やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社



 不思議なことではあるが,解剖学を学ぶ学生達に,ヒトの体は系統だてて構成されているのだ,ということを教師からも,また解剖学の書物によってさえも指摘されたことがない.“系統だてて構成されている organized”とは,体の各部の構造が,万人同一,瞭然としたパターンをもって他の部分と結合していることである.またこのパターンが解剖学的センスや規準ともなっている.このような事実が,なぜか医学部や歯学部の学生達に明示されなかったことを筆者が奇妙に思うのも無理はなかろう.
 組織形成の初期は,3ヵ月以内の胚子期からほぼ胎児期のかなり初めの段階にかけてみられる.現実には,その時期の全体の形態は,単純で,すぐ理解できる.重要なことは,同じパターンが成人の時期まで持続することである.たとえ,成長(全体と部分部分での),脂肪の沈着,そして胚子期おそくから全胎児期を通じて体の外観が変化することによって,成体の解剖形態が紛らわしい複雑な様相となろうとも,発生期の基本パターンは保持される.こうして,胚子・胎児期の発生と成長に関する知識を得れば,その価値は倍化する―発生学の知識こそ,成人の解剖学をわかりやすくするものであって,ひいては解剖学に対する恐怖心を,さほどにはいだかせないこととなる.
 本書は,読者が発生学に関して予備知識を得,その結果,解剖学図譜やぶ厚い参考書―この種の書物では,本書が試みているような簡便な表現はできないのであるが―をうまく利用できるようにすることを目的とするものである.そのために Primer という書名に恥じることのないよう努力した.本書では,肉眼解剖学を文章で詳述することを大部分省略している.それでも剖出してみられるいろいろの構造については,だいたい,順序だてて整理し,図示してある.
 もちろん,発生途上のパターンは,概念的には,ある系統にとっては,他と比べてそれほど重要ではない場合もある.呼吸器系や内分泌系はその例である.たとえ重要でなくても,胚子形成の基本をひもとくことの学問的価値は大きい.他面,末梢神経系は,発生途上のパターンをそのまま基礎としているので,最も効果が上がる学習ができよう.末梢神経系は,実際は体中くまなくひろがった乱れたより糸のような迷路ではなくて,その編成はまことに巧妙である.つまり,末梢神経系と結合する組織構造物については発生期の起源を調べることによって誰でも理解できる.とにかく,発生期のパターンとそれから生まれる全般の概況をしっかり把握すれば,肉眼解剖学は理解しやすい学科になると思う.
 本書では,そのような概況を頻繁に用いたことは否定できないが,これが解剖学をより簡明化することになる.しかし,多くの場合,例外は必ず存在するもので,その例外は,たしかに少々間題点を混乱させることになる.重要な例外には,説明を付したので,読者にはなにが例外なのかを適切に正しく見きわめられ,かつ興味をもって評価できることと思う.これに対し,著者はいつわりや,偏見のないまた正しく評価されるような説明を加えた.
 この書は初版なので,当然,計画と実行の段階で,ある程度の試行錯誤法を用いた.読者は,きっと,ある章では予期に反して簡略だが,他の章では予期以上に長いことに気付かれることと思う.本書にみられる欠陥は,第2版であらためたい.本書では肉眼解剖学の詳細はとりあげていない;本書で強調したいことは,発生学の学習を通じて得た知識によって人体の構成を理解し,簡明化することである.
 胚子・胎児の発生過程を,詳しく述べるために表現がくどくなることがある.記述にあたり,正確さが曲げられないよう,また冗長にならないように要約し資料を短縮した.本書は,原典となる論文を参照することはもとより,数多くの最新の人体発生学に関する新しい総括的な研究に基づいた.ついでに,ヒトの発生学を学習研究するものは,みな,『 Carnegie Contributions to Embryology 』に記されている豊富な資料に多大の恩恵をうけていることを強調しておきたい.
 本書で用いた解剖学用語は,通常,ラテン語で書かれる骨格筋の用語を除いては,大部分1966年版『 Nomina anatomica 』を英訳した.若干の例外や別の名称を使ってはいるが,発生学に関する用語や名称は,主として『 Nomina embryologica 』を採用した.また,発生学用語に適切な説明をつけると,理解がずいぶん高められるものである.
 学生諸君には記述を助けてもらい,またそれとは知らずモデルとなって勤めてくれた.また個人的には出版者の James L.Sangton 氏と Braxton D.Mitchell 氏には,はじめの準備段階から本書の完成まで終始多大の助力をうけた.ウィスコンシン大学医学部解剖学教室 Harland W.Mossman 博士には,心からの貴重な助言をいただいた.ベネズエラ,メリダのアンデス大学医学部発生学教室の Ekkehard Kleiss 博士からもいろいろと援助をいただき,本書の記述におおいに貢献してくださった.最後に,本書のイラストレーター Ullrich 氏の夫人 Jeannette さんには,付図作成に暖かい援助をあずかり,また誤りを校正してもらった.
 G.E.Miller 博士は,『 Teaching and Learning in Medical School(Harvard University Press,1961年)』のなかで,医学教育では“これから学習を始めんとする”学生にとっては,もっと多彩な書物が必要であると示唆している.実は本書のアイデアは,この Miller 氏の言葉を発見する以前に浮かんでいたが,彼の助言が本書の成長と発展の原因となった.
 学習者万人が,ヒトの発生学に興味をもつわけではないと思うが,これが解剖学学習への確実な学究的手段である.そして,肉眼解剖学と発生学を関連づけ,解剖学の理解を容易にし,大いにやる気をつけることになる.人体の構造を学習するものはこれに真の価値を認めると思う.その結果,学習成果が上がるばかりでなく時間の大きな節約となる.
 David A.Langebartel
 推薦の序
 訳者の序
 序

第I部 基本となる知識
 第1章 解剖学用語
 第2章 胚子形成
第II部 体壁の組織
 第3章 皮膚
 第4章 筋膜と脂肪
 第5章 骨格
 第6章 骨の連結
 第7章 骨格筋
 第8章 滑液包(滑液嚢)と腱の滑液鞘
第III部 神経系と関連器官
 第9章 神経系
 第10章 中枢神経系と髄膜
 第11章 脊随神経
 第12章 脳神経
 第13章 脳神経の詳解
 第14章 自律神経系
 第15章 感覚器
第IV部 心臓脈管系
 第16章 心臓
 第17章 動脈
 第18章 静脈
 第19章 胎児期の血液循環
 第20章 リンパ系
第V部 内臓
 第21章 消化器系
 第22章 呼吸器系
 第23章 体腔嚢
 第24章 腸間膜
 第25章 内分泌腺
 第26章 尿生殖器系

 引用文献
 索引