケーションの手段に過ぎない.国文学者でもない我々にとっては,用語そのものに意味があるのではなく,それを用いて何を伝えるかが重要である.さらに,複雑怪奇な専門用語は学術活動にとってマイナスでこそあれ,その益するところは少ない.今我々に必要なものは,高度な学術情報を誤解なく伝達できる,簡便な専門用語である.
 このような基本理念に基づいて,本委員会の最初の作業は,関係用語の分類に主眼を置いた.先ず,たとえ我々の臨床・研究現場で頻用される用語であっても,特別な解説を必要とせず,誰にでも正しく理解されるはずの用語は,一般用語として専門用語のリストから削除した.次に,解剖用語,保存・矯正用語などは,それぞれの専門学会の責任において管理されるべきものとして,歯科補綴専門用語からは除いた.さらに,多くの材料関係の用語もまた,歯科理工学会などの判断に委ねるべきであると判断した.
 要するに,本用語集での掲載用語は,日本補綴歯科学会として責任を持てるもの,あるいは責任を負うラきものに限定した,と言うことである.結果として,本用語集には主項目として719語を採用したが,当学会にとっては現時点が未だ専門用語の整理期であることを考慮して,過去の本学会用語集に掲載された約3,000語の用語についても,そのすべてを索引欄に掲載した.
 2)同義語の整理
 たとえば文学の世界では,微妙な季節の移ろいの様相などを多様に表現することが評価される.また,同じ表現の繰り返しは退屈であると批判される.しかし,自然科学の分野では,そのようなデリケートな表現はむしろ有害である.我々にとっては事象をただ端的にかつ正しく表現することが,必要かつ十分であると考える.
 従来認められてきた歯科補綴用語の中には,10種に近い同義語を有するものも散見された.これは教える側,学ぶ側のいずれにとっても無駄でしかなく,学術大会の場においても混乱の原因となる.しかし,個々の用語にはそれぞれ大きく重い背景もあるため,それらの取捨選択は容易でないことは自明であり,過去の委員会においてもそこが作業上の大きな関門であった.
 今回はこの積年の問題点を,評議員によるアンケート調査という方法で処理したが,今後に若干の問題を残す可能性も否定できない.しかし,関係者によってそれが建設的かつ前向きに評価され,我々の意図を正しく理解していただけるなら,比較的多数の専門家の支持を得た用語が,それぞれ最も正当な用語として,時の経過とともに自然に定着するものと確信している.
 なお,同義語のアンケート調査結果については,付録として改めて巻末にその一覧表を提示した.
 3)解説文の充実
 専門用語を選択しても,それぞれの意味合いについて専門家同士の合意が得られていなければ,それを用いた情報交換において誤解が生ずることになる.また,この種の用語集を誰がどのような場合に利用するかを考えた場合,単に用語を羅列しただけのものでは,その実用性が極めて低いことも認めざるを得ない.そこで,本用語集においては,すべての用語に関して現在最も妥当と思われる定義,あるいはその臨床的意義などに関する解説文を付与した.英語表記に関しても,幾多の表現の中から,最も適当と思われるものを選出した.これらはいずれも,特に学生や若い臨床家にとって有用なものとなろう.
 なお,その意味合いに諸説があるものについては,解説文に項目番号を設けて併記した.
 古くから言われるように,言葉は生き物であり,基本的に日々変化する可能性を含んでいる.すなわち,いかなる用語集も辞書・辞典も,まさに発行のその日から,内容の見直しを迫られる宿命を負うことになる.用語検討委員会の作業に終わりはない.とは申せ,当面この用語集の価値が広く認識され,今後の編集委員会などにおける用語規制に関する基盤となり,いずれはより公的な教授要綱や国家試験の出題基準に関する基本資料ともなることを願っている.
 今回は時間の制約上,日本補綴歯科学会用語検討委員会報告書(歯科補綴学用語集資料:平成9年度発行)の中の,古語,新語,固有名詞の項は検討対象から割愛せざるをえなかった.これらについては,今後の委員会による継続的かつ詳細な検討に基づいて,順次整理されることを期待する.
 最後に委員一同,これまで用語検討にご尽力された歴代の委員会各位のご努力に深甚なる敬意を払うとともに,今般本用語集の出版という事業を高く評価され,終始多大なご協力とご鞭撻を賜った小林義典前会長,田中久敏現会長を始めとする日本補綴歯科学会の理事各位,アンケート調査や原稿執筆にご協力いただいた評議員各位,および,多忙の中鋭意ご尽力いただいた医歯薬出版(株)の担当諸氏に,衷心より感謝申し上げる次第である.
 平成13年2月 日本補綴歯科学会用語検討委員会 平成9年度〜平成12年度委員(2期) 委員長 田中貴信 委員 甘利光治 木村幸平 小林喜平 清野和夫 寺田善博 平井敏博 細井紀雄 安田 登 山縣健佑 幹事 金澤 毅
歯科補綴学専門用語集の発刊に寄せて 日本補綴歯科学会 会長 田中久敏……ii
序 用語検討委員会……iii
執筆者一覧……vi
凡例……viii

歯科補綴学専門用語……11
同義語一覧……79
日本語索引……91
欧文索引……130