やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 令和元年6月に「口腔習癖〜見逃してはいけない小児期のサイン」を発刊させていただいた.幸い多くの歯科医師,歯科衛生士さんから反響をいただき,書籍の内容について講演する機会が増えた.その際,アイコンを使った診断はわかりやすいと好評であったが,実際どのように使うのか,具体的な方法や実践的な内容を知りたいという質問が多くあった.
 口腔機能,口腔習癖の分野はとかくわかりにくい.「機能」はすなわち「動き」なので,どの一瞬を捉えるのか,動きのある軟組織をどのように診断するのかということは,口腔内を見慣れている我々でも実は難しい.実際の症例をどのように診て,どのように対応をするのか,機能訓練はどうやってやるのかなどを伝え,これまでに受けた質問にお答えするためのハウツー本として「実践編」をまとめてみた.
 本書では,口腔内の問題を「形態の問題」「機能の問題」「その他の問題」に分類して,アイコンにしてピックアップし,それらの問題に対する検査,矯正装置,処置,機能訓練をまとめている.「実際の症例に対して,どのようにアイコン付けしていくのか?」という質問も受けたが,見慣れている口腔内の歯列,咬合状態などのわかりやすい「形態の問題」からあてはまるアイコンを抽出し,可能性のある問題のリストを提示することで,わかりにくい「機能の問題」を想像できるように解説している.そして実際の対応にあたる検査,矯正装置,処置,機能訓練についても個別に解説しているので,事典としても使っていただきたい.
 前書「口腔習癖〜見逃してはいけない小児期のサイン」を踏まえて書いているが,前書を読まなくてもわかるように工夫した.またより多くの症例を供覧できるように,前書と同じ症例は使わないようにした.(ただし何もせずとも問題なくきれいに成長した症例のみ,同じ写真を使用している.本文にも記載しているが,問題のない症例は本当に数が少ないためお許しいただきたい).前書をお読みいただいた方には,アイコンの項目のより深い理解につながる事典としてもぜひご活用いただきたい.そして本書から初めて読まれる方も含め,口腔習癖に対する実践書としてお読みいただけると幸いである.
 私は卒直後から川崎市開業の須貝昭弘先生のもとで勤務させていただいた.そこで小児診療の極意とともに,欠かさず臨床写真を撮るということを学んだ.そこから20年,50万枚以上,良い経過も悪い経過もとにかく臨床写真を撮り貯めてきた.当初は漫然と撮っていたが,振り返って写真を整理すると点と点がつながり,さまざまなことがわかるようになってきた.あくまで独学による経験論ではあるが,臨床記録の積み重ねは嘘をつかないと思っている.口腔機能の分野の書籍はどうしても概念の説明が多くなり,臨床写真が少ないと感じていたので,この書籍で臨床写真をたくさん見ていただくことで伝えられることがあるのではないかと思う.
 口腔習癖はまだわからないことも多く,いまだに毎日が試行錯誤の状態である.失敗症例も含めてお出ししたい口腔内写真がたくさんある.またどこかでお見せできる機会があればと思っている.
 口腔習癖の改善はうまくいけば効果は絶大である.さあ,口腔機能,口腔習癖の世界へようこそ!
 令和3年7月 河井 聡
 はじめに
第1章 小児の歯列を正常な状態に導く
  正常像を知ろう
  歯年齢ごとの正常な発育
  異常の兆候は歯列形態に現れる
  異常の兆候を発見するために〜何よりも記録をしっかり残す
第2章 口腔内の問題をアイコンで見える化する
  問題点を把握し,対応するためにアイコンを利用する
  対応一覧表
  症例でみるアイコンの活用法
  症例を通して
 形態の問題
  01開咬
  02咬合高径高い(オーバーバイト浅い)
  03過蓋咬合(オーバーバイト深い)
  04右正中のずれ/左正中のずれ
  05反対咬合(オーバージェットマイナス)
  06オーバージェット大
  07叢生
  08上顎劣成長
  09AngleII級
  10AngleIII級
 機能の問題
  01指しゃぶり
  02口呼吸
  03異常嚥下癖
  04構音障害
  05口唇閉鎖不全
  06舌筋力弱い
  07舌の動き悪い/弄舌癖(動かしすぎる)
  08咬合力弱い
  09クレンチング
  10咬唇癖
  11硬食の習慣
  12右偏咀嚼/左偏咀嚼
  13頬杖
  14うつぶせ寝/横寝
 その他の問題
  01舌小帯強直症
  02上唇小帯異常
  03鼻閉
  04先天欠如
  05萌出の問題(乳歯早期脱落,永久歯萌出遅延)
  06早期接触
  07歯胚位置異常
  08齲蝕
第3章 口腔習癖の検査
 汎用機器を用いる検査
  01唾液飲み込みテスト/水飲みテスト
  02鏡テスト
  03ポッピング
  04フルフルスポット/リップトレーサービデオテスト
  05顎振りテスト/ロールワッテテスト・ストッピングテスト/咀嚼試験/開閉運動テスト
 専門機器を用いる検査
  06りっぷるくん
  07JMS舌圧測定器
  08オクルーザルフォースメータGM10
  09デンタルプレスケールII+バイトフォースアナライザ
第4章 口腔習癖を考慮した歯列拡大装置の選択
  01拡大床
  02Quad Helix/Bi Helix
  03Hyrax
  04バイオネーター
  歯列拡大装置の選択
第5章 機能改善を促すための処置
  01削合調整
  02乳歯バイトアップ法
  03片側乳歯バイトアップ法
  04舌小帯切除
  05上唇小帯切除
  06開窓術
  07MTM
第6章 口腔習癖を改善するための機能訓練
  01スポットトレーニング
  02ガーグルストップ/鼻呼吸テープ/鼻唄
  03ポスチャー/ドラッグバック/ゼリートレーニング
  04構音訓練
  05りっぷるとれーなー/風船膨らまし/割り箸くわえ/シール・付せん
  06ポッピング/ガムトレ口蓋/ペコぱんだ/ミッドアンドスティック
  07フルフルスポット/リップトレーサー
  08ガムトレーニング/片側ガムトレーニング
  09前合わせトレーニング
  10正中合わせトレーニング
第7章 機能訓練の実際
  機能訓練は行動変容が必要
  すべての症例は治せない
  失敗の原因は?
  部分的に改善できず,問題が残ってしまった症例
  カリスマ性や人間力に頼らずに
  保険診療に収載された小児の口腔機能発達不全症
  「性弱説」という考え方
  まとめ―人間力に頼らないシステムづくり
  Case1
  Case2
第8章 アイコンを活用して対応した症例
  Case1 異常嚥下癖は改善に時間がかかる
  Case2 偏咀嚼は一度改善しても再び生じる
  Case3 正中のずれの原因は「偏咀嚼」と「萌出の問題」の鑑別が必要

 まとめ 健全な歯列は健全な機能に宿る〜あとがきにかえて
  機能と形態
  小学校低学年(前歯部交換期終了)までに始める
  小学生のうちに道筋をつける
  健全な歯列は健全な機能に宿る

 付録
  (1)患者説明用紙
  (2)機能訓練チェックシート
  (3)気づきのシール
  (4)アイコン対応表
  (5)口腔習癖に対するアンケート
  (6)歯科衛生士の機能訓練記録
  (7)アイコンのデータ

 COLUMN
  低位舌の原因
  咬合力と,下顎の前後的・上下的咬合関係
  形態の問題(不正咬合)の判定
  調音器官
  弄舌癖と舌突出癖
  舌の動きが悪い/弄舌癖(動かしすぎる)アイコン
  咬合力と咬合高径
  鼻呼吸の重要性
  歯列を乱すもう1つの問題=解剖学的(遺伝的)要素
  口腔内写真撮影の重要性とビデオ活用の難しさ
  筋力測定の検査機器の不確かさと数値化の魅力
  リテーナーの工夫
  拡大床による歯列拡大
  歯科衛生士の役割
  機能訓練の時間
  気づきのためのシール
  アイコンを臨床で活用するコツ
  恥ずかしがり屋さんとお調子者さん
  男子校に対する偏見かもしれませんが……