やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社



 総義歯補綴の目的は,患者が失った形態と機能の回復と同時に,顎堤や顎関節をはじめとする残存諸組織の長期的な保全をはかることにある.しかし,実際の臨床において,形態の基本的な回復は比較的容易に行えても,機能回復と残存諸組織保全の基本的要件である物体としての力学的バランスを保つこと,すなわち中心咬合位と側方ならびに前方偏心位における見かけ上妥当な咬合構成すら,残念なことに,広く一般には適切に行われていないのが現状である.
 さらに,患者によって顎口腔機能の低下度合いには大きな差が認められるとともに,歯列を支える残存組織の支持能力も千差万別である.そのため,これらの条件より個々の患者に対して回復すべき機能レベルを診断し,それに見合った適切な咬合接触様式を選択することが求められている.
 個々の患者に適した咬合接触様式を決定したならば,その咬合構成にあたって人工歯の使用は不可欠である.しかし,かつてのように形態の回復と義歯の安定をはかるという咬合の概念にとらわれることなく,診断に基づいて決定した回復すべき顎口腔機能を正確かつ合理的に具現化する目的に立って,最適の人工歯を選択することが肝要である.そして,その人工歯を必要最小限調整することで機能的な目的を達成することが 現代の総義歯臨床・技工 にとって必要である.
 そのためには,まず,人工歯そのものを十分に知ることが臨床にあたり必須といえる.しかし,市販されている人工歯は数も多く,外見はいずれも類似しているため,顎口腔機能と密接に関連する要素を取り出し,各種の人工歯を同じ視点から詳細に比較することが人工歯を理解するうえで最も合理的であろう.
 このようなことを背景に,本別冊では,総義歯による咬合構成の要ともいえる中心咬合位と側方ならびに前方偏心位における咬合接触状態の肝心要の瞬間を頬側と舌側から,また咬合器上でのすべての咬合接触点の記録を咬合面観として写真でビジュアルに取り出し,比較した.しかも,ここで重要なことは,実際の同一臨床例に対し顎間関係など同一条件の下で,種々の異なる人工歯により実際に総義歯を製作したうえでの比較だということである.
 PART1に掲載した人工歯の選択にあたっては,開発のコンセプトとなる咬合接触様式の立場から可及的にタイプの異なるものが漏れることのないように心がけた.また,義歯の製作については,最もその人工歯の特徴を把握しているということから,販売・輸入会社にお願いすることとした.PART2の人工歯総覧については,本邦で現在入手可能な人工歯を網羅するよう努め,写真と資料の提供は販売・輸入会社にお願いした.
 最後に,本別冊が人工歯についての理解を深め,人工歯を使いこなして十分に生かすことにより,総義歯補綴によるさらに有効な機能回復のための一助とならんことを願っている.
 1997年8月
 編集委員
 小出 馨(日本歯科大学助教授・新潟歯学部第1歯科補綴学講座)
 堤 嵩詞(PTD LABO・東京テクノロジーセンター)
 星 久雄(新潟市・星デンタルラボラトリー)
 小出 馨 堤 嵩詞 星 久雄