やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 歯科の仕事は主に「痛みからの解放」,「咀嚼機能の回復」,「審美性の回復」です.この3項目はすべてかみあわせ,つまり咬合とかかわりが深いため,日常の歯科診療で咬合にかかわらない日はないでしょう.
 では,歯科衛生士の仕事ではどうでしょうか.歯科アシスタントというジャンルでは歯科医師とともに前述の3項目において咬合にかかわることが多いと思いますが,歯科予防処置や歯周管理というジャンルでは咬合は軽くみられがちです.それでなくても咬合という概念は何となくわかりにくくて,できれば避けて通りたいと思われがちです.でも,避けて通っていたら患者さんを幸せにしてさしあげられません.そこで本書です.
 本書は「症例編」「知識編」「実践編」と3編に分けて,少し難しいかもしれないと思える項目はコラムにして短い文章でまとめました.また,12の症例を挙げて,咬合の概念をとらえやすいようにしました.
 「症例編」では,咬合を治すことでこんなにも壊れてしまった口腔内をこんなに回復できるのだということをステップごとにお示ししてあります.本書に示してある症例はすべて私の症例ですが,始めから最後まで歯科衛生士がしっかりと患者さんのフォローをしていてくれたからできた仕事なのです.たとえば,ブラッシング指導,SRPから始まる歯周治療をきちんとこなすこと,患者さんと歯科医師との間に立って,歯科医師が行う病状解説の不足分や不明な点で患者さんが歯科医師に聞きにくい部分をより詳しく説明すること,患者さんが自分の将来に対して不安を抱いたときなどを察知して心の支えになってあげるなど,多くの事柄を行ってもらった結果としてできた治療なのです.このときに歯科衛生士が行ったフォローには咬合に対する知識がたくさん含まれていて,これらのフォローなしでは私が一人で行うことは到底できそうにありませんでした.中沢歯科医院の歯科衛生士は私が直接指導し,治っていく患者さんたちを直接目の当たりにしているために,自然に身につけることができましたが,それなりに時間がかかりました.歯科衛生士として歯科臨床を行うにあたって咬合を学びたいとお考えの方達が自分たちだけの力で勉強するのはなかなか大変だと思います.そこで,中沢歯科医院の歯科衛生士が咬合の臨床をどのようにみているかを調査してみました.その調査を元に作った項目が「実践編」のチェックポイントです.
 「知識編」は理解しやすいように多くの図を用いており,内容も必要最小限の項目に絞りました.そして,「実践編」は歯科衛生士が歯周病の診査時に行うテクニックや咬合の基本の診査とその結果に対する考察法,そして患者さんの心のケアについてわかりやすくまとめました.すぐに役立つと思います.
 最後に本書をまとめるに際して,多くのアドバイスをいただいた中沢歯科医院歯科衛生士,金光良子,山本倫子の両氏に感謝致します.
 2014年9月
 中沢歯科医院院長
 中沢 勝宏
症例編 みてみよう
 症例 1 過重負担と歯周病
 症例 2 咬合性外傷によって抜歯を余儀なくされた症例
 症例 3 過重負担を調整することで抜歯を免れた症例
 症例 4 かみしめと違和感の症例
 症例 5 咬合のバランスが崩れて顎関節が崩壊した症例
 症例 6 歯の喪失で生じた咬合崩壊の症例
 症例 7 すれ違いの症例
 症例 8 歯周病が原因で生じた咬合崩壊
 症例 9 顎関節の変形が原因で生じた咬合崩壊
 症例10 顎関節の関節円板の位置が不安定な症例
 症例11 関節構造に破壊はないが,下顎頭の支持組織に緩みがある症例
 症例12 真の異常が発見されずに精神疾患扱いされている症例
 Column
  補綴物の対合歯に気をつけて 「かむ」を感じる歯根膜 義歯,インプラントの場合
  かみしめ癖の発見法 ガム転がし 「カチカチしてください」の不思議
  かみあわせが高く感じると言われたら… 咬合紙の種類//かみあわせが低く感じると言われたら
知識編 学んでみよう
 1.顎関節と咬合
  1)咬合をドアに見立てると,顎関節は蝶番の役割を果たしている
  2)顎関節部と咬合の関係はドアと蝶番よりも複雑
  3)関節包・関節円板・下顎頭の複合体
   (1)関節包 (2)関節円板 (3)下顎頭
  4)どこでかみあわせたらよいのだろう
 2.下顎位の種類
  1)最大咬頭嵌合位(中心咬合位)
  2)タッピング位
  3)ゴシックアーチのアペックス
  4)中心位
   (1)中心位の概念の変遷 (2)新しい中心位を機能解剖学的に考える
 3.下顎運動
  1)開口運動
   (1)単純開閉口運動 (2)後方限界運動とポッセルトフィギュア
  2)接触滑走運動と誘導路
   (1)誘導路(歯の接触滑走運動)について (2)接触滑走運動 (3)前方滑走運動誘導路
   (4)側方滑走運動誘導路
  3)顆路
  4)接触滑走運動における誘導路と顆路の関係
   (1)前方誘導路 (2)側方誘導路 (3)イミディエイトサイドシフト(ISS)の影響
 4.咬合採得
 5.歯の形態
 6.筋
  1)閉口筋群
   (1)側頭筋 (2)咬筋
  2)バランスをとる筋群
   (1)外側翼突筋 (2)内側翼突筋 (3)咬筋深部筋
実践編 チャレンジしてみよう
 チェックポイント 1 ポステリアサポート
 チェックポイント 2 閉口運動
 チェックポイント 3 フレミタス
 チェックポイント 4 歯の動揺度
 チェックポイント 5 滑走運動
 チェックポイント 6 歯の圧痕
 チェックポイント 7 テンポラリークラウン
 チェックポイント 8 インレー
 チェックポイント 9 スプリントの取り扱い
 チェックポイント10 心身医学的アプローチ