やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 本書をまず,医学・歯学の教育と研究のため,みずからの体をご献体された多くの方がたのご霊前に捧げる.これらの善意の方がたの献体への尊いご意志と,ご遺族の深いご理解がなければ,本書を上梓し得なかったことはいうまでもない.
 本書は,筆者が2009 年に出版した『臨床家のための口腔顎顔面解剖アトラス』(医歯薬出版)を基に,その“歯科技工士版“として製作したものである.機能的な補綴装置の製作にあたっては,歯科技工士も解剖学に関して歯科医師と知識を共有すべきである.補綴装置製作を主題とした第3 章および第4 章はもとより,口腔解剖学の全般的な知識に重点を置いた第1 章および第2 章,顎関節と嚥下機能に重点を置いた第5 章と第6 章は,いずれも“歯科医師との知識の共有”を念頭に記載されている.
 歯科技工士の業務内容を超えている部分もあるかもしれないが,歯科医師の意図を理解し,協力して優れた補綴装置を製作するうえでは不可欠な内容である.心残りは歯科インプラントの内容に踏み込めなかったことであるが,歯科インプラントを考える際に必要な図や写真は随所に掲載されている.詳しくは,前述した『臨床家のための口腔顎顔面解剖アトラス』第2 章の第3 項および第4 項を参照していただければ幸いである.
 筆者は徳島大学在職中,筆者が担当する“解剖学実習“(学部)や,“口腔顎顔面形態学”および“口腔顎顔面形態学演習”(ともに大学院)の科目等履修生として多くの医療系社会人を受け入れ,彼らの解剖学(特に肉眼解剖学)の知識向上に協力してきた.科目等履修生は,14 年間で延べ441 名を数え,歯科医師はもとより,歯科技工士,理学療法士,作業療法士,言語聴覚士,鍼灸・柔道整復師など多くの職種で構成されている.うち,歯科技工士は51 名である.科目等履修生の在籍者数が年々増加したこと,彼らのほとんどが複数年在籍したことは,これらの医療職種における肉眼解剖学の知識の重要性を物語る.
 本書の執筆協力者である松平 浩氏(千葉県松戸市/コンプリートプロテーゼ)も科目等履修生の1 人で,2007 年から8 年間在籍し,千葉県から徳島大学に通われた.筆者は,歯科医師免許は有しているものの臨床には携わっておらず,歯科技工に関する知識もとぼしいのであるが,本書の執筆を引き受けたのは松平氏の協力が得られたからである.
 松平氏には歯科技工士に固有の事柄を,特にコラムとしてまとめていただいた.本書に掲載された印象体や石膏模型の写真のほとんどは,松平氏の撮影によるものである.本書が歯科技工士の意に適ったとすれば,すべては松平氏の力による.この場を借りて深く感謝の意を表する.
 なお私事ではあるが,筆者は定年まで1 年を残して2015 年3 月に徳島大学を退職した.22 年ぶりに地元・大阪に戻り,勤務先を森ノ宮医療大学に移した.本書の執筆依頼を昨年8 月に受けたが,退職,引っ越し,再就職などが執筆時期と重なり,出版が予定より遅れてしまい,読者諸氏にはおおいに迷惑をかけてしまった.ここに深くお詫びする次第である.
 2015 年6 月
 徳島大学名誉教授
 森ノ宮医療大学教授 北村清一郎
第1章 総論
 1.口腔の周辺構造
 2.歯の喪失に伴う上顎骨の形態変化
 3.有歯下顎骨の形態
 4.歯の喪失に伴う下顎骨の形態変化
 5.下顎骨の内部構造を見る
 6.口腔顎顔面領域に分布する神経
 7.歯と歯肉への神経の分布
第2章 口腔領域の局所解剖学
 1.口唇と頬
 2.口腔前庭
 3.舌下部(口腔底)と舌下面
 4.舌
 5.口蓋
 6.口腔内諸部の動脈と神経の分布(まとめ)
 7.口腔粘膜の部位区分と性状
第3章 上顎総義歯の形態にかかわる解剖構造
 1.唇側・頬側研磨面
 2.唇側・頬側床縁
 3.バッカルスペースのフレンジ
 4.口蓋床部
 5.口蓋床の後縁
 6.まとめ
第4章 下顎総義歯の形態にかかわる解剖構造
 1.無歯顎の下顎歯槽堤
 2.歯の喪失に伴う下顎骨歯槽部吸収の種々相
 3.下顎総義歯の唇側・頬側の床縁
 4.下顎義歯遠心頬側隅角と頬棚
 5.レトロモラーパッド(臼後隆起)
 6.下顎総義歯の舌側フレンジ
 7.後顎舌骨筋窩部
 8.まとめ
第5章 顎関節とその動きにかかわる筋肉
 1.顎関節の構造の概要
 2.顎関節の補強靱帯
 3.関節円板の形態
 4.関節円板の動き
 5.顎関節の運動にかかわる筋肉
 6.顎関節の運動と筋肉
第6章 義歯は嚥下とどうかかわるのか
 1.口腔領域の機能と嚥下
 2.口唇閉鎖能の改善
 3.義歯の装着と嚥下機能
 4.鼻咽腔の閉鎖と筋肉
 5.喉頭蓋の反転と食道入口部の開大
 6.構音器としての口腔

 参考文献
 索引

 Column
  (1) 印象面や義歯に現れる上顎前庭円蓋粘膜下の諸構造
  (2) バッカルスペース部の印象
  (3) 歯科技工士の目で見る上顎骨
  (4) 加圧印象で得られる効果
  (5) 顎舌骨筋線
  (6) 口蓋隆起と下顎隆起
  (7) 顎関節の構造から顎関節症を考える
  (8) 義歯装着により得られる効果
  (9) 発語障害や嚥下障害に対する歯科補綴学的対応
  (10) 歯科技工士の目で見る頭蓋