やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 「歯科口腔医療勉強会」という,歯科医療に理解がある有志国会議員で構成される勉強会があります(2016年設立).同会の尽力により,2017年に内閣府が発表した骨太の方針に「口腔の健康は全身の健康にもつながることから,生涯を通じた歯科健診の充実,入院患者や要介護者に対する口腔機能管理の推進など歯科保健医療の充実に取り組む」という,歯科界を強力に後押しする歴史的文言が盛り込まれました.
 国会議員が,口腔の健康が全身の健康にもつながる事実を理解し,そのうえで,国民の健康向上のためには生涯を通じた歯科健診の充実が必要であると考えたのです.
 同会の主要構成員は,歯科健診の実現に向け「国民皆歯科健診を実現する会」を新たに立ち上げ,2019年12月10日には,衆議院第一議員会館で第一回勉強会が開催されました.
 私自身も,10年以上にわたり医科歯科連携に関わってきたなかで,歯科医療の重要性は十二分に理解しておりましたので,全世代に向けた「生涯にわたる歯科健診」が必要であることは痛いほどにわかります.過去から現在に至る,さまざまな臨床研究や疫学調査,そして基礎研究が,歯科医療の重要性を行間から,静かに熱く訴えているからです.
 けれど残念なことに,医師をはじめとするあらゆる医療従事者は,歯科医学に関して十分な教育を受けていません.かく言う私もそうでしたが,歯周病に関する知識は,一般国民とほぼ同じレベルなのではないでしょうか?
 本書には長い月日をかけて掴み取った,「医療従事者のための歯科医学の勘所」を網羅しました.歯周病を正しく理解するためには,まず歯周組織の解剖を把握しておかねばなりません.医学生が,最初に解剖学を学ぶように.ですから本書には,医師による医療従事者のための,歯周組織学解説コーナー(第3部)を設けました.全編を通じて,医療従事者にとって見慣れない重要歯学用語には,英語も併記しています.歯学論文を手にした時,基礎となる単語を知らないと読めないからです.
 これら歯科医学の基礎知識に加え,人生100年時代に隠された事実や,歯を失うことによる不幸,そして歯周病が口腔に留まることなく,全身と深く密接に関わり合っている事実を知っていただければ,なぜ令和の時代に「国民皆歯科健診」が必要とされるのか,読者の皆さまに得心していただけるものと信じています.
 私たちが,健やかさを手にするための1丁目1番地は「健口」なのです.人生100年時代を3世代,4世代が幸せに享受するためには,「不健口」を遠ざけなければなりません.
 本書を通して,一人でも多くの医療従事者の方々が,健口の大切さと有り難さ,そして歯科定期通院の意味と国民皆歯科健診の必要性を理解していただければ,著者としてこれ以上の喜びはありません.
 最後に,第6作目となる本書を医学・歯学・薬学の垣根を越え,全医療従事者に向けて送り出してくださった,医歯薬出版株式会社第一出版部,第二出版部,営業部の皆さま,出版総務部の岩本祐輔様,編集担当の増田真由子様に深謝します.そして,日々変わらぬ笑顔とあたたかな料理で支え続けてくれる妻と娘に本書を捧げます.
 令和二年八月吉日
 にしだわたる糖尿病内科 院長 西田 亙
第1部 歯の数が人生100年時代を左右する
 第1章 百歳高齢者の推移
  ・昭和38年 百寿者の表彰が始まる
  ・乳幼児が多死する時代から高齢者が多死する時代へ
 第2章 激増する医療費と介護費
  ・長寿者を支えるための財政的負担
 第3章 歯の数が社会医療費を決める
  ・要介護度と残存歯数の関係
  ・残存歯数と入院医療費・入院日数の関係
第2部 歯を失い続ける人々
 第1章 歯を失う最大の原因は歯周病
  ・永久歯の数
  ・日本人が永久歯を喪失する原因
  ・歯を失えば顎も失う
 第2章 日本人の歯の真実
  ・8020運動の真実
  ・日本が世界に誇る8020データバンク調査
  ・日本人の歯は50代から抜け始める
 第3章 欧米の高齢者もまた無歯顎者が多数を占める
  ・アメリカ
  ・イギリス
  ・ノルウェー
  ・イタリア
第3部 歯周病とは何か
 第1章 歯周病理解のために必要な歯周組織学
  ・歯の萌出時に生まれる結界
  ・歯周組織の構成
  ・歯槽骨
  ・歯面(セメント質)
  ・歯根膜(歯周靱帯)
  ・歯肉
 第2章 感染症として捉える歯周病
  ・走査電子顕微鏡が教える歯周病の恐ろしさ
  ・ペリクルから始まるプラークの形成
  ・細菌群はバイオフィルムの中でスクラムを組む
  ・歯科衛生士でも2週間歯磨きをしないと歯肉炎で出血する
  ・歯根膜を襲う歯周病菌
  ・科学の目を持てば口腔ケア・スイッチが入る!
 第3章 歯周病で起きる組織変化
  ・歯と歯周組織
  ・歯周病の進行
  ・歯肉炎は可逆性の変化,歯周炎は不可逆性の変化
  ・医療従事者向け歯周病テキスト
第4部 口腔が全身に与える影響
 第1章 寝たきりと早死に〜日本の歯科医師が明らかにした歯の数の意味〜
  ・レモネード・スタディの誕生
  ・ベースライン調査から明らかになった歯科医師の実態
  ・歯の喪失は転倒骨折を招く
  ・歯の喪失は命をも奪う
  ・歯間清掃が長生きを決める
  ・レモネード・スタディに学ぶ
 第2章 入院の長期化〜口の穢れが術後に災いをもたらす〜
  ・口腔ケアの重要性に気づいた日本医師会
  ・口腔管理により手術後の創部感染と入院日数が減少
  ・入院前と入院中はお口の手入れを特に念入りに
 第3章 糖尿病〜歯周病で血糖値が上がる〜
  ・糖尿病と歯周病は炎症を通してつながる
  ・2008年 日本糖尿病学会が歯周病を合併症の1つとして認める
  ・2012年 日本糖尿病対策推進会議が国民に歯科受診を啓発
  ・2016年 日本糖尿病学会が診療ガイドラインで正式に歯周治療を推奨
  ・2020年 日本糖尿病協会が糖尿病連携手帳に歯科定期受診を記載
  ・歯周病の治療は妊娠糖尿病や糖尿病予備群も救う
 第4章 早産と死産〜歯周病菌が子宮を襲う〜
  ・ごくありふれた歯周病菌 フソバクテリウム・ヌクレアタム
  ・世界初の口腔子宮感染症の衝撃
  ・フソバクテリウム・ヌクレアタムは早産を誘発する
  ・胎盤の細菌叢は口腔と最も似通っている
  ・マイナス2歳からカップルで口腔ケアへの取り組みを
 第5章 アルツハイマー病〜歯周病菌が記憶を奪う〜
  ・認知症は予防できない疾患?
  ・日本が世界に誇る疫学研究「ヒサヤマ・スタディ」
  ・地域住民の中で急増するアルツハイマー病
  ・夫婦の2人に1人が認知症になる時代
  ・歯を喪失すると認知症発症リスクが高まる
  ・歯肉縁の上と下では細菌の性質が違う
  ・最強の歯周病菌ポルフィロモナス・ジンジバリスとタンパク質分解酵素ジンジパイン
  ・日本が生み出したジンジパイン特異的阻害剤
  ・すべてを破壊し尽くすジンジパイン
  ・ジンジパインは血管傷害を引き起こす
  ・ポルフィロモナス・ジンジバリスは鉄を喰らって生きる
  ・ポルフィロモナス・ジンジバリスは歯ぐきの中にすみつく
  ・ゼブラフィッシュ感染モデルが明らかにしたジンジパインの恐ろしさ
  ・マウス感染モデルで確認された海馬領域でのジンジパイン局在と神経変性
  ・アルツハイマー病治療薬としての可能性が示されたジンジパイン阻害剤
  ・世界初のジンジパイン阻害薬誕生を目指して