はじめに
肝炎ウイルスが口腔病変と関連することに私が気づいたのは1995年でした.そうして「肝外病変」についてまとめた論文が話題を呼び,1996年11月22日,「C型肝炎ウイルスが口腔癌に影響?」という記事が朝日新聞や読売新聞などに掲載されました.その後も新聞社やラジオ局など,定期的にメディア取材を受けてきました.肝外病変という言葉を今回初めて目にした方もいらっしゃるかもしれませんが,本書は,肝炎ウイルスの感染対策と口腔内の肝外病変の治療という両面からまとめ,歯科医療従事者の方々に肝疾患の理解を深めていただくために企画しました.
歯科医療従事者は患者の唾液や血液と接することが多い職業です.すべての患者に安心・安全な歯科医療を提供するには,肝疾患の基本を押さえ,肝炎ウイルス感染の予防や治療法を把握することが大切です.一方で,肝炎ウイルスは口腔粘膜に病変を引き起こすことが知られ,肝外病変を歯科治療の面から行う際にも肝炎の知識が求められます.
ところで,これまでにB型肝炎ウイルスやC型肝炎ウイルスの検査を受けたことはおありでしょうか? 肝炎ウイルスに感染しても自覚症状はなく,放置しておくと肝癌を発症する可能性が高くなりますが,早期に発見できれば治すことが可能です.検査を受けたことがない場合は,すぐにでも肝炎ウイルスの検査を受けることをお勧めします.
B型肝炎やC型肝炎の治療法は,核酸アナログ製剤や直接作用型抗ウイルス薬の登場によって,今や飛躍的に進歩しました.
1980年代には肝臓病を完全に治す薬はありませんでした.1992年に注射薬であるインターフェロンが発売され,C型肝炎ウイルスを駆除できるようになりましたが,駆除率が低く,副作用が強いことが課題でした.しかし,2014年に直接作用型抗ウイルス薬が発売され,今は飲み薬だけでC型肝炎を治せる時代になったのです.これを受けてWHO(世界保健機関)は2030年までにC型肝炎を撲滅することを目標に掲げています.
B型肝炎については,2000年に登場した核酸アナログ製剤により,副作用がなく,安全にウイルスを制御できるようになりましたが,C型肝炎ウイルスの治療薬と異なり,ウイルスを体内から完全に排除することはできません.けれども,ワクチンには発症を阻止する効果が期待されるため,WHOはB型肝炎ワクチンを全世界ですべての人が接種すること(ユニバーサルワクチネーション)を勧告しています.日本でも2016年10月,ようやくB型肝炎ワクチンのユニバーサルワクチネーションが取り入れられ,0歳児に限り公費(無料)で接種が受けられるようになりました.
さらに,扁平苔癬やシェーグレン症候群は,C型肝炎ウイルスが引き起こす肝外病変として知られています.患者の口腔内に粘膜疾患を認めたら,肝炎ウイルスに感染していないかどうかを確認することが大切です.感染している場合,飲み薬だけでC型肝炎も扁平苔癬も治せることがあります.
こうした知識を生かし,日常の臨床で役立てていただければ幸いです.
最後に,お忙しいなか,執筆に協力してくださった大越章吾先生,齋藤貴史先生,尾ア哲則先生に深謝申し上げます.本書の刊行にあたり,お世話になりました医歯薬出版株式会社にも感謝いたします.また,本書に期待を寄せておられた白土清司先生(日本歯科医療管理学会理事長)のご逝去を悼み,ご冥福をお祈り申し上げます.
2019年3月
長尾由実子
肝炎ウイルスが口腔病変と関連することに私が気づいたのは1995年でした.そうして「肝外病変」についてまとめた論文が話題を呼び,1996年11月22日,「C型肝炎ウイルスが口腔癌に影響?」という記事が朝日新聞や読売新聞などに掲載されました.その後も新聞社やラジオ局など,定期的にメディア取材を受けてきました.肝外病変という言葉を今回初めて目にした方もいらっしゃるかもしれませんが,本書は,肝炎ウイルスの感染対策と口腔内の肝外病変の治療という両面からまとめ,歯科医療従事者の方々に肝疾患の理解を深めていただくために企画しました.
歯科医療従事者は患者の唾液や血液と接することが多い職業です.すべての患者に安心・安全な歯科医療を提供するには,肝疾患の基本を押さえ,肝炎ウイルス感染の予防や治療法を把握することが大切です.一方で,肝炎ウイルスは口腔粘膜に病変を引き起こすことが知られ,肝外病変を歯科治療の面から行う際にも肝炎の知識が求められます.
ところで,これまでにB型肝炎ウイルスやC型肝炎ウイルスの検査を受けたことはおありでしょうか? 肝炎ウイルスに感染しても自覚症状はなく,放置しておくと肝癌を発症する可能性が高くなりますが,早期に発見できれば治すことが可能です.検査を受けたことがない場合は,すぐにでも肝炎ウイルスの検査を受けることをお勧めします.
B型肝炎やC型肝炎の治療法は,核酸アナログ製剤や直接作用型抗ウイルス薬の登場によって,今や飛躍的に進歩しました.
1980年代には肝臓病を完全に治す薬はありませんでした.1992年に注射薬であるインターフェロンが発売され,C型肝炎ウイルスを駆除できるようになりましたが,駆除率が低く,副作用が強いことが課題でした.しかし,2014年に直接作用型抗ウイルス薬が発売され,今は飲み薬だけでC型肝炎を治せる時代になったのです.これを受けてWHO(世界保健機関)は2030年までにC型肝炎を撲滅することを目標に掲げています.
B型肝炎については,2000年に登場した核酸アナログ製剤により,副作用がなく,安全にウイルスを制御できるようになりましたが,C型肝炎ウイルスの治療薬と異なり,ウイルスを体内から完全に排除することはできません.けれども,ワクチンには発症を阻止する効果が期待されるため,WHOはB型肝炎ワクチンを全世界ですべての人が接種すること(ユニバーサルワクチネーション)を勧告しています.日本でも2016年10月,ようやくB型肝炎ワクチンのユニバーサルワクチネーションが取り入れられ,0歳児に限り公費(無料)で接種が受けられるようになりました.
さらに,扁平苔癬やシェーグレン症候群は,C型肝炎ウイルスが引き起こす肝外病変として知られています.患者の口腔内に粘膜疾患を認めたら,肝炎ウイルスに感染していないかどうかを確認することが大切です.感染している場合,飲み薬だけでC型肝炎も扁平苔癬も治せることがあります.
こうした知識を生かし,日常の臨床で役立てていただければ幸いです.
最後に,お忙しいなか,執筆に協力してくださった大越章吾先生,齋藤貴史先生,尾ア哲則先生に深謝申し上げます.本書の刊行にあたり,お世話になりました医歯薬出版株式会社にも感謝いたします.また,本書に期待を寄せておられた白土清司先生(日本歯科医療管理学会理事長)のご逝去を悼み,ご冥福をお祈り申し上げます.
2019年3月
長尾由実子
第I編 肝疾患の基礎知識
CHAPTER 01 なぜ歯科医院で肝疾患の知識が必要なのか
1 ウイルス性肝疾患と歯科診療とのかかわり
2 症状の乏しいウイルス性肝疾患
3 肝臓の病気と歯科治療
CHAPTER 02 肝疾患を理解しよう
1 肝臓の位置と構造
2 肝臓の働き
3 肝疾患に必要な検査項目と数値の理解
CHAPTER 03 歯科医院で知っておきたい肝疾患患者の症状
1 肝疾患の自覚症状
2 肝疾患の他覚症状
CHAPTER 04 ウイルス性肝炎
1 ウイルス性肝炎にはどのようなものがあるのか
2 B型肝炎とC型肝炎の違いは?
3 B型肝炎ウイルス(HBV)キャリアの経過は?
4 C型肝炎ウイルス(HCV)キャリアの経過は?
5 B型肝炎ウイルス(HBV)キャリア,C型肝炎ウイルス(HCV)キャリアではどのように病気が進むのか
6 B型肝炎,C型肝炎の最新治療
7 B型肝炎ウイルス(HBV)の再活性化
CHAPTER 05 脂肪肝
1 わが国における非アルコール性脂肪性肝疾患の現況
2 非アルコール性脂肪性肝炎の発病メカニズム
3 非アルコール性脂肪性肝疾患・非アルコール性脂肪性肝炎の臨床
CHAPTER 06 肝硬変・肝癌
1 肝硬変
2 肝癌
CHAPTER 07 肝疾患患者への生活指導
1 はじめに
2 食事療法の基本
3 夜間就寝前補食(早朝の絶食を回避する)
4 サプリメントの開発
5 便秘をしない
6 タバコ(禁煙する)
7 アルコール(飲酒を控える)
8 鉄分を摂りすぎない
9 コーヒーを飲む
10 ビブリオ・バルニフィカス感染症
11 運動療法
12 患者教育に向けたiPadアプリの開発
第II編 口腔疾患と肝疾患とのかかわり
CHAPTER 01 肝疾患患者の口腔健康管理
1 はじめに
2 口腔健康管理とは?
CHAPTER 02 歯周病と深く関連する肝疾患
1 非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)
2 ウイルス性肝疾患
CHAPTER 03 肝外病変
1 肝外病変とは?
2 WHOのガイドラインにも登場
3 抗ウイルス療法
4 口腔に現れる肝外病変の種類
CHAPTER 04 口腔癌
1 口腔癌とHCV感染
2 口腔癌における重複癌とHCV感染
CHAPTER 05 扁平苔癬
1 扁平苔癬とHCV感染
2 日本人の口腔扁平苔癬患者におけるHCV感染の割合
3 HCV高浸淫地域(九州X町)住民における口腔扁平苔癬の有病率
4 口腔扁平苔癬の組織におけるHCVの局在
5 HCVによる扁平苔癬の発症因子
6 HCV感染有無による病理組織像の違い
7 vulvo-vaginal-gingival syndrome(外陰-膣-歯肉症候群)
8 扁平苔癬の悪性転換
9 難治性扁平苔癬の治療
10 扁平苔癬患者への口腔衛生管理
CHAPTER 06 シェーグレン症候群
1 シェーグレン症候群の難病指定
2 シェーグレン症候群とC型肝炎ウイルス(HCV)感染
3 シェーグレン症候群と自己免疫性肝疾患
4 シェーグレン症候群の治療
CHAPTER 07 肝疾患患者の味覚
CHAPTER 08 歯科疾患は,C型肝炎ウイルス(HCV)感染患者のインターフェロン治療の導入を妨げる
CHAPTER 09 肝疾患患者の口腔健康管理に関するポイント
CHAPTER 10 歯科を介した肝疾患の治療勧奨
第III編 歯科医院でこそ必要な肝炎ウイルス対策
CHAPTER 01 B型肝炎ウイルス(HBV)の体液汚染対策
1 スタンダードプリコーション
2 HBVの体液汚染対策
CHAPTER 02 C型肝炎ウイルス(HCV)の体液汚染対策
CHAPTER 03 肝炎ウイルス感染の捉え方
1 歯科領域の特殊環境
2 問診力の重要性
3 患者の立場から考える肝炎ウイルス感染の捉え方
4 歯科医療従事者の立場から考える肝炎ウイルス感染の捉え方
第IV編 院内感染防止対策と歯科診療報酬
1 歯科医療機関における院内感染対策の現状
2 初診料・再診料に係る院内感染対策に規定する施設基準
CHAPTER 01 なぜ歯科医院で肝疾患の知識が必要なのか
1 ウイルス性肝疾患と歯科診療とのかかわり
2 症状の乏しいウイルス性肝疾患
3 肝臓の病気と歯科治療
CHAPTER 02 肝疾患を理解しよう
1 肝臓の位置と構造
2 肝臓の働き
3 肝疾患に必要な検査項目と数値の理解
CHAPTER 03 歯科医院で知っておきたい肝疾患患者の症状
1 肝疾患の自覚症状
2 肝疾患の他覚症状
CHAPTER 04 ウイルス性肝炎
1 ウイルス性肝炎にはどのようなものがあるのか
2 B型肝炎とC型肝炎の違いは?
3 B型肝炎ウイルス(HBV)キャリアの経過は?
4 C型肝炎ウイルス(HCV)キャリアの経過は?
5 B型肝炎ウイルス(HBV)キャリア,C型肝炎ウイルス(HCV)キャリアではどのように病気が進むのか
6 B型肝炎,C型肝炎の最新治療
7 B型肝炎ウイルス(HBV)の再活性化
CHAPTER 05 脂肪肝
1 わが国における非アルコール性脂肪性肝疾患の現況
2 非アルコール性脂肪性肝炎の発病メカニズム
3 非アルコール性脂肪性肝疾患・非アルコール性脂肪性肝炎の臨床
CHAPTER 06 肝硬変・肝癌
1 肝硬変
2 肝癌
CHAPTER 07 肝疾患患者への生活指導
1 はじめに
2 食事療法の基本
3 夜間就寝前補食(早朝の絶食を回避する)
4 サプリメントの開発
5 便秘をしない
6 タバコ(禁煙する)
7 アルコール(飲酒を控える)
8 鉄分を摂りすぎない
9 コーヒーを飲む
10 ビブリオ・バルニフィカス感染症
11 運動療法
12 患者教育に向けたiPadアプリの開発
第II編 口腔疾患と肝疾患とのかかわり
CHAPTER 01 肝疾患患者の口腔健康管理
1 はじめに
2 口腔健康管理とは?
CHAPTER 02 歯周病と深く関連する肝疾患
1 非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)
2 ウイルス性肝疾患
CHAPTER 03 肝外病変
1 肝外病変とは?
2 WHOのガイドラインにも登場
3 抗ウイルス療法
4 口腔に現れる肝外病変の種類
CHAPTER 04 口腔癌
1 口腔癌とHCV感染
2 口腔癌における重複癌とHCV感染
CHAPTER 05 扁平苔癬
1 扁平苔癬とHCV感染
2 日本人の口腔扁平苔癬患者におけるHCV感染の割合
3 HCV高浸淫地域(九州X町)住民における口腔扁平苔癬の有病率
4 口腔扁平苔癬の組織におけるHCVの局在
5 HCVによる扁平苔癬の発症因子
6 HCV感染有無による病理組織像の違い
7 vulvo-vaginal-gingival syndrome(外陰-膣-歯肉症候群)
8 扁平苔癬の悪性転換
9 難治性扁平苔癬の治療
10 扁平苔癬患者への口腔衛生管理
CHAPTER 06 シェーグレン症候群
1 シェーグレン症候群の難病指定
2 シェーグレン症候群とC型肝炎ウイルス(HCV)感染
3 シェーグレン症候群と自己免疫性肝疾患
4 シェーグレン症候群の治療
CHAPTER 07 肝疾患患者の味覚
CHAPTER 08 歯科疾患は,C型肝炎ウイルス(HCV)感染患者のインターフェロン治療の導入を妨げる
CHAPTER 09 肝疾患患者の口腔健康管理に関するポイント
CHAPTER 10 歯科を介した肝疾患の治療勧奨
第III編 歯科医院でこそ必要な肝炎ウイルス対策
CHAPTER 01 B型肝炎ウイルス(HBV)の体液汚染対策
1 スタンダードプリコーション
2 HBVの体液汚染対策
CHAPTER 02 C型肝炎ウイルス(HCV)の体液汚染対策
CHAPTER 03 肝炎ウイルス感染の捉え方
1 歯科領域の特殊環境
2 問診力の重要性
3 患者の立場から考える肝炎ウイルス感染の捉え方
4 歯科医療従事者の立場から考える肝炎ウイルス感染の捉え方
第IV編 院内感染防止対策と歯科診療報酬
1 歯科医療機関における院内感染対策の現状
2 初診料・再診料に係る院内感染対策に規定する施設基準