やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
─本書発行までの経緯─
 健康日本21(第2次)に示されるように,喫煙は大きな健康課題となってきています.当然,タバコの入口である口を担当している歯科領域でも大きな課題ですが,わが国では,歯科職種向けのタバコおよび禁煙に関して系統的に書かれた書籍はほとんどない状況です.
 一方,歯科衛生士業務のなかでの健康支援に関する分野は,この数年目覚ましい速度で拡大しています.歯科疾患にかかわる生活習慣健康支援についても同様となりました.そして,歯科衛生士の歯科臨床の現場での禁煙支援は当然のことと考えられるようになり,歯科衛生士国家試験にも出題されるようになりました.そして,教育の現場からは,歯科衛生士学生が,禁煙について基本的な事項を学ぶためのテキストが要望されるようになりました.
 さらに,海外での歯科領域からの禁煙支援の普及や教育状況を調査し,わが国の現状を考慮して,日本口腔衛生学会を中心にいくつかの学会が,共同して歯科医学教育での禁煙支援の必要性を掲げるようになりました.
 以上の経緯の下に,本書を発行することになりました.本書は,歯科衛生士学生が学ぶ禁煙支援に必要な知識及び考え方をまとめたものです.しかし,歯科衛生士あるいは歯科医師が,臨床の現場で一般的な禁煙支援をする際にも十分な内容になっています.また,著者は,歯科医師・歯科衛生士に限らず,医師・保健師・薬剤師ら禁煙支援を実際に行い,社会に対しても禁煙の重要性を提言されている方々です.

─本書の構成と使い方─
 本書は,(1)タバコに対する基本的な知識,(2)喫煙が人体に及ぼす影響・健康被害(歯科領域と医科領域),(3)禁煙支援をするにあたっての行動科学,(4)禁煙支援の実際,そして(5)ライフステージ・環境別における禁煙支援,という順になっています.どこの部分から読んでもよいようにしてあります.たとえば,「禁煙支援の方法」を学ぶにあたり,禁煙支援の実際から入っていって,その理論的な補強をするために,行動科学と健康被害の部分を読み進めることもできます.しかし,肝心なことはどの順番でもよいですが,全部の章に目を通してください.禁煙支援は科学的なものであり,それを支えている社会のシステムについても知っておく必要があるためです.
 先にも述べましたように,歯科衛生士学生が学ぶことを前提にしていますので,参考文献には,学習を進めるのに必要なもののいくつかしか掲載されていません.そのため,さらに深く知りたい方は,参考文献を参照しさらなるリテラシーをしてください.
 また,できる限り本文を簡便にするために,重複しないように全体をまとめました.さらに,用語解説やコラムをつくり,本文の解説をわかりやすくしました.
 歯科からの健康支援(歯科保健指導)は,歯科診療のもつ特性から反復繰り返されるものですし,日常生活に身近なものが多いなど,禁煙支援には適したものと考えています.より多くの歯科衛生士が,歯科臨床の場で禁煙支援にかかわれることを強く望みます.
 2013年3月
 尾ア 哲則
 はじめに
I編 タバコを知る
 1章 タバコの科学(大和 浩)
  I.タバコから発生する3つの煙
  II.タバコ煙に含まれる有害物質
  III.主流煙と副流煙の有害性の比較
 2章 薬物としてのタバコ(宮ア恭一)
  I.タバコの主成分(タバコの葉の成分)─ニコチン─
  II.ニコチンの薬理作用と代謝
  III.ニコチンの毒性と誤飲事故
  IV.タバコは毒の缶詰(タバコの煙の成分)
  V.依存性の証明
 3章 タバコと口腔(疫学とメカニズム)
  I.齲蝕とタバコ(小島美樹)
   1.能動喫煙と齲蝕の疫学 2.受動喫煙と齲蝕の疫学 3.タバコ煙の曝露による齲蝕感受性の増加に関与する生物学的経路
  II.歯周病とタバコ(稲垣幸司・高阪利美)
   1.喫煙の口腔への影響─口腔としての特色─ 2.喫煙の歯周組織への影響 3.受動喫煙と歯周病との関係
  III.口腔粘膜とタバコ(無煙タバコを含む)(柴原孝彦)
   1.口腔粘膜の特徴 2.タバコの口腔粘膜への影響 3.口腔がんについて 4.タバコと口腔がん 5.口腔外科の立場から望むこと
  IV.インプラント治療とタバコ(日野出大輔)
   1.はじめに 2.インプラント治療に関与するリスクファクター 3.インプラント治療と喫煙との因果関係 4.関連学会によるインプラント治療指針と喫煙 5.疫学研究の結果をどのように歯科保健指導に活用するか?
  V.歯の喪失・口臭その他の口腔症状とタバコ(埴岡 隆)
   1.歯の喪失 2.口臭(タバコ臭) 3.その他の口腔症状
 4章 タバコと全身
  I.呼吸器疾患とタバコ(吉田直之)
   1.喫煙が呼吸器へ及ぼす影響 2.慢性閉塞性肺疾患(COPD)とは 3.日本におけるCOPDの動向 4.COPDにおける問題点
  II.その他とタバコ(飯田真美)
   1.全身に及ぶ喫煙の健康被害─寿命の短縮─ 2.喫煙とがん 3.喫煙と心血管疾患,脳卒中などの血管病 4.喫煙と糖尿病,脂質異常症,メタボリックシンドローム 5.喫煙と消化器疾患 6.喫煙と女性の疾患 7.喫煙と男性不妊症 8.喫煙と精神神経疾患 9.周術期における喫煙の影響
 5章 タバコと社会
  I.法律的側面(望月友美子)
   1.タバコ法制の沿革 2.健康施策としてのタバコに関する法律 3.わが国の課題と保健医療従事者としての役割
  II.喫煙の歯科医療費に与える影響(青山 旬)
   1.喫煙による歯周疾患治療の超過医療費 2.喫煙による歯の喪失に伴う欠損補綴の超過医療費 3.喫煙による歯科における超過医療費
II編 動機付け支援
 1章 動機付け支援(埴岡 隆)
  I.動機付けの機会─歯科受診─
  II.喫煙ステージ別の対応
  III.動機付けの内容(5つのR)
 2章 動機付け面接(稲垣幸司)
  I.歯科衛生士が行う禁煙支援に必要な動機付け面接技法
   1.動機付け面接とは 2.日常臨床を振り返ると 3.動機付け面接の基本的考え方 4.動機付け面接の基本戦略─共感的応答(OARS)─ 5.動機付け面接のトレーニングの重要性
 3章 口腔症状との関連付け(埴岡 隆)
  I.関連付けの基本
  II.関連付けの実際
   1.歯周病の治療を受ける患者 2.抜歯処置,欠損部の補綴を受ける患者 3.その他の歯科治療を受ける患者 4.熟年の喫煙患者 5.若年の喫煙患者 6.二次喫煙
III編 禁煙支援
 1章 行動変容─行動科学理論と禁煙支援─(中村正和)
  I.行動科学とは
  II.行動科学における代表的な理論やモデル
   1.オペラント学習理論 2.社会的学習理論(社会的認知理論) 3.健康信念モデル(ヘルス・ビリーフ・モデル) 4.保健行動のシーソーモデル 5.行動変容段階モデル─喫煙ステージ─
  III.行動療法に基づく健康支援の方法
   1.行動療法とは 2.行動療法のプロセス
  IV.行動科学の保健指導・健康教育への必要性
 2章 禁煙支援の方法(中村正和)
  I.はじめに
  II.診療の機会を活用した禁煙導入の方法
   1.禁煙の重要性を伝える 2.禁煙の解決策を提案する 3.動機の高まった喫煙者への禁煙支援のポイント 4.禁煙継続のためのフォローアップと体重コントロール
 3章 歯科での禁煙支援の実際(小島美樹)
  I.歯科臨床における禁煙支援
   1.歯科受診喫煙者の特徴 2.歯科保健指導としての禁煙支援 3.歯科での禁煙支援の基本的な流れ
  II.禁煙の意志や実行段階に応じた支援法
   1.禁煙の意志がない患者への支援(動機付け支援) 2.禁煙の意志がある患者への支援(実行支援) 3.禁煙を開始した患者への支援(維持支援)
 4章 禁煙治療と健康保険制度
  I.わが国の健康保険制度の基本的な考え方(尾ア哲則)
  II.ニコチン依存症としての禁煙治療(尾ア哲則)
  III.歯科診療での禁煙支援の位置付け(尾ア哲則)
  IV.これからの健康保険での禁煙支援と歯科(尾ア哲則)
  V.歯科衛生士が禁煙支援を行う意義─研究データより─(田野ルミ)
 5章 職域看護職から歯科衛生士に期待するもの(大津良恵)
  I.職域における喫煙対策
  II.喫煙ステージにあわせた禁煙支援
   1.無関心期の社員への支援 2.関心期の社員への支援
  III.歯科における禁煙支援について
IV編 ライフステージと禁煙支援・防煙教育
 1章 学齢期(尾ア哲則)
  I.学齢期で防煙教育(喫煙防止教育)を行う意味
  II.学齢期での喫煙への関心と特徴
  III.学校現場での位置付け
   1.学校の正規の授業で 2.学校での生活指導として
  IV.歯科診療での防煙教育の進め方
   1.受動喫煙防止から 2.能動喫煙防止に向けて
 2章 青年期(北田雅子)
  I.はじめに
  II.大学生の喫煙行動とその関連要因
  III.環境の禁煙化─大学はキャンパスの敷地内禁煙が必須─
  IV.喫煙防止教育・禁煙教育
 3章 成人期
  I.職域と家庭環境の喫煙状況と禁煙支援(大和 浩)
   1.職場と公共施設の受動喫煙防止対策の強化 2.家庭における喫煙禁止も有効な禁煙啓発
  II.成人期の喫煙者への喫煙介入(阿部眞弓)
   1.働く人への喫煙介入 2.具体的な禁煙支援
  III.歯科衛生士が行う成人への喫煙介入のヒント(阿部眞弓)
 4章 妊産婦期(中村 靖)
  I.妊産婦期の特殊性
  II.妊産婦期の禁煙支援・防煙教育の実際
   1.禁煙実践の目標はいつか 2.禁煙支援のために何が必要か 3.この時期の特殊性と課題
 5章 壮年期以降(埴岡 隆)
  I.口腔症状
  II.全身への影響
  III.二次喫煙(受動喫煙)
  IV.生活のなかでの関心事
  V.禁煙の効果
  付.タバコ煙と喫煙の分類

 コラム
  ・副流煙はなぜ青い?喫煙者の歯の裏はなぜ黒い?(大和 浩)
  ・タバコ依存のメカニズムの証明(宮ア恭一)
  ・妊娠中の喫煙は子どもの齲蝕を増加させる?(小島美樹)
  ・禁煙支援のスキルアップに役立つ教材(中村正和)
  ・クイットライン(無料の禁煙電話相談)(小島美樹)
  ・禁煙達成者へのごほうび(大津良恵)
  ・“マイルド”というタバコパッケージの変更とFCTCとの関係(北田雅子)
  ・タバコに含まれる添加物─メンソールの甘い罠─(北田雅子)
  ・呼吸器科医のつぶやき─歯科からの喫煙介入のメリット─(阿部眞弓)
  ・タバコの煙も微小粒子状物質(PM2.5)です!(大和 浩)
  ・産科外来の問診からみえること(中村 靖)
  ・受動喫煙防止で心臓発作が減少(飯田真美)
  ・世界唯一タバコのない国“ブータン王国”国王の英断にアッパレ!(稲垣幸司)