やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 保存修復学の目的には,硬組織疾患の発症と進行の抑制とともに,歯が有している形態,機能ならびに審美性を回復させ,これらを維持することが挙げられる.このうち,審美性の回復に関しては,色調適合性と併せて正しい解剖学的形態の付与が必要であり,そのためにも歯の形の捉え方が重要であることは本書の上巻で強調された通りである.歯列のなかの一本の歯を修復するにあたって,その形態的特徴をどのように観察すればよいのか.そして,その形態を具現化するためにもモックアップを積極的に応用することが,上巻を通読することで理解できたものと思われる.
 この下巻においては,まず審美修復に欠かすことができないシェードの再現について解説がなされている.エナメル質は彩度が低く,透明性が強い部分と不透明な白色の部分が存在している.これに対して象牙質は,光線に対して完全拡散体であるとともに,黄色みを帯びている.このようなエナメル質と象牙質とで構成される歯の色調再現には,コンポジットレジンのシェード選択が重要となるが,不透明性を含有しオペーク性を発揮するレジンペーストやホワイトニング色を有したフロアブルレジンなどの応用が効果的であることが本書では強調されている.奇をてらったようなシェード選択だが,その絶大な効果については,症例写真から読み取ることができるであろう.
 形態の回復に関しては,解剖学的な要件を満たしていることとともに,咬合機能との適合が求められる.特に,下顎運動をスムーズに行うためにも,前歯部におけるガイド,すなわちアンテリアガイダンスとの調和は重要となる.この観点において本書では,審美性のみならず機能面を十分に考慮する必要がある症例について,診査のポイントと臨床手技の詳細が解説されている.さらに,臨床例に関しては顎機能検査が必要な症例にまで及んでおり,審美性とともに大幅な機能性の回復にまで踏み込んだ修復テクニックの実際が詳述されている.
 また,難易度が比較的高い症例が多く採り上げられているのも下巻の特徴である.その臨床テクニックとともに充操作における特徴としては,フロアブルレジンを多用していることに着目されたい.フロアブルレジンを用いることによって,形態付与を容易とすることに加え,高い色調適合性を得ることができる手法が示されている.しかも,使用するフロアブルレジンのシェード選択にも特徴があり,オペーク色が多用されている.その理由は,修復物の明度をコントロールするためである.本邦では,流動性が異なるとともに多彩なシェードのフロアブルレジンが入手可能であることから,それぞれの症例に適した製品を選択し,臨床応用することが推奨される.また,フロアブルレジンを多用することによって,「3Dメソッド」による高い審美性を有した修復を行うことが可能となるはずである.
 本書は,いわゆる翻訳書ではあるものの,書かれている英文を読み込み,内容を十分に咀嚼したうえで,文意を変えない範囲で大胆に日本語として著したつもりである.したがって,訳者が日常の臨床で行っているテクニックあるいはダイレクトボンディングの考え方が色濃く滲み出ていることは確かである.いずれにしても,翻訳を通して本書から学び直したことも少なからずあり,改めて翻訳の機会を頂戴したことに感謝を申し上げたい.
 最後に,この上下巻にわたる書籍が,歯科臨床という場に生かされることを願いつつ擱筆する.
 日本大学歯学部保存学教室修復学講座 教授
 宮崎 真至
 序
第5章 審美修復のためのシェードの再現とレイヤリングテクニック
 第1項 レイヤリングの手法:デジタル画像を用いた歯の構造の分析
 第2項 Two-Colorコンセプトの提案
 第3項 Two-Colorコンセプトにおける透明性のコントロール
 第4項 前歯部領域における色と形態を再現するためのガイドライン
 第5項 切縁部の築盛手順
 第6項 切縁部における形態と機能の回復
第6章 審美性の回復
 第1項 歯間離開と辺縁歯肉レベルの調和:適切なエマージェンスプロファイルの付与
 第2項 歯間離開に対する適切な修復処置
 第3項 審美領域における変色,色の後戻り,および失活歯の存在
 第4項 ダイレクトべニア修復による前歯部歯列の審美回復
 第5項 形態不良(円錐歯)に対するダイレクトべニアによる審美修復処置
 第6項 萌出位置の不良に対する審美修復処置
 第7項 自然な前歯形態
 第8項 コンポジットレジン修復における新たな可能性
第7章 ダイレクトボンディングの臨床例
 CASE 1 上下顎前歯部切縁の破折症例
 CASE 2 片側グラインディングの習癖でエナメル質が咬耗していた症例
 CASE 3 パラファンクションを伴う顎運動が切縁の摩耗を惹起していた症例
 CASE 4 下顎前方突出癖で咬耗を生じた症例
 CASE 5 ダイレクトボンディングの難症例