やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

最新歯科衛生士教本の監修にあたって─歯科衛生学の確立へ向けて─
 生命科学や科学技術を基盤とした医学・歯学の進歩により,歯科衛生士養成を目的とした教育内容の情報量は著しく増加し,医療分野の専門化と技術の高度化が進んでいます.この間,歯科衛生士の養成教育にも質的・量的な充実が要求され,たび重なる法制上の整備や改正が行われてきました.2005(平成17)年4月には,今日の少子高齢化の進展,医療の高度化・多様化など教育を取り巻く環境の変化に伴い,さらなる歯科衛生士の資質向上をはかることを目的として,歯科衛生士学校養成所指定規則の改正が行われ,2010(平成22)年にすべての養成機関で修業年限が3年制以上となり,2013(平成25)年3月の卒業生はすべて3年以上の教育を受けた者となりました.
 21世紀を担っていく歯科衛生士には,さまざまな課題が課せられています.今日では,健康志向の高まりや口腔機能の重要性が叫ばれるなか,生活習慣病としてのう蝕や歯周病はもちろん,全身疾患,摂食・嚥下障害を有する患者や介護を要する高齢者の増加に対して,これまで以上に予防や食べる機能を重視し,口腔と全身の関係を考慮し他職種と連携しながら対応していくことが求められています.また,新しい歯科材料の開発やインプラントなどの高度先進医療が広く普及するに伴って患者のニーズも多様化しつつあり,それらの技術に関わるメインテナンスなどの新たな知識の習得も必須です.歯科衛生士には,こうした社会的ニーズに則したよりよい支援ができる視点と能力がますます必要になってきており,そのためには業務の基盤となる知識と技術の習得が基本となります.
 平成25年に設立50周年を迎えた全国歯科衛生士教育協議会では,このような社会的要請に対応すべく,活動の一環として,1972(昭和47)年,本協議会最初の編集となる「歯科衛生士教本」,1982(昭和57)年修業年限が2年制化された時期の「改訂歯科衛生士教本」,1991(平成3)年歯科衛生士試験の統一化に対応した「新歯科衛生士教本」を編集しました.そして今回,厚生労働省の「歯科衛生士の資質向上に関する検討会」で提示された内容および上記指定規則改正を踏まえ,本協議会監修の全面改訂版「最新歯科衛生士教本」を発刊するに至りました.
 本シリーズは,歯科衛生士の養成教育に永年携わってこられ,また歯科医療における歯科衛生士の役割などに対して造詣の深い,全国の歯科大学,歯学部,医学部,歯科衛生士養成機関,その他の関係機関の第一線で活躍されている先生方に執筆していただき,同時に内容・記述についての吟味を経て,歯科衛生士を目指す学生に理解しやすいような配慮がなされています.
 本協議会としては,歯科衛生士養成教育の充実発展に寄与することを目的として,2010(平成22)年3月に「ベーシック・モデル・カリキュラム」を作成し,3年制教育への対応をはかりました.その後,2012(平成24)年3月には,著しく膨大化した歯科衛生士の養成教育を「歯科衛生学」としてとらえ,その内容を精選し,歯科衛生士としての基本的な資質と能力を養成するために,卒業までに学生が身に付けておくべき必須の実践能力の到達目標を提示した「歯科衛生学教育コア・カリキュラム」を作成したところです.今後の歯科衛生士教育の伸展と歯科衛生学の確立に向け,本シリーズの教育内容を十分活用され,ひいては国民の健康およびわが国の歯科医療・保健の向上におおいに寄与することを期待しています.
 最後に本シリーズの監修にあたり,多くのご助言とご支援,ご協力を賜りました先生方,ならびに全国の歯科衛生士養成機関の関係者に心より厚く御礼申し上げます.
 2014年3月
 全国歯科衛生士教育協議会会長
 眞木 吉信


発刊の辞
 今日,歯科衛生士は,高齢社会に伴う医療問題の変化と歯科衛生士の働く領域の拡大などの流れのなか,大きな転換期に立たされています.基礎となる教育に求められる内容も変化してきており,社会のニーズに対応できる教育を行う必要性から2005(平成17)年4月に歯科衛生士学校養成所指定規則が改正され,歯科衛生士の修業年限は2年以上から3年以上に引き上げられ,2010年4月からは全校が3年以上となりました.
 また,「日本歯科衛生学会」が2006年11月に設立され,歯科衛生士にも学術研究や医療・保健の現場における活躍の成果を発表する場と機会が,飛躍的に拡大しました.さらに,今後ますます変化していく歯科衛生士を取り巻く環境に十分対応しうる歯科衛生士自身のスキルアップが求められています.
 「最新歯科衛生士教本」は上記を鑑み,前シリーズである「新歯科衛生士教本」の内容を見直し,現在の歯科衛生士に必要な最新の内容を盛り込むため,2003年に編集委員会が組織されて検討を進めてまいりましたが,発足以来,社会の変化を背景に,多くの読者からの要望が編集委員会に寄せられるようになりました.そこで,この編集委員会の発展継承をはかり,各分野で歯科衛生士教育に関わる委員を迎えて2008年から編集委員の構成を新たにし,改めて編集方針や既刊の教本も含めた内容の再点検を行うことで,発行体制を強化しました.
 本シリーズでは「考える歯科衛生士」を育てる一助となるよう,読みやすく理解しやすい教本とすることを心がけました.また,到達目標を明示し,用語解説や歯科衛生士にとって重要な内容を別項として記載するなど,新しい体裁を採用しています.
 なお,重要と思われる事項については,他分野の教本と重複して記載してありますが,科目間での整合性をはかるよう努めています.
 この「最新歯科衛生士教本」が教育で有効に活用され,歯科衛生士を目指す学生の知識修得,および日頃の臨床・臨地実習のお役に立つことを願ってやみません. 2014年3月
 最新歯科衛生士教本編集委員会
 松井恭平*  合場千佳子 遠藤圭子  栗原英見  高阪利美
 白鳥たかみ  末瀬一彦  田村清美  戸原 玄  畠中能子
 福島正義   藤原愛子  前田健康  眞木吉信  升井一朗
 松田裕子   水上美樹  森崎市治郎 山田小枝子 山根 瞳
 (*編集委員長,五十音順)


第2版 執筆の序
 本書第1版が出版された背景には,その序文にあるように,1996(平成8)年に,医療に関係するすべての職種の教育課程の改革を提言した「21世紀の命と健康を守る医療人の育成を目指して(21世紀医学・医療懇談会第1次報告)」があります.この提言の柱の1つに「患者中心,患者本位の立場に立った医療人」の育成があり,本書第1版はまさにそのような課題に答えるために書かれたのですが,今回,第1版の出版から10余年を経て第2版を出すにあたり,編集方針を一部変更することにしました.患者中心・患者本位の医療人の育成という点では第1版と変わりありませんが,チーム医療や医療コミュニケーションについてはほかの教科書に譲ることにしました.
 代わりに,世界の歯科医療界においても患者中心・患者本位の医療の実践が求められていることをぜひ学んでほしいとの思いから,国際歯科連盟(FDI)や国際歯科衛生士連盟(IFDH)の倫理規範を取り上げました.また,医療の進歩と生命の尊厳との調和をどのようにとっていくかが今日の医療の大きな課題であり,そのことを医療の担い手となるみなさんにもよく理解してもらいたいと考えて,医療倫理や生命倫理のさまざまな問題に多くの頁を割きました.さらに,歯科衛生士養成教育においても,卒業研究で人を対象とした調査研究が行われるようになってきたことから,研究倫理について1章を当てました.こうして,今回の改訂は,倫理をより前面に押し出したものとなりました.
 医療倫理というと,生死を分けるような問題や大きな社会的問題ばかりに目が行きがちですが,実際には,歯科衛生士養成教育を受けるなかでも,また実習においても倫理的な問題に直面します.そのことをしっかりと受けとめ,またそうした問題について自ら考えてもらうためにCase Studyを用意しました.
 本書が,患者中心・患者本位の歯科医療を今後さらに一段と進めるための一助となることを心より願っています.
 2014年3月
 執筆者代表 樫 則章


第1版 執筆の序
 1995年(平成7)年に医療に関係するすべての職種の教育課程を見直すための検討会が開かれました.その意見書では“これからは,1人の患者さんに提供される各種のサービスをそれぞれの専門職種に委ねる「チーム医療」への取り組みが必要になります.したがって各専門職種の教育現場では,チームの一員としての医療に対する基本的な認識と理解および情報収集・処理能力を修得させるための教育が必要です.具体的には,健康と疾病の概念,地域保健の仕組み,医療関係職種の役割と連携,医学・医療概論などとともに生命倫理と医療倫理を全医療職種に共通して教育することが望ましい”としています.
 その一方で,わが国の医療のあり方が,医師・歯科医師の倫理観に基づく伝統的な医療から患者を中心とする新たな医療倫理観に基づく全人的医療へと急速に変化してきました.
 歯科医療の現場では継続的口腔管理を求める患者や高齢の患者が増えてきたことから,歯科衛生士は口腔の保健を担う者として,これまでにもまして広い知識と高い技術が求められるようになりました.とくに高齢者の増加によって,在宅・施設における要介護者への歯科医療サービスを提供する機会が多くなりました.そのため歯科衛生士の業務は診療所内から診療所の外へと広がり,他の医療職種の人達とかかわるようになりました.サービスの現場では,これまで経験したことのない複雑な人間関係が生じ,歯科衛生士には,チーム医療の一員として倫理的判断に基づいた行動のとれることが求められています.
 歯科診療所では,患者との信頼関係に基づく医療サービスを提供することができるように,インフォームド・コンセントや生活の質(QOL)について理解し,それを説明・実践できることが歯科衛生士に求められます.また,患者との人間関係だけでなく,歯科医師や同僚たちとも常に円滑な連携を保つことのできる能力も必要です.
 さらに,これまで歯科医療の現場では,あまり省みられることのなかった,生と死の問題についても医療従事者に共通した倫理上の課題として認識できることが必要になり,医療倫理とともに生命倫理についても理解を深めることが大切になってきました.
 本書は,このような背景の下に編纂されました.新しい医の倫理の原則を学ぶとともに,歯科衛生士に求められる職業人としての心構えやインフォームド・コンセントに基づいた患者対応,医療現場で必要となるコミュニケーション技術やその基礎となる行動科学についても学びます.加えて,実際に起こり得る倫理的問題への対処の仕方について具体的な事例をあげています.“ケアの倫理”の実践的教育については,本書を参考にして歯科予防処置,歯科診療補助,歯科保健指導の各科目において積極的に取り組まれることが望まれます.
 終わりに,本書の出版にあたってご尽力くださった医歯薬出版株式会社に深く感謝します.
 2002年12月
 執筆者一同
1章 なぜ医療倫理を学ぶのか
 (1)伝統的な医の倫理から新しい医の倫理(医療倫理)へ
  1.伝統的な医の倫理としての『ヒポクラテスの誓い』と『ジュネーブ宣言』
  2.新しい医の倫理の必要性
   1)伝統的な医の倫理だけでは対処できなくなった背景
   2)伝統的な医の倫理に対する批判
  3.医療倫理(学)
 (2)医療従事者の基本的義務
   Case Study-1 歯科衛生士としての倫理観
 (3)患者中心の医療
   Case Study-2 コンタクトポイントの状態不良
 (4)歯科医療に関する権利と義務,および歯科衛生士の社会的使命
   Case Study-3 末期がん患者の一言
2章 医療倫理に関する規範とバイオエシックス
 (1)医の倫理に関する規範および国際規範
  1.医療従事者の職業倫理
   1)医師の職業倫理に関する規範
   2)歯科医師の職業倫理に関する規範
   3)歯科衛生士の職業倫理に関する規範
  2.患者の権利
   1)リスボン宣言
   2)歯科の患者の基本的な権利と責務
  3.人を対象とする医学研究の倫理
   1)ニュルンベルク綱領
   2)ヘルシンキ宣言
  4.わが国における人を対象とする研究への法規等
   1)治験
   2)他の研究規制
 (2)バイオエシックス(生命倫理学)
  1.バイオエシックスとは何か
  2.バイオエシックス誕生の背景
  3.バイオエシックスに関する国際規範
 (3)バイオエシックスに関わる問題
  1.生命の始まりに関わる倫理的問題
   1)人工妊娠中絶
   2)生命の選別
   3)生命の始まりに関わるその他の倫理的問題
  2.生命の終わりに関わる問題
   1)患者本人による生命維持治療の拒否
   2)患者以外の者による患者に対する生命維持治療の差し控えの決定
   3)生命維持治療の拒否と差し控えに関するわが国の現状
   4)安楽死
   5)生命の終わりに関わるその他の倫理的問題─脳死─
  3.その他の問題
   1)臓器移植
   2)遺伝子医療
   3)再生医療
   Coffee Break 易罹患性検査
 (4)臨床倫理学
3章 インフォームド・コンセント
 (1)インフォームド・コンセントとは何か
  1.歴史
  2.正当な診療行為の三要件
   Coffee Break 診療行為におけるインフォームド・コンセント
  3.同意が有効であるための条件
   1)同意能力
   2)情報
   3)理解
   4)自発性
   5)有効な同意のまとめ
  4.インフォームド・コンセントの定義
 (2)インフォームド・コンセントの実際
  1.医師(歯科医師)は,何をどこまで説明するべきか
   1)基本項目
   2)範囲
   3)注意すべき点
  2.インフォームド・コンセントは,誰が誰からどのように得るのか
   1)同意能力のある患者の場合
   2)同意の確認
   Case Study-4 デート前の歯垢染色剤塗布
   3)同意能力のない患者の場合
  3.同意が無効になる場合
  4.インフォームド・コンセントが不要な場合
   1)法律で定められている場合
   2)「ためらえば危険」という場合
   3)患者が「お任せします」と言っている場合
  5.説明の省略が認められる場合
   1)説明の内容が誰にとっても常識的な場合
   2)患者が治療の内容についてすでに十分な知識をもっている場合
   3)危険性が軽微であるか,または発生する確率が極めて小さい場合
   4)患者が「説明はいらない」と言っている場合
   5)説明が患者の心身に有害と判断される場合
  6.患者が医師の勧める治療法を拒否した場合
  7.インフォームド・コンセントと医師の裁量との関係
  8.インフォームド・チョイス
  9.セカンド・オピニオン
 (3)インフォームド・コンセントと患者中心の医療
  1.倫理的要求としてのインフォームド・コンセント
  2.インフォームド・コンセントと患者中心の医療
4章 研究と医療倫理
 (1)なぜ,研究で医療倫理が必要なのか
  1.研究と医療倫理の関わり
   Case Study-5 卒業研究のテーマ検索
   Case Study-6 口腔内写真撮影者の許可
 (2)倫理的配慮の要件
  1.人を対象とした研究に関わる倫理指針
   1)疫学研究に関する倫理指針
   Coffee Break 個人情報の保護に関する法律:個人情報保護法
   2)臨床研究に関する倫理指針
   Case Study-7 問診票を使った研究
  2.倫理審査
  3.どのような研究が倫理的配慮を必要とするか
  4.研究を進めるうえで倫理的問題が生じるとき
  5.利益相反
 (3)研究への協力依頼
  1.説明事項
  2.研究依頼と承諾書
付章 歯科医療倫理を考えるうえで必要な行動
 (1)医療現場における人の行動
   Case Study-8 気になる口腔内所見
  1.健康(健全)と病気の基本概念の理解
   1)QOLとは
   2)QOLの向上を目指した医療
   3)QOLとADLとの関わり
   4)歯科医療現場でのQOLのとらえかた
   5)口腔機能とQOL
  2.コンプライアンス行動─医療従事者の指示を患者が正しく守ること
  3.お任せ医療
  4.保健行動における動機と負担
 (2)患者の行動
  1.自己抑制型行動特性(イイコ行動特性)
  2.保健指導の考え方
   Case Study-9 患者の依頼内容
  3.セカンド・オピニオン
  4.自己決定の支援
  5.病状と心理的要因
 (3)歯科医療従事者の行動
  1.歯科医療の特徴
  2.必要な情報の整理整頓
  3.歯科医療従事者としての生きがい
  4.患者へのわかりやすい説明
  5.患者とともに考える
付1 その他歯科医療従事者に必要とされること
  1.患者の個人情報の取り扱いについて
   Case Study-10 入院患者の情報
   Case Study-11 電車の中での会話
   Case Study-12 LINEの書き込み
   Case Study-13 学生実習のスケジュール表の貼り出し
  2.著作権について
   Case Study-14 PDFファイルの共有
  3.医療従事者個人名をあげた臨床での問題について
   Case Study-15 卒業生の名前を出す教師
  4.臨床実習での身だしなみの意義について
   Case Study-16 茶色の髪の毛
付2 医療倫理に関連する規範と法令
 I.医師の職業倫理に関する宣言等
  1.「ヒポクラテスの誓い」
  2.世界医師会「ジュネーブ宣言」
  3.世界医師会「医の倫理の国際綱領」
  4.日本医師会「医の倫理綱領」
 II.歯科医師の職業倫理に関する規範
  1.国際歯科連盟(FDI)「歯科医療専門職の国際倫理原則」
  2.国際歯科連盟(FDI)「歯科医師の基本的な責務と権利」
  3.日本歯科医師会「倫理規範」
 III.歯科衛生士の職業倫理に関する規範
  1.国際歯科衛生士連盟(IFDH)「倫理綱領」
  2.日本歯科衛生士会「歯科衛生士憲章」
 IV.患者の権利に関する宣言等
  1.世界医師会「患者の権利に関するリスボン宣言」
  2.国際歯科連盟(FDI)「歯科の患者の基本的な権利と責務」
 V.人を対象とする医学研究の倫理
  1.「ニュルンベルク綱領」
  2.世界医師会「ヘルシンキ宣言」
 VI.歯科医師の法的義務
 VII.歯科衛生士の法的義務
 VIII.患者の法的な権利と義務