やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

緒言
 医科疾患患者へ歯科医療が関わることで,誤嚥性肺炎が抑制され患者の病状回復が早まることが確認されたことから,医科歯科連携を制度として推進する動きが生まれ,歯科医師・歯科衛生士が病院内のチーム医療に加わることが推奨されることとなった.
 しかしながら,医科疾患患者のための医科歯科連携が具体化されるには,そのことが言われだしてから20年以上もかかった.2012年(平成24年)の診療報酬改定で「周術期口腔機能管理料」が新設されて,初めて公的に制度として全国展開されるようになった.
 これまで,あるべき理念としての医科歯科連携,あるいは幾つかの病院で実施されたエピソードとしての医科歯科連携であったものが,保険診療制度の中に告示・通知として位置づけられた.国が医療保険の中で,国民に対し提供する医療行為として明示したのである.周術期口腔機能管理は,これまでの医科界・歯科界にはない新たな流れをつくり出した.病院の歯科衛生士は,この流れの真っ只中にいる.
 周術期口腔機能管理といっても,これまでにない新たな疾患が発生してそれに新たに立ち向かっているわけではない.また,革命的な新薬や新技術が生まれたわけではない.
 医科と歯科は,ほぼ別の領域として制度化され医療・歯科医療を国民に提供してきた.これを連携して提供しようというのがこれまでにない革新的な仕組みなのである.個々に確立された仕組みを連携するにはいくつかの筋道が必要となる.現在はまだ,医科歯科連携の間を快適に走ることのできる舗装道路が完備されている状況にはなっていない.
 これからは,医科疾患患者に対応する医療現場で歯科との連携の道を切り開いていかなくてはならない.本書にはその道筋が紹介されている.医科歯科連携の現場に立つ歯科衛生士はこの本の内容を修得し,さらに常に傍らに置いて新たな道をつくっていくことが望まれる.
 医科歯科連携は制度としては始まったばかりである.そのため用語にしても周知途上のものもある.たとえば「口腔機能管理」は,そのものが周知不十分である.歯科が歯科以外の領域に踏み込んだときから新たな用語が生まれた.介護保険に伴う「口腔ケア」がその典型である.色々な領域の人々が口腔ケアについて同床異夢であった.日本歯科医学会がこれを整理したが,そこで示された「口腔機能管理」と保険診療の「周術期口腔機能管理」とは内容を異にする.本書でもこれらの用語がその時々の文脈で意味を異に,あるいは意味を同じくして使用されている.今後は本書を用いる人々の意見等から,医科・歯科の両領域で共通の概念が整理されていくものと思う.是非多くの意見が寄せられるよう,祈念するものである.
 令和元年7月
 東京歯科大学短期大学学長
 石井拓男
1 基礎編
I 周術期口腔機能管理の制度と医科歯科連携
 1 病院における歯科衛生士業務と法制度(石井拓男)
  1 保険診療と病院における歯科衛生士業務(周術期口腔機能管理関連) 医療法と病院歯科(医科歯科連携)
II 病院歯科の役割
 1 病院歯科の役割(野村武史)
  1 はじめに 超高齢社会における新たな歯科衛生士業務 総合病院における歯科医療 地域包括ケアシステムとは 切れ目のない歯科医療の提供(歯科衛生士間の業務連絡)
 2 がん患者の周術期管理(松井淳一)
  1 はじめに がんの基礎知識 術前の説明と検査 がんに対する手術 術後の患者の経過,管理と合併症 術後合併症の予防と対処法 まとめ
 3 脳卒中患者の口腔健康管理,口腔機能管理(片山正輝)
  1 口腔健康管理 脳卒中患者に対する口腔健康管理の意義 脳卒中患者の口腔衛生管理の特殊性 脳卒中による症状に応じた口腔衛生管理,口腔ケア 脳卒中患者の口腔健康管理における連携 当院脳卒中患者への口腔健康管理 脳卒中患者の周術期口腔機能管理
 4 化学療法と有害事象(今井洋志)
  1 はじめに 抗がん薬の種類と特徴 がん薬物療法の管理 化学療法と有害事象
 5 放射線療法と有害事象(鈴木祐也)
  1 はじめに 放射線療法 放射線療法の特徴 チーム医療 有害事象 有害事象に対する対策(口腔内を中心に)
 6 緩和ケア(並木瑠理江)
  1 緩和ケアとは 身体症状の緩和 精神的ケア 家族ケア 患者・家族の交流実践編
2 実践編
I 周術期口腔機能管理の実際
 1 病院における周術期等口腔機能管理に必要な基本的知識(片倉 朗)
  1 病院における口腔機能管理の目的 疾患の標準的な治療法とその経過を知っておく がん治療で発生する口腔症状とその発生時期を把握する 口腔機能管理を計画・実施するために検査データを評価できる 医療環境への対応と院内感染の防止に配慮する
 2 周術期口腔機能管理の実際
  症例1 手術前後の周術期口腔機能管理(病院歯科あり)食道がん(T2M1NO)(野村武史)
  症例2 舌がん(T3N0M0)の周術期口腔機能管理(病院歯科あり)(野村武史)
  症例3 化学療法後(院内歯科)(尾ア研一郎,堀越悦代)
  症例4 化学療法と放射線治療(院内歯科)(尾ア研一郎,堀越悦代)
  症例5 上顎洞がんの周術期(耳鼻咽喉科入院)に摂食機能療法を併用した口腔機能管理(長谷剛志)
  症例6 緩和ケア病棟におけるがん終末期(院内歯科)(尾ア研一郎)
  症例7 終末期患者(阪口英夫)
II 周術期口腔機能管理の演習と相互実習
 演習のねらいと進め方(久保山裕子)
  1 演習1 予習演習(菅野亜紀・大屋朋子・久保山裕子)
  2 演習2 実践演習(菅野亜紀・大屋朋子・久保山裕子)
  3 相互実習(大屋朋子)
   実習1.シミュレーション用マネキン(マナボット)にて経口挿管患者の口腔衛生管理
   実習2.口腔粘膜炎発生時の口腔衛生管理の実習
III 病院全体における医科歯科連携(足利赤十字病院を例として)
 1 口腔管理のシステムの構築(小松本悟・尾ア研一郎・堀越悦代)
  1 病院の概要 医科歯科連携のためのシステム構築の経緯 口腔管理システム構築のための急性期におけるリハビリテーション科依頼患者の口腔状態調査 病棟での口腔管理システム 歯科が介入した患者情報のデータベース化
 2 他職種との連携(尾ア研一郎)
  1 看護師との連携 リハビリテーションスタッフとの連携 栄養課との連携 医療ソーシャルワーカーとの連携 歯科医師との連携
 3 口腔衛生管理のポイント(尾ア研一郎)
 4 医科歯科連携の評価と効果(尾ア研一郎)
  1 口腔管理の対象患者 急性期脳卒中患者の肺炎発症率について がん周術期等口腔機能管理の術後肺炎と気管支炎の発症率について 嚥下内視鏡検査前における歯科衛生士の介入効果について
IV 医科歯科連携の評価と効果
 1 東京歯科大学市川総合病院の概要と周術期口腔機能管理の効果(野村武史)
  1 東京歯科大学市川総合病院の概要と周術期口腔機能管理の介入効果 がん患者を中心とした(周術期)口腔機能管理の実際 地域医療連携ネットワークの構築
 2 入院患者の「摂食機能療法」に歯科衛生士が介入した事例(長谷剛志)
  1 病院の概要 目的 対象 方法 結果 結論・今後の課題・臨床に生かすヒント
 3 地域包括ケアシステムと歯科・病院(石井拓男)
  1 国策としての地域包括ケアシステム 地域包括ケアシステムと歯科 地域包括ケアシステムと病院・歯科