やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 筆者は長年,慢性疾患である歯周病に取り組んできましたが,この疾患には重症化を未然に防ぐ予防が最も大事なことを確信しております.今日のように重篤な疾患をもたらす慢性疾患にかかる人の多さや,医療保険制度の現状を思えば,予防を重視することは喫緊の医療の課題といえます.この間,世界的にもエビデンスの蓄積により歯周病が全身に大きな影響を及ぼすということが明らかにされてきました.東洋医学でも歯周病は未病,すなわち重篤な全身疾患を引き起こす前の兆しとしての疾患に位置づけています.歯周治療は,全身疾患における事前対応型医療なのです.
 わが国では,歯を失う理由の主たる原因の1つである歯周病は,40代を過ぎると国民の約8割を超えるほどの疾患です.歯周治療は,今日でこそ歯科のポピュラーな治療になりましたが,まだまだ国民にその重要性は十分に伝わっていないのが実情です.今日の歯周治療は,私が初めて取り組んだ40年前に比べて歯周組織再生法等の技術も加わり,大きく進歩しましたが,プラークコントロールを含めた歯周基本治療が最も重要で治療の根幹をなすものあることに変わりがありません.そして,歯周病は,術者の治療技術だけで治らないことも古くて新しい課題でもあります.歯周病は,患者さんの病状への理解と取り組む意識が変わらなければ達成できないからです.ここに歯周治療の難しさがあります.歯周治療を成功させるには,術者として患者さん一人ひとりの状況に合った説明をするいくつもの引出しをもたなければなりません.そこで,歯周治療の原点に立ち返り,これまで指摘されてこなかった人間的な見地から歯周病を捉え,「歯周病とは何か」,「なぜ歯周病を治さなければならないのか」を正しい根拠に基づいて患者さんに伝えることが大切となってきます.
 本書は,これまでの私たちの研究で気付いたことを,現場で取り組む歯科衛生士の皆さんにわかりやすく伝えたいと思いデンタルハイジーンに2009年1月号〜2009年10月号に連載させていただいた記事がベースとなっています.歯周治療においては,専門職としてきちんと患者さんに向き合い,そして上手に伝える技術を身につけておくことが大切です.そのためには,繰り返し繰り返し行う患者さんとの間合いのとり方,プラークコントロールという腕の訓練,いわば「修行」が必要になります.そこで,本書のタイトルを「横田ペリオ道場」と名付けました.
 本書が,歯周治療の現場で働く多くの歯科衛生士の皆さんにお役に立つことを願っております.
 2011年9月
 横田 誠
序章
 1.はじめに――長寿者はよく噛んでいる
 2.口の機能は,健康のベース
1章 歯周基本治療
 1.歯周治療効果の鍵は歯周基本治療
  1)歯周基本治療の導入の歴史と効果(SRPの効果)
  2)歯周基本治療反応の標準値の設定
 2.歯周基本治療後の予測
  1)歯周基本治療の効果と再評価の意義
  2)歯周基本治療後における歯周ポケット減少の個人ごとの評価
  3)患者説明に便利な診査表の使い方
 3.自然治癒力を引き出すための歯周基本治療
2章 新型歯ブラシとプラークコントロール
 1.歯ブラシの散髪屋さん
  1)すべての歯周治療はプラークコントロールに依存する
  2)プラークはどこに残りやすいのか
  3)歯ブラシの散髪屋さん
  4)PeritectVの開発
 2.プラークコントロールは脱メタボ対策
3章 “歯”の浮くような話
 1.歯が浮くとは
  1)歯肉の腫れは歯根膜の腫れ
  2)歯周ポケットは歯を浮き上がらせる
  3)歯周ポケットが早期接触を作る原因――早期接触の発生要因と外傷性咬合,歯周組織破壊のメカニズムは整理されていなかった
  4)歯の隙間は歯周ポケットが原因だった
 2.スケーリング・ルートプレーニングでも歯は浮く
4章 歯周病と全身疾患
 1.歯周治療で脱メタボ
  1)特定健康診査・特定保健指導
  2)糖尿病とはどんな病気でしょうか
  3)フラミンガムスタディからメタボリックシンドローム
  4)世界と日本の糖尿病事情
  5)歯周病と糖尿病の密接な関係
  6)歯周病治療がもたらす糖尿病への効果
  7)歯周治療と抗菌薬の併用で血糖値が下がる
  8)歯周治療で糖尿病が改善した症例
 2.歯周病は病の入口
  1)日本人の死因トップは?
  2)歯周病と血管疾患の関係について
  3)歯周病と呼吸器疾患の関係について
  4)早産を予防して元気な赤ちゃん
 3.咀嚼して脱メタボ
  1)自分の歯を残して医療費抑制
  2)フレッチャーさんの完全咀嚼法
  3)歯周組織が健康でないと噛めないことをご存じですか
  4)よく噛めば血糖値が下がる
  5)血糖コントロールには咀嚼能力の回復が重要
  6)噛めない人にはCデンチャーで歯に松葉杖を
5章 歯周病と精神的ストレス
 1.なぜ怖い?歯科治療
  1)“歯科治療は怖い”という恐怖の刷り込み
  2)麻酔のない時代の歯科治療は“拷問”
  3)恐怖を引き起こすメカニズム
  4)生命の入り口の「口」を触るな
  5)「不安の度合い」が生体にどう影響するか?
  6)浸潤麻酔に対して不安の高い人は血圧や脈拍にも大きな影響を及ぼす!
  7)不安の高い人は,浸潤麻酔時に血中カテコールアミンを増大させる
  8)不安が強いと「痛み」にも敏感に
  9)原因不明の痛みや不定愁訴の訴え――身体表現性疾患としての口腔症状
  10)歯周治療は心理療法でもある?!
 2.よく噛んでストレス発散
  1)食事によって興奮をおさめる副交感神経が働く
  2)噛むとストレス解消のメカニズムが作動する
  3)チューインガムでストレス解消
  4)歯ぎしりとストレス
 3.歯周病と体機能の深い関係
  1)失いつつある噛む習慣
  2)噛むことは脳の活性化につながる
  3)よく噛むには歯肉が健康であることが前提
6章 咀嚼と歯列と顔の関係
 1.歯列スクラム理論
  1)歯列はスクラム理論で決定づけられている
  2)揺れている歯は重症化しやすく治りにくい
 2.噛む力の個人差
  1)噛む力と運動機能
  2)20kgから200kgまで大きな幅
  3)噛む力と顔の形態は関連する
 3.口(くち)ポカーンが増えている
  1)口唇閉鎖不全と口呼吸
  2)口唇閉鎖不全と口呼吸の何が悪いのか?
 4.歯周治療で小顔になる!?
  1)歯列はスクラム理論で維持されている(歯と歯の接触関係は変化する)
  2)歯周病を治すと小顔になる
  3)口腔内に何が起こったのか
  4)歯周治療は顔面のエクササイズ?
  5)歯間離開度の拡大
7章 咬合と歯周病の関係
 1.歯は壊れる
  1)歯の破壊と症状
  2)歯ブラシと楔状欠損(WSD)
  3)楔状欠損(WSD)の頻度
  4)アブフラクションとは
  5)根面クラックの再現実験
  6)高齢者の歯肉退縮とセメント質破壊の関係
  7)高齢化社会では歯の壊れを考慮した歯周治療が必要
  8)まとめ
 2.第二大臼歯(7番)が抱える10の問題とその解決
  1)7番は歯列の中で最も破壊が大きい
  2)7番の歯は最も早く失われる
  3)7番はプラークコントロールが最もむずかしい
  4)7番は歯周基本治療に対する治療反応が最も悪い
  5)歯周外科における直視直達が難しい
  6)7番は.割の咬合力を担っている
  7)7番は後方隣接歯による接触点支持がない
  8)7番遠心はセメント質が破壊されやすい
  9)7番は心の問題に関連する
  10)根分岐部が破壊されやすい
8章 歯科医師と患者の意識改革
 1.正しいプラークコントロールを習慣づける
  1)意識改革のための情報
  2)当たり前のことだから難しい
  3)「糖尿病」とよく似ている「歯周病」
  4)歯周病にも重点的な「歯周病教育的指導」を
  5)外的圧力による指導
  6)プラークコントロール指導にはコミュニケーション能力が必要
  7)プラークコントロールと性格傾向
  8)あるとき気づきが生まれた患者
  9)内的要因によるモチベーション
  10)選択理論によるプラークコントロールモチベーション
 2.おわりに
あとがき