やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序にかえて
−接着歯学40 年−
 1978 年に初代クリアフィルが登場して,40 年が経過した.同時に総山孝雄先生により,う蝕検知液を利用してう蝕象牙質の外層のみを除去する,歯質保存的なう蝕治療法が確立された.しかし当時の象牙質接着性は約2MPaで,決して高い値ではなく,現在の約80MPaを示す接着材とは比較すべくもない.レジン修復後に歯髄壊死を起こすこともあり,「クリアフィルはすばらしい失活剤だ」といわれたこともあった.
 私は1980 年に総山教室に入局し,接着性レジンの研究に加えていただき,教室を引き継がれた細田裕康先生の時代には,接着性レジンの性能が著しく向上した.日本の企業の優れた研究開発担当の方々と一緒に仕事をする機会にも恵まれ,多くのことを学ぶことができた.この頃からレジンは歯髄を保護する材料という認識も普及し,国際的にも象牙質のエッチングがようやく受け入れられるようになった.接着歯学が国際的に活発となったのもこの時期であり,日本の優れた接着材を研究材料にできるという特権に恵まれ,教室の研究も大いに発展した.
 私が教室を主宰することとなった1995 年には,すでにセルフエッチングプライマーが実用化されていた.その象牙質接着強さは,象牙質自体の強度や,エナメル象牙境の引張り強さをはるかに凌駕するものであった.それまでにも接着性レジンを用いたさまざまな新たな臨床的な試みがなされてきたが,その接着性能を実験で自ら確認したことで,コンポジットレジン修復の応用範囲は限りないものとなることを実感した.同時に光重合技術の導入により,コンポジットレジンの物性,審美性および長期耐久性が著しく向上したことも,新たな修復法の開発を促進した.
−自由な発想による修復−
 以来,臨床的には従来の形式通りの修復法だけでなく,コンポジットレジンの新たな活用法を模索するのが日常的となった.「患者の抱える問題の解決のために,コンポジットレジンでどんな解決法があるか」というアプローチである.すべてが即日の直接法であり,しかも健康な歯質は極力切削しない,というのが基本原則である.うまくゆかないこともあるが,患者の方々には,次回のやり直しなどにも我慢強く付き合っていただいた.うまくいった場合の自分の満足感は大きいが,患者の驚きも大きく,「これはどういう治療ですか」と興味を示してもらうこともあった.患者の歯科治療に対する常識を覆す治療を提供できた証である.
 こうした楽しい臨床を日々送りながら,教室の新入大学院生にはアシスト業務についてもらい,多くの患者に対応してきた.多くは,「卒前に教わってきた治療法との違いにまず驚いた」とのことである.本書の執筆分担者は,こうした経験を経て,また教室でさまざまな接着に関する研究を推進してきた仲間であり,国際的な学会でもその名が知られたメンバーである.当教室の外来で古くから思い付きで対応してきたような治療を,彼らがすばらしく体系化して,一つの確立した治療技術として社会に普及してくれていることに,心から敬意を表したい.
 本書に記載されたような治療法は,接着性レジンをよく理解されている方々にとっては,特に目新しいものではないと思われる.これからも新たな活用法が次々に試みられて,確立されてゆくはずである.まさにこういう状況こそが,接着性レジン,コンポジットレジンがもたらしてくれた恩恵である.
−うるわしき生体との調和−
 かつては「所詮レジンはテンポラリー」といわれており,いまもそういう考え方はあるのかもしれない.しかし,患者の多くはレジン修復の恩恵に浴し,われわれを支持してくれている.患者の長い生涯を考えたとき,侵襲の少ない治療法を選択することの重要性に議論の余地はない.修復物の寿命も大切であるが,歯の寿命を考えて修復を行うことはさらに重要である.患者の体も変化し続けるものであり,一度施された歯の修復がそのまま本当の意味での永久修復となることは考えにくい.修復物もまた時間の経過とともに変化し,修正を加えられながら,機能しつづけるべきである.コンポジットレジン材料は,まさにこうした考え方に合った修復法である.
 いま,新たに令和の時代を迎えた.外務省によると,「令和」の英語による説明は“Beautiful Harmony” とのことである.コンポジットレジン修復の「うるわしき生体との調和」を感じた次第である.
 令和元年5 月
 田上順次
総論編
 ミニマルインターベンションの現在(二階堂 徹)
 う蝕(二階堂 徹)
 Tooth wearへの応用(北迫勇一)
 天然歯の色調とコンポジットレジン(中島正俊)
 コンポジットレジンの特徴(高垣智博)
基本編
 象牙質う蝕の処置とう蝕検知液(荒岡大輔,保坂啓一,中島正俊)
 感染象牙質除去と窩洞形成(佐藤健人,中島正俊)
 歯肉圧排,止血,防湿(高橋真広)
 隣接面修復のマトリックスワーク〜適切な器材とテクニック〜(保坂啓一,畑山貴志)
 接着の基本(田上順次)
 コンポジットレジン修復物の色調適合を得るための基本術式(中島正俊,保坂啓一,畑山貴志)
 積層充填(高垣智博,田上順次)
 光照射(岸川隆蔵)
 コンポジットレジン修復における形態付与と研磨(保坂啓一)
 コンポジットレジン修復物のメインテナンスとリペア(田代浩史,中島正俊)
臨床実践編
 臼歯部修復
  1 級(田代浩史)
  2 級(高垣智博,田上順次)
 前歯部修復(高橋真広)
 矮小歯と歯間離開に対する審美的なコンポジットレジン修復(保坂啓一,岸川隆蔵)
 ダイレクトベニア(田代浩史)
 前歯部ダイレクトクラウン〜失活歯への修復とモノブロックレストレーションへの展開〜(保坂啓一,中島正俊)
 ダイレクトブリッジ(田代浩史)