やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

本書の発刊に寄せて
“歯科衛生士”としてスタートした僕のキャリア
 1988 年,イエテボリ大学歯学部の学部長だったJan Lindhe教授の取り計らいで科学に基づいた歯周治療・インプラント治療を学ぶために同大学歯周病科の大学院に留学することになった.当時,大学院に国際プログラムが存在せず,たった1 人の大学院生活が始まった.授業はすべてスウェーデン語.研究室ではPanos Papapanou先生(現:コロンビア大学歯学部主任教授)の手伝い,クリニックでは臨床見学が始まった.
 当時,スウェーデンでは歯科衛生士が局所麻酔をすることは許可されていたが,伝達麻酔はできなかった.しかし,SRPを行う症例の多くで伝達麻酔は必須だったので,歯科医師が呼ばれて施術していた.暇をもてあましていたある日,とうとう僕にも「ヒデ,伝達麻酔をして!」と声がかかった.教室の多くの歯科医師は1 回に4 筒ほどのアンプルを使っていたが,僕が1 アンプルで済ませると,歯科衛生士の間で「ヒデは伝麻が上手い」と噂が広がり,これがきっかけとなり「ヒデもSRPをしてみない?」と,はじめて患者さんの治療に参加することになった.僕はその歯科衛生士からSRPを習い,イエテボリ大学歯学部歯周病科の専門医教育を“歯科衛生士”としてスタートすることになった.この歯科衛生士が本著でたびたび紹介されている Maria Johansson Paquietさん(p.18 参照)だ.
エビデンスに基づいた歯周治療の実践
 大学院修了後,6 年にわたる留学が終了し,学位論文の審査式を待った.学位論文のテーマは「SRP時の局所抗菌薬の付加的効果」.審査会のおわりに,後に歯周病科大学院の主任教授となるLars Heijl先生から,「この抗菌薬とSRPを行った歯科衛生士のどちらを日本に持ち帰りたいか?」と質問があり,「もちろんスウェーデンで教育を受けた歯科衛生士!!」と答えて審査会は無事終了した.
 帰国後はスウェーデンで学んだ「エビデンスに基づいた歯周治療」を日本でも実践しようと,東京・日比谷にスウェーデンデンタルセンター(SDC,医療法人社団北欧会 弘岡歯科医院)を開設した.開設にあたって25 名ほどの応募者のなかから本著の著者・加藤 典さんを診療のパートナーとして選んだのは僕にとっては幸運であった.
 1996 年からは科学に基づいたスカンジナビアの歯周治療学を広めることを目的に「ペリオコース」を開始.歯科医師向けのコースにもかかわらず歯科衛生士の参加がみられたことから,歯周治療・インプラント治療における歯科医師と歯科衛生士の協力の必要性を再認識した.そこで,加藤さんとともに「デンタルハイジーン」誌上で「Dr.弘岡に訊く 歯科衛生士のための臨床的ペリオ講座」「Dr.弘岡に訊く 歯科衛生士のためのインプラントロジー」を連載,その内容を医歯薬出版より『Dr.弘岡に訊く 臨床的ペリオ講座1』『Dr.弘岡に訊く 臨床的ペリオ講座2』の2 冊にまとめ上梓した.これらの著書では,臨床例を示しながら,関連するエビデンスとその解釈,患者さんへの対応ヒントを詳細に提示したが,読者諸氏からは「実際にエビデンスに基づいた診療を診療室でどのように行うのか」という疑問の声が尽きなかった.
 そこで,加藤さんがSDCで歯科衛生士が行っている日常臨床をまとめたのが,本書の元になった連載「DHノリのクリニカルクエスチョンから学ぶシンプル・ペリオ」(デンタルハイジーン,2016 年1〜 6 月号)である.
 本書の執筆は,これまでの著書,そしてSDCでの臨床を見直す好機にもなった.本書ではSDC,そしてスウェーデンの歯周病専門医院で行われている歯科衛生士臨床を,初診からSPTに至るまで豊富な臨床写真を提示しながら解説した.また,インプラントのメインテナンスについても,最新のエビデンスに基づいた対応法を紹介した.各章ともQ&A形式でまとめているので,臨床で疑問があったときのヒントを調べるのにもよいだろうし,通読してスウェーデンの歯周病専門医院での歯科衛生士業務を把握するのも楽しいだろう.なお,関連するエビデンスについて詳しく知りたい場合は『臨床的ペリオ講座1,2』の参照ページを記載しているのでこちらを辞書代わりに使ってもらいたい.
 SDCではスウェーデンで証明されたエビデンスに基づいた歯周治療・インプラント治療を20 年以上にわたり実践して成果をあげている.ぜひ,読者の皆さんにも本書を参考に患者さんの立場に立った歯科医療を行ってほしい.
 2019 年春
 EFP Perio Master Clinic,Hong Kong
 Harbour Grand Kowloonにて
 弘岡秀明


推薦の言葉
 加藤 典さんは,日本とスウェーデンの両国で学んだ経験豊富な歯科衛生士です.私が彼女と知り合い,スウェーデン・イエテボリ大学歯学部歯周病科においてともに勉強するようになってから20 年以上が経ちました.
 彼女は,同大学の大学病院の診療室,およびMolndal Hospitalの歯周病専門医院等において,長年にわたり歯周病専門医のもとで研鑽を積んできました.密に交流をはかるなかで,私は彼女の豊富な臨床経験と非常に深い専門知識に感銘を受けつづけています.
 本書の出版にあたり,読者の歯科医師・歯科衛生士の皆さんが彼女の知識と臨床経験をこの本から学び,追体験できることを心から喜びたいと思います.この本の成功を心からお祈りいたします.
 Maria Johansson Paquiet
 Folktandvarden Vastra Gotaland
 歯科衛生士


はじめに
“このままでいいのだろうか”と悩んだ日々
 私は,歯科衛生士学校卒業後,一般の開業医に勤務していました.しかし,歯科衛生士として仕事を続けるなかで,“これでいいのだろうか”と立ち止まる日々.臨床での悩みや疑問を解決する術もなく,仕事に対する自信を失い,途方に暮れかけていました.そんなとき,スウェーデンの歯周治療専門クリニックと同レベルの治療を行っている,スウェーデンデンタルセンター(SDC)の存在を知りました.
 やっとの思いでSDCのスタッフになったものの,当時の私の知識や技術は院長である弘岡秀明先生が求めているレベルとはほど遠いものでした.そこで,弘岡先生が講師を務める「ペリオコース」をスタッフとして受講しながら,必死に臨床に取り組むことになりました.自分が学んできたものをいったん捨て,一から勉強しなおす毎日が続いたのです.
スウェーデンの歯科衛生士から学んだこと
 当時,弘岡先生はスウェーデン・イエテボリ大学での留学を終えて帰ってきたばかり.スウェーデンで学んだ歯周治療を日本でも実践しようと取り組まれているころでした.先生からスウェーデンの歯科医療の話を繰り返し聞き,また,スウェーデンの歯科医師の先生方がSDCを訪問されるたびに,“現地に行って自分の目で確かめたい”という思いが高まりました.先生からは「英語力や歯科の知識が十分でない君が行っても,先方の先生方に迷惑がかかるだけだ」と言われましたが,1 年後,やっと許可を得てスウェーデンへ.以来,約20 年,毎年イエテボリ大学などの歯周病専門医のもとに足を運び,スキルアップをはかっています.
 スウェーデンの歯科医療は,「専門家の判断のもと,エビデンスに基づいた患者さん主体の治療を行うこと」が前提となっており,国民が生涯にわたって健康を維持し,人生を楽しんでもらうことを目標としています.
 スウェーデンの歯科衛生士たちと交流を重ねるなかで,彼女たちの知識や技術はもちろん,プロ意識の高さ,仕事に対するひたむきさ,オンとオフの切り替えの上手さに非常に感銘を受けました.そんな彼女たちと会うたびに,自分の甘さを認識し,気を引き締めようと強く思います.
エビデンスに基づいた歯科医療を実践するために
 科学的な研究をもとにしたデータは,患者さんを治療していくうえで非常に役立ちます.スウェーデンでは,保険福祉庁が「成人歯科医療ナショナルガイドライン」という歯科医療のガイドラインを発表しており,患者さん自身がいつでも,科学的な根拠に基づいて評価された治療の優先順位を閲覧できます.この制度により,エビデンスに基づく歯科医療についての情報が国民にわかりやすく提供されています.
 しかし,忘れてはいけないのは,エビデンスは治療を行ううえで参考になりますが,実際の臨床では患者さんの気持ちや考え方への配慮が必要とされるということです.本書では,歯周治療に必要なベーシックな知識・技術を伝えるだけではなく,患者さんの背景に応じた対応やちょっとした気遣いなど,患者さんとの信頼関係を高めることに役立つ臨床ヒントをたくさん盛り込んでいます.いうまでもなく患者さんは,生身の人間です.誠意をもって日々患者さんと向き合い,反省し,学び,経験を積み重ねることではじめて見えてくることもあります.特に歯周治療では,どんなに優れた治療法を用いても,患者さん自身が生活習慣や意識を変えなければ十分な治療効果は得られません.
 また,私自身がエビデンスの内容を患者さんをとおして確認できたことで,「患者さん主体の歯科医療」の大切さがわかってきました.特に歯科医師と患者さんの間に入りながら,患者さんのために最終的にはどのような治療方法がよいのかをいっしょに考える,チームの一員としての歯科衛生士の役割が重要だと感じています.
 歯周治療には,患者さんの協力が不可欠であり,患者さんと歯科医師・歯科衛生士の良好な関係性が大切なことは言うまでもありません.さらには歯科医師と歯科衛生士が信頼関係を築き,考え方や方向性を一致させる努力も必要ではないでしょうか.
歯科衛生士は素敵なお仕事!
 歯科衛生士としてある程度の基本が習得できているならば,歯周治療の技術の上達のためには,上手な人をよく観察し,練習することしかありません.そして,歯科に関する知識が増えれば増えるほど,高度な技術も身につきやすくなります.私たち歯科衛生士がより高いレベルを目指して知識や技術を向上させることは,結果として患者さんに最適・最良の歯科医療を提供することにつながります.つまり,歯科衛生士の仕事は,学べば学ぶほどその成果を患者さんに還元することができる,やりがいのある仕事だということです.
 口は,「食べる」「話す」「表情をつくる」など重要な役割を担う器官です.患者さんが,治療を受けてよくなったとき,笑顔で「ありがとう!」と言われたとき,この職業を続けていてよかったと心から思います.
 本書が,一人でも多くの歯科衛生士の皆さんが仕事を楽しみ,モチベーションを向上させる一助となれば幸いです.
 2019 年春 加藤 典
 本書の発刊に寄せて
 推薦の言葉
 はじめに
Chapter 1 歯周病ってどんな病気ですか?
 歯周病ってどんな病気ですか?
Chapter 2 患者さんからの情報収集のポイントは?
 歯周病の患者さんから,まず集めなければならない情報は?
 患者さんとの会話から情報を収集するためのポイントは?
Chapter 3 歯周病検査では何を調べているの?
 なぜ歯周病検査が必要なのですか?
 規格性のある資料をとるためのポイントを教えてください
 プロービングの目的は何ですか?
 プロービングのコツを教えてください!
 プロービング時の出血からは何がわかりますか?
 根分岐部の検査はどのように行いますか?
 そのほかの検査での注意点を教えてください!
Chapter 4 患者さんへのモチベーションを成功させるためには
 「モチベーション」とはどのようなものですか?
 患者さんへのモチベーションを成功させるために重要なこととは?
 患者さんの性格やバックグラウンドに合わせた対応のポイントは?
Chapter 5 ブラッシング指導のポイントを教えてください!
 ブラッシング指導のポイントは?
 歯磨き圧が強い患者さんにはどのようにブラッシング指導を行いますか?
 清掃用具は何を選びますか?
 どのようなブラッシング方法を勧めていますか?
 なかなかブラッシングが上達しない患者さんへの対応は?
 患者さんの口腔内のリスクごとのブラッシング指導のポイントを教えてください
Chapter 6 SRPを効果的に行うためには?
 SRPを行う前にどのようなことが必要ですか?
 SRPではどこまでアプローチをしますか?
 SRPで使用する器具は何を選択しますか?
 器具はどのように持って動かしたらよいですか?
 シャープニングはどのように行いますか?
 SRPの基本的なポジショニングを教えてください!
 SRPの手順を教えてください!
 SRPでの注意点にはどのようなことがありますか?
 それぞれの部位へのアプローチのポイントを教えてください!
 再評価の時期はどのように決めていますか?
Chapter 7 根分岐部のSRPはどのように行いますか?
 根分岐部の術前の診査はどのように行いますか?
 根分岐部へのアプローチの実際について教えてください
Chapter 8 歯周外科治療は何のために行いますか?
 歯周外科治療の目的は何ですか?
 歯周外科治療はどのような場合に行われるのですか?
 歯周外科治療を行うためのプラークコントロールの基準を教えてください
 おもな歯周外科治療の術式にはどのようなものがありますか?
 歯周外科治療の術前・術後には患者さんにどのようなことを説明しますか?
 術後管理ではどのようなことに気をつければよいですか?
 歯周外科治療の禁忌にはどのようなものがありますか?
Chapter 9 SPTはなぜ必要なのですか?
 SPTって何ですか?
 SPTを行わないとどうなりますか?
 SPTに移行する条件は?
 SPTでは何を行いますか?
 SPTで注意するポイントは?
Chapter 10 インプラント周囲病変とはどのようなものですか?
 インプラント周囲組織と天然歯の歯周組織との違いは?
 インプラント周囲組織に炎症が起こるとどうなりますか?
 インプラント周囲組織の検査はどのように行うのですか?
 インプラント周囲病変のリスクファクターには何がありますか?
 インプラント周囲病変の治療はどのように行われますか?
Chapter 11 インプラントのSPTはどのように行いますか?
 インプラントのSPTの目標はなんですか?
 インプラントのSPTでチェックすべきなのはどこですか?
 インプラントのSPTの流れを教えてください
 患者さんへの情報提供はどのように行っていますか?
Chapter 12 歯周病のリスクファクター
 歯周病のリスクファクターにはどのようなものがありますか?
 喫煙者の患者さんにどのように禁煙支援を行いますか?
 糖尿病の患者さんに対する歯周治療はどのように行いますか?
 歯周病の患者さんでは妊娠・出産にリスクがあるというのは本当ですか?