監修のことば
高齢社会を迎えた今,疾病構造の変化とも密接に関連して,健康に対する考え方が大きく変化しました.これまで保健医療の分野では,疾病の状態にのみ大きな関心が払われてきましたが,近年は患者のwell-being(満足のいく状態)やQuality of Life(QOL:生活の質)についても考慮されるようになり,その重要性が認識されるようになっています.
齲蝕,歯周病などの口腔疾患についても,「キュア(cure)からケア(care)へ」といわれているように,疾病予防と健康増進が注目され,予防の中心にケアがおかれるようになってきています.口腔疾患の予防や健康増進の視点から,歯科衛生士によるケアは疾病を持つ患者に限定されるものではなく,健康な人にも提供されるようになり,歯科衛生士が活躍する場は今後ますます広がると期待されています.しかし,これまでケアの内容は画一的で,標準的なものが多く,個々のニーズに対応できていないという批判もありました.
そこで,「歯科衛生ケアプロセス」という概念が生まれました.これは,対象者にとって最も望ましい支援はどんなことかを歯科衛生士が自ら考え,計画的,個別的,論理的,科学的に歯科衛生ケアを実践するためのツールです.この概念はすでにアメリカ,カナダの歯科衛生士校のカリキュラムに取り入れられています.日本でもこれからは歯科衛生士には技術的なこと以上に,問題解決のための科学的な思考がより強く求められるようになるでしょう.
口腔疾患の予防や対象者の健康増進のために現場で活躍している歯科衛生士の方々,そして将来そのプロフェッションとなる歯科衛生士学校の学生の皆さんには,是非本書を読んで,理解していただきたいと思います.また,現在の歯科衛生士の教育・臨床を知り,今後の歯科衛生士のあり方について考えていただくために,歯科医師のみならずその他のヘルスケア職種の方々にもご一読いただきたく,ここに監修いたします.
平成19年1月
監修 下野 正基
本書によせて
オールドドミニオン大学歯科衛生学科 教授
International Journal of Dental Hygiene副編集長
ミシェル・L・ダービー
歯科衛生士は人々にオーラルヘルスケアサービスを提供する責任と義務をもつ専門職です.ヘルスケアにおいて歯科衛生士がその義務を果たすためには,システマティックな臨床へのアプローチが必要であり,これが「歯科衛生ケアプロセス」です.歯科衛生ケアプロセスは対象となる人に歯科衛生ケアを提供するための考え方であり,世界で広く受け入れられています.
このたび,日本で出版された「歯科衛生ケアプロセス」は,その背景や概念,そして臨床における実践について詳細に解説しています.歯科衛生ケアプロセスは専門職としての歯科衛生士の基盤であり,あらゆる現場の対象者に,質の高い,根拠に基づいたケアを提供するための枠組みとなります.このプロセスの応用は,単なる標準的なケアの提供ではなく,対象者の個別のニーズに焦点をあてることにつながるのです.
本書を読み進めることにより,読者は,臨床家,そしてヘルスプロモーション,予防の専門家としての歯科衛生ケアプロセスの応用について理解を深めていくことでしょう.さらに,プロセスの展開には,クリティカル思考や科学的な意思決定が要求されることを実感すると思います.対象者のニーズに対応するためには,歯科医師をはじめとするヘルスケア職種との連携が重要となります.
本書は日本における歯科衛生の1つの標準となるテキストであり,すべての歯科医師や歯科衛生士が,歯科衛生士の業務や社会への貢献についてあらためて考えるきっかけになると思います.本書が,歯科衛生士の臨床,そして職業の向上に大きく貢献することと確信しています.
2007年1月
Michele Leonardi Darby,BSDH,MS
Eminent Scholar and Graduate Program Director
Old Dominion University
Gene W.Hirschfeld School of Dental Hygiene
Norfolk,VA,USA
はじめに
近年,疾病構造の変化やニーズの多様化にともなって,全人的,包括的なケアを提供することが歯科衛生士には求められています.しかし,実際は,個々の対象者のニーズに適切に対応すべく,多くの歯科衛生士が臨床の現場で苦慮しています.一方,歯科衛生士教育が3年制以上となり,学生は増加する学習内容を吸収するなかで,知識をどのように実際の臨床に結びつけるべきかとまどっています.このような問題を解決するための一助として,本書が企画されました.
歯科衛生ケアプロセス(Dental Hygiene Process of Care)は,アメリカで理論構築された,歯科衛生臨床・教育の骨格をなす概念です.これは,対象となる人のことを考える思考過程であり,問題を見いだし,科学的な意思決定を行い解決していくことで,個別のニーズに応じた,根拠に基づいたケアを目指しています.
歯科衛生ケアプロセスは,幅広い基礎知識と技術をベースに,論理的に考える訓練をし,保健行動や歯科衛生の理論を学び応用することによって効果的に展開できます.歯科医師をはじめとするヘルスケアチームのなかで,歯科衛生士としての専門性を常に意識し,プロセスに反映させることも重要となります.今後,歯科衛生士が自らの方向性を考えていくうえで,歯科衛生に関する研究は必須であり,重要な研究テーマは歯科衛生ケアプロセスに基づいた実践から数多く抽出されてくるでしょう.
このような努力を続けることが歯科衛生士の臨床の科学化につながり,ひいては,人々の健康増進や生活の質(QOL)の向上に寄与すると確信しています.日本の現状に適応した歯科衛生ケアプロセスを追求していくなかで,真の専門職としての歯科衛生士の役割が望ましいかたちで確立されることを願っています.
平成19(2007)年1月
著者一同
高齢社会を迎えた今,疾病構造の変化とも密接に関連して,健康に対する考え方が大きく変化しました.これまで保健医療の分野では,疾病の状態にのみ大きな関心が払われてきましたが,近年は患者のwell-being(満足のいく状態)やQuality of Life(QOL:生活の質)についても考慮されるようになり,その重要性が認識されるようになっています.
齲蝕,歯周病などの口腔疾患についても,「キュア(cure)からケア(care)へ」といわれているように,疾病予防と健康増進が注目され,予防の中心にケアがおかれるようになってきています.口腔疾患の予防や健康増進の視点から,歯科衛生士によるケアは疾病を持つ患者に限定されるものではなく,健康な人にも提供されるようになり,歯科衛生士が活躍する場は今後ますます広がると期待されています.しかし,これまでケアの内容は画一的で,標準的なものが多く,個々のニーズに対応できていないという批判もありました.
そこで,「歯科衛生ケアプロセス」という概念が生まれました.これは,対象者にとって最も望ましい支援はどんなことかを歯科衛生士が自ら考え,計画的,個別的,論理的,科学的に歯科衛生ケアを実践するためのツールです.この概念はすでにアメリカ,カナダの歯科衛生士校のカリキュラムに取り入れられています.日本でもこれからは歯科衛生士には技術的なこと以上に,問題解決のための科学的な思考がより強く求められるようになるでしょう.
口腔疾患の予防や対象者の健康増進のために現場で活躍している歯科衛生士の方々,そして将来そのプロフェッションとなる歯科衛生士学校の学生の皆さんには,是非本書を読んで,理解していただきたいと思います.また,現在の歯科衛生士の教育・臨床を知り,今後の歯科衛生士のあり方について考えていただくために,歯科医師のみならずその他のヘルスケア職種の方々にもご一読いただきたく,ここに監修いたします.
平成19年1月
監修 下野 正基
本書によせて
オールドドミニオン大学歯科衛生学科 教授
International Journal of Dental Hygiene副編集長
ミシェル・L・ダービー
歯科衛生士は人々にオーラルヘルスケアサービスを提供する責任と義務をもつ専門職です.ヘルスケアにおいて歯科衛生士がその義務を果たすためには,システマティックな臨床へのアプローチが必要であり,これが「歯科衛生ケアプロセス」です.歯科衛生ケアプロセスは対象となる人に歯科衛生ケアを提供するための考え方であり,世界で広く受け入れられています.
このたび,日本で出版された「歯科衛生ケアプロセス」は,その背景や概念,そして臨床における実践について詳細に解説しています.歯科衛生ケアプロセスは専門職としての歯科衛生士の基盤であり,あらゆる現場の対象者に,質の高い,根拠に基づいたケアを提供するための枠組みとなります.このプロセスの応用は,単なる標準的なケアの提供ではなく,対象者の個別のニーズに焦点をあてることにつながるのです.
本書を読み進めることにより,読者は,臨床家,そしてヘルスプロモーション,予防の専門家としての歯科衛生ケアプロセスの応用について理解を深めていくことでしょう.さらに,プロセスの展開には,クリティカル思考や科学的な意思決定が要求されることを実感すると思います.対象者のニーズに対応するためには,歯科医師をはじめとするヘルスケア職種との連携が重要となります.
本書は日本における歯科衛生の1つの標準となるテキストであり,すべての歯科医師や歯科衛生士が,歯科衛生士の業務や社会への貢献についてあらためて考えるきっかけになると思います.本書が,歯科衛生士の臨床,そして職業の向上に大きく貢献することと確信しています.
2007年1月
Michele Leonardi Darby,BSDH,MS
Eminent Scholar and Graduate Program Director
Old Dominion University
Gene W.Hirschfeld School of Dental Hygiene
Norfolk,VA,USA
はじめに
近年,疾病構造の変化やニーズの多様化にともなって,全人的,包括的なケアを提供することが歯科衛生士には求められています.しかし,実際は,個々の対象者のニーズに適切に対応すべく,多くの歯科衛生士が臨床の現場で苦慮しています.一方,歯科衛生士教育が3年制以上となり,学生は増加する学習内容を吸収するなかで,知識をどのように実際の臨床に結びつけるべきかとまどっています.このような問題を解決するための一助として,本書が企画されました.
歯科衛生ケアプロセス(Dental Hygiene Process of Care)は,アメリカで理論構築された,歯科衛生臨床・教育の骨格をなす概念です.これは,対象となる人のことを考える思考過程であり,問題を見いだし,科学的な意思決定を行い解決していくことで,個別のニーズに応じた,根拠に基づいたケアを目指しています.
歯科衛生ケアプロセスは,幅広い基礎知識と技術をベースに,論理的に考える訓練をし,保健行動や歯科衛生の理論を学び応用することによって効果的に展開できます.歯科医師をはじめとするヘルスケアチームのなかで,歯科衛生士としての専門性を常に意識し,プロセスに反映させることも重要となります.今後,歯科衛生士が自らの方向性を考えていくうえで,歯科衛生に関する研究は必須であり,重要な研究テーマは歯科衛生ケアプロセスに基づいた実践から数多く抽出されてくるでしょう.
このような努力を続けることが歯科衛生士の臨床の科学化につながり,ひいては,人々の健康増進や生活の質(QOL)の向上に寄与すると確信しています.日本の現状に適応した歯科衛生ケアプロセスを追求していくなかで,真の専門職としての歯科衛生士の役割が望ましいかたちで確立されることを願っています.
平成19(2007)年1月
著者一同
第1章 歯科衛生ケアプロセスの概要
1.歯科衛生ケアプロセスとは(佐藤陽子)
2.問題解決と意思決定が大きな柱(齋藤 淳)
3.歯科衛生ケアプロセスの背景(Ginny Cathcart)
●アメリカにおける歯科衛生ケアプロセス
●カナダにおける歯科衛生ケアプロセス
4.歯科衛生ケアプロセスに基づいたケアとは(佐藤陽子)
第2章 歯科衛生ケアプロセスの構成要素
1.アセスメント
●歯科衛生ケアプロセスを実践する前の準備(佐藤陽子)
●アセスメントの構成と流れ
●集めた情報を処理するために
●歯科衛生士とクリティカル思考(下野正基)
2.歯科衛生診断(佐藤陽子・齋藤 淳)
●歯科衛生診断は歯科衛生士の科学的な判断
●歯科衛生診断は歯科診断ではありません
●歯科衛生診断の目的は?
●歯科衛生診断文を書いてみましょう
●歯科衛生診断文を書くためのルール
●歯科衛生診断にもクリティカル思考が必要です
●歯科衛生診断がもたらすものは?
3.計画立案
I 計画立案の考え方
●計画を立てるということ(佐藤陽子)
●計画立案とコミュニケーション(保坂 誠)
●疫学は実際の臨床に何をもたらすのか?(下野正基)
●予防の概念を理解して計画を立案する
●リスク因子への対応を考える(齋藤 淳)
●保健行動の理論を理解する(保坂 誠)
●保健行動への導き方
●ヒューマンニーズ概念モデルと歯科衛生ケアプロセス(齋藤 淳)
●歯科衛生ヒューマンニーズ概念モデルの応用
●QOLに焦点を当てた計画立案を目指す
●口腔関連QOLモデル
●口腔関連QOLの歯科衛生モデルの応用
●ポイントはセルフケア能力の向上(佐藤陽子)
●対象者の文化的背景への配慮が大切
●ヘルスケアチームにおける歯科衛生士の役割を考えていく
II 歯科衛生ケアプラン(佐藤陽子)
●歯科衛生ケアプランの構成
●期待される結果の記述
●歯科衛生ケアプランは歯科衛生士のすべてのケアの基本
4.実施
●実施の前準備(保坂 誠)
●学習理論の応用
●コンプライアンス行動とセルフケア行動
●実施の流れ(佐藤陽子)
●記録はケアの共有と評価につながります
●SOAPは科学性のある記録
●歯科衛生ケアの記録に求められるもの
5.評価(齋藤 淳・佐藤陽子)
●評価には標準と基準が大切
●歯科衛生ケアプロセスにおける評価
●評価の方法
●「目標」「期待される結果」の達成度
●評価において重要なこと
●質の保証の意味を考える
第3章 研究と教育における歯科衛生ケアプロセス
1.歯科衛生ケアプロセスと研究(齋藤 淳)
●専門職には研究活動が必要
●研究のプロセスでもある歯科衛生ケアプロセス
2.教育における重要性
●アメリカ,カナダにおける教育(Ginny Cathcart)
●日本の歯科衛生士教育になぜ必要?(佐藤陽子)
3.まとめ(佐藤陽子・齋藤 淳)
Appendices
1.保健行動の理論(保坂 誠)
1.保健信念モデル
●保健信念モデルにおける自己効力感
●保健信念モデルの歯科衛生への応用
2.ローカス・オブ・コントロール
3.多属性効用理論
●多属性効用理論の歯科衛生への応用
●意思の決定にはいろいろな要因が関わっています
4.プリシード/プロシードモデル
●プリシード/プロシードモデルと保健行動
●プリシード/プロシードモデルの歯科衛生への応用
5.自己管理スキル
2.歯科衛生ヒューマンニーズ・アセスメント用紙(佐藤陽子)
3.歯科衛生ヒューマンニーズ概念モデルに基づいた歯科衛生診断文の記述(齋藤 淳)
4.症例展開(佐藤陽子・齋藤 淳)
文献
索引
1.歯科衛生ケアプロセスとは(佐藤陽子)
2.問題解決と意思決定が大きな柱(齋藤 淳)
3.歯科衛生ケアプロセスの背景(Ginny Cathcart)
●アメリカにおける歯科衛生ケアプロセス
●カナダにおける歯科衛生ケアプロセス
4.歯科衛生ケアプロセスに基づいたケアとは(佐藤陽子)
第2章 歯科衛生ケアプロセスの構成要素
1.アセスメント
●歯科衛生ケアプロセスを実践する前の準備(佐藤陽子)
●アセスメントの構成と流れ
●集めた情報を処理するために
●歯科衛生士とクリティカル思考(下野正基)
2.歯科衛生診断(佐藤陽子・齋藤 淳)
●歯科衛生診断は歯科衛生士の科学的な判断
●歯科衛生診断は歯科診断ではありません
●歯科衛生診断の目的は?
●歯科衛生診断文を書いてみましょう
●歯科衛生診断文を書くためのルール
●歯科衛生診断にもクリティカル思考が必要です
●歯科衛生診断がもたらすものは?
3.計画立案
I 計画立案の考え方
●計画を立てるということ(佐藤陽子)
●計画立案とコミュニケーション(保坂 誠)
●疫学は実際の臨床に何をもたらすのか?(下野正基)
●予防の概念を理解して計画を立案する
●リスク因子への対応を考える(齋藤 淳)
●保健行動の理論を理解する(保坂 誠)
●保健行動への導き方
●ヒューマンニーズ概念モデルと歯科衛生ケアプロセス(齋藤 淳)
●歯科衛生ヒューマンニーズ概念モデルの応用
●QOLに焦点を当てた計画立案を目指す
●口腔関連QOLモデル
●口腔関連QOLの歯科衛生モデルの応用
●ポイントはセルフケア能力の向上(佐藤陽子)
●対象者の文化的背景への配慮が大切
●ヘルスケアチームにおける歯科衛生士の役割を考えていく
II 歯科衛生ケアプラン(佐藤陽子)
●歯科衛生ケアプランの構成
●期待される結果の記述
●歯科衛生ケアプランは歯科衛生士のすべてのケアの基本
4.実施
●実施の前準備(保坂 誠)
●学習理論の応用
●コンプライアンス行動とセルフケア行動
●実施の流れ(佐藤陽子)
●記録はケアの共有と評価につながります
●SOAPは科学性のある記録
●歯科衛生ケアの記録に求められるもの
5.評価(齋藤 淳・佐藤陽子)
●評価には標準と基準が大切
●歯科衛生ケアプロセスにおける評価
●評価の方法
●「目標」「期待される結果」の達成度
●評価において重要なこと
●質の保証の意味を考える
第3章 研究と教育における歯科衛生ケアプロセス
1.歯科衛生ケアプロセスと研究(齋藤 淳)
●専門職には研究活動が必要
●研究のプロセスでもある歯科衛生ケアプロセス
2.教育における重要性
●アメリカ,カナダにおける教育(Ginny Cathcart)
●日本の歯科衛生士教育になぜ必要?(佐藤陽子)
3.まとめ(佐藤陽子・齋藤 淳)
Appendices
1.保健行動の理論(保坂 誠)
1.保健信念モデル
●保健信念モデルにおける自己効力感
●保健信念モデルの歯科衛生への応用
2.ローカス・オブ・コントロール
3.多属性効用理論
●多属性効用理論の歯科衛生への応用
●意思の決定にはいろいろな要因が関わっています
4.プリシード/プロシードモデル
●プリシード/プロシードモデルと保健行動
●プリシード/プロシードモデルの歯科衛生への応用
5.自己管理スキル
2.歯科衛生ヒューマンニーズ・アセスメント用紙(佐藤陽子)
3.歯科衛生ヒューマンニーズ概念モデルに基づいた歯科衛生診断文の記述(齋藤 淳)
4.症例展開(佐藤陽子・齋藤 淳)
文献
索引








