やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 わが国では齲蝕や歯周病予防のためのプラークコントロールの重要性について広く理解され,多くの方が歯磨きを毎日,実践されています.もちろんその背景には歯科衛生士の皆さんによる多大な貢献があります.その結果として,国民の口腔衛生状態は著しく向上してきました.一方で“力“の問題,つまりブラキシズムに代表される口腔内に生じる力の為害作用については,十分な理解が得られているとはいえません.その1つの大きな原因として,齲蝕や歯周病の要因となるプラークや歯石が目に見えるのに対して,“力”を可視化することはできない,直接目で見ることができないことにあります.
 高度な歯科治療を受けてプラークコントロールができていても,ブラキシズムを見逃し適切な対応ができてないと,口腔衛生状態を良好に保つことはできません.また,歯科治療の良好な予後を担保することもできません.歯磨きをしっかりしているのに,修復物が欠ける,外れるといった経験をされる患者さんは珍しくありません.わが国の国民が歯を失う三大原因は歯周病,齲蝕,破折であることが報告されています1).歯の喪失は40歳代後半から増えはじめ,70歳代までに平均12.5本の歯を喪失しますが,この年齢層の抜歯原因は破折,歯周病の割合が増加します.破折の最大の原因は力の問題で,プラークコントロールができているだけでは防ぐことはできません.もちろん歯周病の原因はプラークですが,ブラキシズムもその悪化因子です.つまり,中高年層の方のブラキシズムは,歯の喪失を防ぐという意味からも注意が必要です.また,歯や歯周組織の問題だけでなく,咀嚼筋や顎関節の痛み,開口障害などを主徴とする顎関節症にも力の問題がかかわっています.
 健康な口腔を維持するためには,歯科医師・歯科衛生士・患者さんのすべてが力の問題,ブラキシズムについてよく理解し,必要に応じて適切に対応することが重要です.つまり,プラークコントロールだけでなく,“フォースコントロール“という概念を理解し,実践する必要があります.フォースコントロールというのは筆者らがつくった造語で,“フォース”=“力”を制御するということです.できるだけ大きな力を口腔内に生じさせないようにする,力が生じてしまった場合でもその影響が最小限になるようにすることを意味しています.わが国には古くから「歯を食いしばって頑張る・耐える」ことを美徳とする文化があります.しかし,口腔の健康を考えると,それらは決して勧められることではありません.
 以上のような背景から,本書では,ブラキシズムについての日常診療に役立つ最新の情報を厳選し,わかりやすく解説しています.本書が歯科衛生士の皆さんの日々の臨床の一助になれば幸いです.
 2022年12月
 馬場一美

 参考文献
 1)8020推進財団.「第2回 永久歯の抜歯原因調査」報告書.平成30(2018)年11月.
  https://www.8020zaidan.or.jp/pdf/Tooth-extraction_investigation-report-2nd.pdf
 はじめに
Chapter 1 ブラキシズムを知っていますか?
 (馬場一美)
  1 ブラキシズムとは?
  2 ブラキシズムの為害作用
  3 “フォースコントロール”の重要性
Chapter 2 睡眠時ブラキシズム
 1 睡眠生理学からみる病態とリスクファクター(馬場一美)
  1 ノンレム睡眠とレム睡眠
  2 一過性の覚醒;マイクロアローザル
  3 睡眠時ブラキシズムとマイクロアローザルの関係
  4 睡眠時ブラキシズムのリスクファクター
  5 1次性(原発性)と2次性・医原性睡眠時ブラキシズム
  6 リスクファクターを整理する
 2 睡眠時ブラキシズムの為害作用(馬場一美)
  1 歯や歯根に対する影響
  2 クラウンやインプラントに対する影響
  3 歯周組織に対する影響
  4 咀嚼筋・顎関節に対する影響
  5 歯が失われてもブラキシズムは続く
  6 睡眠同伴者に対する影響
 3 臨床診断アルゴリズム(馬場一美)
  1 問診で聞き忘れてはいけないこと
  2 咬耗の評価で注意すべき点
  3 クレンチング・タイプの診断
  4 睡眠時ブラキシズム臨床診断アルゴリズム
  5 ウェアラブル筋電計による診断
  6 リスクファクターの評価と睡眠時ブラキシズムの分類
 4 睡眠時ブラキシズムの管理〜リスクファクターへの対応(馬場一美)
  1 1次性(原発性)睡眠時ブラキシズム
  2 2次性・医原性睡眠時ブラキシズム
 5 睡眠時ブラキシズムの管理〜スプリント療法(馬場一美)
  1 スプリントの役割:短期的抑制効果
  2 スプリントの役割:長期的な保護効果
  3 スプリントの種類
  4 スプリント療法を用いた睡眠時ブラキシズムの管理
  5 スプリント療法の注意点
 6 夜間用義歯(ナイト・デンチャー)(馬場一美)
  1 欠損歯列における問題:残存歯への力の集中
  2 夜間用義歯の形態
  3 夜間用義歯使用の際の注意点
 7 補綴材料の選択(馬場一美)
  1 コア材料の選択
  2 セラミックスの選択
 8 小児の睡眠時ブラキシズム(宮脇正一・前田 綾・渡邉温子・中川祥子・成 昌建)
  1 概要
  2 頻度
  3 関連因子
  4 治療や管理の方法
  5 歯科衛生士が押さえておくべき重要なポイント
Chapter 3 覚醒時ブラキシズム
 1 覚醒時ブラキシズムとは(西山 暁)
  1 覚醒時ブラキシズムの種類
 2 覚醒時ブラキシズムの為害作用(西山 暁)
  1 顎関節症との関係
  2 歯周組織,歯髄,歯根膜に対する影響
  3 義歯床下粘膜に対する影響
  4 歯冠・歯根および補綴装置に対する影響
 3 覚醒時ブラキシズムのリスクファクター(西山 暁)
  1 TCHやクレンチングの発生に関与するメカニズム
  2 TCHやクレンチングのリスクファクター
  3 顎口腔領域に生じるジストニア・ジスキネジアの原因
 4 覚醒時ブラキシズムの診断(西山 暁)
  1 セルフレポート
  2 臨床検査
  3 筋電図検査
 5 覚醒時ブラキシズムへの対応・管理・歯科衛生士の役割(西山 暁)
  1 覚醒時ブラキシズムのコントロールと管理
  2 顎口腔領域に生じるジストニア・ジスキネジアへの対応
  3 歯科衛生士の役割

 おわりに
 執筆者一覧