やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
今こそパーシャルデンチャーの議論を
 欠損補綴の手法としてインプラントを用いることが一般的になって久しい.そして,パーシャルデンチャーは「噛めない」「長持ちしない」補綴として認識される場面も多く,まさにパーシャルデンチャー軽視の時代といえるかもしれない.
 一方で,日々の臨床のなかでは,欠損歯列の患者への対応として,経済的な事情も含め,インプラントよりもパーシャルデンチャーを選択することのほうが,実数としては多いのが現実ではないだろうか.しかしながら,今の学生教育を見渡すに,パーシャルデンチャーのみを専門とする講座は激減し,パーシャルデンチャーにしっかりと取り組んだ経験のないまま,また卒後に学ぶ環境も少ないなか,欠損歯列の患者に向き合っているのが現実であろう.ニーズは依然として高いにもかかわらず,適切なパーシャルデンチャーが提供できていない現状があるとすれば,たいへん憂慮すべき事態ではないだろうか.

 私たちは,歯界展望2023年1〜3月号に,「今,なぜパーシャルデンチャー?」との座談会企画を掲載し,よく噛めて長持ちするパーシャルデンチャーの要件についてディスカッションを行った.
 そこでは,パーシャルデンチャーは1歯欠損から27歯欠損までのあらゆる欠損歯列に対応でき,予後不安な歯の保存も試みながらの設計が可能であり,また修理を行うことで慣れ親しんだ義歯を生涯使用できるという多くのメリットを有する,患者に優しい治療であることを確認した.一方で,支台歯の喪失などトラブルを視野に入れた設計と,適切な修理のためには,1歯の保存技術と1口腔を見渡す視野とを共存させる,総合的な能力が求められる治療でもあることも強調した.

 本別冊では,同企画のエッセンスを再確認するとともに,その際に十分に紹介することのできなかった,パーシャルデンチャーの長期経過症例をじっくりと紹介していく.
 提示する症例は,ほとんどが義歯装着後10年以上の経過を有する26症例であり,また原則,両側遊離端欠損へのクラスプ義歯とした.中間欠損や片側遊離端欠損では,不十分な義歯であっても残存歯で咀嚼できてしまう面もあるため,義歯の良否が患者満足に直結する両側遊離端欠損のシチュエーションでの長期経過症例を提示することとした.
 日々の臨床において,今一度パーシャルデンチャーを見直すきっかけとしていただければ幸いである.

 2023年11月
 編集代表 黒田昌彦
 はじめに―今こそパーシャルデンチャーの議論を
第1章 パーシャルデンチャーへの認識を改めよう
 パーシャルデンチャーは長持ちしない?―下顎両側遊離端義歯の生存率調査と臨床的解釈
 パーシャルデンチャー設計の理論背景―緩圧とリジッド
第2章 よく噛めて,長持ちし,修理しやすいパーシャルデンチャーの要件
 “よく噛める”パーシャルデンチャー―S>B>Rによるリジッドな義歯設計
 “長持ちする”パーシャルデンチャー―次なる課題は支台歯の清掃性
 “修理しやすい”パーシャルデンチャー―慣れ親しんだ義歯を生涯使用してもらいたい
第3章 パーシャルデンチャー長期経過症例集
 Case 1 予後不安な支台歯の喪失を想定した設計と修理.6年の経過
 Case 2 多くのレストを設置した下顎両側遊離端義歯の7年経過
 Case 3 近心レストとリンガルバーを床内連結した下顎パーシャルデンチャーの8年経過
 Case 4 上顎の加圧要素を除いた,Eichner B4症例の義歯装着後10年の経過
 Case 5 上下顎両側遊離端欠損に装着したクラスプデンチャーの10年経過
 Case 6 片側遊離端義歯を確実に10年もたせる
 Case 7 天然歯を支台装置に用いた下顎遊離端義歯の11年経過
 Case 8 Eichner B4症例:義歯装着後11年の経過
 Case 9 テンポラリー期間中の来院中断を経て製作した下顎両側遊離端クラスプデンチャーの11年経過
 Case10 装着10年後に支台歯1歯を喪失,増歯とクラスプ追加を行った下顎両側遊離端義歯の12年経過
 Case11 下顎両側遊離端義歯の12年経過
 Case12 難症例の上顎遊離端クラスプデンチャーの15年経過
 Case13 上顎両側遊離端クラスプデンチャーを装着後15年で二重冠義歯に改変
 Case14 上下顎両側遊離端欠損へのRPIデンチャー20年の経過
 Case15 重度歯周炎にパーシャルデンチャーを応用した症例の20年経過
 Case16 20年装着した下顎両側遊離端義歯の修理に限界
 Case17 上顎14年,下顎21年,修理で使い続けたクラスプデンチャー
 Case18 予後不安な支台歯を取り込んだ下顎両側遊離端義歯の22年経過
 Case19 修理を施して22年使い続けているパーシャルデンチャー
 Case20 片側遊離端欠損に対し両側性設計とした義歯を22年間使用している症例
 Case21 下顎両側遊離端欠損部にRPIデンチャー装着後,22年経過した症例
 Case22 補綴後に7歯を喪失した患者の23年の経過
 Case23 装着後26年で1歯喪失した症例における義歯修理
 Case24 近心レストにより27年間,修理で対応できている症例
 Case25 上顎片側遊離端欠損に対し両側性設計とした可撤性義歯の28年経過
 Case26 上下顎両側遊離端欠損症例における可撤性義歯28年の経過
第4章 超高齢社会における“終の補綴”
 “終の補綴”としてのパーシャルデンチャー

 コラム:臨床ヒント
  (1)「リジッドサポート」という概念
  (2)片側遊離端欠損でも両側性の義歯設計を!
  (3)切端レストの患者への説明
  (4)前歯部生活歯の義歯への取り込みの判断
  (5)クラスプは折れるもの?―支台装置の耐久性
  (6)クラスプ義歯とコーヌス義歯の使い分け

 資料
  下顎両側遊離端クラスプ義歯の生存率について