やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文

 「メタルフレームを酸処理したのにうまく焼付かない,どうしたらよいか」
 「ディギャッシングしたら適合が不良になってしまった,どうしたらよいか」
 「後鑞着したらポーセレンにクラックが発生した,どうしたらよいか」
 などをはじめ,実に様々な質問が私のオフィスの電話相談室に,あるいは全国各地の研修会や講演会などに出席したおりに寄せられます.ところが,こうした質問にはなかなか簡単には答えられません.それは,どのようなメタル,どのようなポーセレンを用いているのか,どのような表面処理を行っているのか,ポーセレンファーネスなどの機器類をどのように扱っているのかなどが分からないと,トラブルの原因を特定できず,したがって対策も示せないからです.
 本書は,いわばこうした質問を整理し,これまでのセラモメタルの材料学的検討をもとに,より「科学的」に答えようとしたものですが,もしも本書がいわゆる歯科理工学の書と違うとすれば,それは歯科技工士の日常的なセラモメタルワークを十分に理解し,その上に立脚していることであると思います.
 したがって,読者の便宜を考え,日常的なセラモメタルワークのなかで何らかのトラブルを生じた場合,必要な個所を捨い読みすればよいように構成していますが,著者としては,ぜひ通読もしていただくよう希望します.
 というのは,全体として「セラモメタルの材料学」を展望できるようにしてあるからです.そしておそらく,読み進まれてゆくなかで,今まで「常識」とされていたことのなかに,全く根拠のないこと,むしろ反対のこともあるといったことに気がつかれると思うからです.
 セラモメタルクラウンの技法はすでに1960年代に開発されました.以来,機能,審美,衛生などにおいて最も優れた補綴物として現在もなおその需要は全く衰えていません.
 そして今日まで約30年の経過のなかで,メタル,ポーセレンも様々に改良,開発され,ポーセレンファーネスについても,手動で焼成温度をコントロールしていた時代から,コンピューターファーネスを駆使する時代へと発展してきました.
 それにもかかわらず,多くの歯科技工士が上記したようなトラブルに遭遇しているということは,よりよいセラモメタルクラウンを作るためには,十分な歯科学的知識,それを具体化する造形能力に加え,材料と機器の正しい選択法,取り扱い法についても熟知していることが不可欠であることを示しています.
 いいかえれば,そうした総合的な知識と技術があってはじめて,自然感に優れたセラモメタルクラウンが作れることになります.
 近年になって,ポーセレンラミネートベニアやオールセラミックスクラウンなどが少しずつ臨床応用されるようになってきました.本書においても,これらについて,焼付用ポーセレンとの強度的比較などいくつかの材料学的検討をもとに解説していますが,これらがセラモメタルクラウンにとって代わるのでしょうか.
 私は,セラモメタルクラウンは,多少その需要が減少することはあっても,まちがいなくこれからも長い年月にわたって多くのケースに臨床応用されてゆくであろうと考えています.
 一般工業界においては,材料の開発,改良は,基本的には単一材料から複合材料へと移行してきています.そうしたなかで,メタルとセラミックスの複合物は,強靭である,耐蝕性に優れるなどの素晴らしい利点を有しているばかりでなく,歯科補綴用として具備すべき様々な要件を操作的にも経済的にもトータルとして満たしているということがあります.
 一般工業界における複合材料化への変遷を見るにつけ,今から30年も前にセラモメタルクラウンの技法を確立したことは歯科界の大いなる誇りであると考えるものです.
 本書の発刊に際し,「デンタルテクノロジーライブラリー」の第1冊目としてプロデュースしていただいた医歯薬出版株式会社の三輪賛朗氏に感謝します.また,この間,種々協力いただいたカスプデンタルサプライのスタッフ諸氏に感謝します.
 本書が読者諸賢の日常臨床に少しでも役立つことを願うものです.
 1989年4月 坂 清子

 技工士として知りたかったことを書いてみた 青嶋 坂先生,本当にいい本をお書きになりましたね.実践のうえですぐ役立つことがサイエンスとして書いてあることに非常に感心しました.
 私の場合,理工学的なことが書いてあると「理論を勉強するのだ」という意識が先に立って,ため息をつきながら本をあけるという感じなのですが,この本は一気に読めましたね.
 坂 私は歯科技工士ですから,これまで「歯科技工士として知りたいこと」を研究してきたわけです.今回の本でそれをまとめたわけですが,成書がどんなふうに書いてあるかはいっさい気にかけず,技工士として知りたかったことだけを書いてみようと思ったわけです.
 青嶋 理工学者からすれば,なぜこの領域のことが書いてないのかといった指摘があるかもしれませんね.
 坂 ええ,表現が足りないといった指摘もあろうかと思いますが,私としては,歯科技工士の方が読みやすいよう,役に立つようにということで書いたつもりです.
 青嶋 それは本当ですね.「何よりも歯科技工を行う者の立場に立って書かれた」ということを全編を通じて感じましたし,テクニック書としても使えるということで,読んでいてとても楽しかったですね.
 熱膨張率と熱膨張係数の違いに
 ついては知っておいてほしいさて,第1章についてですが,パウダーの材料学について詳しく書かれていますね.私はポーセレンが大好きなのですが,どうも材料学的なことは敬遠しがちで,うやむやなことが多かったのですが,この本のお陰で随分すっきりしました.
 坂 この本に限らず,ポーセレンについてはまず熱膨張率,熱膨張係数とは何か,どう違うかといった基本的なことをきちんと理解しておいてほしいですね.よく,ポーセレンの熱膨張率あるいは熱膨張係数を教えてほしいといった電話があるのですが,これらの数字の出し方を知っていませんと,その数字を見てもメタルと適合しているかどうかの判断はできませんね.
 青嶋 セラモメタルワークを行う歯科技工士である以上は,熱膨張に関する数字を見ただけである程度ピンとくるくらいに基本的なことは知っておくべきですね.
 坂 それから,焼付用ポーセレンの歴史は30年近いわけですが,これの材質についてよく書かれた本は全くないといっていいですね.理工学の本には,確かに組成などについては書いてあるけれど,組成がどういう役割を果たしているのか,クラックとどういう関係があるのかなどについてはほとんど触れられていません.
 真空ポンプは盲点でした
 青嶋 第2章ではポーセレンの焼成について随分テクニック的な面が取りあげられていますね.
 坂 コンピューターファーネスが出現してボタンを押すだけでOKという時代になってきましたが,そのプログラムをいかに組むかで術者の知識・実力が問われますね.メーカーの指定どおりのプログラムでもいいのですが,本当に審美的なポーセレンを作ろうとするのであれば,使用するポーセレンやメタルの種類,ケースの大きさなどに応じたプログラムを作ることが必要です.
 そうした場合,たとえば昇温速度と真空値の関係とか,焼成温度との関係などについて知っていなければならないのですが,意外に多くの人がその辺を知らないのですね.
 青嶋 Q16で真空ポンプのことが書いてありますが,これは私にとっても盲点でした.
 坂 古いファーネスでもちょっと工夫すれば素晴らしいポーセレンを焼くことができますね.ファーネスにとって真空ポンプの性能は非常に大切で,これを取り換えるだけで,今までのトラブルが嘘であったかのように直ることが多いですね.
 青嶋 真空ポンプのことまで出ているということがこの本の特徴だと思いますね.実は私も,これを読んでうちのファーネスが真空を引き終わるまでの時間を初めて計測してみました.ほかにも,この本を参考に今までやってきた術式をチェックしてみようという気になりましたね.
 坂 そうですね.真空ポンプのチェックはすぐにでもやっていただきたいですね.
 「常識」のなかにはまちがいも多い
 青嶋 第3章はポーセレンのクラックについてですが,読者にとってもこれは大きな悩みの種ではないかと思います.
 坂 ポーセレンのクラックの原因が何であるかについては,6年間くらい研究を続けてきて解明できたのですが,学会での研究発表のままでは非常にむずかしい.それをだれもが分かるように解説してみたのが,第3章なんですね.
 とにかくクラックを防止するためには,メタルとポーセレンを熱膨張差がほとんどない組み合わせにすること,それから,ポーセレンには熱膨張が変動しないものを選ぶことが最も基本になることを強調したいのですね.
 青嶋 メタルに焼付けられたポーセレンは,ポーセレン単体よりも圧縮応力に対して弱いというような個所は,まさに「常識」をくつがえしたものですね.常識が必ずしもそうでないということが裏づけをもってあちこちに書いてある.私としては非常に痛快に感じましたね.
 坂 これまでいろいろといわれてきたことのなかに,根拠のないこと,無意味なことが随分ありますね.
 青嶋 それから,読み進めてきて本当に素晴らしいと思ったのは,各項目ごとに裏づけとなる実験結果が載せられていることですね.しかも臨床に近い形での実験で机上の空論になっていない.読者も信頼が置けるのではないかと思いますね.
 メタルについてドクターに正しくアドバイスできるようにさて,第4章ではおもに焼付用メタルの選択や処理方法などについて書かれていますが,この章に関して強調されたいことがおありでしょうか.
 坂 メタルの選択権はどちらかというとドクターのほうにありますが,メタルについての十分な知識を歯科技工士が持っていないことも理由の一つではないかと思いますね.ドクター側は予算に応じた価格でメタルを選択することが往々にしてありますが,そうした場合,「このケースにはこのメタルがいい」というアドバイスをきちんとできるのがプロであると思いますね.
 青嶋 焼付用メタルは種類が多いですからね.
 坂 メタルの選択を誤ったことによるトラブルを生じた場合,前もってきちんと説明していないと,結局は技工士が責任をかぶることになってしまうと思うのです.
 自分でもなかなか面白い意見だと思う
 青嶋 第5章では非常に日常的なことが書かれていてビギナーには特に役立つと思います.それに「各社のポーセレンを併用,混合しても大丈夫か」なんかは,どなたも日ごろ考えていることと思いますしね.
 坂 ここのところでは単に混合してはいけないといっているのではなく,オペークだったらいい,けれどもボディポーセレンは熱膨張の関係などからやめたほうがいいと述べています.これもいろいろな実験の結果から分かってきたことで,私自身もなかなか面白い意見だなと思っています.
 青嶋 古くなったポーセレンパウダーのところの意見も面白いですね.
 坂 ずっと保存しておいたパウダーを使うと白濁が入りやすいことなどは多くの方が気がつかれていると思いますが,なぜそうなるのかについては科学的な説明がなされていませんでした.この辺の解明にあたってはちょっと頭を使いましたので,ぜひ読んでいただきたいですね.
 青嶋 このことに限らず,日ごろ感覚としては分かっているけれども,科学的に説明のつかなかったことが,この本では随所に裏づけとともに書いてある.これでようやく職人的な技から科学的な技術になるという感じがしましたね.
 新しい測定法による鑞着試験の
 結果はショッキング 次の第6章「色調が思わしくない」は,私が最も興味を持って読んだところですが,ここで特に補足して強調されたいことは何でしょうか.
 坂 色調に関してはとかくポーセレンのほうのみに目が向けられがちですが,メタルの選択も非常に大切だということですね.特に銅の含有量が多いもの,銀が30%以上も含有されているものを用いた場合は色調再現に限界があることを理解していただきたいですね.安いメタルでいいものを作ろうとしても限界があるということです.
 青嶋 銀によるポーセレンの黄変に触れた成書というのはこれまでなかったと思うのですが.
 坂 わずかに触れている本もありますがほとんどの本には書いてないですね.それからこの本では,銀による黄変,銅による黒変ばかりでなく,プレシャスメタルでは金によって赤変し,あたたかみのある色になることを説明している点が,自分でもユニークではないかと思っています.
 青嶋 銀の含有に関連して鑞着試験の結果が出されていますが,ショッキングなデータですね.
 坂 鑞着強さについては,実験結果と臨床成績とではつじつまが合わなかったわけです.それで,5年間ほどいろいろやっているうちに,歯科で行われている鑞着強さの測定法がまちがっていることが分かってきて,そのデータが学会発表以外で初めて載ったのがQ53です.
 青嶋 読んでいて「おやっ」と思いましたね.今までの測定方法がまずかったということですね.
 坂 従来の曲げ試験や引張り試験ではどのメタルを用いても鑞着結果にそれほど差が出ない.ところが新しい測定法で行いますと,メタルによる差がもうはっきり出て,どのメタルを選べばよいかが明解ですね.
 演色性の高い螢光灯は電気店で
 青嶋 さて,次の第7章「シェードテイキングを正しく行う」は実にユニークですね.第1章から6章までは材料学的検討をテクニックに関連させてこられたのが,ここでシェードテイキングが出てくる.それでここでも「おやっ」と思ったんですが,考えてみればシェードテイキングも裏づけのあるサイエンスを知っていなければならないわけで,非常に納得しましたね.
 坂 このところではごく初歩的な光学的知識で解説していますが,私たちが新しいポーセレンを開発してゆく過程で非常に苦労したのは「光源」だったのです.夜に色合わせしてOKであったものが翌日見ると全然合っていない.それで光とは何か,螢光灯は何かというところから勉強せざるをえなかったわけです.
 青嶋 この本では,螢光灯について具体的な商品名,価格も挙げてすいせんしていますね.電気店へ行って買えばいいのですよね.
 坂 安定した色合わせのためには,螢光灯ひとつをとっても心づかいが必要ですね.
 青嶋 演色性ということばは知っていましたが,デンタル用として市販されているものが必ずしも演色性が高くないことを初めて知りました.
 坂 大学病院のようなところでは,すべての螢光灯を取り替えることは急にはできないでしょうが,一般的な治療室・技工室の関係でしたら,それほど沢山の数ではないでしょうから,双方の螢光灯を同じ演色性の高いものに取り替えてトラブルを少なくしていただきたいですね.
 青嶋 私はシェードテイキングの際,いつも縦方向にシェードガイドを置いてスライドに撮っています.これは,そうすることが自分にとって一番判断しやすいということで感覚的にやっていたのですが,この本でその裏づけが分かり,とっても嬉しかったですね.やっていたことが理論的にもまちがっていなかったということで…….
 ケースに応じて焼成スケジュールを微調整できるようにさて第8章ではポーセレンファーネスはどんなものがよいかを中心に解説されていますが,コンピューターファーネスの時代でも特に注意すべきことについて述べてみてください.
 坂 どんな素晴らしいポーセレンファーネスでも炉内の温度分布が違うということと,どんなケースでも一定の温度で焼くということではいいポーセレンは作れないということですね.
 青嶋 ケースの大小に応じて焼成スケジュールを調整すべきだということですね.
 坂 基本としては,小さいケースは低温でもいいし,大きいケースは10〜20度上げて焼く.そうでないと,大きなケースは焼成不足になって色がすっきりしませんね.どんなファーネスでもそうした微調整ができるのに意外にやられていない.
 青嶋 なぜこの温度から真空に引くのか,なぜこの温度になったら解除するのかなどの基本をきちんと知って扱うことが大切ですね.
 坂 それから,ファーネスが表示している温度というのは熱電対付近だけなんですね.マッフルの上部と下部とでは40度くらいの差があります.ですから960度に表示されていても,マッフルの下部ではそれよりも低い温度で焼いていることになるわけです.
 ポーセレンラミネート法などは
 まだまだ未完成 青嶋 最後の第9章では最新のポーセレンラミネートベニアやオールセラミックスクラウンなどについて解説されていますが,これらはこれからどんどん改良されてゆくと思うのですが…….
 坂 そのとおりで完成されたものではありませんね.耐火模型材ひとつをとってもまだまだ改良しなければなりませんし,接着に関してもいくつか問題点があると聞いていますとにかくこれからのものということで解明すべき課題は多いのですが,今取り組んでおられる方々の参考になるよう,最新のデータを中心に解説してみました.
 青嶋 材料学的な検討結果ばかりでなく,テクニック上のヒントも多く載せてあり,これをやられている方には随分参考になると思いますね.
 読んだその日から役に立つ本
 さて,以上で第1章から9章まで,坂先生のご執筆意図などをお聞きしたわけですが,私自身,この本で一番気に入っていることは,裏づけがきちんと載っていて,必要な技工操作上の注意もそのつど載っているということですね.
 それから,これまで「常識」として書かれてきたことのなかに実はまちがいもある,迷信もあるということを随所に明解に書かれている.これは実に痛快でした.
 また,何よりも作る側に立った本であるということですね.作る側の立場でセラモメタルのサイエンスを知ってほしいという姿勢が貫かれており,非常に役立つ本だということです.
 私は読んだその日から役に立ちましたが,おそらく読者の方々もそうではないでしょうか.ぜひ多くの人にすすめてみようと思っています.